第95話:白の絆
偽装家族事件。
事件の詳細はこうだ。
事件が発覚する10年前に侯爵級魔法使い一族に引き取られた容疑者であるアシュリー・ヘイルが魔法を用いて一族全員を傀儡にし、魔件局と問題解決室の人間が家宅に入るとアシュリーは傀儡にしていた家族を殺害した。
容疑者アシュリーは顔に付いた血を拭いながら捜査官にこう言った。
「お兄さん、わたしの新しいお兄ちゃんになってよ」
容疑者アシュリー・ヘイルの固有魔法、血縁魔法は血の繋がりを概念として操作する魔法で事前に対象を血縁にすることで多種多様な効果を及ぼすことが出来る。
一度、血縁になった者は解除に特化した者に解いてもらうか、アシュリー本人が解除するか、強制解除=殺すしか血縁から外れる方法はない。
アシュリーは私を見つめる。
「家族になったんだし、他の家族を紹介するね」
上空からアシュリーの背後に象頭よりも大きな岩男が着地した。
「岩のお父さんよ。お姉ちゃんとわたしのお父さんになる人」
「そうだ、アシュリーと仲良くするんだぞ」
この岩男は精神もアシュリーに支配されているわね。
「そう……どうでも良いわ」
私は煮詰め切ったコーヒーを鎖状に展開し、アシュリーを絡め取る。
「珈琲魔術『煉珈』」
高温のコーヒーがアシュリーを拘束しながら焼く。
しかし、アシュリーの様子に変化はない。
「無駄だよ、お姉ちゃん。私に与えられた痛みは、家族全員で背負うものでしょ……血縁魔法、『血鎖』」
その言葉に岩男を見ると、岩肌が焼けていた。
しかし岩男は魔術効果なのか岩で構成されており、ダメージが全くないようだった。
意味がないと悟り、私はすぐさま、煉珈を解除する。
アシュリーに与えた痛みは同じ血縁対象の岩男に向かって、アシュリーにはダメージがない。
それなら先に岩男を潰す。
残り5分で私の体はアシュリーに支配される、そうなったら私にもダメージを贈ることが叶うようになるかもしれない。
そうなった勝ち目はない、5分以内に岩男を無力化し、アシュリーを殺す。
「『万能上昇』、『瞬発特化』、『持久力上昇』、『魔力循環効率化』、『身体強化』そして……甘香でバフを獲れる全てのコーヒーを飲むことでのみ発揮する全能力極限強化状態、『カフェイン過多』」
全てのバフ効果を120%の効力で受けた私は、距離を詰めながら行使する。
「『滴閃』、ダーク」
振りは遅いが重い刃状コーヒーの斬撃がアシュリーに向かう。
その状態で、アシュリーは平然と命じる。
「やっちゃえ! お父さん」
岩男が前に出て、その巨大な手を前に出し滴閃の刃を受け止める。
手の表面が削れただけで岩男は気にせず、私に向かって更に岩の拳を振り下ろす。
「お姉ちゃんなら、妹に手を出すな!」
私は遅い攻撃を回避しながら思考を重ねる。
ダークでもあの程度なら、上のエスプレッソでも無理でしょうし、リストレットは……時間の掛け過ぎ出し十中八九、アシュリーに邪魔されるわね。
それなら……一手しかない。
「『泡沫』」
ちょうど向かってきていた拳を私の生み出したコーヒーの泡が受け止める。
そのまま、泡が弾け、衝撃と苦い匂いが岩男を襲う。
「ぐっ……」
泡沫の攻撃転用……
「『崩沫』」
泡が一つ弾けるたびに泡を破壊した者の内部で衝撃が破裂する。そして、その衝撃は別の泡を弾くことで連鎖していく。
「外は岩だけと中も岩かしら」
ゴツゴツとした岩の大きな手は少し動くだけでも多くの泡を弾けさせる。岩男の体内で衝撃となって破裂していき、壊す。
「ぐっ……うぅうっ」
度重なる内部衝撃によって岩男の表面にヒビが生まれる。
私がそのヒビに狙いをつけ、攻撃するよりも早くアシュリーが動く。
「お父さん、頑張って! お父さんの愛する娘が応援してあげる。血よ、沸き立て『血喚』」
「うぉぉぉ! 愛する娘のためぇ!」
岩男の体を更に岩が覆い、大きくゴツゴツ感が増した。
その姿はまるで岩の巨人のようだった。さっき生まれたヒビも岩に覆い隠され、意味を失った。
「攻撃の流用も出来るなら魔力の移動も出来るのね」
血縁で結ばれた線からアシュリーは魔法使い特有の魔力を変換し、岩男に分け与えたのだ。
「家族の敵は一人ではなく家族一丸になって当たるものでしょ? お姉ちゃんもわたしの家族になれば分かるよ」
「絶対、成りたくないわね」
まだオーバードーズの効果はあるし、残り時間も2分。
正念場、ここで勝たなきゃ負ける。
泡沫の泡を足裏に広げ、私は更に速くなる。
