第105話:曇りのち……
何が起こった?
オジサンは一体何を、どうしてこんな行動を。
痛みを感じながらもオジサンは思考を手放すことはなく、ただただ思考していた。
「シュッツさん」
ルナがオジサンの前に立つ。
「すまねぇ、しくっちまった」
「失敗? 違うわ、これは必然よ」
ヴィヴィアンは語り始める。
「あたしの魔法の効果が何となく掴めてきたみたいだけど、無意味なのよ。だって、あたしは魔法の解釈を変更しているもの」
「解釈変更……だと!」
一部の魔法使いだけが使える技術で、己の魔法の効果を自分なりに解釈することでその魔法から離れた運用方法を扱えるようになる。
「災いは人それぞれでしょ? あたしにとって災いは、その人にとって不幸な点。だから、今が幸福でも状況によって不幸になるなら幸福も不幸なのよ」
意味が全く理解できなかった。
前に立つ嬢ちゃんも困惑顔をする。
そんな考え方をしていたら、人生で一度も幸福なことなどないではないか。
「だから、捜査官さん。あなたの慎重さは確かに長所だけど、時と場合によっては短所になる。だから、その状況を想定して慎重さを強引さに変えたの。感謝してほしいわ」
待て待て、人の特性や長所を変えた。
それが本当なら……
オジサンたちの思っていたヴィヴィアンの魔法は「災いから希望な一面(本人にとって希望とは限らない)を作り出す魔法」ではなく、「あらゆる状態を災いとして再定義し、再配置する魔法」。
「美人さんも、変えてほしい? 何、変えてほしい? その一目を引く容貌? 頭の良さ? 長所? 短所? 異性の好み? 美人さん、好きな人って居る? その人の性癖とか好みのタイプの女性に変えてあげるよ」
オジサンはルナの嬢ちゃんの顔を見る。
その顔は怒りに満ちていた。
「すいませんが、私の大好きな人は、今の私が大好きなので変えるとことかないんですよね。貴方みたいに大衆や一般的に好まれる容貌や性格になるより、私は私の大好きな私のままで居たいので、貴方も容貌とか変えずに自分だけにある魅力を見つけた方が良いですよ」
キツイ意見だが、正論だ。
ここまで正論言われると相手も反論出来ないだろうに……
「あなた、名前は?」
ヴィヴィアンは怒りを抑えながら尋ねる。
「ルナ・フェメノン・ルージュです」
「ああ、魔王の姉ね。どうやら、あたしとあなたの事が好きなその男性は仲良くなれなさそうですね。でも、あなたを殺した後にその男性の事は殺さないであげますよ。あの世で仲良くされたら嫌なので」
「あの世に行くのはそっちでしょ、うが!」
ルナは薙刀になった魔法杖を振るう。
「あたしは不幸に愛されているのよ、死ぬわけないじゃない。銀裏魔法、『裏煌』」
ヴィヴィアンの周囲に、無数の光弾が生まれ、ルナに向かって放たれる。
「チッ」
ルナは距離を取らざるを終えず、回避しながら距離を取ろうとした瞬間――
「『伏線破棄』」
無数の光弾は消え失せる。
「邪魔するなよ、捜査官!」
「オジサンを忘れて貰っちゃ困る」
意識しろ。
今のオジサンは慎重でなくなってる。
強引になっているなら、いつも以上に慎重になれば良い。
見逃すな、ヴィヴィアンの放つ攻撃全て……消せる奴、全部消してやる。
「魔力銀纏」
魔力刃に注入する魔力量を増やす。
銀色の刃が更に煌めき、その刃を鋭くする。
「『裏労』」
ルナに強烈な脱力状態を強制させようとするが、それの対処法はもう掴めている。
オジサンは疑問に思う。
対処法が分かっているのに、なぜ使った。もしかして……罠。
シュッツが警告するよりも早く、ルナは幸福な光景を思い出し、精神的安定を得た瞬間、ヴィヴィアンは行使する。
「『裏安』」
それは精神的安定・幸福を災いとし油断や怠慢へと反転させる。
油断で怠慢になったルナは警戒心を弱め、ヴィヴィアンが今いる位置に重心をずらす。
だから、遅れたし、冷静さを欠いた。
ヴィヴィアンは突然、その場で後ろに倒れた。
「えっ!」
対応が遅れ、刃は空を薙ぎ、地面を掠める。
刃を下ろし、重心が前に出たルナを見ながらヴィヴィアンは笑う。
「フフ、私の勝ちよ。『裏歩』」
転倒・失敗・不器用な足取りの結果を最適な位置取りに変換する。
後ろに倒れそうになっている態勢から立て直し、左手で魔法杖の柄を掴みながら右手をルナの胸、心臓の位置に置く。
「……!」
「裏r」
目の前でヴィヴィアンが己の心臓に対して、長所反転を行う魔法を行使しようとしている現状でルナはヴィヴィアンではなく、ヴィヴィアンの背後に迫ったシュッツの姿を見る。
「もう一度言うぜ。オジサンの事を忘れて貰っちゃ、困るな!」
***
時間は、ヴィヴィアンが裏歩を発動したタイミングに戻る。
どうする?
シュッツ・ラウル・ディネ!
お前は何だ! 捜査官だろう!
何で立ち止まって、思考にふけっている。
お前の本懐は、動いでみんなの為の布石になって犠牲になることだろうが!
ああ、そうだ。
あの時から、俺は自分の判断で動かないようにしていた。相棒、他人の判断に従ってきた、でもこういう時は自らの考えでもって動くしかない。
「伏線魔術」
己の魔術に魔力を込める。
何で、俺はこんな魔術を生み出したのやら。
何かが、誰かが張った伏線を起こすか、破棄するかだけの魔術。
決して、自分から何を起こせる訳じゃない。
でも、だからこそオジサンに相応しい魔術。
「『伏線皆無』」
シュッツは駆けた。
伏線皆無の効果はその言葉通りと言っていい効果だ。
術者シュッツに関するあらゆる伏線、過去・現在・未来の伏線を30秒だけ完全消失させる。
伏線とは、後で起こることをあらかじめほのめかすこと、つまり起点の起点だ。
それをシュッツはこう解釈した。
伏線とは、全ての事象の始まりだと。
その解釈に則り、全ての事象の始まりを完全消失させる。
空気が押し流す予兆、質量が速度に抗う因果、踏み出しに要する力の溜め、加速に伴う衝撃と、減速が必要になる未来。
音が生まれ、気配が伝わり、視線が追いつくという可能性。
圧倒的な速度でシュッツはヴィヴィアンの後ろに到達し、伏線皆無の効果時間が切れる。
そして、ヴィヴィアンに投げかけると同時に行使する。
同時に二つの伏線を回収する。
ヴィヴィアンがこの攻撃で、「重傷を負う事」と「手を放す事」の二つを。
それを為すは、単純明快な打撃。
「ああああ、ゔぇ」
ヴィヴィアンは横に崩れ落ち、ルナの胸から手を放す。
オジサンはただ、一言を伝える。
「捜査官を舐めるなよ」




