第102話:大淫婦
ちょっとエッチかも。
静謐が解除され、世界が元に戻る。
私はモーティマーが目の前に居ることさえ気にせず、濡羽に駆け寄る。
「濡羽、濡羽!」
私の言葉に青白くなった濡羽は返答しなかった。
「無駄ですよ。殺しましたから」
「え?」
私の困惑しているであろう顔を見ながらモーティマーは続ける。
「貴方に施した魔法は『棺触』と言い、触れた対象の筋肉の連動と感覚伝達を沈黙させることで、一時的に体が動かなくなる物ですがそこの濡羽には『黙秘処刑』、心臓活動を維持する神経を沈黙させる魔法を使いましたので」
心停止、数秒で意識を失い、呼吸も止まる。1分経つごとに生存率は低下し、10分経った時点で救命は極めて困難とされる。
「モーティマー……」
施された魔法を解くには施した術者が解くか、術者の魔力供給を止める=殺すしかない。
「どうしました? 狂人」
「殺す!!」
瞬間、ドス黒く赤黒いオーラを纏った殺意がモーティマー、空間を凍てつかせる。
そして私は触れる。
自身の魂に刻まれた秘伝魔術の内側の世界に。
***
薄暗い城の玉座。
「ワタクシの城にようこそ。ミア、歓迎するわ」
幻想の美男子たちを侍らせ、そこに座するは淫魔の女王マニア。
布一枚だけを纏い、美男子たちがそれを無表情で支え、隠すべき所は隠していた。
「マニア、私に力を貸してくれる?」
「嫌よ」
マニアは考える素振り一つ見せず、断ずる。
「ワタクシの力を使いたいなら、魔奥を使いなさいよ。そうすれば、強制的にあの修道士と戦ってあげるわ」
私は苦虫を潰したような顔をとる。
マニアは分かってて言っているのだ。
モーティマーの沈黙魔法の前で魔奥の長い詠唱なんて出来ない事を。
「そもそもワタクシは魔奥発動時に術者に施される精神汚染っていう体で旦那様が封じ込めた意識と魂の欠片。魔奥発動以外でワタクシが出向くなんてルール違反だわ」
「マニアなら、そういうの無視出来るでしょ」
魔術に意識が宿っている時点でイレギュラーなのに、更に異常な事をして何が悪いのか分からないし、出来ない道理なんてあるはずもない。
「出来るけど、ワタクシは戦闘じゃなくて交○の時に呼んでほしいわ。精神世界でするより、現実世界でする方が気持ち良いからね」
「嫌よ。もし、代わって私の意識が戻った時には数日経ってそうだし、相手もミイラみたいになってそうだし」
濡羽の時にやられたな絶対に嫌だし……
「淫魔なら生力も奪うけど、貴方に淫魔としての力は無いから奪っても精力だけでしょ?」
「その精力を根こそぎ奪って、ミイラにするんでしょ」
私とマニア、ファタール家の二人は時間の流れが遅い精神世界だからと下ネタを交えた談笑という名の言い合いを続けたが、結局、私は当初の意見を突き付ける。
「それで、出向いて戦ってくれる」
「貴方との会話は楽しかったけど、戦うのは嫌よ」
「そう」
マニアの助けが得れないなら、モーティマーをどうやって数分以内に殺すか。
「でも、それはワタクシが戦うのが嫌って話」
「え」
マニアは玉座から美男子たちを置いて下り、私の手を取る。
「ワタクシの子孫であり淫魔の血を受け継ぐ貴方ならワタクシの力を使っても代償はないはずよ」
そして突然、私の唇をマニアは奪う。
「……!」
口の中に舌を入れてきて、歯茎を舐めると私の舌に絡ませてくる。
「ぅぅ……!!」
私は濃厚濃密なディープ・キスに頬を染め、蕩けそうになる。
少しして舌が戻り、唇を離す。
