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神の去った世界で  作者: ジョニー
第5章 魔の王
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140話 アインズロード城



「知っているのかい?」

 シオン達の表情を見て訊ねるバーラントにカンナが答えた。

「知っている。この男の名はゼニティウス。嘗て天央12神の主神として世界中に災厄を撒き散らしていた張本人だ。」

「・・・・・・何だと・・・・・・」

 長く空けられた間が、若き侯爵家当主の衝撃の巨大さを雄弁に物語っていた。


 バーラントはそう呻くと再びキャンパスに描かれた顔に視線を落とした。

 この端正な顔立ちの男が嘗ての主神だと・・・。

 暫く絶句していたバーラントだったが、再び口を開いた。

「では、シオン君が斃したと言う天央12神のトップが今ここに描かれている男なんだね?」

「正確には俺が斃した訳では無いのですが・・・俺達のパーティのメンバーが斃したのは事実です。」

 シオンが答える。

「何て事だ・・・」

 若き侯爵は溜息を吐いた。

 バーラントもブリヤンを通してシオン達が天の回廊で何をして来たのかは聞かされていた。しかし「神を斃してきた」などとは、余りにも荒唐無稽な話で今ひとつ実感を持って受け止められてはいなかったのだが・・・こうして似絵を見せられると急に現実味を帯びてくる。

「そうか、君達が・・・」

 バーラントは呟き、やがて首を振った。

 今は呆けている時では無い。早急に解決させねばならない事件があるはずだ。

 思考を元に戻したバーラントは腕を組んだ。

「しかし、この男が天央12神の主神だとすれば、先程までの打ち合わせは全部無意味と言う事になるな。流石に天央12神の主神の顔など知る者も居ないだろうし、この者に関わる者も居りはしないだろう。」

「それはそうだ。」

 カンナが頷く。

「其れにコイツ自身はもう死んでいる。と、言うよりも奈落に引き込まれた存在だ。地上の人間に訊ねて回るだけ無駄というものだ。」

 そう言う伝導者の表情は厳しい。

「てっきり最奥のアートスか其れに類する奴が出て来るものとばかり思っていたが・・・まさかゼニティウスが出て来るとはな・・・。」

 完全に読みを外したカンナが唸る。

「もし仮にだが・・・そのゼニティウスがこの地に復活したとして、再びシオン君が対処する事は可能なのかな?」

 バーラントの問いにシオンは頷いた。

「もしゼニティウスが天の回廊で戦った時と同じ強さなら問題は有りません。今度こそ完全に斃します。問題が発生するとしたら奈落に墜ちたゼニティウスが以前よりも力を溜め込んでいた場合に尽きます。」

「なるほど。しかしゼニティウスは仮にも天央12神の主神だったのだろう? ならば光の主神の筈だ。ソイツが奈落に墜ちたのなら、其れは炎を水の中に放り込むのと同じと想像するが、もしそうだとしたら相当弱っているんじゃないのか?」

 尤もな疑問をバーラントが呈するとカンナは首を振った。

「普通はそうだ。だが、奴は既に天の回廊で戦っている最中に邪神に墜ちていた。つまり奈落と同じ属性を有して奈落に引き摺り込まれていった。もし、この属性を『奈落』が受け容れていたら・・・ひょっとすると奈落の瘴気は寧ろ奴に力を与えてしまった可能性がある。」

「ふむ・・・つまりゼニティウスは力を増した可能性がある、と言う事か?」

 バーラントが確認を取るとカンナは頷いた。

「そうだ。」

 だが其処で止めず、伝導者は言葉を継ぎ足した。

「・・・とは言え、誰かの手に因って奈落に叩き落とされた場合、その者が自由に這い出てこられるほど奈落は甘い場所では無い。奈落とは地獄と同義。万の年月を掛けて亡者が救いを求め続ける場所であり、億の年月を掛けて彷徨う場所とされている。」

