第127話:梁上の貧乏人
ガレスはその景色に思い出す。
自分の人生の愚かさと生きていく上で積み重なった業の重さを。でも、そんな暗い人生の記憶の中にも、一つだけ良い記憶と出会いがあった。
ガレスは一人の魔法使いが欲望の獣となって、多くの女性と夜を共にし、産まれた子供の一人だった。父親は魔法使いである事以外、定かではないが己のくすんだ金髪から金髪の人物であった事は母の暗い茶髪から判断出来た。母親は物静かな人物で人に良くも悪くも好かれる性質をしており、人に助けられると同時に人に利用される事の多かった母親はいつも貧乏で俺は幼少期の頃から悪い事をしないとその日のご飯も食べられないほどだった。子供ながらに母親の性で貧乏な事は分かっていたが、それでもガレスは母親が好きだった。
「ガレス……あなたには特別な血が流れてるの。でも、特別だからって思い上がってはいけないわ。普通な生き方をしなさい、普通が一番なんだから」
10歳の頃にはガレスは、自分のチームを築いており、収入も上がっていた。一人でスリをしてお金を稼ぐより、集団で協力して、家に盗みに入る方がもっとお金を稼ぐことが出来た。
その頃には自分の魔法を理解し、行使できたがあまり盗みにも日常生活にも使えるような物ではなかった為に使う事はなかった。
「リーダー、お前はよくやったよ。でも、俺たちはもっと高みに行きたいんだ」
チームは暴走するようになっていた。ガレスの言いつけを破り、貧乏な人からも盗むようになり、その標的は誰でもよくなっていった。反対したガレスをチームの人間は切り捨て、ガレスはまた一人になった。
チームを失った影響で収入は減り、母親にまた苦労を掛けてしまうとガレスは一人で、盗みに入る事を決めた。盗みに入ったのはこの辺りでは珍しい日本の特徴を取り入れた寺院だった。
枯山水の庭を抜け、縁側に入った瞬間、こちらに来る人の気配を感じる。ガレスは襖を開け、部屋の中に入ると梁の上に逃げる。人物は縁側を歩き、ガレスの隠れる部屋に入ってくる。
人物は普通の坊主だった。ガレスの隠れた部屋は運悪く、仏壇が置いてあり、坊主はその仏壇に向かって木魚を叩きながらお経を唱え始めた。
そしてある程度の区切りが付くと、何か話し始めた。
「孟子曰く、人は生まれながらに善であり、教育や環境で伸びる。しかし荀子曰く、人は生まれながらに悪であり、礼や法による矯正が必要らしい。仏教の考え方では人は生まれながらに善でも悪でも“業“を背負った存在らしい、あなたはどんな“業“を持って産まれ、どんな生き方をして悪になったのだ?」
ガレスは気付かれている事を悟り、梁の上から降りる。
坊主はガレスの姿を見ると、小さく呟く。
「梁上の君子みたいだ。それなら私は陳寔であなたは容貌から分かるが、貧しい盗人だな」
「ああ、貧しいぜ。金目の物を出しな」
「金目の物は渡そう。だが、その前に先ほどの私の質問に答えてくれないか?」
「チッ、面倒だが分かったよ」
ガレスは自分の身の上話を坊主に聞かせた。坊主はガレスの話が終わるまで頷くだけの反応を示し、真面目に聞いていた。
「なるほど。あなたは魔法使いだったのか」
「魔法使いって何だ?」
「魔法使いとはあなたのように特別な力を持った者を指す言葉だ。力によって名称と効果は分かるが聞いた限り、あなたの力は魔法だ。この辺りは昔から魔法使いが訪れる場所なんだ」
「なるほど」
「そして魔法使いとは、その強大な力を持つ者の呼び名ではない。その強大な力をどう使うかを選び続ける者の呼び名だ」
「……選ぶ、だと?」
