第92話:狩人と獲物
大競技場から北にある学院までの距離は約2.5kmほどで、織可らキングクラウンに出場した魔術師たちが魔法使いや戦えない魔術師たちを保護しながら向かっていた。
日も傾きつつあり、空は赤色に染まっていた。
「織可氏、さっきの声は濡羽氏の声でござらんか?」
「そうだね。やっぱり僕たちの友達はカッコいいな」
僕は道中で合流し隣で歩くタクオと会話を続ける。
「それにしても、結構な数になったでござるな」
僕とタクオの背後に連なるように大集団が列をなして続いていた。
具体的な数にすると魔法使い100名、戦えない魔術師50名、敵の襲撃に警戒している魔術師10名。
戦争で主に運用される数の魔力持ち集団で、その多さのおかげで濡羽の宣言が放送される前から襲撃されることなく学院まで進めているがその規模ゆえにどうしても遅くなってしまっていた。
「ここまでの規模だとどこかで襲われても気づくのに遅れるし、護衛の魔術師も少ないし、危険でござらんか?」
「大丈夫だよ。最後列は宗近さん、逆鱗赫怒さん、灰骨焼火さんが警戒してるし、その間はマグス・ラナティさんと夜烏鵺さんと戦える魔術師たちが回ってるから」
「他の皆んなは大丈夫でござるかな?」
キングクラウンに参加した出場者の中で居場所が把握出来ていないのはブラン・ホワイト、東雲烈火、雷雲獣電、シェリー・フェメノン・ルージュ、限銃無窮の五名でカール・クラフトとキューピー・ラバーは問題解決室と魔件局と共に魔法使いの救助に向かった。
ミアは大競技場で別れたけど、濡羽のところに向かっているし本当に居場所が分かっていないのは先の五名で特にブラン・ホワイト、東雲烈火、限銃無給はキングクラウン決勝戦前には姿を消しているから、居場所を全く把握出来ていない。
【こちら、マグス。応答できるか? 茶淡】
懐に下げていた通信機が反応し、僕は手に取る。
「こちら、茶淡。マグス、何かあったか?」
【何も問題は無いが、俺が索敵に出していた耳の一つに君の兄を名乗る人物が接触してきた。茶淡千利と名乗っているが、本人か?】
「その耳に口を複製することは出来る?」
【出来るが、何を?】
「この質問をしてくれないか、『風流ならざるところも……』」
【分かった…………『また風流、されど我らは流れを作る』と返答してきたが】
「兄さんだ。僕の所に来れるように案内を頼む」
【了解した】
通信を終える。
「茶淡千利ってあの茶淡千利でござるか?」
「兄さんの名前で他の人が居ないなら兄さんだね」
「マジでござるか? 茶苑『チャカ』の創設者で、茶淡家を準七家に押し上げたあの茶淡千利でござるか! 拙者、千利殿の書いた『魔術師だから出来る新たな見方』が愛読書なのでござるよ! ぜひ、会ったらサイン貰い体でござる!」
「う、うん……兄さんならサインくらいあげると思うよ」
また通信機が反応を示す。
【織可、今良いか? 宗近だ】
「どうした? 宗近」
【剣士としての勘が告げている、急いでここを抜けた方が良い】
僕は周りを見る。
そこは最近、濡羽とエングの戦いで破壊され、魔法の手で復元された学院街。
人の気配はなく、あるのは不気味に漂う霧のみ。
「分かった。どうにか急ぐように伝えるよ」
「織可氏、勘で皆んなを説得させるのは無理でござる。それに宗近氏の勘を信じるのは……」
「分かっている。でも、戦った相手だから分かるんだ、宗近の勘は信用できる」
「でも、織可氏に負けてるでござる」
「ま、それはそうだけど……」
決着のつきそうにない会話を二人で続けている所に、一人の魔法使いが列を外れて近づいてくる。
「すみません。今、勘の話してましたか?」
「そうだけど……」
「あぁ! 予言は本当だった! もうすぐ三人の悪魔がやってくる!」
その魔法使いは急に発狂し初めた。
「落ち着くんだ! 君、名前は?」
「僕は現賢者ジェニーの甥、メティス・フェメノン・アージュです」
短く切り揃えた青色の髪と瞳、そして身に纏う研究者の正装が彼の素性を証明する。それに織可はその名前に覚えがあった。
