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黒泥の魔術師  作者: 11時11分
アヴァロン島占拠事件 ~親友に恋し、初恋を愛す~
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第124話:超越者

「面倒だ」


 魔法の効果対象範囲を単一、複数から世界へと広げる。

 魔力回路を一本化するまでもなく、無詠唱で行う。

 『領域結界』——


「『無選択権の(ノー・エスケープ・)現実逃避行(ギフト)』」


 空はある。だが、どこまでも低く、灰色で、落ちてきそうな気配を孕んでいた。地面はいつの間にか割れ、欠け、踏み均され、用途を失った瓦礫が露出している。道とも広場とも言えない空間が、袋小路のように四方から迫ってくる。

 

 建物は整然と並んでいる。どれも半壊しており、壁には窓だけが残り、扉は存在しない。中に入る事は出来、内部には住んでいた痕跡だけが乱雑に放置されている。


 空気は重く。風は吹いていないのに、紙屑や布切れ、金属片が時折、上から落ちてくる。視界の端に、人影のようなものが見えることもある。近づくと、それは壁に描かれた影でしかない。立ち止まると、影は増え、こちらを見ているだけで何も求めていない。ただ、そこにいる。


 音を通して、この場にあった生活が分かる。遠くで食器が当たる音、スプーンのような小さな金属が落ちる音、誰かが何かを受け取った音だけが、間をおいて繰り返される。 


「シェリー殿、気をつけて下さい。ですが、前衛を頼めませんか」


「分かったわ」


 シェリーは千利(せんり)の行動の真意に気付いている。

 領域結界は領域結界を発動して、効力を無効化するのが定石。

 だから、魔術が使える千利(せんり)は領域結界の発動準備に掛かる。


「さて、どうしよっか」


 この領域内のルールは分からないけど、施与魔法の領域って事は雰囲気から分かるし、さっきから“上手く行動出来ない“しね。

 受けはダメ、それなら魔王らしく……


「攻めよね」


 シェリーは踏み込んだ。

 千利(せんり)を置いて、ガレスとの間合いを詰める、それしかない。

 魔法杖の先端から青白い刃が延び、薙刀のようになる。


「……来るか」


 ガレスが笑った気がした。

 あいつは動かない。避ける素振りも、防ぐ構えも見せやしない。

 それが一番、腹が立つ。

 更に半歩、踏み込み。

 一気に距離を潰し、横薙ぎ。近接なら、魔法が使えなくとも勝負になる。

 刃は届く、はずだった。


「施しだ」


 その一言で、世界が歪む。

 防ごうとしたわけでも、避けようとしたわけでもない。

 なのに、うちは“受け取る側(くらう側)に回された。

 斬った感触と同時に、痛みが返ってくる。

 手首が痺れ、肩が弾かれる。


「くっ……!」


 距離を離そうとする。

 だが、足が止まる。

 ——選べない(動けない)

 理解した瞬間、ガレスが踏み込んできた。

 長鎌が、横から迫る。

 雑なのに、荒いのに、でも確実に当たる。


「ぐっ」


 歯を食いしばり、杖で受ける。

 衝撃が腕を通して全身に流れ込む。魔力を放出して相殺するが、足元が激しく揺れる。


「いい顔だ。貰いすぎて嬉しいって顔だ」


 ガレスの声が近い。

 近すぎる。だが、それで良い!

 もう一度、更に食い込むように踏み込む。


「はっ?」


 今度は迷わない。迷えば、それ自体が与えられてしまう。

 魔力刃を心臓へと突き出す。

 至近距離からの力任せの一直線の刺突。

 ——それでも。

 当たったはずの一撃は、決定打にならない。

 結果だけが削ぎ落とされ、私の攻撃は“届かなかった“という事実に変えられる。

 忘れていた。

 ガレスにはもう一つの魔法があることを。

 実証魔法。


「相性、最悪ね」


 息を吐く。

 それでも、退かない。

 だが、怖い。

 魔法を失ってから、どうにか隠し、紛らわしていた恐怖が、ここに来て心に巣くい、シェリーの心を蝕む。魔法使いゆえに恐怖することがなかったシェリーにとって、恐怖は未知であり暗闇だった。


 知らぬが故に、どう対処、どうケジメを付ければ分からず……

 どうすれば良いか分からない為に、今まではっきりと見えていた己の人生のこれから先が見えなくなってしまった。先の見えない未来という名の絶望が恐怖と共に、その刃を心と体、両方に突き立て、シェリーの戦意を削ごうとする。


 昔の、彼に会う前のシェリーだったら、この時点で戦意を失っていただろう。

 だが、シェリーには彼が居る。

 ヤバかったら、また彼に助けて貰おうなどと言う弱音の詰まった弱者の考え方はしないが、もしこれで勝ったのなら頭を撫でて貰うくらいはしてもらえるだろう。いや、してもらう。

 

