五幕 拾われた娘
滝が相談に来てから四日目の夜、宗吉と弥一は飯屋を訪れた。戸倉と別れた、その足だった。
夜の客が引くのを待って、二人は徳蔵に小上がりへ通された。奥の流し場から、ときおり器の触れ合う音がする。滝が洗い物をしていた。姑も少し離れて腰を下ろした。
「おとよさんの具合はいかがですか」
宗吉が訊くと、徳蔵は奥へ目をやった。
「まだ産気づいちゃいねえ。今日は休ませてる」
宗吉は頷き、先ほど戸倉から聞いたことを話した。
二人目の赤ん坊が消えた晩、戸倉は店を抜け出していた。裏へ回り、とよが出てくるのを待っていたという。戻ったのは、徳蔵が最後に赤ん坊を見に行く前だったと主張している。
宗吉はそこで話を切り、徳蔵を見た。
「旦那が奥へ入るとき、戸倉はもう席にいた。そう言っているんです。何か思い出せませんか」
徳蔵は膝の上で手を組んだ。眉根を寄せ、しばらく記憶を探ってから、首を振った。
「駄目だ。子を見たことは覚えてる。だが、あいつの席まで見てたかどうかは……」
流し場の音が止まった。滝が濡れた手を拭きながら、こちらを見ていた。
「私も分からないよ。あの晩、戸倉が出たり入ったりしてたことさえ、覚えてないんだから」
宗吉は帳面へ目を落とした。
二軒先の商人が見たのは、戸倉の出入りだけだった。徳蔵が奥へ入った時点との前後関係は、確かめられていない。戸倉が裏にいた長さも、本人は覚えていないと答えた。
一人目の晩についても、分からないままである。
宗吉はそこまでを伝えてから、噂の話へ移った。
戸倉がとよに執着していたこと。人前では庇うふりをしながら、相手が知らなかった悪い噂まで伝えていたこと。姑には町中がとよを疑っていると吹き込み、離縁を勧めていたこと。
行き場を失ったとよを、自分が引き取るつもりだったこと。
徳蔵は口を挟まなかった。ただ、膝の上に置いた手が、途中から小刻みに震え始めていた。
話が終わっても、しばらく黙っていた。
「戸倉は、もう店に入れねえ」
低く、しかし揺るぎのない声だった。
「来たら帰す。それでも居座るなら――」
徳蔵が弥一を見る。弥一はその視線を受け、宗吉へ顔を向けた。
「兄貴。俺、また用心棒ですか」
「頼めるか」
徳蔵が言った。
「店から出すだけならな」
弥一は答えてから、宗吉を見た。
「いいですよね、兄貴」
「店を壊すなよ」
「追い出すだけでさ。店まで壊しませんよ」
徳蔵の口元がわずかに動いたが、笑いにはならなかった。
姑は膝の上で布巾を握りしめていた。戸倉の企みを聞くあいだ、ただの一言も発していない。
やがて、畳へ目を落としたまま口を開いた。
「あの男が悪党でも、二人の子が消えたことは変わらないよ」
誰も答えなかった。
「赤ん坊を攫ったのも、あの男じゃないんだろ」
「そこは、まだ分かりません」
宗吉は答えた。
「戸倉の言う順序なら、裏にいるあいだに子を攫ったとは考えにくくなります。ただ、その順序を裏づける人がいないんです」
「なら、やっぱり何も変わらないじゃないか」
姑は家の奥へ目を向けた。
「次の子まで、もう間がないんだよ」
布巾を握る指に、ぐっと力がこもった。
「あの女がどうであろうと、私は次の子が心配なんだ」
そこに嘘はないのだろうと、宗吉は思った。だが、孫を案じているからといって、とよに向けた疑いまで正しいことにはならない。
戸倉のしたことは見えてきた。それでも、二人の赤ん坊が消えた理由は、まだ分からなかった。
徳蔵と姑が片づけに戻ると、弥一が小声で訊いた。
「兄貴。次は何を調べるんですか」
開いた戸口から、冷たい夜風が吹き込んできた。
宗吉は、帳面に書いたことを一つずつ思い返した。
二人の赤ん坊は、どちらも十三日目に消えた。とよは二度とも起きていて、何かを伝えようとしたが、徳蔵には分からなかった。
