第126話:三重
そこは、途中を失った世界だった。
白灰色の平面が果てなく広がり、影も凹凸も曖昧な空間。柱や壁のような構造物は半ばで途切れ、完成という概念が最初から存在しない。
足音は響かず、踏み出したという事実だけが残る。斬撃も防御も同じで過程は消え、成功したか否かの結果のみが空間に刻まれる。空中には淡く光る線が浮かぶ、かつて行われ、成立した行為の痕跡。
そんな実証魔法の領域内でガレスが反応するよりも早く、織可は動いた。奇襲であったこと以上に、黒曜秘伝を活用した滑らかであり荒くもある身体強化で速度が勝っていた為だろう。
そして、同じく黒曜秘伝の技がガレスを襲う。
「『黒斑』」
織可の拳が、ガレスの背中に叩き込まれ、彼は激しく吹き飛ぶ。
そして千利の領域が崩壊し露わになった領域内の壁にぶつかり、壊し、向こう側に消える。
織可はそのまま千利の元に近づく。
「千利兄、大丈夫?」
「大丈夫じゃないな。だが、命を落とす傷じゃない。このまま魔力で回復して行けば動けるようにはなる」
「それなら、僕は時間を……」
「ダメだ」
織可の言葉を千利が遮る。
弟の時間を稼ぐという言葉に対してと自らの今の状態に怒りを沸かせながら、千利は続ける。
「私が戦えるほど回復する時間はお前一人で稼げる時間じゃない。それに、私が万全に戦える状況であってもあいつに勝つのは不可能だ、だが織可……お前なら、あいつに勝てる。なんせ、お前は茶淡千利が誇る弟、茶淡織可なのだから」
織可は目を伏せた後に、兄の顔を見る。
「そう言われたなら、やるしかないじゃないか」
千利は弟の事を、火のような人物だと感じている。
大きな事を行う前は弱々しくなってしまうが、一度火が付けば人が変わったように事に挑み、想像を上回る成果を上げる。
その火を付けるのが難儀なんだが、弟の友達でキングクラウンで優勝した濡羽は弟の火を付け、焚き付けるのが上手かった。だが、それは兄である私も出来ること、織可はまだ可愛い弟で私の事を尊敬しているから、私が信頼すればそれに応えてくれる。
「兄弟揃っての密談か。いいぞ、二人一緒に掛かってきても、その方が二人同時に死ねてお前らも幸せだろ」
ガレスは自らの体で空けた穴を通って、こちらに出てきた。と、同時に二つの領域結界の効力が織可と千利を襲う。先に張られた施与魔法は選択権の段階剥奪で、最終的に“どう死ぬか“すら選べなくなる。実証魔法の方は、中途半端が無くなり、本当に行動を起こさなければ固定されない。確実な行動だけしか出来なくされる。だが——
「チッ、失敗した。何をした」
織可は自分の術が成功した事に、笑みを浮かべる。
「何をしたと思う?」
領域結界は一度、発動されると術者と術者が指定した人物が結界に取り込まれる。結界内に外部から入るには結界の縁を壊して入るしかないが、結界に入った時点でその結界の影響を受けるので地獄に行くのに等しい。だから、展開されている結界に入る人はほとんど居ない。だが、結界の効果を無効化出来るのなら入る人は居る。
織可の魔術、盆景魔術に属する領域系統魔術なら結界を作り出せば、穴を開けると同時に領域結界に干渉する事が出来、少し時間は掛かるが効果の無効化も出来る。しかし、一度の結界で入って干渉できる領域結界一つなので一つずつ張り直すしかない。
「織可、外から見てこの領域結界はどうなっていた?」
「最初の領域結界は普通にドーム型だったから結界で穴を空けて無効化してから入ったけど、まさか領域結界の中に千利兄の領域結界があって、それの内側に更に領域結界があるなんてね。ドームの中に2つドームがあるのは初めてだよ」
「シェリー殿、焼火殿、鵺殿は」
「僕と一緒にここに来た仲間が回収したよ。今は多分、結界の外で治療しているんじゃないかな。驚くと思うよ」
織可はこの結界に入る前のマグスとの会話を思い出す。
「僕はこの結界の先に居る兄さんを助けに行くから、マグスさん三人の治療は頼んだよ」
「任して下さい。私、こう見えて治療は得意なので……まぁ、少しグロテスクですけどね」
そうマグスは複製魔術で作り出した己の体の一部を切り取り、シェリーの傷口に近づけ、合わせながら入れる。そして魔力による回復を施す、魔力による回復に出来るのはかすり傷程度の回復と止血だけで切り傷を完全に治すことは出来ないが、切られた部分を塞げれば——-
「どうです?」
治すことは出来る。
「私の魔術、私の肉体限定でしか複製出来ないですけど複製物の血液型とかは弄れますので部位欠損とかじゃなければ回復は出来ます……グロテスクですけど」
マグスのあの技術ならあの三人は無事で、ここを切り抜けられれば千利兄の傷も塞ぐことは出来るだろう。
だから、僕がする事はガレスを倒すことのみ。
ここと最初の領域結界は干渉しているから効果は無効化出来ている。後、五分で盆景魔術の結界も展開する事が出来る。結界を展開出来れば、僕の勝率は上がる。
「織可……」
「分かってるよ」
千利兄は知っている。
僕が近接戦闘が苦手という事をだけど、それは学院に入学する前、濡羽に出会う前の自分の話だ。
「千利兄、キングクラウンで見ただろう。僕は強くなったんだ」
僕は両の拳を構える。
濡羽に教わった黒曜秘伝の身体強化を施しながら、ガレスを見る。
何故、二つの魔法を持っているかは知らないがその纏うオーラからある程度の強さは分かる。そこから僕は判断した。
「なるほど、シェリー以下か」
「どの口が!」
ガレスは一直線に詰めてくる。
長鎌を引きずるように構え、躊躇が全くない。
僕はそれに迎え撃つ。
奇襲と同じように踏み込むと同時に叩き込む。
「『黒斑』」
拳が鎌柄を打ち、火花が散る。
ガレスは距離を崩さない。
壁を蹴り、刃を分け、二刀に変形させる。
そして施与魔法が走る。
「施しだ」
織可は理解する前に動く。
「『黒衣』」
刃を弾き、紙一重で受け流す。
左右から刃が迫る。
織可は間髪入れず、『黒羽』を利用して跳ね、壁を蹴る。
「『黒蹄』」
空中で位置を変え、死角へ。
そして蹴撃が入る。
ガレスの体がわずかに傾く。
「……やるな。でも、無意味だぞ」
だが、その一撃は“決定打になり得ない“。
実証魔法が告げる。
倒れなかった——なら、倒れない。
ガレスは前に出続ける。
壁を壊し、間合いを詰め、選択肢を潰す。
施与魔法と実証魔法が重なり、攻撃は受け取らせる結果へと変わる。
織可は後退を余儀なくされる。
黒衣の精度が落ち、攻撃をくらう回数が増え、踏み込みも鈍ってきた。
——このままでは、押し切られる。
そう思った瞬間、織可は深く息を吸い、拳を握る。
「時間だ」
五分経過。
「盆景魔術」
ガレスの生み出した2つ領域結界の中に更に、結界が生み出される。
三重の結界の中で、二人の戦いに決着が付く。