「・・・」

 奈落の壮絶さに一同は言葉を失う。

「元々は真なる負の神々が座していたエリアだ。たかだか天央12神程度の神性で簡単に抜け出せる様な場所である筈が無い。」

 そう言ってカンナはカップの紅茶を口に含んだ。

「じゃあ、ゼニティウスは地上に出て来たがっているんだけど出て来られずに藻掻いている・・・と言う感じなのかしら?」

 セシリーがそう首を傾げるとカンナは頷いた。

「まあ、そう考えるのが一番自然だとは思う。」

「よし解った。」

 ミシェイルが言った。

「なら、もうアインズロードの人達にはハレ=ヒール共同墓地に近づくのは止めて貰おう。警備に就いている騎士の人達にも戻って来て貰う。相手があの傲岸不遜なゼニティウスだと判った以上、手当たり次第に襲い掛かる可能性だって在る訳だ。」

「確かに。」

「だったらもう全員が共同墓地から離れた方が良い。それで俺達だけで対応する。此れが一番危険が少ないんじゃないか?」

 ミシェイルの提案をシオンは咀嚼する。

「・・・確かに、ゼニティウスなら俺だけでも対応出来る。じきにクリオリング殿も合流してくるだろうし、そうなれば問題はほぼ無い。」

「其れにルーシーだって最奥のアートスに付け狙われているのよね。ソッチの問題に集中する為にもゼニティウスなんてさっさと片付けるべきだわ。」

 アイシャが穢らわしそうにそう言う。

 ゼニティウスを一番嫌っているのがアイシャなのを知っている一同はクスリと笑った。

「よし、では君達には暫くこの城に滞在して頂こう。公都には早馬で報せておくから心配は要らない。陛下と父上は当然として冒険者ギルドにも報せておく必要があるな。後は何処かあるかな?」

「魔術院もお願いします、お兄様。」

「心得た。」

「あと私の家にも連絡しておいて欲しい。アリスとノリアも心配するだろうし、放って置いたらあの2人、勝手にミストを探しに出掛けてしまいそうだ。」

 カンナの申し出にもバーラントは頷いた。

「では明日か明後日にもう一度ハレ=ヒール共同墓地に向かう。」

 悠久の賢者の宣言にリオナが「え・・・」と声を漏らした。が、カンナはリオナを見て言う。

「リオナにも付き合って貰うぞ。疲れているとは思うがな、お前が居てくれると心強い。」

 世話になっているカンナにそう言われては断り辛い。

「・・・解りました。」

 リオナは力無く承諾した。

 とは言え、過去に此れほど自分を必要とされた事も無かった彼女が実は少しだけ嬉しかったのは、彼女だけの秘密であった。

 ともあれ一同の予定が決まった処でバーラントは言った。

「では今くらいはゆっくりして頂こう。各人に部屋を用意してあるから存分に疲れを取って欲しい。」

 バーラントの労いに一同は笑顔で応えた。



 ――・・・何処だ・・・

 深淵の暗黒の中で悍ましい声が聞こえて来た。

 何? 誰の声?

 ――・・・此処か・・・?