宗吉が「十三日目」と口にしたときにも、とよは怯えた。
「おとよさんが伝えようとしてたことだ」
「でも、聞き出せなかったでしょう」
「ああ。あの身振りだけじゃ分からなかった」
「もう一度、同じことをさせるんですか」
「それじゃ同じだ」
宗吉は首を振った。
「あの人が何を見たのかは分からねえ。だから、今度は旦那に、おとよさんと出会ったころのことを聞いてみる」
「旦那も、どこまで知ってるんでしょうね」
「知ってるところまで聞く。初めて会ったときからな」
弥一は横目で宗吉を見た。
「ずいぶん前まで戻るんですね」
「賭けだよ」
宗吉は正直に言った。
「昔と今がつながってる証しがあるわけじゃねえ。けど、家の中で何が起きたかは、まだ分からねえままだ。戸倉の話だけ追ってても、そこは埋まらねえだろ」
流し場のそばには真新しい布が幾重にも積まれ、滝がそれを奥へ運んでいた。徳蔵も片づけの手を止め、何度もそちらへ目を走らせている。
徳蔵が小上がりへ戻るのを待ち、宗吉は帳面を開いた。
「おとよさんの昔のことを、もう少し聞かせてください」
徳蔵は手拭いを畳んで脇へ置いた。
「俺も、ほとんど知らねえんだ」
「この家へ来てからのことでも構いません。最初の子を産む前から、十三日目という言葉や、日数を数えることで、何か変わった様子はありませんでしたか」
徳蔵はすぐには答えなかった。
「……俺の覚えてる限りじゃ、ねえな」
「暦を見て怯えたり、何かの日が来るのを嫌がったりは」
「気づいたことはねえ。あったのかもしれねえが、俺には分からなかった」
宗吉は、その答えを書き留めた。
「では、最初に会ったときのことを。どこで、どうやって会ったんですか」
徳蔵は家の奥を一度見てから、低い声で答えた。
「十二年前の秋だ」
「この町で?」
「町の外だ」
そのころの徳蔵は、まだ父親の店を手伝っていた。店で使う薪を買うため、町の西にある村へ出かけたという。
保土ヶ谷へ抜ける道の途中に、一本松の立つ分かれ道がある。そこから西へ折れ、炭焼きの通う細道に入る。小さな谷を越えた先の、二つ目の丘の手前。徳蔵が人の姿を見つけたのは、その辺りだった。
「今でも、その道は分かりますか」
「ああ。家は増えたが、一本松も丘も残ってる」
徳蔵は卓の端に指を置き、道を辿るようにゆっくりと動かした。
薪を買い、町へ戻る途中だった。日は西へ傾いていた。丘の裾に生えた草の先だけが、白く光を弾いていた。その草の中に、誰かが座っている。
道から少し離れたところに、たった一人きりだった。
徳蔵は薪を積んだ荷車を止め、草を踏み分けて近づいた。
十四歳ほどに見える少女だった。
着ているものは泥に汚れ、裾も袖も裂けていた。履物は擦り切れ、足には乾いた泥がこびりついている。
「何日も野山を歩いてきたんじゃねえかと思った。髪もひどい有様でな」
「どんなふうに?」
「長かったんだ」
「腰よりも?」
宗吉が訊くと、徳蔵は首を振った。
「そんなもんじゃねえ。座ってるあいつの周りに、黒い髪が広がってた」
草に絡んだ髪には、枯葉や細い枝が幾つも巻き込まれていた。風が吹くと、その端だけがゆらりと動いた。
「おとよさんだったんですね」
「ああ」
少女は逃げなかった。助けを求めることもなく、疲れ切った顔で徳蔵を見上げていた。
「どうした」
徳蔵が訊いても、口を利かない。
「家はどこだ。親は?」
どちらにも答えなかった。
「最初から、一言も口を利かなかったんですか」
宗吉が確かめると、徳蔵は頷いた。
「何を訊いてもな。恐ろしい目に遭って、声が出なくなってるのかと思った」
それでも、こちらの言葉は理解していたという。
「立てるか」と訊くと、しばらくして立ち上がった。「腹が減ってるのか」には頷いた。水を差し出すと、両手で受け取った。
