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神の去った世界で  作者: ジョニー
第5章 魔の王
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139話 似絵



 ハレ=ヒール共同墓地を出た一行は一路アインズロード城を目指した。

 もともと低地アインにある共同墓地からは其れほど離れた場所にはないアインズロードの城は夕刻には到着する事が出来た。


「セシリー・・・」

「お兄様。」

 互いに想い合いながらも政治的理由でなかなか想いを形に出来ない2人が見つめ合う。

 バーラントはセシリーに対して申し訳無く思い、セシリーも親愛なる想い人がすまなく思っている事を知っている。

「お久しぶりです。」

 セシリーがそう言うとバーラントも慌てた様に頷いた。

「あ・・・ああ、久しぶりだ。元気にしているか?」

 気の利いたことも言えずに当たり障りの無い質問をしてくるバーラントにセシリーはクスリと笑った。

「ええ、とても元気です。公都では休む暇も無いくらいに忙しいですけど、みんなが居るのでとても楽しいです。」

 そう言ってセシリーがルーシー達に視線を送ると、釣られてバーラントも一同に視線を送った。

「御一同には本当に感謝している。不甲斐なくも領を揺るがす程の失態を見せてしまっているが、早急に片を付けてセシリーを迎えられるよう整える故にもう少しだけセシリーを頼みたい。」

 そう言って律儀に頭を下げる若き侯爵家当主にカンナが笑顔で応える。

「なんの、お気に召されるな侯爵殿。時期侯爵夫人を退屈させる訳にもいかんからな。セシリーには変わらずセルディナ魔術院の顔として働いて貰っているよ。」

 まるで自分が魔術院の主であるかの様なカンナの口ぶりにシオンが渋い顔になるが、バーラントは笑った。

「なるほど、其れは有り難い。セシリーは昔から活発な子だったから退屈は彼女の天敵みたいなものだ。やる事が多いのは良いことだな。」

「お兄様!」

 余計な事は言わなくて良いと言いたげに、セシリーはバーラントを制しようとする。が、セシリーが活発・・・と言うかお転婆なのは既に周知の事実である以上、あまり効果があるとは言えなかった。


「と、とにかく、お兄様。ハレ=ヒール共同墓地の件で色々と報告したいと思いますので、時間と場所を頂きたいですわ。」

 セシリーが取り繕う様にそう言うと、バーラントの表情が少し引き締まった。

「うむ、そうだな。場所はもう整えてある。先ずは其方へ。」

 侯爵家当主の言葉に、背後で控えていた護衛騎士達と家令を筆頭とする文書官達が先に立って広間へ案内する。


 広間にはギルドや魔術院では中々お目に掛かれない様な豪華な料理が並べられていた。

「おお! 凄いな!」

 カンナが満面の笑みを浮かべた。

「お兄様、よくこんなに用意出来ましたね。」

 流石にセシリーも驚いたのかバーラント様にそう尋ねる。

「お前達が此方に向かっていると言うのは先触れの馬で聞いていたからな。丁度夕食時で家の賄いを作っていた時間でもあったし、給仕達に少しばかり無理を言って追加して貰ったんだ。」

「まあ・・・」

 セシリーは呆れたがバーラントはカンナを指差す。

「でも無理をさせた甲斐はあっただろ?」

「もう・・・お給金は増やしてあげて下さいね。」

 セシリーが苦笑して言うとバーラントはニヤリと笑った。

「もちろんだ。」

 昔と変わらないバーラントの悪戯っぽい笑顔にセシリーの頬は熱くなる。

「さあ、先ずは食事と行こう。報告は後でも聞けるが、食事には食べ時と言う物があるからな。」

 バーラントが言うとカンナが激しく同意した。

「侯爵殿の仰られる通りだ! 折角の料理も冷めてしまっては台無しだ!」

「少しは落ち着け!」

 堪らずにシオンがカンナを制した。

 少なからずカンナを誇りに思っているシオンとしては、気品在る者の前で彼女に余り恥ずかしい態度を取って貰いたくないのだが、当のカンナはそんなシオンの思いは知る由も無い。


