第113話:縫い物
「ッ——!」
久刹は刀を振るう。
しかし、刃は二人の女性の合間を通り抜け、女性らは距離を詰めてくる。
「はぁ!」
理差の拳を久刹は腕で防ぐが、その隙にルフィナが久刹の横に移動する。
「死ね!」
拳が脇腹に叩きこまれると同時に弾丸が貫く。
「ぐっ……『時刃縫』」
斬撃が理差とルフィナの腕と手首に刻まれ、動きが止まる。
その隙に久刹は距離を取り、傷口を縫い止める。
「『始点縫合』」
対象が壊れる前の状態に縫い戻し、回復する技だが、それでも完全回復は叶わず、時間を掛け、丁寧に縫い直されないと時間経過でほつれてくる。
最初に縫い直した顔の傷口の外周には糸の跡とほつれが生まれてきた。
「はぁ、やっぱり二対一はキツいね」
バフで強化された戦闘経験豊富な魔術師二人。
魔術師と言えども、魔法使いを殺せるといえるほどの実力者だ。
いつもの久刹なら、とっくに逃げ出している状況と場面。
なのに、久刹の頭の中に逃げる選択肢は無かった。
自由を約束された対価としての忠義心?
強者との戦闘欲望?
魔法使いとしての誇り?
そんな物のためではない、久刹の中にあるのはただただ負けたくないという純粋な思いと殺意。
そして家族の、死んだ妹に対する愛だった。
綴、お兄ちゃん。
絶対に綴の大好きなお兄ちゃんを冤罪で捕まえた魔件局の捜査官を殺すから。
永那久刹。
下町の生まれで、ただ魔法使いとして覚醒しただけの青年が何故、一夜で九人を惨殺し、人斬り九針と呼ばれるようになったのか?
それを語るには、彼の妹を語らねばならない。
久刹には、綴という妹が居た。
生まれつき体が弱く、立つことも、長く座ることも叶わない不自由な体だった。
彼女の世界はベッドの上と、白い天井の部屋、窓から差し込み時間帯ごとに変わる光、訪れる家族、そして——針と糸と布だけだった。
綴にとって縫い物は——
文字が読めないため書物を読むことが出来ず、玩具などで遊ぶ体力もないので、縫い物だけがベッドの上で唯一出来る彼女の遊びであり楽しみだった。
そして縫い物に没頭している時だけが、痛みを忘れることが出来、普通の女の子のように思えている時間だった。
そうして作り上げられた縫い物は、久刹を含めた家族全員に喜ばれ、家族に支えられて生きている綴が家族の役に立てている証でもあった。
ほつれた服を直し、擦り切れた布を繕い、久刹の刀袋には、彼女が縫った不器用だが丁寧な刺繍が施されていた。
綴は起きている時間のほとんど、ご飯を食べる時間と体調が悪い時を除く時間全てで縫い物に没頭した。
久刹はそんな綴に質問したことがあった。
何故、そんなに縫い物に没頭するんだと?
綴は縫い物をする手を止めず、答え始めた。
「お兄ちゃん……私、思うんだ。縫える時に縫って置けば、後で縫えなくなっても私は後悔しないと思うから」
それは綴の口癖であり、その言葉を聞くといつも久刹を含めた家族は悲しんだ。
小さな妹は、すでにいつか自分が縫い物が出来なくなることも想定しているのだ。この年の子らしくない行動と考え方が生まれた原因は、容易に想像できた。
生まれた時から何も出来ない綴は引き算で物を考えているのだ。
今、出来ることもいつかは出来なくなるかもしれないから今のうちに、出来るうちにやっておきたいのだ。
家族の中で唯一、久刹だけがその考え方を理解出来なかった。
生まれながらに魔法使いだった久刹の人生は掛け算だ。
引かれることない人生を生きていく事が確定しており、大きな不幸に遭ったことなど生まれて一度も無かった。
だから、綴に対して悲しみを想っても共感することはなく。
その考え方も、何事も早めに行っておくことで、小さな綻びを大きくしないという生活の知恵だと思っていた。
そして、ある日の朝。
綴は、夜中に起こした発作が原因で死んだ。
死因は病死だったが、適切な処理と最低限の対応が行われていれば助かったはずだった。
原因は9人。
地主、医師、管理者、病院管理者、搬送係、立会人……
誰もが直接手を下した訳ではないが死の原因だった。
医師は診断を一日遅らせ、病院管理者はベッドを用意せず、地主は医療費より家賃の清算をと圧力を掛け、搬送係は支払いが確約できないと拒否するなど9人は自分の都合で悲痛な助けを聞き届けなかった。
9人の綻びが、一人の少女を死に至らしめた。
家族の声に久刹が駆けつけた時、綴はすでに冷たくなっていた。
ベッドの上には、途中で止まった縫い物。
糸は通されたまま、針だけが布に刺さっていた。
この時、久刹は理解した。
対応の遅れによって生じた綻びは、多くの犠牲を伴うのだと。
その夜、久刹は決意した。
時間を。結果を。未来を。
縫時魔法は、復讐のために生まれたのではない。
綻びという罪を、この世から断つために生まれた。
久刹は9人を殺した。
刃は確実に切り裂くが、彼らは死ぬことすら許されなかった。
逃げようとした未来を縫い止め、助けを呼ぶ時間を遅縫いし、受ける痛みをまとめて縫った。
「お前たちには、妹の絶望を味合わわせてやる」
それが久刹の裁きだった。
遺体はどれも異様で、致命傷の順序が破綻し、いつ死んだのか分からなかった。
逮捕後、久刹はこう言い続けていた。
「僕は、殺していません。ただ世の綻びを縫い直しただけです」
その言葉と信念に従い、千夜城の独房の中で耐え忍び、自由を得ても、彼は綻びを縫い直し続ける。
だが、その行いも久刹の命も二人の魔術師の手によって奪われようとしていた。
加速した理差は久刹を翻弄し、ルフィナの銃撃は確実に削った。
そうして生じた隙に、いつの間にか近づいていたニトロが行動を起こす。
「『播種』、『萌芽』、『成長』」
ニトロが久刹の胸に手を置き、その体に精霊術を施す。
精霊術はフェメノン・ヴェール家の者だけが使える魔法とも魔術とも違う異質な術だ。
それぞれの術者で何に干渉する精霊術かは異なり、準備は掛かるが状況と場面によっては魔法を超える。
ニトロが干渉出来るのは植物で、植物の種子を成長させることであらゆる効果を齎らす。
そして今、久刹の胸に埋め込まれた種子が急速に成長し、胸の中で暴れ、内臓を傷付ける。
「ぐっ……ぅ……」
痛みに耐えながら久刹は魔法を行使しようとする。
「ニトロ!」
「根を伸ばしているところ」
瞬間、内臓に伸び、奪った栄養を糧に更に成長する。
体から突き出し、服を裂きながら、樹木は外部に枝を伸ばす。
「——ぐっ……あああっ……!」
久刹は見る。
綴が死ぬ前に縫ってくれた千本針が樹木に裂かれる。
その千本針は、綴の死がなければ行こうとしていた戦争で久刹が怪我を負わないようにと綴が一人で縫い上げた物で綴が死んでからずっと久刹が常に身に付けていた綴の遺品だった。
その瞬間、久刹の中にあったリミッターが壊れる。
服が裂け、懐から落ちた魔奥復号発動薬に魔法を行使し、口の中に縫い止めようと針と糸で操作し、口内に含み、飲み込む。
「殺す殺す殺す殺す……殺す」




