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開港場、怪異往来につき  作者: 古潭兄弟
第03章 子が消える十三日目
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六幕 女に預けた

滝が相談に来てから五日目の朝、宗吉と弥一は開港場を離れた。


とよはいつ子を産んでもおかしくない。出がけに寄った飯屋で、徳蔵は、まだ産気づいていないと言った。宗吉は日暮れ前には戻ると伝えていた。


向かうのは、十二年前、とよが見つかった場所だった。


徳蔵から聞いた道筋は、帳面に書き留めてある。保土ヶ谷へ抜ける道を進み、一本松の立つ分かれ道を西へ折れる。炭焼きの通う細道へ入り、小さな谷を越えた先の、二つ目の丘。その手前の、雑木林が始まる辺りに、とよは座っていたという。


町外れにも、店や人家はまだ続いていた。荷車の車輪が軋み、商いの声が飛び交っている。海の方を見れば、林立する帆柱が、ときおり家並みの向こうに覗いた。


歩いていくにつれ、家と家との間が開き、店の数も減っていった。やがて土の道の両側に畑が現れる。低い丘がいくつも折り重なり、その裾には刈り入れを終えた田が、褪せた金色を広げていた。


十月の空は、抜けるように高かった。町の中では建物に遮られていた風が、ここでは丘を越えてまっすぐ吹きつけてくる。乾いた草と土の匂いがした。


一本松の立つ分かれ道を見つけたのは、町を出てからだいぶ歩いたころだった。


宗吉は立ち止まり、帳面に描いた道筋と、目の前の景色を見比べた。


「ここを西だな」


「ええ。ここから炭焼き道ですね」


弥一はもう、西へ向かう道に足を踏み入れていた。朝から妙に機嫌がよく、道端に色づいた柿を眺め、藪から鳥が飛び立てば目で追っている。用事と関係のないものを、こんなふうに眺める男ではなかった。