 何はともあれ、一行は用意された席に着くと並べられた料理に目を輝かせる。

 この辺りでは余りお目に掛かれないカルパン魚のムニエルや、アインズロード産羊肉のグリルとマリネ。豚肉の挽肉を使ったパイ。

 どれも極上の味で腹に溜まる料理ばかりだ。一同は若い旺盛な食欲を満たしていく。特にシオンとミシェイル、カンナの食欲は凄まじく、他の4人の少女達の食事量の倍は胃袋に詰め込んでいった。

 セシリーとの会話を楽しんでいたバーラントも3人の食欲に目を奪われて感心した様に呟いた。

「・・・大した食欲だな。」

「たくさん食べられるのは良い事ですわ。」

「其れはそうだ。此方も作らせた甲斐があるよ。」

 巨漢の当主さえも唸らせる3人はそんな会話が行われている事にも気が付かずに食べ続けた。


 久しぶりに口にする温かい料理は一同の胃袋を満たすと同時に身体を温めてくれ、心に余裕を与えてくれる。

 デザートまで食べ終えると一同は出された紅茶を口に含んで漸く一息吐いた。


「さて、皆も一息つけたかな?」

 ある程度の時間を置いた後、バーラントは声を掛けた。

 あからさまに膨れたお腹を擦りながらカンナが頷く。

「いや、もう最高の料理だった。バーラント殿の御心遣いには感激するばかりだ。」

 手放しの賞賛を受けて若き侯爵家当主は笑った。

「悠久の賢者殿からお褒めの言葉を頂けるとは光栄だな。ならば無粋ではあるが、そろそろ本題に入っても良いかな?」

 バーラントの言葉に一同の姿勢が改まる。

「無論だ。その為に立ち寄らせて貰ったのだからな。」

 カンナが答えるとバーラントは頷く。

「宜しい、では確認させて貰う。君達はハレ=ヒール共同墓地に向かい状況を確認してきたのだな?」

「はい、お兄様。」

 セシリーが答える。

「うむ。ではハレ=ヒール共同墓地を見て君達は何を思った? 其れを聞かせて欲しい。」

 バーラントが問うとカンナが答えた。

「先ず最初に感じたのは強烈な悪意だな。」

「悪意か。」

「うん、放って置けば周囲に居る生物に悪影響を与えかねないくらいの質の悪い悪意だった。しかし其れほどに強い悪意で在りながら、伝導者たる私に其の出所を掴ませないくらい正体を希薄化させていた。」

「ほう・・・」

 カンナの言い方が伝わり辛かったのかバーラントは曖昧な返事を返す。

「うーん・・・まあ、魔術に触れる機会が無いと解り難い表現だとは思うが、要は『強い悪意だったが誰の物か解らなかった』と言う事だ。」

「なるほど、そう言う事か。」

「そう、ただ・・・」

 カンナは言い掛けてカップの紅茶を口に含む。

「・・・この悪意の感じ方から私は奈落の力が関わっている臭いを感じ取った。邪教徒が扱う奈落の法術かどうかは解らないが、其れに類する力を感じ取ったんだ。」

 その言葉にバーラントの表情は厳しくなった。

「やはり邪教徒か・・・」

 怒りの声が侯爵家当主の口から漏れるが、カンナが其れを制した。

「まあ待て、結論を急ぐな。其処で私は其処に座っているリオナに墓穴を覗いて貰ったんだ。彼女は強い神性を持っていて優秀な占星術師だ。神性を戦闘や自衛に使うのは慣れていないが、神秘の力を扱う事には長けている。その彼女が視れば何かが視えるかも知れない、と考えたんだ。」

