第129話:兄弟の絆
勝者は明確だった。
だが、それは勝負の勝者であって戦いの勝者ではなかった。
ガレスは睨みと共に呟く。
「まだ、だ! まだ、俺は負けていない」
瀕死の重傷を負ってなお、ガレスは魔力を漲らせる。
それは超越者ゆえか、それともガレスという悪意を肯定した悪魔だからか、誰にも分からない。
ただ分かるのは、ガレスが死を賭け、放つであろう攻撃が普通ではないことだけ。
「くっ……」
限界を超えて魔力と精神力を消耗した織可の反応が遅れる。
魔力による身体強化が解け、これ以上彼に出来ることはない。
織可は目を瞑る。
足掻くことは出来る……だが、彼の中に生まれた諦めを通り越した、死への覚悟が、その足掻きを止める。
ここに来て、その覚悟が織可の中の火を消してしまった。
もう何も出来ない。
誰も自分を救うことは出来ない。
魔力が限界まで練られる。
この後を想定しない全力全霊の魔法という名の悪意。
「死ね! 『拒否不能なる結果の施し』」
魔力と魔法の込められた片方を失った刃が、心臓目掛けて振るわれる。
肉を切り裂き、血が飛び散る音が響く。
だが、織可の体には痛みが来ない。
疑問を感じた瞬間、痛みに悶絶する第三者の声が耳に入る。
織可は目を開く。
「ッ——!!」
声が出ない。
呼吸を、瞬きを忘れるほどにその光景を見る。
心臓のある位置から腹に掛けて深く裂けた傷、そこから滝のように溢れる血。
そして、その傷を負った茶淡千利、兄の姿を。
「な、なんで……」
その言葉が織可の口から漏れると同時に、千利は倒れそうになる。
織可は慌てて、千利を支え、横にする。
「クソが、庇い……やがって」
そう言って死んだガレスを気にすることなく。
織可は千利を気にする。
「なんで、庇った……」
織可の口からは感謝より先に疑問が出てしまう。
それは死を覚悟していたが故に出る罪の言葉だった。
千利は答えようと息を吸って、話そうとするが吐血してしまう。
「兄さん!」
血を一旦吐き切り、千利は話し出す。
「お前が無事で良かった。兄として……の務めを果たせたかな?」
織可は絶句してしまう。
千利はただ弟の、織可の顔を眺めながら思う。
***
ガレスの魔力の漲りを肌に感じた瞬間、私は走り出していた。
マグスさんの治療を中断し、彼の静止の声も聞かずに走り出していた。
嫌な予感がずっと鳴っていた。
そして、その予感通りの事が目の前に起きそうになっていた。
魔力切れに何も出来ない織可。
命を賭けた攻撃を行おうとするガレス。
私もまた魔力が切れており、どうすれば良いかと考える前に足が動いていた。
そして、ガレスの攻撃から織可を庇うように私は前に出た。
気付くと私は横になっており、織可の顔がそこにあった。
織可の顔はいつもと違って、悲しそうだった。
人間だからもしかしたらを、どうしても考えてしまう。
もしかしたら、私が犠牲にならなくても救える選択肢があったんじゃないか?
この行いは、無駄な犠牲でただ織可を悲しめるだけなんじゃないか?
様々な事を考えるが、最終的には一つの答えと至る。
どうでも良いじゃないか……
大事な弟を救えたのなら、それで良いじゃないか。
「兄さん、いかないでくれ……僕を一人にしないでくれ」
織可の流す涙粒が、私の頬に落ちる。
ああ、ダメだな。
私は本当に……ダメな兄だ。
昔から、私は本当にダメだったな。
あれは私が12歳の時、織可が5歳の時だった。
「兄ちゃん、魔術見せて」
「いいぞ」
まだ侘寂魔術を伝承する前だったので、私は魔力を火に変換し、火の花を生み出した。
「綺麗だな。兄ちゃんの魔術」
当時の私は少しだけ悲しみの視線を弟に向けていたと思う。
茶淡家並びに伝承魔術を有する魔術師一族は、生まれた赤ん坊が魔術師ならすぐに伝承魔術への適正があるか調べる。伝承魔術至上主義とも言うべき傾向は我が家が最も顕著で、それは伝承魔術を保有する数が多いために生まれた。全ての伝承魔術への適正がないなんて事はないだろうという思い込みが、適正が一つもなかった為に家族である織可を不遇に扱うという結果を生んだ。
家族が、家が、織可の為になにかすることはない事が子供ながらに私は理解出来てしまっていた。
だから、弟であるはずの織可に対して、彼が生まれてから心の底から笑った事はなかった。
「兄ちゃんは立派な魔術師になれるよ」
その言葉で、もうダメだった。
今まで隠していた、胸の内に沈めていた思いが溢れていく。
「ごめんな、ごめんな。織可……俺は兄さんなのにお前の事を……」
私はきつく。
織可の体を抱きしめる。
その意外な行為に、織可は意外な言葉を私に返す。
「兄ちゃん、悲しいの? 大丈夫だよ、兄ちゃんが立派な魔術師になれなくても兄ちゃんは僕の憧れる兄ちゃんだから、それにその時は僕が立派な魔術師になって皆に僕の憧れる兄ちゃんは凄いんだぞと自慢するから」
私はその言葉に、涙を流すことしか出来なかった。
織可は私と違って、ダメな人間ではなかった。そして確信した私の弟は凄い魔術師になる。そして私は言うんだ。私の弟は本当に凄いだと。
そこから私は弟のために生きるようになった。
家族は当主候補である私の行いに嫌な顔をしたが、そんな視線や噂などなんにでも無かった。
だから……
これで良かったんだ。これで……
私は織可の泣いて赤くなった顔を見ながら、その言葉を残す。
「織可」
「何、兄さん」
「……立派な魔術師になれよ」
私はその言葉を最後に意識が薄れる。
ああ、もし生きれるのなら……
立派になった織可をみんなに自慢したかったな。
***
僕は冷たくなり始めている兄の横でその言葉を返す。
「絶対になるよ。兄さんに自慢できるような立派な魔術師になって、僕にはこんな凄い兄が居たんだって自慢するよ。天国から見ててくれ」
涙を拭う。
顔を上げる。
そして明るくなり始めている空を見ながら呟く。
伝える事が出来なかった思いを。
「兄さん、愛している」




