第97話:家族
わたしは思い出す、自分の産まれの経緯と何故、愛を欲するのかを。
母は普通の娼婦だった。
魔術師も魔法使いも姿を隠している無能力者の世界にある娼館でお金欲しさ、愛欲しさに働く普通の容貌、普通の性格といった娼館に多くいる典型的な娼婦だった。
そんな娼婦である母を、欲望から抱いた一人の男が居た。
男は名前を名乗らず、ただ魔法使いだと名乗った。
母はその言葉を真に受けず、そういうロマンや妄想に取り憑かれた哀れな男だと思いながらも客だからと甘い声と体で楽しませた。
男は母のサービスに満足し、惚れ込んだ。
毎夜、母の居る娼館に来ては他の娼婦に目もくれず母だけを選び、母と共に一夜を過ごした。
母もここまで固執的に訪れる男は初めてで、いつしか男のことが好きになっていた。
同じ寝床で男は母に語った。
自分は魔法使いで、家を継いだら君を買って妻にすると。
娼館をねり歩く男の常套句だったが、母は先輩に馬鹿にされながらもその言葉を信じた。
そして好み、愛するようになった母は娼館の掟に逆らって、男の子供を授かった。
母は男の手の中で語った。
あなたの子が出来たの、どうか私を買ってください、と。
母は純粋な少女のように期待していた。
男が自分に愛の言葉を囁き、確約してくれることを。
だが、現実は違った。
男は血相を変え、青褪めた顔で何も言わず娼館を去った。
それ以降、男は娼館を訪れることはなかった。
嘆く母を娼館の主や先輩娼婦は哀れな目で見ながら、謹慎を言い渡した。
謹慎期間中、母は嘆きに嘆き悩みに悩んだ末に一つの答えを妄想から生み出した。
この子を産めば、あの人はまたここに来てくれる。また私を愛してくれる。
そうして産まれた少女は、娼館で生きていくことを決定づけられた。
少女の名前はアシュリー……わたしだ。
少女は娼館ですくすく成長し、娼館で働ける年齢になる頃には母を超えた美人になっていた。
同時に奇妙な力を持っていた。
相手の血を飲むことで相手を意のままに操ることが出来た。
母は魔法だと騒ぎ、隠すように言った。
わたしは母に従い、娼館の主や先輩娼婦たちには自分の持つ力のことを隠した。
そんな力があることを知らない娼館の主や先輩娼婦たちは少女が母親と同じような末路にならないために、愛というものを教えず、ただ人に奉仕してその対価にお金を貰う者として教育した。
わたしはただ男に媚びて、甘い声で囁き、奉仕すれば良い。
そうすれば生きていける。
娼婦として働けない年齢になっていた母は自分の娘が娼婦として働くことに反対することなく、わたしの給料からお金を勝手に取ってはギャンブルにのめり込んだ。
だが、そんな母体調を崩すようになり流行病であっけなく死んだ。
母が死んだ頃からわたしの力は娼館の主にバレ、その力で金払いの良い常連たちを支配し、彼らの呼んだお金持ちたちも支配し、金のなる木として扱われるようになる。
あれほど教えられ、第一に定められた奉仕を止められ、あなたは何者でもない、価値がないとばかりに何もさせてくれない一日を過ごすことが多くなり、わたしの心はすり減っていた。
そんなある日、一人の男が現れた。
「初めまして、私が君の父親だよ」
その容貌は昔、母が語った人が老ければこうなるのだろうという感じであり、娼館の主の驚きから彼がわたしの父だと理解できた。
彼はわたしの気持ちなど気にせず、続ける。
「君、私の養子にならないか。君、魔法使えるだろ?」
そこではじめて、自分の能力のことをちゃんと知り、奉仕するだけの私が手を差し出された。
瞬間、わたしの中に未知の気持ちが溢れた。
奉仕している時には感じなかった。心が満たされるような心地良い気持ちが満たされる。
