第116話:省略
宗近と赫怒はブレイクと目線を交差させていた。
空気が張り詰める。
先に動いたのは宗近だった。
「——『居合、構え』」
刀を納め、居合の構えを取った瞬間から彼の存在は鋭利な刃となる。
攻撃力と敏捷性が一気に跳ね上がり、世界が一拍、遅れた。
瞬間。
「『居合、抜刀一文字』!」
直線。
無駄のない最短距離の斬撃。
——だが。
「……斬れてない!?」
ブレイクは半歩も動いていなかった。
そして刃は確かに振るわれた。
だが、斬れたという結果だけが存在しない。
「どうした? 刀剣家の剣士」
宗近はブレイクの言葉を流しながら、即座に判断を切り替える。
「ならば、数だ」
宗近は納刀し、『構え』を再発動し、放つ。
「『居合、抜刀八文字』!」
一瞬で八方向。
剣術としては完璧な連撃。
しかし、その斬撃たちの前にしてブレイクは前に出る。
避けない。
防がない。
ただ、行使する。
「——『結果固定』」
八つの斬撃に、“当たらなかった“という事実だけが確定する。
宗近の目が、わずかに見開かれた。
「……剣が、斬撃が、否定された?」
宗近の背後から、赫怒が吠えた。
「考えてんじゃねぇ!! ブチ殺すだけだろうが!!」
「『憤怒』!!」
怒りが噴き上がる。
筋肉が膨張し、魔力が熱を帯びる。
「『憤撃』!!」
真正面からの一撃。
回避も、技巧も捨てた純粋な破壊。
——今度は、当たった。
ブレイクの体が後退する。
「チッ……魔術師風情が」
「……なるほどな」
赫怒は怒りの表情を浮かべながら、笑った。
「全部の攻撃には適用出来ないのか。確率操作か、それとも……まぁ、良い。攻撃が効くってんなら、殴り続けるだけァだろォがァ!!」
「『義憤』!!」
強者に対する怒りが倍増する。
ブレイクという“否定そのもの“に向けた怒りが、赫怒を更に強化する。
「テメーみたいな奴が一番ムカつくんだよ!!」
だが、次の瞬間。
「『実証反撃』」
ブレイクが受けた衝撃、痛み。
そして、耐えたという事実。
それが、そのまま赫怒に返る。
「……ぐっ!?」
赫怒は吹き飛び、地面を転がる。
「どうした? あの一回戦みたいにすぐ敗れるのか」
「チッ……うるせぇ野郎だな。だが、ボルテージが上がって来たぜ」
赫怒は立ち上がる。
「『癇癪』!! 死に晒せやぁァ、ボケ!」
冷静さを完全に放棄し、怒りが全身を満たし、痛みも恐怖も消える。
「まだだァァ!!」
その瞬間——
宗近が割り込む。
「赫怒、下がれ!」
「邪魔すんな!! ボケ!!」
「——黙れ」
宗近の声は低い。
そしてブレイクに向かって、抜刀する。
「『居合、抜刀十文字』」
十の斬撃。
それらが限りなく同時に、ブレイクを襲う。
しかし——
ブレイクは静かに言う。
「『実行証明』」
「お前たちが“出来ること“は——」
斬ろうとした。
殴ろうとした。
倒そうとした。
勝とうとした。
「何もない!」
だが、実際に出来たことは何もない。
その差分が、赫怒と宗近を同時に叩く。
宗近は膝をつき、刀を支えにする。
赫怒は、なおも前に出ようとした——そして、倒れた。
ブレイクは二人を見下ろす。
「怒りも、剣も、本物だ」
「だが——」
「結果を出せなかった時点で、終わりだ。そこには何もないんだよ」
彼は背を向け、他の場所に向かおうとした。
しかし、それを叶わず、彼に話し掛ける者が現れる。
「それは違うわ」
それは、少女の声であった。
ブレイクは振り返る。
「うちが来たという結果を彼らは成したもの」
ブレイクは呟く。
「魔王シェリー……試合の場で泣きじゃくったお前に、何が出来る?」
「そうね。確かに……泣いた。でも、泣き虫が弱者っていう確証はないでしょ?」