そのとき、徳蔵は少女の指を見た。
「金色だったんだ」
宗吉の筆が止まった。
「指が?」
「ああ。両手ともだ。一本や二本じゃねえ。どの指も、付け根から先まで金色だった」
初めは西日のせいだと思ったと、徳蔵は話した。だが、少女が身体を動かし、その手が陰へ入っても、指だけは同じ色をしていた。
「何か塗ってあったんですか」
「そう思った。だが、家へ連れて帰ってから洗っても落ちなかった」
弥一が卓へ身を乗り出した。
「洗ってもか」
「湯を使って、布でも拭いた。泥は落ちたが、金色は残った。布には色もつかねえ」
「その指を、ほかに見た人は?」
宗吉が訊くと、徳蔵は奥へ顎を向けた。
「母は見てる。手を洗ってやったのも母だ。俺もそばにいた」
「おっ母さんにも、あとで訊かせてください」
徳蔵は頷いた。宗吉は「両手の指」と書き、その脇に徳蔵の名を添えた。
「名前は訊いたんですか」
「訊いた。分からなかった」
「答えなかったんですか」
「どう伝えたらいいか、分からないように見えた」
日が暮れかけていた。近くに人家はなく、そのまま夜を過ごせるような場所でもなかった。
「うちへ来るか」
徳蔵が訊くと、少女はすぐには動かなかった。
道へ戻って荷車を引き始めると、少女は少し遅れてついてきた。何度振り返っても、同じだけの間を空けて歩いている。落ちてくる夕闇の中で、長い髪が草の上を引きずられていた。
「おっ母さんは驚いただろうな」
弥一が言った。
「驚いたなんてもんじゃねえよ。俺とあいつを見比べて、どこの子だ、親はどうしたって、そればかりだった」
名も分からない。親も家も分からない。衣はぼろぼろで、髪は地面を引きずり、両手の指が金色をしている。
母親はすぐには少女を家へ上げず、戸口で徳蔵に事情を問いただした。それでも、夜のうちに追い出しはしなかった。食べ物を与え、湯を使わせ、汚れた衣を替えさせた。
「おっ母さんは、どこの誰とも分からない女だと言ってました」
宗吉が言うと、徳蔵は畳へ目を落とした。
「初めは、本当に何も分からなかったんだ」
「嫁にするという話は、まだなかったんですね」
「あるわけねえだろ。あのころのあいつは、まだ子供だった」
翌朝、徳蔵と母親は当時の名主へ届け出た。近隣の村にも、行方の分からなくなった娘がいないか尋ねてもらったという。
少女を連れて、いくつかの村を回ったこともあった。だが、知っている者は一人も見つからなかった。
「そのとき、指はどうしていたんですか」
宗吉が訊くと、徳蔵は両手を卓の上へ置いた。
「布を巻いて隠してた。母がそうさせたんだ。あんな手を見られたら、どんな噂が立つか分からねえってな」
「名主のところへ行ったときも?」
「ああ。手が荒れてるとだけ話した。外へ連れ出すときは、いつもそうした」
「家の中では?」
「外してたよ。客の前へは出さずに、奥で暮らさせてた」
徳蔵は手を膝へ戻した。
「字を書かせようとは?」
宗吉が訊いた。
「試したよ」
庭の土の上で、徳蔵は少女に枝を渡した。
自分の名を書けるか。家のある場所は分かるか。
そう訊いても、少女は枝を握ったまま、ただ土を見ていた。
「俺が字を書いて見せても、眺めてるだけだった。何が書いてあるか、分からねえようだったよ」
「文字を知らなかったんですか」
「ああ。今も読めねえよ」
少女の本当の名は分からなかった。家の中で呼ぶにも、役人へ話すにも、名がなければ困る。
「どうして、とよという名にしたんですか」
「あの年は、辺りの畑の出来がよかった」
徳蔵は言った。
「母が、せめて縁起のいい名をつけようってな。豊かな年に来たから、とよでどうだと言った」
初めは呼びかけても振り向かず、肩へ触れて知らせることもあった。やがて、自分を指す名なのだと覚えたという。
「髪はどうした」
弥一が訊いた。
