第123話:一息
二人の魔術師は、物陰に隠れていた。
「シェリー殿、無事ですかな?」
千利は胸の傷を抑えながら、隣の魔王の位を授かる少女に尋ねる。
「胸から血を流してるけど、戦えるから……無事といえば無事よ」
こちらも胸元の傷を手で抑えながら魔力で、応急処置をしていた。
「シェリー殿は、見えました?」
「身体強化に優れた魔術師のあなたが見えてないのなら、魔法使いにうちに見える訳ないじゃない。でも、何をしたかの検討はつくわ」
「それは私もある程度はついてますが……ブレイク殿の魔法を教えてもらえませんか? 戦っていたのなら、ある程度は分かってるでしょ」
「そうね、敵を前にして隠れてすることは情報交換と作戦立案だしね」
こうして、千利とシェリーの作戦会議が始まった。
まず行ったのは整理で、互いに相手していたブレイクとガレスの魔法の詳細を話した。
ブレイクの魔法は『実証魔法』、実際に起きた行動・現象のみを真実として固定・増幅する魔法で、攻撃無効化やカウンター運用してたけど、自分の行動強化も出来ると思って良いだろう。
ガレスの魔法、与えられたものを拒否できない『施与魔法』とは最悪級に噛み合った性能と言えるだろう。どちらも“すでに起きたこと、起きようとしていること“を基点に魔法を行使し、拒否という概念を二重に殺し、防御の構造を崩してくる。
例えるなら実証魔法は“裁判の確定判決”で施与魔法は“強制執行“だ。単体でも厄介なのに、同時に来ては覆す余地がなく。ここから弁護士を雇っても無駄だろう。
「だが、欠点もある」
千利の言葉に、シェリーは頷く。
こういう魔法は、否定に弱いのだ。
実証魔法も施与魔法もすぐに行われる訳じゃない。だから、その隙に否定を挟んでしまえば容易に無効化出来る。しかし、否定は概念のため敵以外魔法を無効化されている現状ではこの欠点を付けなかったが侘寂魔術という魔術でありながら否定を行える魔術のおかげで、何とか戦いは成立していた。
「千利さんが主体でうちはサブかな。あの二人は動けると思う?」
シェリーが言っているのは焼火と鵺のことだ。
「何とか隠れられたみたいですけど、傷の上からまた傷を負ったので当分は動けないでしょうね。だから、私たち二人だけであの化け物を殺さなければなりません」
千利は怪物、ガレスを見る。
二つの魔法を扱う魔法使い、そんな存在はもはや魔法使いには分類できない欄外の存在であり、化け物・怪物と言って差し支えないだろう。
思考を重ねる。
あの薬の効果は分からないが、服用者が一人の犠牲で今のガレスのようになるのであれば、アレがばら撒かれたら時点でこの世界は終わりだな。最悪な未来を想像しても意味はないな、考えるべきは今、どうするかだ。
「魔王と共闘出来るとは、光栄ですね」
「魔法が使えない魔王だけどね」
「それでもです」
二人は物陰からガレスの視界内に現れる。
ガレスとの距離は、五メートルほど。その距離は今のガレスなら一足で踏み潰せる距離だが、それはつまり一足分、一行動を消費するという事。
シェリーは動かない意味を思考する。
多対一の多側が意識する事は、行動の回数。一側が一つの行動を取った時、多側はその人数分行動する事が出来、今の私たちならガレスが一回行動する間に二回行動することが出来る。
それは、戦闘においては有利な事でチェスや将棋で一回行動しか出来ない者が二回駒を動かせる者に勝つのが困難なように。だが、それはちゃんと多側の者の行動が噛み合っていればの話だ。
全員が同じ行動指針でその指針に外れる事なく行動しなければならず、外れればそれは一回行動を無駄に消費し、利敵行為となりえる。
