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黒泥の魔術師  作者: 11時11分
アヴァロン島占拠事件 ~親友に恋し、初恋を愛す~
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第120話:侘び寂び

 ガレスは傷口を手で抑えながらうめき声と共に尋ねる。


「風切り音がしなかったぜ…魔剣か」

 

 魔剣。

 魔力を持つ種族が一種、魔剣師が鍛造する事が出来る特殊な力を持った刀剣類だ。その力は千差万別で良し悪しがはっきりしていたが、持つだけで大きく強くなれるので魔法使いと魔術師の多くは彼ら、魔剣師の事情など聞かずに、魔剣()を求めた結果。


 22年前に魔剣師率いる剣軍と境会率いる杖軍による大規模戦争、杖剣大戦が勃発した。一年で終戦したが、結果は歴史的な視点で見るなら双方の痛み分けだった。剣軍は全滅し、数を大きく減らした為に一年も経たずに魔剣師は絶滅。杖軍も優秀な人材を多く失い、戦争最中に死と殺しに魅入られた者たちが魔法使いと魔術師に多数生まれ、魔法使いの方は千夜城に魔術師の方は捕獲できた者は全員、斬首された。

 

 そうして、もうこの世に生み出されることのなくなった魔剣は一種のオーパーツとして表でも裏でも大金で取引される武具となり、その貴重さから戦闘の場面で目にする機会も少なくなった。


「魔剣『寂刀(じゃくとう)』。先々代茶淡家当主が友から貰った”風切り音が発生しないだけの魔剣”ですよ。魔剣らしい派手さはないけど、こっちの方が私の美学にあってますし、戦闘でも厄介でしょ」


「ああ~厄介、極まりないな」


 身体強化状態での剣術、体術を含めた近接戦闘技は感覚を一つ欠いただけで回避・防御が難しくなる。身体強化特有の魔力移動と揺らぎによって次にどこから攻撃が繰り出されるかは一秒前に分かるが、来ると分かっていても避けるのも防ぐのも困難で、それをするためにこちらも身体強化を回し、感覚を研ぎ澄ましている。


 例として出すなら剣術だ。

 視覚によって捉えた手首の動きなどから振る方向と力の入れようが、肌に感じる刃より先に来る風の感触、そして聞こえる風切り音からタイミングを判断していたが、寂刀はそのタイミングを掴む事が出来ない、つまり”いつ襲ってくるか分からない斬撃”を回避または防がなければならないのだ。


 千利(せんり)は寂刀を正眼に構える。

 その刃と同じく鋭い視線がガレスの体に突き刺さるが、ガレスもまた獲物を狩る狩人の視線をもって応え、視線は交差する。

 ガレスは長鎌を低く構える。

 無音。いや、微かに響く踏み込みの音。

 そして、ガレスの眼前に迫った寂刀の――月光を纏った煌めきの刃。

 愚直に真っすぐ、頭を狙った一撃。


「ッ――!!」


 魔剣は特殊な力を持つと同時に、その切れ味も優れた物で先ほどのように魔力で強化されていたとしても容易く切り裂かれる。

 しかし、相手はただの魔法使いじゃない。

 ガレス・スクラップ、数名の戦闘が得意な魔法使いが常駐している元老院議員が長の伯爵級魔法使い一族の大邸宅を単独かつ一晩で血祭りにあげた”革命”のガレス。

 半歩下がり、ガレスは刃が当たらないギリギリで回避する。

 そして、長鎌を刈り上げるように斜め下から上に向かって振るうが、それよりも早く、千利(せんり)は一歩前に踏み込む。

 振り下ろし終えた寂刀の刃を空に向け、返しの刃で肩と首の付け根を狙う。


「俺は、魔法使いだぜ――魔法、使わないでどうする」


 ガレスの魔法は”与えられたものを拒否できない”という概念を強制する魔法。

 だが、与えられたものとはどこまでが魔法対象の範囲として含まれるのか?