今のわたしは、奉仕されて幸福な顔をする男たちと同じような表情をしているだろう。
その後、娼館の主の反発を振り切って父はわたしを養子にした。
父曰く、わたしや父のような存在は魔法使いと言い、特別な存在だと言う。
父は魔法使いの中でも侯爵級に位置し、わたしの持つ魔法は特別強力な魔法らしく。
家族のために使って欲しいらしい。
わたしは承諾した。
家族のために奉仕する、奉仕すればあの幸福が得られると信じて。
父には奥さんがおり、娘が二人いた。
二人ともわたしよりも後に生まれ、養子のわたしのことを姉と慕ってくれた。
父の奥さんもわたしの本当の娘のように接してくれた。
侯爵家で働く人たちもわたしをお嬢様と呼び、扱ってくれた。
わたしは父の命で、魔法を学ぶ塾に通い始めた。
一般的にはもっと小さな子が来る場所なのに、大人のわたしが来たことに皆んな最初は驚いたが、すぐにわたしに対して気軽に接するようになり、わたしに魔法や魔法使いとしての生き方を教えてくれた。
家に帰ると愛情の詰まったご飯を頂き、与えられた屋根裏部屋で一人ご飯を食べる……娼館時代よりも質素だが、愛の込もった生活だった。
父はわたしのことを母と同じように扱い、わたしを愛してくれた。
父の奥さんはわたしに様々なレッスンを施し、愛のままに鞭打ってくれた。
二人の妹も物覚えの悪いわたしの為に、愛という痛みと共に教えてくれた。
この家に来てから傷が増えていく一方だが、愛で心が満たされていった。
塾で同じ少女が侯爵家での生活を尋ねてきた。
わたしは喜んで愛を受ける生活を語った。
「それ、虐められてるって!」
わたしは少女の言葉の意味が分からなかった。
家族に愛され、こんなに幸福なのにわたしが虐められてる?
わたしの愛する家族を侮辱するな!
わたしは怒りのままに少女を殴り、塾を抜けた。
父にその事について愛を持って叱られた時、わたしは少女に言われたことを伝えた。
すると、父は語り出した。
「まだ、気付かないのか? 本当にお前は哀れでバカだな」
え……?
「この俺が何で、お前みたいなゴミを養子にしたと思う?」
ゴミ、わたしが……
わたしは震えながら尋ねる。
「わたしを愛しているからじゃ……」
父は机を叩いた。
「お前が可哀想だから、魔法が有用だから養子にするんだ。愛してると勘違いするなよ、ゴミが!」
わたしの心が壊れた。
愛って? 家族って? 何、何なの? 誰か、教えてよ? ねぇ、教えてよ?
誰も教えてくれないなら、わたしはわたしの愛を掴む。
わたしにはそのための手段がある。
わたしは屋敷中の人間全てを血縁対象にした。
〜〜〜〜
「お姉ちゃん、この料理美味しいわね」
そうね。
「お姉ちゃん、この料理好きだったでしょ? あげるね」
ありがとう。
「あんまり食べると、母さんみたいになるぞ」
「あなた、そんなこと言わないの」
家族全員、アシュリー以外は震えながら料理を食べ、理想の家族を演じる。
演じ切らなければ捨てられ、殺されると分かっているから。
わたしは笑いながら、家族との団欒を見るが、心の中ではどこか不満を抱いていた。
何で、理想の家族なのに、何で心が満たされないの?
どうして? どこが、違うの?
アシュリーは色んな家族の形を演じさせたが、満足することは無かった。
魔件局と問題解決室にバレて、危機的状況で家族が支える場面をしても満足しなかった。
だから、これが最後になるのなら……
わたしは家族の命を奪った。
家族の死の悲しみが家族の愛を実感させると信じた。
だけど、心には虚しさしかなく、父の死に際の言葉を思い出す。
「愛を知らぬ化け物め、お前が愛されることなどない!」
わたしは絶対に愛を知り、愛に満たされる。




