138話 墓地検分
幾つかの中継地を越えて一行がアインズロード領に入ったのは公都を出て2日後の事だった。
「セシリー、先にお兄さんの所に行く?」
ルーシーの問いにセシリーは首を振った。
「ううん。先にハレ=ヒール共同墓地を見ておきたいわ。」
その一言で2台の馬車は墓地に真っ直ぐ向かう事になった。
「お待ち致して居りました、セシリーお嬢様。」
ミシェイルとアイシャに応対したカイハ=レサリアが数人の騎士と共に再び案内に立つ。
「お務めご苦労様です。」
セシリーが応じて一同は騎士団の先導に続いて共同墓地に向かう。しかし墓地の惨状を目の当たりにしてセシリーの足は直ぐに止まった。
その拳は強く握り締められて震えていた。
「セシリー。」
アイシャが優しく声を掛け、セシリーは頷いて歩き出す。
「・・・」
ルーシーも何も言わずに歩いていたが、その視線は頻りに両親の墓石が置かれている方向に向けられていた。
「カンナ。」
シオンが声を掛ける。
「何だ?」
振り返るカンナにシオンは言った。
「申し訳無いが、俺とルーシーは先にルーシーの御両親の墓を確認してきたい。良いか?」
「シオン・・・」
まさかの申し出に驚くルーシーだったが、カンナは即答した。
「そうだな、先ずはソッチに行ってこい。無事だとは聞いていても自分の目で確認するまでは安心出来まい。」
「すまん。・・・さあ、ルーシー。」
シオンはルーシーを促す。
「ごめんね、セシリー。直ぐ行くから。」
ルーシーがそう言うとセシリーは微笑んで頷く。
別方向に歩き出した2人を見送ると、一行はまた足を進め始める。
墓石群はミシェイルとアイシャが話していたように、土台を失ったかの如く半分沈むように傾いていた。その墓石群の前には掘り起こされた棺が横たわっている。
「・・・此れ等の棺を開けて中を確認したのですね?」
「はい、仰る通りです。」
頷くカイハにセシリーは言った。
「開けて見せて下さい。」
「・・・は。」
棺の底には深い穴が空いており危険だ。
しかし自分が仕える家の令嬢、況してや時期侯爵夫人の指示である。否は有り得なかった。
カイハともう一人の騎士で棺の蓋に手を掛けると其れをずらしてセシリー達に中を見せた。ミシェイルとアイシャが以前に見たまま、中に在るはずの遺体は無く代わりに深い穴が空いていた。
一瞬セシリーの身体がグラリと揺れてアイシャが慌てて支える。
「大丈夫、セシリー?」
「ええ、大丈夫。ありがとう。」
心配そうに訊ねるアイシャにセシリーは青ざめた顔で軽く微笑むと再び視線を棺の穴に向けた。
「・・・この様な穴が他の棺にも空いているのですね?」
「はい、左様で御座います。」
頭を下げる騎士達にセシリーは更に問う。
「騎士団は今、どのような対応を取っているのですか?」
その問いに一番年長者と思える騎士が口を開いた。
「はい、被害を確認した以降は、主に周辺に点在する集落への聞き込みとハレ=ヒール共同墓地の下の崖下を中心とした周辺調査を行っております。」
「そうですか。首尾の方は?」
「残念ながら有力な情報、及び進展は得られておりません。」
「解りました。」
騎士の答えにセシリーは頷いて見せるとカンナを見た。
「カンナさん、現状はこんな感じです。」
気丈に振る舞っているがセシリーの顔色は芳しくなかった。
「うん・・・」
カンナはそのセシリーの様子に気遣わしげな表情を見せたが、直ぐに視線を墓石群に向けた。
「思っていたよりも酷く荒らされているな。」
「はい。」
恐らくセシリーはカンナが何か手がかりを掴んでくれる事を期待しているのだろう。感情を表に出したい衝動から健気に耐えている娘の期待に添えるようやってみるか。
カンナは翠眼を虚空に向けた。
