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黒泥の魔術師  作者: 11時11分
アヴァロン島占拠事件 ~親友に恋し、初恋を愛す~
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第101話:神の沈黙

 俺はモーティマーを見ながら思考を続ける。

 無口(グレイブ・)(クワイエット)で喋れなされる時間は約3分ほど、重ね掛けしなかったって事は効果の重複は無理と考えていいだろう。

 俺が思考している間にもモーティマーは動く。


「聖者を傷付けし罪人らには罪禍の重みを負わせよう。『黙秘(サイレンス・)(プレッシャー)』」


「「ぐっ」」


 俺とミア、二人に重い圧力が掛かり、俺たちは膝を地面にすり付ける。

 と同時に、喋りにくくなるのを感じる。


「くろ、み……ず…………」


 無口(グレイブ・)(クワイエット)と違い、喋ること自体の無効化ではなく喋ることにより重圧という負荷が掛かり、喋るにくくしている。

 無茶すれば高度な術も行使出来そうだが、体力を消費しそうだな。

 そんな事を考えている間に、ミアが這いながら前に出る。


「きょ……『狂戦士』!!」


 腹から押し出すように、力に耐えながらその言葉を紡ぎ終えると同時に、狂気が彼女の全身を覆い、赤黒いオーラが漂いはじめる。

 ミアは身体強化を施すことで、圧力が掛かった状態で無理やり立ち上がる。

 狂気も介した身体強化だから出来る荒技。


「神も恐れぬベルセルク。確かに厄介ですが、神の沈黙の前では無意味だとその狂った脳髄にも刻んであげましょう」


 モーティマーは左手の人差し指だけを口の前で立てる。


「『静謐(サイレント・)領域(グラウンド)』」


 世界を沈黙の生気が包み込む。

 簡易領域とも言っていいそれは、術を効率良く行使出来る空間を形成すると同時に一定範囲に術に準ずるルールを付与する。

 静謐(サイレント・)領域(グラウンド)のルールは領域内に存在する喋れない者、喋りにくい者からの魔力とエネルギーの徴収。

 領域内に存在する俺とミアはその徴収を確かな違和感として感じており、時間を掛ける事はヤバいと早急に動き出す。

 簡易領域を解除するには、術を持続させる上で必要な手印=口の前で立てられた左手人差し指を解くか魔法自体を無効化するしかない。

 ミアは現状、一番可能性のある前者を選択した。


「『狂舞踏』」


 捉えることの出来ないステップを交えながらミアは詰め寄る。

 それに対抗し、距離を取るためにモーティマーも魔法を介して移動する。


「『黙殺(サイレント・)歩法(ステップ)』」


 霧が急にモーティマーの足元に漂い始め、足運びからどこに移動するかの察知が不可能になる。

 その状態でモーティマーは迫るミアから距離を取りながら更に魔法を行使する。


「『黙秘(コフィン)()(クローズ)』」


 棺状の魔力物体がミアの上空に展開され、叩き潰すように落下する。

 ミアは驚異的な反射神経で後ろに下がり、落下してくる棺を回避する。

 だが、避けた先の上にも棺が展開される。


「神の断罪に終わりはないのですよ」


 ミアは再度、回避するが更に棺が展開された上にミアの周囲の上空を埋め尽くすほどの棺が展開される。その数全てを避けるのはミアにとって容易くないことは確かだが、俺は助けに動かなかった。

 だって、ミアが俺の前に出た時点でモーティマーとの戦いは任せたのだから、それにこの危機的状況下でもミアの顔は曇ることはなく笑顔で輝いているのだから……俺が動く意味を感じなかった。


「棺に押しつぶされなさい! 罪人」


 一斉に棺が落下し、土煙が舞う。

 俺とモーティマーの視界からミアの姿が隠れる。

 すると、突然……土煙の中からミアの笑い声が響く。


「フフフフ」


 モーティマーは疑問に感じながらも狂人の為す事だと簡単に片付ける。

 だから、視界という領域を挟まず背後に現れたミアに気付くことが出来きず、そして――


「『狂撃』!」


 狂気を孕んだ拳をモーティマーは背中に叩き込まれる。


「ぐはぁあ……」


 モーティマーは軽く吹っ飛びながら体を反転し、着地する。

 しかし、攻撃を食らった時には手印を解いてしまっていた。

 静謐領域が解除され、魔力とエネルギーの徴収が停まる。


「何をした……?」


「世界を狂わせただけよ」


 狂宴魔術、『狂転』。

 敵が笑い声の残像に気が向いている間に、敵の視界を狂わせ、見られることなく移動する技。


「やはり、罪人は罪深い。罪人にこの世界の美しき音を聞く権利などない」


 モーティマーの魔力が高まる。


「沈黙魔法、『静謐(セレニティ)』」


 世界が沈黙する。

 音が無くなった……?