「お前、楽しそうだな」


宗吉が言うと、弥一は少し笑った。


「そう見えますか」


「見える」


「兄貴とこうして遠くまで歩くのは、初めてでしょう。ちょっとした旅みたいじゃないですか」


「仕事だぞ」


「分かってますよ」


「遊びに来たんじゃねえ」


「それも分かってますって」


返事まで軽い。宗吉は眉を寄せ、帳面を閉じた。


弥一は町の方へ一度目をやった。


「帰るころには、おとよさんの子が生まれてるかもしれませんね」


「前の二人と同じなら、十三日目が来る前に手を打たなきゃならねえ。日暮れ前に戻って、様子を確かめるぞ」


「ええ」


炭焼き道は、二人が並んで歩けば肩が触れそうなほど細かった。片側には畑があり、反対側には草の茂った斜面が続いている。


小さな谷を越えると、二つ目の丘が姿を現した。


雑木林の手前には、枯れ草に覆われた斜面があった。その脇まで畑が広がっている。宗吉は帳面を開き直した。道と丘の形は、徳蔵の話とおおむね合っていた。


宗吉は斜面の下へ降りた。枯れかけた草が、脛をかすめて鳴る。ところどころ土が剝き出しになり、落ちた栗の毬が転がっていた。


ここに、十四歳ほどの少女が座っていた。ぼろぼろの衣を着て、周りの草に長い髪を絡ませて。


宗吉は辺りを見回し、道の続く先や、林と畑の位置を確かめた。だが、とよが道を歩いてきたのか、林を抜けてきたのかは、今の景色だけでは分からなかった。


「村で聞きますか」


後ろから弥一が言った。


「ああ」


丘を回り込んだ先に、小さな村があった。谷あいに十数軒の家が身を寄せ合い、家々の裏には薪や枝が高く積まれている。


最初に声をかけたのは、畑で土を返していた老人だった。


宗吉は、十二年前にこの近くで見つかった少女の特徴を伝えた。


「十四歳くらいで、髪がずいぶん長かったそうです。着ているものも、ひどく傷んでいたとか」


老人は鍬へ手を置き、しばらく考えた。


「知らんな」


「昔から、この村に?」


「生まれたときからいる」


それでも、そのような少女を見た覚えはないという。宗吉は礼を言い、次の家へ向かった。


軒先で豆を選っている老婆がいた。二人が近づくと、皺の間から探るような目を向けてきた。


宗吉は同じことを尋ねた。


「そんな娘は知らないねえ」


老婆は豆を選る手を止めなかった。


宗吉は少し考えてから訊いた。


「では、この辺りで、昔いなくなった子供はいませんか」


今度は、老婆の手が止まった。


「子供?」


「ええ。女の子です」


「いつの話だい」


「十二年前より、もっと前かもしれません」


宗吉は答えた。


「この辺りで、急にいなくなった子がいなかったかと思って」


老婆は宗吉と弥一を交互に見た。


「何を調べてるんだい。役人かい」


「違います」


「じゃあ、何者だい」


宗吉は少しためらってから答えた。


「頼まれて、その人の身元を調べているんです。どこの生まれか、親が誰かも分からないので」


横から弥一が口を挟んだ。


「昔いなくなった人がいねえか、聞いて回ってるだけだ」


老婆が弥一の大きな顔を見上げる。


「そんな顔をした男に言われてもねえ」


「顔は関係ねえだろ」


「悪いことに使うんじゃないだろうね」


「使うわけがねえよ」


弥一がむっとして答えると、老婆は初めて少し笑った。


「子供なら、一人いたよ」


宗吉は帳面を開いた。


「女の子ですか」


「ああ」


「いくつくらい?」


「三つだったかねえ。まだ一人で遠くへ行けるような年じゃなかったよ」


宗吉の筆が止まる。


「いつのことですか」


「ずいぶん昔だよ。港が開くより、五年ほど前だったかねえ」


港が開かれてから、十八年ほどになる。宗吉は帳面の端で年を数えた。


「二十三年ほど前か」


「ああ。そのくらいになるね」


三歳の娘が、二十三年ほど前に消えた。


宗吉は老婆の話を書き留め、その下へ徳蔵から聞いたことを並べた。


十二年前。十四歳ほどの少女。


二つの年を見比べる。その間には、およそ十一年あった。


「兄貴」


帳面を覗き込んでいた弥一の声が変わった。


「ああ」


「年が合いますよ」


三歳の子供が十一年を経れば、十四歳になる。


見つかったときのとよの年齢は、見た目から推し量ったものにすぎない。娘が消えた年も、老婆の記憶である。どちらも確かな数字ではなかった。それでも、二つの年は食い違わなかった。


徳蔵は十二年前、少女を連れて近隣の村を回ったという。だが、この村にも来たのか、誰に何を尋ねたのかまでは聞いていない。幼い娘の姿と、十四歳ほどになった少女の姿が、結びつかなかった可能性もある。


