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黒泥の魔術師  作者: 11時11分
アヴァロン島占拠事件 ~親友に恋し、初恋を愛す~
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第119話:茶聖

 一級魔術師『茶聖の魔術師』茶淡千利(ちゃうす せんり)

 彼のことを見知った人物に、彼を一言で現すとどんな人物か? と尋ねると、尋ねられた全員が同じ、またはその同じ回答に似通った事を答える。


「彼は、茶道。つまり、万人に礼儀を持って対応する人物だ」


 茶道には、侘び茶を説いた茶人が作り出した基本的な七つのルールがある。

 1、茶は服のよきように…何事にも感謝を第一に。

 2、炭は湯のわくように…タイミングは丁度良く。

 3、夏は涼しく冬暖かに…環境にあった配慮を。

 4、花は野にあるように…素材の良さを生かす。

 5、刻限は早めに…一期一会の心構え。

 6、降らずとも雨の用意…常に最悪を想定し、対策を。

 7、相客に心せよ…会った者に敬意を払い、配慮する。

 この七つのルールを正しさに、彼は考え、行動する。

 それは戦闘であっても、変わらぬ彼の不文律だった。


 ガレスは長鎌を退き、急に登場した千利(せんり)を警戒して、数メートルほど距離を取り、観察する。

 年齢は25歳ほどで落ち着いた茶髪を首元で一つ結びにし、中庸な顔立ちにある切れ長の目がこちらを見据える。

 服装は深い緑や墨色を基調とした和洋折衷の装いの上に、羽織に近いシルエットだが、動きやすいように調整された上衣を纏い、足袋型のブーツを履いている。


「そんな警戒しなくて良いですよ。初めまして、私は茶淡千利(ちゃうす せんり)と申します……以後、お見知り置きを」


 敵が目の前に居るのに、千利(せんり)は平然と挨拶と礼を行う。

 敬、敵であっても軽んじず、殺す時ですら礼を失わない。


「お前、変な奴だな。魔術師なのは分かるが、魔術師らしくない。かといって魔法使いらしくもない」


 ガレスの言葉はこの世界では、合っている。

 千利のような人物、人格はこの魔術と魔法の世界においては、変人に位置する。勿論、黒曜家やホワイト家も変人と言えるが、千利を含む茶淡家の人間の変人度合いはそれを超える。

 織可はあんまりだが、茶淡家の人間はある時期を超えると途端に変な人になる。一週間前は普通の人だったのに、今では菜食主義を貫き、身なりに頓着しなくなった者も居たらしい。


「あなたの御名を教えてくださいますか?」


「ガレス・スクラップ。お前を殺す男の名だ」


「そうですか。殺せると良いですね」


 ガレスは思わず、呆けた顔をしてしまう。

 殺すと殺害予告されたのに千利(せんり)の、それを応援するという奇行にそれを見聞きしていた(ぬえ)焼火(しょうか)も唖然とする。

 だが、(ぬえ)はすぐに助けてくれた千利(せんり)に忠告する。


織可(おりべ)の兄上ですよね? あいつは厄介ですが、魔法は分かっているので魔法の効果は——」


 それを遮るように千利(せんり)は振り返り、口元に指を近づけシーのポーズを取る。


「結構ですよ。あまり喋ると傷に触るので安静に、すぐ介抱してあげたいんですが、ガレス殿は許してくださらないと思うのですいません」


「おいおい、俺を無視するなんて酷い奴だな!」


 ガレスの姿が引っ張られ、千利(せんり)の背後に現れる。

 そして長鎌が逃げ道を塞ぐように横に振るわれるが、それよりも僅かに早く、千利(せんり)は振り返りながら呟く。


「『(わび)』」


 瞬間、ガレスに違和感が生じる。長鎌を握り支える両腕の握力が途端に弱っていき、盛りが失速していく。

 そんな状態で振るった長鎌の刃が、千利(せんり)の姿を捉えることはなく想定よりも大きく下の方を薙ぐ結果に終わる。

 そして、千利(せんり)は一歩、詰めるように踏み込む。

 右掌打が、胸に突き刺さり、衝撃が浸透すると同時に内臓を揺らす。

 遅れて、更に同じ掌で顎を打ち、脳をも揺らす。


「くぁかはぁ」


 血反吐と共に息が口から漏れる。

 フラフラの状態で両膝を地面に付け、仰ぐように千利(せんり)の顔を見る。

 それは魔法使い。いや、今まで魔術師を獲物として狩ってきたガレスにとって屈辱的な醜態だった。

 クソがぁーー!! ガレスはそう心の中で叫ぶ。

 脳震盪の影響で、まともに喋ることも魔法を行使することも未だに出来ない


「少し渋い(強い)と思ったんですが……()かったですね。私も読み間違えるとはまだまだ苦いですね」  

 

 やっと脳が若干、回復し喋るようになる。


「クソが、クソが、クソが、クソがぁ!! 俺が、この俺が獲物如きに、魔術師風情に膝を屈するなど! ありえない!」


 ガレスは自分に言い聞かせるように大声で連呼する。

 それを半ば聞き流しながらも千利(せんり)は答える。


「確かに私には風情がありますが、魔術師の風情はないんじゃないですか? 私が言うのもなんですけど……それと——」


 千利は笑顔でガレスを見ながら続ける。


「ここらで終わりにしませんか。あなたがこれ以上、人を傷つけないのなら私もあなたを傷付けませんし、殺さないとお約束するので」


「何を言っているのだ?」


 さっきまでの怒りが千利(せんり)の思いがけない言葉に驚きを通り越して呆れ、冷めてしまった。


「何をって……妥協、均衡ですよ。私はあまり人を殺したくないので、ここらで収められるのであれば上々です」


 千利(せんり)の発言に、ガレスは冷めた怒りがまた湧き立ち始める。


「貴様に、貴様に魔術師の誇りはないのか? 魔術師の、魔法使いの人としての道理と伝統はないのか!?」


 今まで見たことないほど冷めた。いや、冷めすぎた視線が千利(せんり)からガレスに向かって放たれる。


「……やめてほしいな。一般常識とか固定観念をさも、世界のルールかのように言うのを、私のことを異端者にでもしたいのかい?」


「はぁ、常識は守ろうぜ、魔術師! 『『過剰(エクスセス・)施与(ハンドアウト)』」


 膨大な魔力が、千利(せんり)に向かう。

 拒否出来ない、強制必中攻撃、受け取った者は吹き飛び、魔力回路が麻痺して、魔力持ちとして何も出来なくなる。

 千利(せんり)は膨大な魔力を受け取り、制御出来ない魔力が体内で渦巻く。

 ガレスは笑みを溢し、必然の結果を見届けようとする。 

 しかし、その必然は覆る。


「『枯衰(こすい)』……殺人鬼のあなたが言うか、それを」


 魔術師の体、以前に他者の魔力の為に操作することが困難な膨大な魔力が、急に千利(せんり)の体内から消え失せる。


「はっ?」


 またガレスは呆けてしまう。

 その隙を千利(せんり)が見逃すはずはなく、ガレスの胸に鮮血が舞う。


「ぐふぅ……」


「交渉、決裂でよろしいですか?」


 千利(せんり)の右手には上衣に隠していた仕込み杖から抜刀された仕込み刀が握られ、月明かり照らすその刃には、赤い血が散っていた。

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