表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒泥の魔術師  作者: 11時11分
アヴァロン島占拠事件 ~親友に恋し、初恋を愛す~
126/141

第114話:ほつれ

 久刹(くせつ)の脳内に溢れる紡ぐべきだった言葉。

 それは静かで、祈りにも似た言葉で縫うように丁寧に紡ぐ。

 まだ辿り着いていない未来よ。

 だが、いずれ必ず至る完成よ。

 時間よ、先送りにするな。

 今この瞬間に、縫い留める。

 九針も要らない。

 一針で足りる。

 僕は、いま完成する。

 脳内で紡がれた詠唱の終わりと、錠剤を飲んでからの1秒が重なる。


「魔奥『いずれ至る完成を、(スティッチ・)ここに一針縫い留める(ザ・ピーク)』」


 久刹(くせつ)の体内に溢れる魔力が胸に埋め込まれた種子核、内臓を貫く根、外部へと伸びる枝を内部から破壊する。

 魔力は奔流となって溢れ、ニトロ、理差、ルフィナの三名は巻き込まれ、吹き飛ぶ。


「失敗ですか」


「チッ」


 魔力の奔流は、糸に変貌し、彼の体を貫き、その体に空いた穴を縫合する。

 そして最も重要な針と糸が姿を現す。

 時間そのものを撚った針と糸。

 彼はそれを自分の心臓へと、当て、突き刺す。

 

 その瞬間、久刹(くせつ)の背後に無数の影が重なった。

 老いた彼、傷だらけの彼。

 血に塗れ、刀を振るい、糸と針を操り、全てを縫い尽くした未来の久刹。

 それらが一斉に、現在の肉体へと縫い込まれていく。

 

 骨が、鳴る。

 筋肉が、正しい配置へと引き直される。

 神経が一本一本、狂いなく張り直され、魔力回路は過不足なく、完成形の配置へと整列する。


 痛みはなく、そこにあるのは理解。


「ああ……そうか。この一太刀は、ここで入れるべきだった」


 彼はまだ振ってもいない刀の結果を、既に知っている。

 久刹(くせつ)が歩き出す。

 一歩ごとに、床が縫い直される。

 踏み出す前に、ひび割れは修復され、血は乾き、戦場が縫い直される。


 ニトロ、ルフィナはいざ知らず理差は全く動けなかった。

 近づいてくる久刹に対して、何一つ行動を取ることなく、三人は彼の間合いに捉えられる。


 抜かれている刃。

 振るわれ、閃く前に、敵の未来に刻まれた切断後の姿が、赤い糸として空間に浮かび上がる。

 久刹(くせつ)はそこを、なぞるだけ。

 次の瞬間、敵は「既に斬られていた事実」を時間差で思い出す。


「ぐっ」


「あっ」


「ゔっ」


 ニトロ、理差、ルフィナの胸が大きく裂け、血が舞う。

 三人は地面に崩れ落ち、久刹は気にせず通り過ぎる。

 そんな三人に久刹(くせつ)は、穏やかに微笑む。

 魔奥、いずれ至る完成を、(スティッチ・)ここに一針縫い留める(ザ・ピーク)の効果は遥か未来で到達するであろう技術・剣術・魔法の全盛期を縫時魔法によって現在の肉体と時間に強制的に縫い込む自己強化。

 

 三人は傷口を抑えながら、思案する。

 どうすれば、今の久刹(くせつ)に勝てる。

 今の所は勝てる気が全くしないんだけど、どうする。

 銃は……意味ない。


(私の声、聞こえますか?)


 突如として三人の脳内に響く、ジェニーの声。


(一夜で咲く花に出会った気持ちよ)

(ジェニーさん、これは?」

(凄いわね、これ)


 まるで通話しているように、三人は脳内で会話する。


(魔力理論を応用した通信よ。調整に時間掛かるけど、これからは私を起点に会話が可能よ。それと、久刹(くせつ)の倒し方分かったわ)


(教えてください)


 理差が落ち着いた雰囲気で尋ねる。

 ジェニーも生徒に教えるように話し出す。


(久刹(くせつ)の影が、崩れ始めているの見える)


 三人は久刹(くせつ)本人にバレないように彼の影を見る。

 確かに端から影が分離し、消えていっていた。


(彼は多分、自分の未来を纏っている。だから、今の久刹(くせつ)に流れる時間が狂っておかしくなり始めている)


 ジェニーは言わずに、遠くから監視してくる視線の方を一瞥する。

 おかしくなっている原因は、あの錠剤も関わってそうだけど……


(時間の崩壊が、彼の体を確実に蝕みつつある。ここまで言えば三人とも分かったでしょ?)