宗吉は老婆に目を戻した。


「その子の親は?」


「彦太郎っていう樵だよ」


宗吉は帳面に、彦太郎、と記した。


「母親は?」


「おてつだ」


その隣に、てつ、と添える。


「娘は、どうやっていなくなったんですか」


老婆の表情が曇った。


「それが、妙な話でねえ」


「何があったんですか」


「彦太郎は、娘がいなくなったとは言わなかったんだよ」


「では、何て?」


老婆は声を落とした。


「女に預けたって言ったのさ」


軒下に吊された干し大根が、風にひとつ揺れた。


「どこの女ですか」


「知らない女だよ」


「親類でも、知り合いでもなかったんですか」


「そう聞いたねえ」


宗吉は筆を止めた。


「その話は、彦太郎さんから直接聞いたんですか」


「ああ。どこの誰だと訊いたって、知らない女に預けたと言い張るんだから」


弥一が眉を寄せた。


「誰も信じなかっただろ」


「ああ。信じなかったねえ」


老婆の話では、娘が消えたあと、村ではさまざまな噂が立った。


彦太郎は山へ入って木を切り、炭を焼き、それを売って暮らしていた。食べるものにも困っていた時期だったという。


そのため、娘を金に換えたのではないかと言う者がいた。山で誤って死なせ、それを隠しているのだと言う者もいた。


「何か、そうと分かるものがあったんですか」


宗吉が訊くと、老婆は首を振った。


「そんなものはないよ。誰も見たわけじゃない。ただ、彦太郎の話を信じられなかっただけさ」


「おてつさんも、女に預けたと言ったんですか」


「おてつは泣いてたよ」


老婆は手元の豆へ目を落とした。


「亭主の言うことを信じてくれ。娘は女に預けたんだ。いつか帰ってくるんだって、そればかりだった」


「その女を見た人は?」


「私は知らないねえ」


「娘は、結局戻らなかったんですか」


「少なくとも、村へ戻ったとは聞いてないよ」


宗吉は帳面の二つの年を、もう一度見た。


年齢は合う。場所も近い。だが、それだけで同じ人物だと決めることはできない。


「彦太郎さんと、おてつさんは、今も生きていますか」


老婆は頷いた。


「この近くにいるよ」


「どこですか」


老婆が、家々の向こうへ続く細い道を指した。


「丘の裾に小さな家がある。裏に木を積んでるから、見れば分かるよ」


宗吉と弥一は、教えられた方を見た。道は家々の間を抜け、その先で雑木林の方へ細く延びている。


すぐに向かうこともできた。だが宗吉は、帳面を閉じなかった。


「もう少し聞いて回るぞ。夫婦に会う前に、娘がいたことと、いなくなったころを、ほかの者にも確かめておく」


弥一が頷く。


「夫婦の話と比べられるように、ですね」


二人は、古くから村に住んでいる者をさらに訪ねた。


年老いた炭焼きの男は、彦太郎の娘が姿を見せなくなったことを覚えていた。娘が三歳ほどだったことも、港が開かれる何年か前の出来事だったことも、老婆の話と重なった。


別の家の老人は、彦太郎本人から、娘を女へ預けたと聞いていた。


しかし、聞いた者の中に、その女を自分の目で見た者は一人もいなかった。娘が売られたという話も、山で死んだという話も、突き詰めれば誰かから聞いた噂にすぎなかった。


宗吉は話した者ごとに記録を分けた。彦太郎とてつには三歳ほどの娘がおり、二十年以上前に姿を見せなくなった。父親は、知らない女へ預けたと話していた。


二十三年ほど前というのは、最初の老婆の記憶だった。ほかの者は、そこまで細かく年を言えなかった。


夫婦が今も村で暮らしていることと、その家の場所は、どの者に尋ねても同じだった。


昼を少し回っていた。宗吉は空を見上げて日の位置を確かめ、今朝歩いてきた道の長さを思い返した。夫婦の話を聞く時間はある。だが、日暮れ前に飯屋へ戻るには、この先で長居はできなかった。


宗吉は帳面を閉じた。


「行くぞ」


「彦太郎さんの家へ?」


「ああ。話を聞いたら引き返す。おとよさんの様子も確かめねえとな」


宗吉は、老婆から教えられた道へ目を向けた。


十二年前、草むらに一人で座っていた少女。二十三年ほど前に姿を消し、父親が女へ預けたと語った三歳の娘。


年が食い違わないというだけの、細い糸である。それでも、いま手にしているのは、その一本きりだった。


もし二人が同じ人間なら、そのあいだにあるおよそ十一年が、丸ごと抜け落ちている。


徳蔵の話では、とよは二つ目の丘が見えたところで足を止めた。宗吉たちはその場所を越え、丘の向こうの村まで来ていた。


宗吉と弥一は、丘の裾へ続く細い道を歩き始めた。

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