「先ず空気が気に入らん。」
「空気?」
アイシャが首を傾げる。
「そうだ。」
カンナの双眸が翠色に輝き始める。
「この辺りには極めて強い悪意が漂っている。放って置けば悪い事が起きてしまう恐れがあるほどにな。」
「!」
一同に緊張が走る。
「悪い事って・・・?」
恐る恐る訊ねるアイシャにカンナは答えた。
「暴力事件が多発する可能性があるって事さ。強い悪意と言う奴は生きとし生きる者に憎悪の心を植え付けやすいんだ。」
「殺人事件とか・・・?」
「当然に起こりうる。」
「止めなくては。」
自らを奮い立たせるようにセシリーが強く言い、カイハ達が其れに騎士礼を以て応える。
「カンナ様、その悪意とやらはどの様に計らえば祓う事が出来ましょうや?」
年長の騎士が訊ねるとカンナは「そうだな・・・」と呟く。
「悪意の出所を掴まねばならんが・・・リオナ、ちょっと来い。」
一団の一番後ろから恐る恐ると言った態で様子を伺っていたリオナは急に名前を呼ばれて戸惑うが、全員の注目を集めておっかなびっくりカンナの下に歩みを進めた。
「な、なんでしょう?」
「お前、此処をどう感じている?」
問われてリオナは答える。
「どうも何も・・・もう、さっきから怖くて堪りません。早く帰りたいです。」
リオナらしい素直な感想を聞けてカンナは頷いた。
「よし、感覚は研がれている様だな。」
そう言うと伝導者はリオナの手を掴み棺の所まで引っ張った。
「ちょ、ちょっとカンナさん! 怖いですって!」
「大丈夫だ。ただこの空いている穴を視るだけで良い。何が視えるかだけ教えてくれ。」
カンナの神性では悪意を感じ取る処までが限界だった。此れほどに濃厚な存在感を揺蕩わせながら其の正体を掴ませないこの異様な悪意は只事では無い。
しかし、リオナになら何か視えるかも知れない。仮にこの娘が視えなくても後でルーシーに視て貰えば良いだろう。
「・・・」
だが、余程恐ろしいのかカンナを見つめるリオナの顔色は悪い。
――無理強いは止めよう。
リオナの表情を見てカンナはそう考え直した。
「いや、やっぱり良い。無理を言って悪かったな。」
しかしリオナは首を振ると恐る恐る棺の穴に近づいた。
「リオナ、無理をしなくて良い。」
「大丈夫です。」
止めようとするカンナにリオナは少し震える声で言った。
カンナは少し後悔しながらアイシャに呼び掛けた。
「アイシャ、リオナを支えてくれ。」
「はい。」
アイシャは後ろからリオナの腰に両腕を回して支える。
「・・・」
グッと身を乗り出してリオナは穴を覗き込んだ。
僅かにその紅眼が輝いたように見えた。瞬間、リオナは声にならない悲鳴を上げて後ろに仰け反った。
「うわ!」
急に身体を押し込まれてアイシャは支えきれずに後ろに引っ繰り返った。
慌てて身を入れたミシェイルが2人の少女を抱き止める。
「どうした、リオナ!」
ガタガタと身を震わせるリオナにカンナが叫んだ。
「大丈夫か!?」
駆け寄って訊ねるカンナにリオナは無言で頷いた。
「どうした。何が視えたんだ?」
訊ねるカンナの眼をリオナは真っ青な表情で見返した。その口が動く。
「蛇・・・人の顔をした大きな蛇が動いてた・・・」
「・・・蛇・・・」
「コッチを見てた。」
「どんな顔だった?」
「知らない顔です。男の顔。」
「男の顔か・・・」
カンナは唸る。其れだけでは結論を出すための決め手にはならない。
「其の顔は若い顔か? それとも年老いた顔か?」
「中年くらいの男の顔でした。所々に蛇の鱗の様なものが生えていて真っ赤な目で此方を睨んでいました。」
「うーん・・・」
中年か・・・。蛇の鱗が生えている様に見えたと言う事は、存在その物が蛇の身体とやらに乗っ取られているのだろうか?
