第115話:散開
茶淡織可、刀剣宗近、逆鱗赫怒、灰骨焼火、夜烏鵺、マグス・ラナティの五名は身構える。
敵は魔法使いで、殺し慣れしている。
何よりも、この戦いは生死を賭けたキングクラウンの試合とは違う、正真正銘の戦い。
本物の戦いという緊張感から五人は、コンディションを落としており、だから、敵一人の動きにすぐに対応出来なかった。
「ゴミの雨を降らせてやるよ!」
ガレスはその言葉と共に魔法を行使し、周囲の瓦礫・破片・魔力残滓など“価値の低いもの“を集め、織可に向かって無差別に降らせた。
「『残飯雨』!」
「……皆んな、一人で当たるな。僕は、魔術の準備をする」
織可の言葉に全員、視線で肯定し、攻撃を避けながら散開する。
それぞれ場所から宗近と赫怒、焼火と鵺、織可とマグスに分かれる。
「ブレイク! 剣士と赤髪の方を頼む」
「俺に命令するなんて、俺の行動は俺が決めるんだが、まぁ……この二人殺したかったから良いぜ」
ブレイクは宗近と赫怒の方に視線をやる。
「俺は灰髪と獣野郎とやる。フィンチ、お前は残り物で良いよな?」
フィンチは無言を貫く。
「ああ、本当に喋らねぇな! 勝手にやるぞ」
ガレスは、焼火と鵺の方向に向かう。
その行動をフィンチは見送ると、自分も動き出す。
***
織可、マグスの二人は狭い路地道を駆け抜けていた。
「マグスさん、さっき言った通りなんで頼みます」
「分かりました。時間稼ぎは得意な方なので……」
瞬間、背後から起こったとてつもない魔力と共に、フィンチの姿がマグスと織可のすぐ背後に現れる。
織可は驚愕を隠せず、表情に出る。
速い、速過ぎる……どっちで向かうか逡巡した時間を含めても速過ぎる。
そして、フィンチが右手に持つ剣の刃が街灯の光に反射した瞬間——
マグスが咄嗟に出した無数の腕を切り捨てる。この盾が無かったら、僕は死んでいた事だろう。
「止まってもらおうか」
マグスが自身の足から出した、腕で構成された領域に生えた手がフィンチの足首を掴み、止める。
それで俺たちは体勢を整え、フィンチを見る。
フィンチは刃に付いた血を払い、構える。
僕はその時、濡羽に言われた事を思い出していた。
「え、魔法使いとの戦い方? そんなのないよ」
僕の魔法使いとの戦い方を教えてくれないかという質問に対する第一声はそれだった。濡羽の叔父である彼我見も、濡羽自身も魔法使いを倒すことが可能な魔術師だ。だから、何か方法があると思っていたのにな。
「そう、がっかりするなよ。俺が戦闘で意識していることを教えてやるからよ」
僕はその話に食いつく。
「魔法使いとの戦闘で大事なのは、その魔法使いがどんな魔法を扱うかだ。それを見極めなきゃ、魔法使いに勝つなんてまず無理だ。まぁ、単純な魔法なら相手から教える場合もあるけどな。それなら、どうやって見極めるのか……それは簡単な事だ。思考しながら相手の一挙手一投足を見る、どんな魔法なら今起きたことを説明出来る、今した行動の原理と意味は……思考を重ね、重ねていくうちに無限にある答えの中から、一つに絞ることが出来る。後、重要なのは……」
僕は濡羽に言われた言葉を口にする。
「マグスさん、『魔法の事を過信せず、魔術だと思って下さい。そうすれば緊張も解けます』」
「確かに、そう思えば緊張も薄れるな。前衛は任せろ、お前は自分の魔術に集中しろ」
「分かりました」
織可は、フィンチを見ながらも、立ち止まり集中する。
「魔法使い、お前の相手は私だ」
マグスの全身から手腕が複製され、生え出す。まるで蜘蛛のような見た目になると同時に、マグスは更に魔術を行使する。
腕の中に無数の手腕を限界まで生み出し、暴発寸前の大砲のようにする。そして、それらを複数用意し、敵に向けて、放つ。
「『تفنگ آب』」
その言葉と共に、狭い通路を埋め尽くすほどの手腕がフィンチに向かって濁流のように向かう。それは圧倒的物量による災害だった。
「『極短縮』」
手腕の群れは一瞬にして米粒ほどの大きさに纏められ、最後は消え失せた。
フィンチはマグスの顔を見る。
しかし、その顔には自分の技を一瞬で絶望されたことによる絶望はなく。
「想定内だ。魔法使い」
瞬間、フィンチの左右の壁を破壊し、背後から手腕の群れが出現し、飲み込む。
飲み込まれる直前、フィンチは視界の端に捉える。
マグスの足元から形成された領域が建物も侵食して、広範囲に広がっているのを、そこからこの手腕を生み出したのは簡単に理解出来た。
フィンチの体は完全に、手腕の形成した球形の檻の中で無数の腕によってもみくちゃにされていることだろう。
「織可の力は使わなかったな」
マグスは勝った感じを出しているが、そんな中、織可が呟く。
「いや、まだだ」
その言葉が示すように——
「『短断』」
その言葉と共に球形は両断され、中から無傷のフィンチが現れる。
「チッ……」
マグスは理解した。
もう先程の手がフィンチに通用しない事を、そして同時に自分に出来ることはもう無いことを。
だから、背後の織可を見る。
「時間稼ぎ、ありがとう。盆景魔術——」
壁も天井も地面も、無数の穴が穿たれた洞窟は、呼吸するように冷たい空気を吐いている。穴の奥は闇に沈み、どこかで水滴が落ちる音だけが反響する。足元の影が揺れるたび、洞窟そのものがこちらを見ている気がした。
「『洞景』」