メティスは次期賢者と目される人物の一人で、魔塔の副主を務めており、何度も魔力の学術書で名前を拝見していた。
「メティス、その予言ってのは何でござるか?」
「僕の固有魔法は予言魔法。行使したその日、僕に起きる最も不幸なタイミングを抽象的に教えてくるんだ。僕は毎朝、行使していて今日の予言は『汝、勘を恐れよ。霧街から現れる無言、行動、乞食の悪魔。悪魔によって一人の無辜なる者の命が落ちる』で、君らが勘の話をしていたからもう少しで悪魔は現れるんだ」
「その予言は絶対なのか?」
「3歳の頃から行使しているけど、外れたことはない」
僕とタクオの顔から血の気が引く。
予言は絶対、三人の悪魔は現れ、一人の人間が死ぬ。
「すぐに皆んなを逃さないと……」
僕は通信機を仲間たち全員に繋ぎ終えると振り返り、背後で列を築く魔法使いと魔術師たちに伝える。
「皆さん、ここに敵が来るという情報を入手しました。僕らは敵の足止めをします、このタクオが皆さんを学院まで保護しますので彼とこの道を真っ直ぐ、全力で学院に向かってください」
「え、嘘? 拙者、ただの隠キャオタクでござるよ? そんな重役重いでござる! もっと相応しい人が居るでござる」
タクオが文句を言う中、ここまで付いてきた魔法使いと魔術師たちは文句一つ言わず、駆け出した。
彼らはここまで助けて守ってくれた織可らを信用していた。
だから、何も聞かず文句を言わずに彼らに従ったのだ。
皆んなが駆ける横で、僕はタクオの両肩に両手を置く。
「タクオ、皆さんを任せたよ」
「無理だって!」
僕は聞くことなく、通信機を手に取り通信する。
「皆んな、聞いていた通り……」
「敵が来るんだろ?」
「僕たちの仕事は足止めだね」
「不肖、この灰骨焼火。共に戦います」
「敗れた者同士、協力しましょう」
赫怒、宗近、焼火、鵺が最後尾から織可の元に集まる。
「皆んな、速いね」
「全員、聞きながら走っていたからね」
宗近の言葉に僕は納得した。
その横ではちょうど、最後尾の魔法使いと魔術師が通りすぎ文句を言っていたタクオもその列に混ざる。
「織可、絶対に勝つでござるよ」
「ああ」
僕の返答を見送ると、タクオは前を向いて行った。
「おや、私が最後ですか。織可、他の護衛していた魔術師は共に行かせておきました」
「ありがとうございます、マグスさん」
瞬間、強烈な殺気が大競技場側から発せられる。
その場の全員が大競技場の方を見る中、三人の人物が霧に紛れながら姿を現す。
「あれ、随分少ねぇじゃねぇか。これじゃ、勝ちの結果決定じゃねぇか!」
「餌どもはどこだ! おい、俺の餌はどこに行ったんだよ!」
「うるさい」
一人は暗褐色の髪、鋭い灰色の瞳を向けてくる三十代の男で実用性重視のコートと手袋を着用していた。
一人はくすんだ金髪に痩せ細った長身の男で継ぎはぎだらけの外套と汚れたシャツはどこか浮浪者感を醸し出していた。
一人は黒い短髪で無表情の鉄仮面が顔に張り付いたような男でグレーのスーツを着用し、手にはページがほとんどない本を持っていた。
「何者だ!」
「俺は九言衆のブレイク・アクトン、よろしくな」
「俺も九言衆の一人、ガレス・スクラップだ。ゴミいらねぇか?」
「九言衆、フィンチ・クロムウェル」
僕は身構える。
三人とも魔法使いの雰囲気を纏っており、敵側という事はライターのように魔法が使える可能性が高い。
魔法が使える魔法使い、それも僕の記憶が確かであればこの三人は千夜城に収監されているはずの凶悪犯罪者たちだ。
「ああ、そうだ。これ、要らねぇか?」
「「「「「「ッ——!!!!」」」」」」
ガレスは僕たちの足元にボウリングの球と同じほどの大きさの物を投げた。ガレスたち以外の全員が顔を歪ませ、驚愕し、恐怖する。
それはキングクラウン出場者、雷雲獣電の首から下を失った頭部だった。
「さて、獲物ども狩られる準備は良いか?」
ガレスの言葉にブレイクは笑みを浮かべ、フィンチも頭を抱えながらも殺意を僕らに向けた。