「洗って、梳いた。ひどく絡んでたから、何日もかかったよ」
母親が鋏を持ってきたとき、とよは両腕で髪を抱え込んだ。何度も首を振り、近づいてくる手を必死に押し戻した。
「切られるのを嫌がったんですね」
宗吉が言うと、徳蔵は頷いた。
「あのときはな。理由は分からねえ。だから、無理には切らなかった」
「そのあとは?」
「家での暮らしに慣れてからだ。髪を梳いてやるときに、母がもう一度訊いた。少し短くしてもいいかって」
そのとき、とよは頷いた。母親が鋏を手にしても、もう髪を抱え込まなかった。
「それで、切ったんですか」
「ああ。暮らしに差し支えねえ長さにな。今は、ほかの女とそう変わらねえよ」
宗吉は、家での暮らしに慣れてから髪を切った、と帳面へ書き足した。
「指の金色は、どうなりましたか」
「あれも、今はねえ」
「何かで落としたんですか」
「いや。初めは、洗ってもどうにもならなかった。そのうち少しずつ薄くなって、気がついたら普通の色になってた」
「何日ほどで?」
徳蔵は首を振った。
「そんなに早くはなかった。月日が経つうちにだ。いつ消えたかまでは覚えてねえ」
「痛がったり、手を使うのを嫌がったりはしませんでしたか」
「それはなかった。器も持ったし、洗い物もした」
弥一が自分の指先を眺めた。
「妙な話でさ。汚れなら、先に洗ったときに落ちそうなもんですがね」
宗吉は頷きかけて、止めた。何がついていたか分からない以上、汚れだったとも、そうでなかったとも言えない。
とよは、そのまま徳蔵の家で暮らすようになった。
水を運び、器を洗い、野菜を切った。教えた仕事はよく覚え、店で使う言葉にも、少しずつ慣れていったと徳蔵は話した。
「家を出ていこうとしたことも、誰かを探すような様子もなかったよ」
とよを連れて帰ってから、四年ほどが過ぎた。出会ったときに十四歳ほどだったなら、とよは十八歳ほどになっていた。
「そのころ、夫婦になったんですか」
宗吉が訊くと、徳蔵は頷いた。
「ああ」
「おとよさんにも、そのつもりがあると、どう確かめたんですか」
徳蔵の眉が寄った。
「俺が無理に嫁にしたとでも思ってるのか」
「そういうつもりで訊いたんじゃありません。おとよさんが、どんなふうに気持ちを伝えたのか知りたいんです」
徳蔵は宗吉をじっと見た。やがて、肩から力を抜いた。
「あいつに訊いたよ。俺と夫婦になって、この家で暮らすかって」
「おとよさんは?」
「頷いた」
徳蔵は一度、家の奥を見た。
「それから、俺の手に自分の手を重ねた」
明治五年、戸籍を作ることになった際にも、戸長へ事情を話した。身元は分からないままだったが、とよが徳蔵の家で暮らしてきたことは周囲も知っていた。届け出には、分かる範囲のことを伝えたと、徳蔵は説明した。
「夫婦になってからも、昔のことは分からなかったんですか」
「ああ。何度か訊いてみたが、何も分からなかった」
どこで生まれたのか。親が誰なのか。なぜ野山に一人でいたのか。どこから、あの道へ来たのか。
名前はこの家でつけ、年齢は見た目から推し量った。その前のことは、今も闇の中だった。
「見つけた場所へ、おとよさんを連れていったことはありますか」
宗吉が訊くと、徳蔵は黙り込んだ。
宗吉は筆を止めて待った。
「一度だけだ」
「いつ?」
「うちへ来て、一年ほど経ったころだ。元の場所を見れば、何か思い出すかもしれねえ。帰る道が分かるかもしれねえと思ってな」
徳蔵は再び卓に指を置いた。
一本松の分かれ道を西へ折れ、炭焼き道へ入った。初めのうち、とよはおとなしくついてきた。
小さな谷を越え、二つ目の丘が見えたところで、突然、足を止めた。
「その先へは行かなかったんですか」
「ああ。手を引いても動かねえ。真っ青になって、首を振るばかりだった」
とよは来た道を何度も指した。