 時間を掛ければ久刹(くせつ)は死ぬ。


(ありがとうございます。ジェニーさん)


(いえいえ、戦っていない私が出来ることはこれぐらいなので……)


 理差の感謝にジェニーは戸惑う。


(ジェニーさん、戦いにおいて勝機が見えるのは良いことなんです。絶望が終わりが見えるなら、希望ですから。それに……)


(時間稼ぎは魔術師の得意分野です)


(全く、その通りね)


 その言葉を最後に、理差とルフィナは立ち上がる。


久刹(くせつ)


 理差の言葉に、久刹(くせつ)は振り返る。


「まだ生きていましたか、しぶといですね」


「ええ、魔術師はしぶとさだけなら魔法使いを超えるから」


「泥臭く戦いましょう」


 理差とルフィナは構える。

 正真正銘、最後の攻防。

 二人は同時に、久刹(くせつ)に殴り掛かる。

 魔力はとっくに切れており、純粋な拳だ。


「死ね」


 どれほど、二人は血反吐を吐きながら、久刹(くせつ)に切り裂かれただろう。

 理差は右腕を失い、胸には大きな切り傷が二箇所。

 ルフィナも胸に大きな切り傷を負い、魔術の反動で全身ボロボロだった。

 その上から、更に切り裂かれる。

 

 久刹(くせつ)の刃は、正確だった。

 理差の肩を裂き、ルフィナの脇を掠め、二人の体から血を奪っていく。

 それでも二人は、倒れなかった。

 ただただ殴り続ける。


「……っ、はぁ……はぁ……!」


 理差の拳が、久刹(くせつ)の頬を掠める。

 当たらなくても、どうでも良い。

 拳を振るえる限り、振るい続ける。


「食らいやがれ、久刹(くせつ)!」


 ルフィナの拳が久刹の胸元を打つ。

 反動で自分の腕が痺れるが、構わない。

 次の瞬間、久刹(くせつ)の刃が閃き、理差の脇腹を浅く裂いた。


「……っ!」


 血が滲む。

 それでも踏み込み、拳を突き出す。


「まだだ。終わらせない」


 久刹(くせつ)は確かに強い。

 一太刀ごとに、二人は確実に傷を負う。

 だが、それでも。


「お前は、もう未来を借りすぎている!」


 理差の拳が、叫びと一緒に叩き込まれる。

 久刹は、微かに笑った。


「……ああ、だからこそ今がある」


 糸が、切れる音がした。

 久刹(くせつ)の背後に重なっていた影が、ほどけていく。

 魔奥の気配が、消える。

 久刹(くせつ)は、その場に膝をつく。

 刀を支えにしながら、ゆっくりと顔を上げた。

 視線の先には、誰もいない。

 それでも彼は、そこに妹の姿を見る。


((つづり)……)


 ベッドの上で、針を動かしながら微笑っていた、あの顔。


「……早めに縫えて、良かった。お兄ちゃん、絶対に帰ってきてね」


 それが、(つづり)の最後の言葉だった。

 久刹(くせつ)は紡ぐ。

 その時にも言った言葉を、そこに妹が居るかのように。


「ああ、絶対に帰ってくる。だから、(つづり)もずっと生きるんだぞ」


 彼の体は静かに崩れ、糸は、もう二度と動かなかった。

 理差とルフィナは、しばらく動けずに立ち尽くしていた。


***


 久刹(くせつ)の死を確認したシカトリスと騎士、そして錬金師キルケ。


「はぁ、異形化しなかったけど術に干渉しますか」


「及第点でしょ。この効果で量産化出来る?」


「出来ます……魔法使いを使った人体実験第一回目としてはこれでもう良いかな」


「賢者め、我輩らの視線に気付くとは」


「あれが魔法使いの知識の頂点。流石と言ったところね」


 シカトリスはその言葉を残し、騎士と共にその場を去る。

 一人残されたキルケは、逃げ回る哀れな生徒な一人として学院に向かい出す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