「そうだ。奪うか、守るか。逃げるか、背負うか。その一つ一つを選び続ける者だけが、魔法使いを名乗れると私は信じている。私も昔は無茶をしていてな、その無茶が祟って大事な人を巻き込む事態を起こしてしまった。その事態を収めてくれた魔法使いの言葉に私は突き動かされて、今は修行している」
坊主はガレスの肩に両手を置く。
「あなたが盗みをした事は変わらない。でも、それは“悪になりたかった“からではない。腹が減り、誰も与えなかったから、取っただけだ」
「……当たり前だろ」
「当たり前だ。だからこそ、罪は軽い」
その言葉に、ガレスは眉をひそめる。
「罪が軽いだと? 盗みは盗みだろ、坊主」
「行いは罪だ。しかしあなたの“心“はまだ、染まっていない」
坊主は、ガレスの胸元を指さす。
「あなたはまだ、自分を“悪だ“と決め切っていない。だからここに忍び込み、梁の上へと逃げた。本当に悪なら、堂々と奪い、斬り、去る」
沈黙が落ちる。
庭の砂を撫でる風の音だけが、障子越しに聞こえた。
「……じゃあ、俺はどうすりゃいい」
ガレスの声は、僅かに低かった。
坊主は微笑む。
「己の力を使いなさい」
「だから、そんな事をすれば——」
「奪うためではない」
言葉を遮るように、坊主は続ける。
「この寺には、貧しい者も、迷った者も来る。施しは少ないが、手伝いはある。掃除、炊事、薪割り……その力で、人に役に立ちなさい」
「それで、何が変わる」
「変わらなくていい」
坊主は静かに言った。
「善になれとは言わない。ただ、今日一日だけ、明日一日だけでも奪わずに生きてみなさい」
その言葉は、教えでも命令でもなかった。
ただの提案だった。
ガレスはしばらく黙り込み、やがて舌打ちを一つする。
「……一日だけだぞ」
「十分だ」
その日から、ガレスは寺に留まった。
魔法や己の力を使い、重い物を運び、井戸を直し、夜は家に帰り寝た。坊主は母親の面倒も見てくれた。
腹は満ち、誰からも奪わなかった。それでも、生きられた。
ガレスは思った。
魔法は、奪うことは出来なくても人の為に使えるのかもしれないと。
だが、それは長くは続かなかった。
その日は、朝から嫌な予感がしていた。
なのにガレスは気にせず、家に帰り、眠りに着いた。
だから、起きた時には全てが終わった後だった。
燃え滓だけとなった寺院、誰とも分からない焼死体、嫌でも鼻につく人が焼ける匂い、想像出来てしまう苦しみの声——自分が寝ている隙に起こった惨事を受け入れるのに一日掛かった。
そしてトボトボと家に帰る道中で、聞こえてしまった。
「クソ、あの寺、金目の物何も無かったな。むしゃくしゃして、火を付けたけどあんな寺、無くなっても良いだろ」
それはガレスが作り、ガレスを裏切ったチームの仕業だった。
生き方を改めても、昔起こなっていた悪い事は付いて回るようだった。
自分の性で、周りの人間は亡くなっていく。
それなら——
「やめろ!」
「殺さないでくれ!」
「俺たちが何をしたって言うんだよ!」
ガレスは己の手で、チームの人間を全員殺した。
己に与えられた物が奪われ、失われるのなら己も、己の力を奪うために使う。
略奪という絶望を与え、絶対に拒ませない。
ガレスはそこから、壊れたように奪い続け、捕えられた。
そんな記憶を思い出させる景色をもう一度見る。
織可の盆景魔術で生み出された。
庭景——枯山水庭園。
足元には浅い水と白砂が混在し、無数の細い石柱が人一人が通れるかどうかの感覚で林立する低高差のある庭園。
あの時、坊主と出会った枯山水の庭とは違ったが、その庭が決戦の場に選ばれた事を因縁だとガレスは感じる。
「茶淡織可、お前は俺を屈せられるか?」
あの時の坊主のように。