 うちは魔王である以前に傲岸不遜な魔法使いなのだから。

 うちはもう一度、足を前に出した。

 考えるな。選ぶな。やるだけ。

 魔力を一気に解放した。

 刃を形作るなんて事はしない。私は魔法使いだ。

 魔力が煌々と輝く星のように放出される。

 ガレスの長鎌が振り上がるのが見える。

 次は避けられない。

 だから——当たる前に、押し返す。


「っ!」


 魔力が爆ぜ、空気が震える。

 領域がそれを“施し“として処理しきれず、一瞬だけ、間が生まれた。

 ほんの刹那。選択権が、戻る。

 その刹那に——

 シェリーは踏み込む。

 杖を逆手に持ち替え、刃は放出時に壊れたのか展開しない。

 代わりに、杖の先端部分に魔力を集中させ、纏わせる。

 殴るために。


「……!」


 ガレスが目が見開かれた。

 長鎌が振り下ろされより、僅かに早く——

 私は、距離ゼロで突っ込んだ。

 肩がぶつかったと、同時に杖を突き上げる

 魔力を刃にしない。

 形を持たせない。

 ただの“衝撃“として、叩き込む。

 ——与える、じゃない。

 これは、押し付ける。

 正しく拒否でない施しだった。

 鈍い手応え。

 確かに、当たった。


「……っ!」


 ガレスの身体が、半歩、後ろにずれる。

 完璧じゃない。致命傷でもない。

 でも。

 一撃は、一撃だ。

 実際に起きてしまった行動……

 実際に与えられてしまった衝撃……

 実証魔法が、それを否定できない。

 ガレスが舌打ちする。

 初めて、はっきりと。


「……やるじゃねぇか」


 うちは息を荒くしながら、距離を取る。

 腕が痺れている。

 でも、立っている。

 この領域で。

 この相手に。

 ——、一撃入れた。

 それだけで、十分だった。

 ガレスの攻撃が来ることは分かっている。

 それでも私は、杖を手放し、脱力する。

 うちの仕事は、終わった。

 あとは、彼の仕事だ。


「領域結界、『満ちず、満たされず、ただ欠けゆく道』」


 瞬間、ガレスの領域内に領域が生まれる。

 畳が、どこまでも続いていた。一枚一枚の緑は揃い、擦り切れもなく、新しさもない。踏み込めば沈み、力を込めれば吸われる。足音は立てず、音そのものが畳へと溶け込んでいく。

 

 空間の中央、千利(せんり)とガレスの間には炉畳が据えられている。切り取られた正方の畳、その中心に開いた炉。周囲を囲むのは書院造りの壁と天井で、無駄な装飾は一切なく、障子は閉じられ、柔らかい光が入ってくる。


 茶室と言えば、茶室だが、そこには床の間も、掛け軸も、花もない。あるべきものが最初から省かれたかのように、無かった。それが、この魔術の特性を顕著に示していた。


「この出会いに、感謝を」


 千利の礼節に、ガレスが侮辱の言葉を並び立てるよりも速く、千利(せんり)の姿がガレスの視界から消え失せる。

 そして疑問に感じるよりも速く、千利(せんり)の姿がガレスの目の前に現れる。

 ガレスが疑問と同時に感じる身体の圧倒的な脱力に気付いた瞬間。

 寂刀の刃が、ガレスの胸を深く切り裂く。


「——っ、ぐあっ……!」


 『満ちず、満たされず、ただ欠けゆく道』の効果。

 それは領域内の敵対対象の力、速度、魔力効率、技の完成度などと言った“盛り“を時間経過と共に低下&固定し、その低下分の“盛り“を千利が還元し身体強化、動作の冴え、判断の精度、魔術向上に変化させる。

 つまり相手はコンディションが低下していくが、こちらはコンディションが上昇していくという事。


「が……っ、くっ……!」


 戻しの刃で、更に腹を切り裂く。

 千利(せんり)はそのままガレスと肉薄する。

 剣を、刃を振るいながら彼が思うのはただ一つ。

 ここで、ガレス殿を、討ち取る。


 彼をここで討ち取らなければ、犠牲者がまだ出る。これ以上、この教育の場を血で汚してはならない。傷付き、血に塗れるのは大人である私のみで良い。

 千利(せんり)は視界の端で己の結界の縁を見る。


 不意打ちだった事もあり、ガレスの結界に上書き出来たが、生来の魔法と魔術という格の差が、徐々に己の結界を侵食している事を気にし、更に速める。

 一、二、三、四……腕の限界など気にせず、寂刀を振るう。

 八、九、十……腕に奔る痛みが、一瞬、意識を飛ばす。

 そして意識が戻った瞬間、ガレスの言葉が鮮明に聞こえる。


「これもお前の妥協だろ? なら——」


「その妥協をぶっ壊して、元に戻してやるよ!」


 千利(せんり)の頭から完全に抜けていた。

 領域結界の連続または同時発動は出来ない。

 しかし、その常識は魔法が一つだけの魔法使いの常識。

 魔法が二つあれば……


「領域結界、『為したことだけが、(ドゥン・イズ・)真実(トゥルース)』」


 領域結果の同時発動も可能。

 一つ持っているだけで強力な魔法を二つも所持し——

 無魔名、無詠唱を何のデメリットもなく平然と行い——

 何よりも魂魄の融合は魔法だけでなく、世界との繋がりも与え、二重の大河が流れる。

 キルケ・ケーオンは後に、魂魄融合薬の服用者を世界の常識を容易く乗り越える存在『超越者』と命名した。


「さて、後戻りだぞ。ここからどうやって俺を殺すというのだ?」

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