大きくなって動きが更に遅くなった岩男の攻撃を躱し、背後に回る。
内部衝撃が効くのは実証済み、でもあの体にはもっと強力な衝撃が必要。
私は両手を広げる。
左手に球状の高濃度のコーヒーを、右手に同じく球状で高温のコーヒーを生み出し、構える。
重要なのはインパクトの瞬間。
左手と右手、高濃度コーヒーと高温コーヒーを一点に合わすように動かす。
そして重なると同時、反発など無視して無理矢理に圧縮。
ガラ空きの岩男の背中に向けた放ち、解放する。
「『焙圧』!」
それは、爆発的ではなかった。
しかし一方向、岩男の内部に向かって圧と熱を一点に押し潰すように放出され、容易く岩の外殻を砕き超え、内部へと貫通していき破壊した。
「ぐはぁあぁ……」
岩男はその体の大半が砕け散り、地面に倒れる。
私は勝利に油断することなく、コーヒーを練り上げ刃状にしアシュリーに向けて放ち切る。
「お父さんを殺すなんて、お姉ちゃんは最悪で……最高だよ」
アシュリーは自らの掌を傷付け、流れ出た血が血色の槍となって刃状のコーヒーを砕き、霧散させる。
そのまま、血色の槍は私に突き刺さる。
「ごっふぅあ……」
当たり前かのようにアシュリーは続ける。
「でもね、お姉ちゃんは妹に敵わなくて抗えないの。だって、姉は妹を傷付ける者ではなく守る者だから傷付けるなんて不可能なの」
私は吐血しながらも答える。
「そうかもしれないわね……」
アシュリーの言う姉が妹を守るというのはあっているが、時には家族が家族の間違いを指摘しなければならない時がある。その時に何も出来ないのであれば、それは家族ではない。
「でも、あなたには負けない」
霧散したコーヒーがアシュリーのすぐそばで刃状に再構成し、放たれる。
油断していたアシュリーの左胸を刺し貫いた。
「ごふぉ……うぇ」
だが、次の瞬間には私の左胸に穴が空き、血が舞う。
そして“無傷“のアシュリーは淡々と事実を告げる。
「後少しだったね。でも、もう5分経っちゃったね」
私は地面に両膝を付ける。
「これでお姉ちゃんの体はわたしの物……もうお姉ちゃんはわたしに勝つことはできない。その美しい体もお姉ちゃんの魔術も妹のわたしが大事に使ってあげるから」
絶望が、利用され仲間に迷惑を掛ける罪悪感が渦巻く。
負けてしまった。
決して負けてはならない相手に、どうする?
どうやって、ここから挽回する。
勝つ手段は?
……ない。
「諦めて、心の底からわたしのお姉ちゃんになってよ」
アシュリーの言葉が甘美に私の心を惑わす。
このまま苦悩するくらいなら、もう何もかも忘れて役に徹してしまえば良い。その方が楽で、ここで死ぬことなく生きていける。
そんな思考と行動に陥りそうになった瞬間、私は魔件局の標語を思い出す。
捜査官の仕事は市民を守り、平和を築くこと。
怒りに我を忘れるのも……絶望を前に諦めるのも犯罪者のすること。捜査官のすることではない。
ああ。
私は魔件局の捜査官。
決して諦めるわけにはいかない。
「例え、体も心の自由を奪われようとも私は絶対に諦めない!」
「良いね良いね。お姉ちゃんのそういう所、好きだけどわたしの姉としては相応しくない、わたしがわたしの姉として相応しい姿を教えてあげる!」
掌の傷から血色の槍が無数に生み出され、穂先を私に向ける。
「傷付けるのは好きじゃないんだけど、お姉ちゃんのためだから!」
槍が向かう。
私は思わず、目を瞑る。
来るはずの痛みに身構えているのに一向に来ない。
目を開くと、血色の槍は白色に染まり、前には白髪の少年が立っていた。
少年は私の顔を見ながら尋ねる。
「大丈夫か、君? 私はブラン・ホワイトだ」
ブラン・ホワイト……?
あのキングクラウンに出ていた魔術師。
「ブラン君、早く逃げて。あの魔法使いと戦っちゃダメ」
私の言葉を聞き流し、ブランはアシュリーを見る。
「魔法使いか……強いね」
「良いね、わたしの弟になってよ」
「嫌だね、気色悪い」
「ああ、弟君に軽蔑されているぅ! 心地良い」
「言い直そう、生物学的に無理だ」
ブランはアシュリーの心など気にせず言い放つ。
「魔術師なのに、その大口……弟を分からせる姉も役得だね」
「私を分からせたいなら、黒曜濡羽と同じくらい強くないとな」
アシュリーは家族として魅力的な二人が目の前に居る事に嬉しさを隠せず、笑みを更に深める。
観光街:大通り
珈 琲李、ブラン・ホワイトvsアシュリー・ヘイル。