 身の毛も弥立つ程の嫌な気配が近づいて来る。其れなのに自分は身動きが取れない。

 来るな・・・来ないで・・・。

 そう願うも、見も凍るような息吹が足下に吹き掛かって思わず足を引っ込めた。

 瞬間、何かが猛烈な勢いで足首を鷲掴みにされて引っ張られた。

「わっ・・・!!」

 思わず声を上げながら引っ繰り返る。そしてそのまま引き摺られる。

「やめて!」

 叫びながら大地と思わしき黒い地面に爪を立てて抵抗する。

 ふと、自分を引っ張る強烈な力が消えて放り出された。

「・・・」

 自分の放つ荒い息だけが静寂を破って周辺に響く。

「・・・どうなったの・・・」

 呟いた時。

 ヌッと巨大な白面の顔が目の前に現れ、ニタリと嗤った。

「みつけた」



 悲鳴と共にルーシーは跳ね起きた。

「ルーシー!」

 扉が外れんばかりの勢いで跳ね開けられ、隣の部屋で休んでいたシオンが飛び込んでくる。

「どうした、何があった!?」

 余りにも早い乱入に普段なら驚く処だが、あんな夢を見た後ではそんな彼が頼もしい。

 慌てふためいて自分の両肩を持つシオンにルーシーは力無く微笑んだ。

「嫌な夢を見ただけ。驚かせてゴメンね。」

 少女の謝罪にシオンは首を振る。

「謝る事なんて無い。誰かに何かをされた訳じゃないんだな?」

「うん。」

 ルーシーが頷くと漸くシオンはホッとした顔になった。

 その辺りでルーシーの叫び声を聞いた他の者達が部屋にやって来る。


 一同は2人を見て怪訝な顔になる。

「シオン、お前・・・」

「貴男、まさか・・・」

 シオンは自分が両手でルーシーの両肩を掴んでいる事に気が付いて慌てて手を離した。

「い、いや、違うぞ!」

 誤解を解こうとシオンが口を開くが。

「まあ・・・お前とルーシーなら別にどうこう言う気は無いけどな・・・」

「まあ、場所っていうものがね・・・」

「だから違うって!」

 シオンの声が昂ぶるのをカンナが制した。

「静かにしろ、解ってるよ。さっきのルーシーの悲鳴は尋常じゃ無かった。」

 そう言ってベッドの上に座るルーシーに近づく。

「何があった? ちょっと話してみろ。」

 カンナに言われてルーシーは頷いた。

 ルーシーが語る夢の内容を聞いてカンナの表情が厳しくなる。

「『見つけた』と言ったんだな?」

 カンナの問いにルーシーは頷く。

「カンナ・・・」

 シオンが同じく厳しい表情で声を掛けた。

 悠久の賢者は頷く。

「十中八九・・・最奥のアートスにルーシーの所在がバレてしまった。」

 リオナを除く全員がルーシーの夢の話を聞きながら予測していたが、はっきりと言われて危機感を感じ始めた。

「・・・っ!」

 急にルーシーが顔を顰めた。

「どうした、ルーシー?」

 シオンが声を掛けると少女は答えた。

「あ、足が・・・」

 慌ててルーシーの下半身を覆っていた布団を取り払う。

 寝着から覗いた足首に瘴気が纏わり付いており、何だか脈打つ様に蠢いていた。其れはまるでどす黒い痣だ。そして其の足首回りは昼間にルーシーが墓地で何者かに足を掴まれた場所と全く同じ場所だった。

「・・・」

 ルーシーが無言で神性を強めてみると、瘴気は沼田打ち回る様に激しく蠢いたが消滅する事も無く足首に纏わり付いたまま離れる様子を見せない。

「リオナ、ちょっと来い。」

 カンナが呼ぶといつもの様に一番後ろから様子を伺っていたリオナが歩み寄る。

「何でしょう。」

「ちょっとルーシーの側に寄れ。」

 カンナの指示に従ってリオナがルーシーのベッドに近づき、シオンが譲った場所に腰を下ろす。

 瞬間、瘴気の痣が「ヒュッ」と小動物が身を縮める様に収縮した。そしてそのまま動きも止まる。

「ふむ・・・この状態が最善か・・・」

 カンナは呟く。

「この状態・・・って?」

 セシリーが訊ねる。

「ああ、神性持ちってのはな無意識のうちに自分の周りに神性の・・・そう、バリアみたいなものを張っているんだ。その広さは大したものでは無いが・・・今、ルーシーにリオナが近づいた事で2人の強い神性がこの強力な瘴気の侵攻を押さえ付けたんだ。」