 魔法使いは自我を獲得すると、己の持つ魔法の効果が文章として最初から理解できる。その文章をもとに技を術を生み出していくのが一般的な魔法使いだが、最高峰にたどり着いた魔法使いはその文章を己の人格と考え方に基づいて”解釈”することで己にあった魔法とする。ヴィヴィアンのように本能的に行える者もいれば、セルヴィスのようにちゃんと理論立てて行う者も居る。


 後者だったガレスはまず、己の魔法を再定義した。

 魔位の賢者が魔法の階位分けと同時期に行った全ての魔法を記す書物の作成。そして生まれた大奥義書に記された上位魔法「施与魔法」の記述は、ガレスが自我を獲得すると同時に理解した”与えられたものを拒否できない”という概念を強制するというものだ

 

 ガレスの定義だと。施与魔法=既に起きようとしている現象を”施し”と定義することで、それを拒否という概念から切り離す魔法。

 そしてガレスは、寂刀による攻撃を施しと定義する。

 すると、ガレスはこの攻撃を回避することが出来なくなるが、更にガレスは解釈する。

 与えたものは誰かが受けとらなければ完結しない

 そして、この状況下で最も自然な受取人は与えられた側ではなく、与えた側だ。


「『施与反転(リバース・アルム)』」


「うっ……」

 

 千利(せんり)の肩と首の付け根が裂け、鮮血が舞う。


「返すぜ、その痛み」


 千利(せんり)は一歩下がり、利き手ではない方の手で静かに傷口を抑える。血の気配はあるが、顔色に変化はまったくない。


「……なるほど。解釈ですか」

 

 千利(せんり)の言葉に反応することなく、ガレスは口元に笑みを浮かべながら長鎌を振るう。

 間を詰めるでもなく、逃がすでもなく、ただ”次の施し”を重ねる軌道。


「選べないだろ? それが俺の生きてきた乞食の生き方だ」


 刃が、空間を薙ぐ。

 千利(せんり)は退かず、行使する。


 『(わび)』。

 無名での簡易発動だが、ガレスの一撃の勢いは削がれる。

 鎌は確かに届いているが、決定打になる盛りがない。

 続く二撃目。

 『(さび)』。

 音が、落ちる。

 元よりない風切り音も含め、踏み込みの圧でさえも、静かに古びていく。


「ちっ……!」


 ガレスは踏み込む。

 数を重ねれば、いつかは”与え、受け取らせる(施せる)”と信じて。

 千利(せんり)はその信念を否定はしない。

 ただ、敵として終わらせる。


「『欠盃(かっぱい)』」


 長鎌の軌道が、完成直前に欠ける。

 当たる。だが、致命傷にはならない。

 千利(せんり)は一歩、ガレスを間合いに入れる。


「『侘刃(わびじん)』」

 

 音もなく走った斬撃は、ガレスの体を裂かない。

 だが――

 ガレスの魔力の巡りが、明らかに鈍る。


「なにを……した……?」


「あなたを、少しだけ()くしました」


 ガレスは歯噛みし、鎌を振り上げる。

 施しを拒まぬ狂気が、施しを拒ませない覚悟が、なおも彼を前に出させる。

 千利(せんり)は、退かない。


「『寂落(じゃくらく)』」

 

 足元から、静寂が染み出す。

 踏み込もうとした力が、行き場を失う。

 その瞬間。


「『静点(せいてん)』」

 

 千利(せんり)の寂刀が、鎌を握る腕の一点に触れた。

 音はない。

 衝撃もない。

 ただ、その腕だけが――


「もう戦う理由を失ったか」


 ガレスの鎌が、重力に従って落ちる。

 そこでやっと、ガレスは千利(せんり)の固有魔術を理解する。

 侘寂魔術。

 茶淡家に受け継がれる伝承魔術の一つで、「不完全・老い・静寂・衰退・余白」を価値として固定し、物質・精神・空間すら完成させない方向へ導く。造り出した初代の近親者から天才魔術師であった三代目によって半歩、魔法の領域へと踏み入った魔術の極地、天井を叩く魔術の一つ。 


 千利(せんり)は距離を保ったまま一礼する。


「……施しは、確かに拒めない。ですが、終わりもまた――必然です」


 ガレスは笑おうとして、笑う事が出来なかった。

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