「男の顔をした蛇、と言うのは頭部が男の顔で其処から蛇の胴体が生えている、と言う事か?」
「はい。」
リオナが頷く。
無論実際にそんな化物が直ぐ其処に居るわけではなく、リオナの幻視に拠ってこの一帯に漂う悪意が奇形な蛇と言う形に具現化されたのだろう。
しかし――、この悪意が単なる怨念の類いでは無い事ははっきりした。此れは確実に奈落の力が関わっている。奈落の法術の象徴ともなっている蛇が幻視された事が1つの証とも言えた。
それにもう1つ。
「奈落の力が関わっているのは間違い無さそうだ。」
カンナは言った。
「じゃあ、やはりオディス教徒の残党達が・・・」
ミシェイルが言うとカンナは首を振った。
「確かにその可能性は否定しないが・・・私はもう1つの可能性も考えている。」
「それは?」
「最奥のアートスが動いたんじゃないかと考えている。」
「・・・!」
カンナの言葉に一同は緊張する。
その中でミシェイルが疑問を口にした。
「でも最奥のアートスはイシュタルの魔神なのではないですか? 此処セルディナに・・・」
しかしカンナは首を振った。
「そうとは限らん。土地憑きの守護神ならいざ知らず、最奥のアートスは真の神々の系譜を継ぐ末裔だ。人の決めた枠組みなど関係ないだろう。そもそも奴は私の夢を通してルーシーを探しているんだ。リオナが加わってくれている事で強い神性に阻まれて今は探し倦ねているだろうが、奴の捜索範囲に国の枠組みなど関係ない。」
「・・・確かに。」
ミシェイルは納得する。
「せめて、リオナの視た男の顔がどんな顔なのかが解れば進展に繋がるかも知れないんだけどな・・・」
カンナが呟くとカイハ=レサリアが言った。
「ならば絵師を呼んで、リオナ殿に特徴を語って貰いながら描かせてみては如何ですか?」
「!」
驚いた様にカンナはカイハを見た。
「おお、そうか。そんな策があったな。お前、天才か。」
悠久の賢者に天才呼ばわりされてカイハ=レサリアは戸惑うような微妙な表情を見せる。
「いえ、騎士や兵士が事件を捜査する時、目撃者がいれば似顔絵を描かせるのは鉄板の手法ですから。」
「そうかそうか。じゃあ絵師に当てはあるんだな?」
カンナに問われてカイハは頷く。
「はい、勿論です。公都まで戻らずともアインズロードで抱えている絵師が何人か居ます。」
「うん、じゃあ城に戻ろう。」
カンナは満足げにそう言った時、遠くから悲鳴が上がった。
「お父さん、お母さん。また来たよ。」
ルーシーは変わらず静かに佇む墓石に安堵しながら墓前に手を合わせた。その後ろでシオンもルーシーに倣い手を合わせる。
「騒がしくてゴメンね。直ぐに静かに眠れるように頑張るから少しの間だけ我慢してね。」
そう言うとルーシーは目を閉じて長い時間手を合わせ続けた。恐らくは話したい事が沢山あったのだろう。
シオンも黙ってルーシーの後ろ姿を見つめる。
――・・・ルーシーを安心させる為にも、早く解決させなければ・・・!