「選べないんだよ! お前らわ!!」
だが、ガレスは何の躊躇もなく、距離を詰める。
長鎌を低く構え、地を蹴る。
その一歩が踏み出された瞬間、実証魔法『無言実行』が発動する。距離を詰める行為が、結果として固定される。
世界がそれを事実として認め、ガレスの踏み込みは最短最瞬へと昇華する。
無魔名だが、その効力は何の低下も受け付けていなかった。
千利とシェリーはそれを、単純にガレスが別の存在になったからだとしか分からず、戦闘という限り少ない時間の中ではそう決定付けるしかなかった。
シェリーは魔力を噴き上げ、杖の先から魔力刃を形成した時には、もう遅い。
「来る!」
シェリーは迎撃に出る。
込める魔力を上げる事で切れ味の上がった魔力刃を振るうだけの純粋な近接。
ガレスは、その軌道を見て笑った。
「貧しいな、魔王……施してやろう」
『施与反転』。
シェリーが与えようとした斬撃は、敵意を失ったまま反転し、彼女自身へと返る。シェリーは千利から、施与魔法で出来る事を教えて貰っていたが、全て聞いて彼女が思ったのは“発動した時点で防ぐことも回避できないなら、聞く意味ないじゃない“という率直な物だった。
——受け取らされる。
咄嗟にシェリーは体を捻り、致命傷を避ける事は出来たが、肩口が裂ける。
それでもシェリーは引かない。
魔力を噴出させ、力任せに踏み込む。
「『寂落』」
瞬間、足元に静けさが落ちた。
「少し苦くなり過ぎですよ、シェリー殿」
千利の声は低く、穏やかだった。
シェリーはすぐにその言葉の意図と、今自分がしようとしていた事を思い返し、行動を止める。
焦り過ぎた。流石、織可のお兄さん、人を見ている。
止まった彼女の背後を、ガレスはここぞとばかりに長鎌を薙ぐ。
だが……
千利が僅かに早く、一歩前に出る。
「『侘刃』」
風切り音のない斬撃。
直撃ではない。だが、確実にガレスの魔力運用が更に一段階、下がる。
「……ちっ」
ガレスは即座に判断する。
ここで引くのは間違いだ。
この戦いで一番、厄介なのはこの男だと。
再び踏み込む。
『行為優先』と『無選択』を同時に発動する。攻撃するという行為は確定され、回避という選択肢は奪われる。
故に千利は避けず、ただ、寂刀を抜きながら、行使する。
「『欠盃』」
ガレスの一撃は、完成しない。
当たるが、決定打には絶対になりえない。
それでも、ガレスは笑う。
「当たる……その事実で十分だ」
『結界固定』。
また、千利の体に、同じ傷が刻まれる。
深くはなく、広がることは無かったが、傷は傷……確実に千利の体には負荷がきていた。
ガレスの笑みが深まり、勝利が瞼の裏に浮かぶ。
シェリーが、その隙に割り込む。
魔力刃を出した杖を両手で振り下ろす、単純で真っ直ぐな一撃。
ガレスは受け止めようとしたが——
その瞬間、力が突如、抜けた。
「『侘』」
盛りを削がれた腕が、僅かに挙動を遅らせる。
刃が、ガレスの脇腹を掠めた。
致命傷ではない。
だが、確実に削られた。
「……くそ」
ガレスは後退する。
初めて、この状態になってから自ら距離を取った。
千利は追わない。
シェリーも息を整えるだけだ。
「あなたを確実に……終わらせる戦いです」
千利は静かに言う。
「勝ち負けは関係ありません。ただ、あなたを殺さなければならない」
ガレスは歯を見せて、笑った。
「ああ……そうか、そうか。お前らが死ぬまで付き合ってやるよ!」
魔法使いを超越したガレス、彼にはまだあった。
生きていくうちに培われた魔法使いとしての誇りという傲慢な心が。
そして……
ブレイクの意思を受け継いだ自分が敗れる事などないのだ。
という自身が。