「なるほど・・・」

 セシリーは頷く。

「でも・・・ルーシーの神性で押さえ付けられない瘴気なんて・・・」

 セシリーの戸惑いも尤もだ。

 最早、この瘴気の正体は疑い様も無い。

「どうするんだカンナ。」

 布団をルーシーに掛け直しながら、シオンの爆発寸前の声が小さな伝導者に掛けられる。しかし有効な手段など元から無いのだ。

「今からリオナには常にルーシーと供に行動して貰う。ルーシーの神性の強さは言わずもがなだが、リオナの神性の強さも本物だ。私の悪夢もリオナと行動を共にするようになってから一切見なくなった。つまり彼女の神性は其れだけでアートスの追跡を遮る事が出来るくらいには強い。この2人の状態の様にルーシーの神性にリオナの神性が加われば・・・今の弱っているアートスならばそうそう手は出せまい。」

「解りました。」

 緊張した面持ちでリオナが頷く。

「其れと私もルーシーに付き添う。知恵者が1人くらい居た方が良いだろう?」

 自分を堂々と知恵者と呼ぶ辺り、その図々しさに呆れるが。

 シオンは少しだけ笑った。

「確かにお前にもルーシーの側に居て貰いたいな。では今からカンナとリオナには申し訳無いがルーシーと共に居て貰おう。俺は今晩は通路で番をするから皆には安心して眠って貰いたい。」

 シオンが言うとミシェイルが言った。

「今からとは言え夜はまだ長い。後半は俺が番に立とう。シオンも休め。」

「・・・。・・・すまないな、では後半は頼む。」

 一瞬、躊躇したシオンだったが直ぐにミシェイルの提案を受け容れた。刹那の判断力を磨いた今のミシェイルになら確かに場を預けられる。

「ああ、任せてくれ。」

 ミシェイルは笑って見せた。

「さあ、夜はまだ長い。他の皆は休んでくれ。」

 シオンの言葉に従ってセシリーとアイシャは頷きミシェイルに連れられて部屋に戻っていった。その間にシオンはカンナとリオナの部屋に赴き、2人の荷物をルーシーの部屋に運び込んだ。

「では俺は其処の通路で見張っている。何かあったら直ぐに報せてくれ。」

「解った。」

 カンナが頷く向こうでルーシーが申し訳無さそうにシオンを見ている。シオンはその顔に微笑んで見せると部屋を後にした。

 しかし結局、その後は何も起こらずに一同は無事に朝を迎えることが出来た。


 翌朝、シオン達は朝食の時間を使ってバーラントに昨晩の事を話した。

「そうか、そんな事があったのか。」

 一同とは離れた部屋で睡眠を摂っており騒ぎを知らなかったバーラントは深刻な表情で呟いた。

「ああ、だから今日はルーシーの様子を見ておきたい。ハレ=ヒール共同墓地へ出発するにしても明日以降だな。」

 カンナが答えるとバーラントは頷く。

「いや。この際、ハレ=ヒール共同墓地に向かうのは保留にしようと思っている。実は・・・昨晩遅くに公都から報せが届いてな。」

「報せ・・・?」

 バーラントの表情から察するに余り良い報せでは無さそうだ。そしてその予想は裏切られる事は無かった。

「公都で邪教徒共と思しき連中が暴れ出した。」

「・・・!」

 シオンが立ち上がった。

「どう言う事かな?」

 カンナが険しい顔でバーラントに訊ねた。

「日数的には恐らく君達がアインズロードを目指して公都を出た直後辺りと見られる。守護神様を祀る新神殿の近く辺りで襲撃が起こったそうだ。」

「やはり動きだしたのか・・・」

 シオンは唸る。

「そして・・・」

 バーラントは言葉を続ける。

「どうやら、この一連に天央正教も絡んでいるらしい。」

「・・・何だと・・・?」

 流石に意外だったのかカンナはだいぶ間を置いてからそう唸った。


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