あまりの精神的衝撃に私は腰が砕けたように地面に両膝を付く。
「あら、まだウブなのね。ワタクシより濡羽くんがエッチだったらどうするの?」
貴方を超えてエッチって、淫魔……じゃなくて夢魔じゃないのよ、そう私は思いながらもいざ意識して考えてしまい更に赤く頬を染め、湯気を放つ。
「あらあら」
「そ、それで力を貸してくれるの?」
「え、さっきのキスで貸したじゃない。それに……」
ミアの足元が歪み渦巻き始める。
「もう時間ね。ワタクシの力、ちゃんと使いなさい。それと特典もあるから」
「特典って何よ」
その言葉を残して私の意識は現実世界に戻る。
すると自然に力の名称と使い方が理解出来た。
「モーティマー、さっきのようには行かないわよ」
「何か変わったみたいだな」
「ええ、この力でアンタを殺す。『狂影』」
ミアの足元にある影が広がり、彼女を包み込む。
そして1秒後、現れた瞬間。
「え、何この格好?」
赤と紫の露出の多いネグリジュに黄金と真珠、宝石で出来たネックレスを首から掛けていた。
そして私は特典はこれだと直感的に理解し、格好に恥ずかしさを覚え、頬を染めながらもマニアに怒る気持ちが出てくるが抑え、モーティマーを攻撃する。
「狂武」
モーティマーは自身の影から飛び出るように出た赤黒い槍を何とか回避する。
「チッ、大淫婦め。無口葬!」
ミアは喋れなくなる。
だが、難なく狂気を物質化し、無数の赤黒い武装がモーティマーを襲う。
「バフですか、厄介ですね」
狂影、マニアが使用する狂月の簡易版で狂気の物質化を簡略化させる事と同時に……
ガギンッ、モーティマーの足元から生じた大きなトラバサミが閉まるが間一髪でモーティマーは回避することに成功する。
しかし、更なる追撃が襲う。
いつの間にか物質化した狂気の槍がモーティマーの背後から彼を襲う。
「うっ」
回避が間に合わず、左肩を抉られる。
モーティマーは傷口を押さえながら、心停止中の濡羽に近づく。
そして、シャベルの刃を濡羽の首元に向ける。
「動けば、この罪人を殺す」
私が立ち止まり、唇の端を噛む。
どうすれば良い、どうすれば濡羽を救える。
こうして何もしなくても濡羽は死ぬし、何かすれば濡羽は殺される。
私はバカだから、どうすれば良いか。分からないよ。
……死んじゃダメ、そしたら私は……私も。
私は俯く。
その隙を見逃すはずもなくモーティマーは魔法を行使する。
「死ね、大淫婦。『黙殺線』」
一直線上の空間を沈黙させ、「意味のない余白」に変える斬撃が飛ぶ……
はずだった。
それよりも早く、心臓が停止しているはずの濡羽が動く。
「はっ!——ぐふぅうっ」
至近距離での黒斑が炸裂し、モーティマーは吹っ飛びながら柵を壊して通り沿いの河川に落ちる。
「俺の親友に手出してんじゃねぇ」
術者の意識が途切れたのか、無口葬が解除される。
「濡羽、大丈夫なの」
「少し違和感があるが大丈夫だ。心臓が停止した瞬間に、血液操作を全力で行って生命維持と回復したから……」
濡羽はミアのハレンチな格好を見る。
露出の多いネグリジュ姿から覗く美しい肢体、大きなm……
「ブッ、ブシュッ!」
濡羽は勢い良く鼻血を出し、慌てて手で押さえるが止まる気配がない。
「ちょ、ちょっと待って血液操作が失敗した」
「本当に大丈夫、濡羽!」
私は懐からティッシュを取り出し、濡羽に渡す。
マニアの独白
「やっぱり、サキュパスと言ったらこの格好よね」
「そこは俺の女でしょ」
「あら、濡羽くんも耐性ないのね」