「ふむ・・・」

 バーラントは一瞬だけ好奇の視線をリオナに向けるが、直ぐにカンナの話に耳を傾けた。

「結果、彼女が視たものはとても奇怪なモノだった。『顔は男、胴体は大蛇』と言う化物だ。」

「・・・そんな魔物は聞いた事が無い。」


 ――・・・対魔物との戦闘では一位二位を争うアインズロードの当主でさえ、やはり知らない存在か。ではやはりリオナが視たモノは現実のモノでは無く幻視に因って概念が具現化された存在だったのだ。

 カンナは頷くと話を続けた。

「無論、その化物は現実のモノでは無い。幻の類いだ。しかしリオナが視たと言う男の顔。此れがどんな顔か解れば手掛かりになるかも知れん。現状ではその顔を視ているのはリオナしか居ないからな。」

「なるほど。」

 バーラントは得心がいった。

 カンナ達の先触れでバーラントに告げた使者が「優秀な絵師を呼んでおいて欲しい」と言っていたが、これで話が繋がった。

「そのリオナ嬢が視たという男の顔を絵師に描かせようという訳か。」

「そう言う事だ。」

 カンナが首肯する。

「絵師の方は問題無い。既に別室に呼んである。」

「おお、そうか。流石は仕事が早い。」

 侯爵家当主に対する言葉としては余りに非礼でシオンはヒヤヒヤするがバーラントは特別意に介したような素振りも無く笑う。

「とかく事件の多いアインズロード領では腕の良い絵師は貴重なのでな。1人は城に常駐して貰う様にしているんだ。」

「なるほど、では早速始めるとするか。リオナ、良いな?」

 カンナが呼び掛けるとリオナは余り気乗りのしない様な表情になる。

「そう渋るな。。思い出したくも無いのだろうが、お前の情報が必要なんだ。」

 そう言われてリオナは渋々といった態で頷いた。


 場所が移され、一同は広めの部屋に案内される。

 其処では1人の若い絵師が待っていた。

「バレイ=ハリスと申します。」

 端正な顔立ちのバレイが手を差し出すとリオナは怖ず怖ずとその手を握った。

「ハリス・・・?」

 セシリーが首を傾げる。

「カーネリア大陸で高名な画家のブラウン=ハリスと同じ名字ですね。」

 そう言うとバレイは相好を崩した。

「ブラウン=ハリスは私の祖父です。」

「まあ・・・」

 バレイの返事にセシリーは驚いた。

「祖父は私の誇りでした。何れは私も祖父の様になりたいと思い絵を志したんです。」

「それは・・・とても素敵な目標ですね。」

 セシリーが微笑むとバレイは照れ臭そうに笑った。

「彼は若いながらに巨匠ブラウン=ハリスを超える器だ、と絵画の世界では有名なんだよ。」

 バーラントがそう紹介する。

「ではバレイ、このリオナ嬢が見た男の顔の似絵を頼みたい。」

「畏まりました。」

 バーラントの依頼にバレイは優雅に一礼して見せるとリオナを自分の向かいの椅子に座らせた。

「ではリオナさん。その男の顔はどんな顔でしたか? 痩せ型でしたか? それとも太目の顔でしたか?」

 そう問われてリオナは首を傾げる。

「ええと・・・少し痩せた感じでした。でも目鼻の整った顔でした。」

「ふむ・・・額はどうでしたか? 広い? 狭い?」

「広かったです。」

「目はどうでしたか? 鋭い? おっとりとした感じ? 垂れてましたか? 吊り目でしたか?」

「吊り目の鋭い感じでした。」

「ふむ・・・」

 バレイはリオナの回答を受けながらサラサラとキャンパスに置いた筆を動かしていく。


「さて、余り2人の邪魔をしてもいけない。我々は少し離れておこう。」

 バーラントはそう言うと残りの者達を促して、内扉を利用した隣の部屋に移動していく。


「どんな顔になるのかしらね。」

 セシリーが興味津々と言った表情でルーシーに訊ねる。

