第121話:融合
テロリスト『傷跡』に協力する錬金師キルケ・ケーオンは千利とガレスの戦いに遭遇し、物陰から、その戦いが終わるまで見ていた。
ガレス・スクラップを下すなんて……茶淡千利、障害ね。
いや、障害なのは伝承魔術『侘寂魔術』の方ね。
三代目茶淡家当主、茶淡門左衛門、又の名は伝承改師。
初代とその近親者が生み出した多くの伝承魔術を門左衛門は全て、大胆にも改造し、魔術の域を超えた魔術へと昇華させ、当時の魔術師一族全てに求められ、三代目魔王殺害にも協力という形で関与しているとされている。
そんな門左衛門自身が最高傑作とまでいかなくても、傑作と評した侘寂魔術。
侘寂魔術、その効果は簡単に言えば……
“あらゆるものを完成させる前に終わらせる“。
戦いで相手を制するのではなく、自ら終わらせる。
「さて〜〜私は、どう動いたものかしら私自身は戦力として数えられないし、私に出来ることと言えば——」
***
建物を複数破壊する形で、人影が建物を突き破って、千利とガレスの目視できる範囲内の建物に激突する。
「イテェ、クソが……」
その声色をガレスは知っていた。
土煙が晴れると同時に、その姿が露わになる。
「ブレイク……お前……」
「ガレスか、少しヘマした」
そういうブレイクの左腕は肩から先がなくなっていた。
「何があった?」
「クソ魔法使いにやられた」
魔法使いに……
その場にいたブレイク以外の全員が同じ感想を抱いだ。
特に、驚いたのは盗み聞きしていたキルケだった。
嘘よ。あの結界の効果をこんな短時間で無効化したなんて……
そんな事が出来る魔法使いが居るとしたら、化け物よ。
「結構、吹き飛んだわね。まだ調整が足りないわ」
そういうブレイクが空けた穴を通って、一人の魔法使いが姿を現す。
「「「魔王……」」」
鵺、焼火、ガレスの声が重なる。
それはシェリーだった。
「初めまして、私は茶淡千利と申します。織可の兄です」
「ああ、織可のお兄さんなのね。すまないわね、あなたの弟を完膚なきまでボコした、シェリーよ。初めまして、千利さん」
「いえいえ、魔王のあなたと戦った事を弟は誇りに思ってますよ。それよりも、魔法が使えるのですか?」
全員が疑問に思っていたことを、千利が尋ねる。
「え、うちは魔法使えないよ」
鵺、焼火は呆けた声と表情をする。
「魔法は使えないけど、魔力は操れるから魔力を放出して戦っているの」
ガレスとキルケは驚く。
魔力放出という単純な技で、魔法を使えるブレイクを圧倒したのか……
ガレスはブレイクの方を向く。
「ブレイク……まだ、戦えるか?」
「そっちはどうなんだよ?」
「十分とは言い難いが、戦える」
「そうか……クソ、これじゃどっちが悪役か分からねぇな」
ブレイクは右腕を使って、立ち上がる。
ガレスも長鎌を使って、立ち上がる。
「シェリー殿、まだ魔力が余っていますか?」
魔力放出は魔力を最適に扱う術であるが、魔法や魔術より魔力消費が激しいのは分かりきった事だから、千利は尋ねる。
「この程度の魔法使い、何人増えた所で変わらないし魔力も十分にあるわ」
シェリーの自信満々の回答を、千利は信頼する。
「そうですか。それでは、すぐに片付けましょう」
千利もこの二人は殺さない限り止められないと、殺す覚悟を決める。
「行くぞ、ガレス」
「ああ、ブレイク」
二人は駆け出し、それぞれ攻撃しようとするが、そんな二人を止めるように一人の人物が割り込む。
「二人とも止まろうか」
その人物は小柄で黒い外套に全身を包んでいるのと声が加工されているからか女性か男性か判別が出来なかった。
「私は傷跡所属の錬金師よ」
ブレイクとガレスは安堵する。