愛する少女の為にも少年がそう決意を固めていると、遠くから声が上がった。
チラリと視線を向ければ、かなり離れた所に居るカンナ達が騒いでいる様だった。引っ繰り返りそうになったリオナとアイシャを後ろからミシェイルが支えている。
――・・・墓地で一体何を騒いでいるんだ。
若干、呆れながらシオンは再びルーシーの後ろ姿に視線を向ける。暫くすると、墓前に向かって下げられていた少女の頭が上がり少年を振り返った。
「みんなの所に戻ろう、シオン。」
その表情は先程よりも明らかに明るくなっている。
シオンはホッと胸を撫で下ろすと笑顔を向けた。
「もう良いのかい?」
「ええ。」
頷く少女にシオンは言った。
「さっさと事件を片付けて、今度はゆっくりとお参りしよう。」
「うん、ありがとう。」
嬉しそうに微笑むルーシーを思わず抱き締めたくなったシオンだが、流石に『時と場合』と言う物がある。
今度はシオンが先導してカンナ達の居る場所へ歩き出した。先程の騒ぎは収まり、カンナ達は何かを話し合っている様だった。
「あ」
ルーシーの小さな声が上がったのはその時だった。
続いて少女の叫び声がシオンの背後で上がった。
「きゃあぁぁぁっ!」
「!」
間髪入れずにシオンが振り返った。
見ればルーシーの左足に何か黒い腕の様な物が巻き付いて少女を地面に引き摺り込もうとしていた。ルーシーの驚愕した表情と足首まで埋まって身体が傾いた少女を見て、シオンは反射的に神剣を引き抜き黒い腕に叩き付けた。
しかし神剣は腕をすり抜けて地面を抉っただけだった。
「い、痛ッ・・・!」
締め付ける腕の力にルーシーが表情を歪めた瞬間、シオンから爆炎の如き真紅の神性が吹き出して黒い腕を掴んだ。
シオンの手は黒い腕をすり抜け・・・る事は無く、見事に腕を握り潰した。
「ルーシー!」
シオンはルーシーを抱き寄せると、未だ彼女の足首に絡まっている黒い手を引き剥がす。
「・・・」
シオンが無言で掴んだ黒い手を掲げると、彼の激しい怒りを具現化したような真紅の神性が黒い手に集中し、燃え上がった不埒な手は一瞬にして消え去った。
「大丈夫か、ルーシー!?」
シオンが訊ねるとルーシーは頷く。
「ちょっと見せて。」
シオンはそう言うとルーシーの足下に屈み込み、彼女の足首を見た。
かなり大きな痣が出来ていた。
「おい、大丈夫か! シオン、ルーシー!」
ミシェイルに抱えられたカンナが声を掛ける。後ろからセシリー達も追いついてきた。
「何があった?」
カンナ達はシオンが真紅の神性を纏って何かをしているのを確認している。
シオンから経緯を聞いたカンナは眉間に皺を寄せた。
「良くないな。直ぐに此処を出るぞ。」
悠久の賢者は緊迫感を漂わせながら一同にそう言う。
「そちらのお嬢さんの手当ては・・・?」
ルーシーの心配をする年長の騎士の言葉にカンナは首を振った。
「いや、心配には及ばない。手当ては此方で出来る。其れよりもだ。」
カンナは騎士達を見た。
「お前さん達もここから先は墓地の中に踏み入らない様にするんだ。外から様子を見るだけで良い。そして何か異変が起きた時には、即座にバーラント殿に報せ一刻も早くこの場を離れるんだ。」
「しかし、我々は主君よりこの墓地の警護を命じられています。主以外の方から主の命に反する指示を受ける訳には参りません。」
カイハ=レサリアが生真面目にそう反論する。
カンナは彼の生真面目さに好感を抱きながらも、だからこそ厳しい表情で強く言った。
「否。此れはレオナルド公王陛下より御免状を頂き王家の友人として身分を与えられた悠久の賢者としての指示だ。従って頂きたい。」
「!」
公王の名を出されて騎士達は背筋を伸ばした。
カンナとしても、出来ればこんな身分を衒らかす様な事は言いたく無かったが、あたら若い命を無駄な危険に晒したくは無かった。
彼女は騎士達を見回すとフッと表情を崩した。
「心配は要らない。私達は此れからアインズロード城に向かってバーラント殿に詳しく説明をする。お前さん達が間違っても命令違反の誹りを受けぬように取り計らう。何より此処にセシリー嬢が居るんだぞ? 安心して指示に従って欲しい。」
カンナの言葉にセシリーは頷きカイハ達の前に立った。
「その通りです。皆さんのアインズロードに対する忠誠心は本当に嬉しく思っています。そんな皆さんを必要の無い危険に晒したくは無いんです。どうか状況を見極めながら墓地を護る事よりも周辺の領民の皆さんを護る事に専念して下さい。」
忠誠を誓う家の娘であるセシリーからの願いは、騎士達に面目を与え彼等の表情からは戸惑いが消えた。
「はっ! 畏まりました!」
カイハ達はセシリーに対して騎士礼を取り、命令を受諾した。