「解らないけど・・・目鼻立ちは整っているのかもね。」

「でもリオナの話だとおじさんの顔だったらしいじゃない。」

 アイシャが言う。

「なんだ、アイシャは美形の中年には興味無いか。」

 カンナが揶揄う様に言うとアイシャは微妙な顔つきになる。

「だって・・・おじさんって、お父さんみたいな年齢の人でしょ? セシリーのお父さんとかは凄く格好良いと思うけど・・・」

「恋愛の対象にはならないか。」

「だって、おじさんじゃない。」

 身も蓋もないアイシャの答えにバーラントが笑い出した。

「確かにアイシャ嬢から見たら、そうなるよな。」

 侯爵家当主に笑われてアイシャは顔を赤らめる。

 そもそもアイシャには想い人が直ぐ傍に居るのだ。恋愛対象もクソも無い話だ。

「ま、好みなんて人それぞれだ。だが確かにどんな顔が出て来るか楽しみではあるな。」

 カンナはそう言って伸びをすると大きな欠伸をした。


「さて、では御一行。今後の事についてだが・・・」

 バーラントは声を改めて一同に言う。

「バレイの似絵についての腕は、これまでの実績から言っても疑い様が無い事は私が保証しよう。その上でリオナ嬢の情報を元に彼が仕上げた似絵を使って、もう一度騎士団と兵士に捜索をさせようと思う。何処の誰か、此れがはっきりすれば解決に向けて大きく前進する。」

「そうだな。リオナが視た男の顔は現実に存在する男の顔では無いのだろうが、その顔は恐らく何かを象徴させる特徴を持っている筈だ。」

「つまり?」

「つまり、例えば過去に存在した人間。またはあの地で奈落に関わっていた人間。或いは今現在、ハレ=ヒール共同墓地に対して何らかの強い執念を抱いている人間かも知れん。・・・ああいや、人間とは限らないがな。エルフかも知れんし、ドワーフかも知れない。」

「・・・なるほど。」

 セシリーが理解したと言う様に頷いた。

「つまり、過去か現在かは解らないけれど、ハレ=ヒール共同墓地に対して何らかの強い想いを抱いた人の顔がリオナさんには見えたと言う事ですね?」

「私はそう考えている。」

 カンナが頷く。

「私達が知っている顔なら良いんだがな。」

 バーラントが言う。

「ええ。」

 シオンも首肯した。

「いずれにせよ、俺達はセルディナに戻ったら似絵をギルドを通して街中にバラ蒔いて貰おうと思います。其れから宰相閣下にも見て頂こうと思います。アインズロードの事については閣下が第一人者と言っても過言では無いでしょうから。」

「それはその通りだ。父上ほどこの地への知見が高い方は居ない。是非そうして欲しい。」

「畏まりました。」

 そうやって細かな打ち合わせをしていると扉がノックされた。

「似絵が完成致しました。」

 騎士の報告に一同が立ち上がる。

「おお、出来たか。」

「直ぐご覧になりますか?」

「直ぐに見よう。」

「畏まりました。」

 騎士は一旦下がり布が掛けられた似絵を持ってくる。

 その後ろから若干疲労感を漂わせたリオナとバレイが続いて入室してきた。

「リオナ嬢、バレイ。ご苦労だったな。さあ、其処の椅子に腰掛けて飲み物を飲むが良い。」

 バーラントが2人を労い席に誘う。

 リオナとバレイは勧められたまま椅子に座り、給仕の注いだ紅茶に口を付けて「ふう」と息を吐いた。


「では、拝見しよう。」

 バーラントが言い、一同がその周辺に集まる。

 キャンパスを覆っていた白い布が外され、似絵が露わになる。

「!!?」

 シオン達の顔が引き攣った。

「なんて事だ・・・」

 カンナが呻いた。

「この男は・・・ゼニティウス・・・。」



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