シェリーは杖を構える。
***
魔王とブレイクの戦いの火蓋が切られようとした居た頃、盆景魔術を発動させた織可、そしてマグスはフィンチを見ながら密かに作戦を話していた。
「マグスさん、この環境なら勝てますよね」
「ああ。勝ちに行くぞ」
その言葉に、織可は自分たちとフィンチを分断するように壁を立てる。そして、一つの穴の中に入り、フィンチから離れるように移動する。
「この洞窟の全容は、直径一キロほどの球体です。どこの穴がどこに通じるか覚えてますので、遠隔でやりましょう」
織可は洞窟内に意識を向け、フィンチの位置を補足する。あまり最初の位置から動いていないようだった。好都合だ、あそこは中心のため穴も多く、攻撃しやすい位置と言える。
「マグスさん」
マグスから、無数の手腕が生え出し、穴の方に向かう。
生えた腕の先から、更に手が分岐し、洞窟の穴へと滑り込む。
「ここは僕の庭です。逃げ場は多いですが、隠れることは出来ない」
遠隔、だが確実に削る。
フィンチが別の穴へと飛び込んだ瞬間、その先の壁から、腕が突き出た。
回避するが、別方向から、別の腕が出てくる。
「チッ」
フィンチの声が反響する。
その時、僕は一歩、足を踏み鳴らした。
「狭くなれ」
景色が変化する。
通路が収縮し、剣を振るうのが困難なほど、天井が低くなる。
足場は崩れ、穴の縁が鋭く削れ、歩くのも容易ではなくなる。
逃げる方向が、自然と限定される。
「マグスさん、右上の縦穴」
「了解」
向かわせていた腕が、縦穴の上から落下。
そして、フィンチの体を掴む——はずだった。
だが、腕は破壊され、叩き落とされる。
「マグスさん、攻撃された腕をこっちに戻せます」
「何でだ?」
「確認したい事があるので、マグスさんは念の為、攻撃を続けてください」
すぐにフィンチに攻撃された腕が織可の元に来た。
その間もフィンチを四方八方からマグスの手腕が攻撃しているが、大したダメージを与えられずに居た。
「これは……」
織可はその攻撃跡を確認する。
千切れたわけでも、弾かれたわけでもない。最初から、そこまでしか存在していなかったのような途絶え方だった。
「クソ……何、されてる?」
今も盆景魔術で展開した洞窟が、意図せず単純化している。構想が壊されたのではない、選択肢が減っている。
「……要点だけ」
穴の向こうから、短い声。
次の瞬間、洞窟の奥行きが、唐突に浅くなった。
「距離が……縮んだ!?」
マグスが複製した手腕を伸ばす。
今度は届く——はずだった。
だが、腕は途中で止まる。
「いや……違う。途中が、ない……?」
僕は息を呑む。
空間が歪んだ形跡はない。
ただ、中間という概念が存在しないのだ。
そして、フィンチは確実にこちらに近づいている。
「……多い」
その一言で、フィンチの方に向かわせていた手腕の多くが、急に制御不能になり、途絶える。
「何が起きてる」
壁が壊され、直通で近づいてくる。
「マグス、下がれ」
織可は即座にフィンチが来るルートの地形を複雑に組み換え、視界と距離を分断する。
だが、展開された地形が、数秒で平坦になる。
「……?」
「干渉されてる……!」
魔術は行使され、生きている。
だが、確実に削られている。
フィンチの姿を視界に捉える。
「……冗長」
その言葉と同時に、洞景の使われなかった構造が、次々と消える…
「……まるで」
織可は、知らずに呟いた…
「世界が省略されている……」
だが、それなら……
「また、次の景色を生み出せば良い。分かったぞ、お前の魔法が……」
盆景魔術を行使し、相手の魔法を封じる景色を生み出す。