 俺はミアの顔を見ると、ミアもちょうど俺の方を見る。

 彼女も同じ違和感を抱いているらしく、互いに思案する中、一つの結論に行き着く。

 世界が俺たち二人だけに沈黙しているのだ。

 おそらく、静謐の効果は対象が自身の出す音を含めて世界に溢れる音全てを聞けなくするというもので、俺たちは聴覚を失ったのではなく音を失ったのだ。

 人間は情報収集=外界に対しては五感のうち8割を視覚に頼っており、次に1割を聴覚に頼っている。視覚に比べれば失っても些細に思えるが聴覚は視覚では捉えられないものを捉えている上で重要な感覚だ。

 そして戦闘においては視界よりも聴覚が重要な役割を受け持つことが多く、失って初めて視界の物足りなさを二人を実感した。

 だが、足りないなら補えば良い。

 濡羽とミアは並び立つ。

 聴覚を失って欠いた部分を二人の四感で補う。

 喋れない訳じゃないが、自分の声が聞こえないので喋れないのと変わらず高度な術は使えない。

 モーティマーの言っている事も聞こえないから内容は分からないが一言二言、言うと手が魔力に包まれる。魔法を行使したと見てよさそうだ。

 アレには触れない方が良いな。

 右腕がないことを利用した手はもう通じないだろう。

 だから、今回は右側も使わず、正面からもいかない。

 モーティマーが動く。

 速い踏み込み、大きな拳が来る。

 狙いは俺の――胸か顎。

 俺は下がらず、わずかに軸をずらす。

 拳の軌道から身体を外し、触れない距離を保つ。

 ミアが視界の端で動く。

 モーティマーの背後へ回る気配。

 だけど、同時に仕掛けない。あくまで圧だけ掛ける。

 モーティマーの次の動き。

 もう一歩、踏み込んでくる。俺は左足を引き、上体を沈める。

 拳が空を切る。

 その瞬間、明確な隙が生まれるが俺は打たない。

 左手は出さず、肩と体幹だけで位置をずらす。

 モーティマーが焦るのが分かる。

 ミアが一歩、前に出る。

 敵の視線がそちらへ流れる。

 ――今だ。

 俺は足を払うまでも、拳を当てるでもない。

 モーティマーの重心が前に寄った瞬間を狙い、体当たりに近い踏み込みで横から圧を掛ける。

 掌を避け、接触は肩と胴だけに抑える。

 モーティマーのバランスが崩れる。

 だが、倒れることはなく踏ん張ってくる。

 俺はすぐに離れる。

 ミアが、反対側から同じことをする。

 挟撃。

 だが、殴らない。掴まない。

 モーティマーは混乱することだろう。

 それが俺たちが即興で立てた作戦だ。

 静謐も無口葬と同じく時間制限で解けるだろう。だから態々、危険なことをせずとものらりくらりと時間を待って魔術が使えるようになってから殺す。

 俺たちは距離を保ったまま、じわじわ詰め寄る。

 音のない世界で、読みあいだけが続く。


***


 私が一歩、踏み込んだ。

 体幹を削るための、いつもより深い動き。

 その判断が、ほんの少しだけ早かった。

 敵の手が伸びてくる。

 拳じゃない、掴みに来る、掌。

 ――触れられた。

 その瞬間、体が言うことを聞かなくなる。

 神経の流れが乱れ、内側から遮断されていくのが分かった。

 視界の端で、濡羽がこちらを見ているのが分かる。

 でも、もう合図を送れなかった。

 膝が崩れ、私はそのまま地面に倒れる。

 石畳の冷たさだけが、やけに鮮明だった。

 沈黙の世界で、視界が滲む。

 それでも、二人の動きだけは見えていた。

 濡羽が前に出る。

 距離を取るべきだと分かっていながらも、それでも踏み込んだのだと、分かった。

 私の状態が確認出来ないから、モーティマーを急いで殺そうとしたのだと濡羽の思考が理解出来た。

 モーティマーが濡羽を見る。

 最初から、狙いは濡羽だったのかもしれない。

 次の瞬間。

 モーティマーの掌が、濡羽の胸に触れるのが見えた。

 直接触れられた訳でもない私にまで、命が刈り取られる感覚が伝わってくる。

 濡羽の動きが、止まる。

 時間が、引き伸ばされたように感じた。

 倒れていく濡羽の姿を、私はぼんやりと見つめるしかなかった。

 力が入らない。

 視界が、更に滲んでいく。

 沈黙の世界でモーティマーの言葉がはっきりと聞こえた。


「神の沈黙の訪れです」

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