傷跡、自分たちを解放した騎士の仲間、それだけで信頼出来た。
それをはたから見ていた千利とシェリーは相手の出方を伺う。
錬金師、まだ生き残っていたか。
魔法使い、魔術師、魔導師よりも魔剣師に近い性質の魔力持ちの種。その種は、魔力によって特別な道具を造り出す。
後衛向きな能力を持つ錬金師がこんな前に出ている時点で何かあると考えていいな。無闇やたらに攻撃したら何が出るか、分からない。
「九言衆もあらかた殺されてしまって、こちらは君たち二人に期待するしかないんだ。だから、特別な薬物をあげよう」
ブレイクとガレスは、仲間が殺されたことを気にも止めない。
だって我々は、リーダーを中心に集まって寄せ集めの者たちでしかないのだから。リーダーが死んでいないのなら、それで良いのだ。
人物は懐から二つの薬剤を取り出し、両手に一つずつ置き、ブレイクとガレスの前に出す。その錠剤は赤と青の薬だった。
「端的に説明しよう。青の薬を飲めば、強大な力を得て生き残る事が出来る、赤の薬を飲めば苦しんで死んで青の薬を飲んだ者の贄になる」
○か×か以上に明確な分け目のある選択肢だった。
だから、二人は悩む。
どちらが生き残った方がリーダーの為になるかを。
ブレイクの魔法も、ガレスの魔法、どちらも戦闘特化で強力だが、リーダーは二人以上に強力な魔法を持つ魔法使いだ。だから、二人どちらを生かすかの明確な根拠とはなり得ない。
時間を掛ければ、決められそうだが千利とシェリーがそれを待ってくれる事はない事は確実だ。今は錬金師を警戒して、手出ししてこないが時間を掛けるほど痺れを切らして攻めてくる事は容易に想像できた。
だから、この状況で判断材料として有力視されたのは……腕のある無しだった。ブレイクの左腕は欠如しており戦いにおいては大きく不利だが、それはガレスにも言われた事だった。彼の右腕もまた、力が入らず何も持つことは出来ない事が確実だった。
「ブレイク……俺が、赤い薬を飲む」
ガレスは決めた。
ブレイクの腕は治せば、どうにかなるが自分の腕は千利を殺しても元に戻るか分からない。そんな結果の分からないことより、結果が分かりきっている選択肢を取るのが最善だった。
「すまない。ガレス」
謝りながらブレイクは青い薬を手に取る。
ガレスもまた赤い薬を手に取る。
そして二人は同時に、服用する。
薬を服用して一分も経たない内に効果が現れ始め、一人は苦しみ始める。
そして、すぐに死んだ。
生き残った方は、浮かない事をしていた。
「何で、何で……俺じゃなくて、ブレイクが死ぬんだよ?」
「それは、教えた薬の効果が逆だからだよ」
「何で……」
ガレスは錬金師を恨みの視線で見る。
「逆に教えた理由は、この方が薬の主作用が強化されるからね。それに、君らどっちが死んでも何も関係ないからね。だけど、言っていた通り生き残った方には強大な力が宿るよ」
瞬間、遺体となったブレイクの体が蠢き始める。
異形となり、まるで必然のように、ガレスへと引き寄せられていく。
触れ合った瞬間、ガレスの頭の奥に雷が落ちたような激痛が走った。
頭が割れる――そう錯覚するほどの衝撃に、思考は砕け、叫ぶ余裕さえ奪われる。
視界が歪み、音が遠のく。
人として積み重ねてきた感覚や境界が、内側から崩れていくのがわかった。
恐怖も理性も溶け合い、もはや”人間”であるという輪郭が保てない。
痛みが引いた時、錬金師の言葉がガレスの脳内に響く。
「さて、君はどんな存在になったのかな? 楽しみで仕方ないよ」
ガレスはその言葉と、己の体に対する理解から分かる。
ああ、自分は人ではなくなってしまった。のだと。