「見つけた場所は、丘の手前ですか」
「ああ。丘の手前の、雑木林が始まる辺りだ。あいつが止まったところから、そう遠くない」
「何を怖がっていたかは?」
「分からねえ」
徳蔵は無理に連れていかなかった。引き返すと、とよは早足で歩きながら、何度も背後を振り向いた。丘が視界から消えて、ようやく歩みを緩めたという。
「それきり、あそこへは連れていってねえ」
徳蔵の指が卓から離れた。宗吉は道順を書き終え、顔を上げた。
「おっ母さんは、今、手が空いていますか。指のことを聞いておきたいんです」
徳蔵は頷いて席を立った。しばらくして姑がやってきた。徳蔵はそのまま台所へ回り、宗吉は姑に座ってもらった。
「旦那がおとよさんを連れて帰ったころのことです。手に、何か変わったところはありませんでしたか」
姑は宗吉を見た。
「……徳蔵が喋ったんだね」
「おっ母さんが、ご自分で見たことを聞かせてください」
姑は卓に片手を置き、その皺の刻まれた指を見下ろした。
「指が十本とも金色だったよ。付け根からね。私が洗ってやったんだ。泥は落ちたのに、あの色は落ちなかった」
「拭いた布は?」
「泥で汚れたよ。金色にはならなかった」
宗吉は徳蔵の話の下に、姑の話を書き添えた。
「その手を、人に見せたことはありますか」
「見せるもんか。外へ連れ出すときは、両手に布を巻かせたよ。指先まで隠れるようにね」
「どうして隠したんですか」
「あんな手を見られたら、何を言われるか分からないだろ。あの子だけの話じゃ済まないよ。うちに置いてるんだから」
姑は店の戸口へ目を向け、声を落とした。
「昔のことを、今さら言いふらさないでおくれ。子のことであれだけ騒がれたんだ。これ以上、店の噂を増やされちゃかなわない」
「そのあとの指の色は、どうなりましたか」
「いつ消えたかなんて、覚えてないよ。薄くなったねと徳蔵と話したのは覚えてる。気づいたら、もう布を巻くこともなくなってた」
金色を見たこと、洗っても落ちなかったこと、布で隠していたこと。二人の話は、そこまで寸分の狂いもなく重なった。だが、何が指を染め、なぜ薄れていったのかは、どちらにも分からなかった。
姑が席を立つと、入れ替わりに徳蔵が戻ってきた。
宗吉は帳面へ目を落とした。
二人の赤ん坊が消えたことと、十二年前、とよが野山で見つかったことに、つながりがあるとはまだ言えない。
長い髪は、家での暮らしに慣れてから切った。両手の指の金色は、洗っても落ちなかったが、月日とともに消えた。見つかった場所へ近づいたときには、その先へ進むことを頑なに拒んだ。
どれも気にはなった。だが、それだけでは、二人の赤ん坊が消えた理由は分からない。
宗吉は帳面を繰り、とよの身振りを記した頁を開いた。
手を上へ伸ばし、指を開いて、閉じた。
――あのとき伸ばした手の指も、十二年前には金色だったことになる。
宗吉は今の頁へ戻り、金色の指の記録の隣に、あの身振りを書き写した。二つの関わりは、まだ分からなかった。
「兄貴」
弥一が帳面を覗き込んだ。
「関係があると思いますか」
「まだ分からねえよ」
宗吉は、一本松から丘までの道順を指で辿った。
「だが、ここなら確かめに行ける」
徳蔵が顔を上げた。
「あそこへ行くのか」
「道の目印も、もう少し聞かせてください」
宗吉が言うと、弥一は奥へ目を向けた。
「出かけてるあいだに、生まれちまったらどうするんですか」
「生まれたら、旦那と産婆さんに任せる。俺たちは朝早く出て、早く戻る。生まれる前に、調べられることは調べておきてえんだ」
宗吉は徳蔵へ向き直った。
「朝早く出れば、日暮れ前には往復できますか」
「ああ。道を間違えなけりゃ、戻れる」
「では、明日の朝から、日帰りで。戻ったら、ここへ来て調べたことを報告します。おとよさんは、ここで休ませておいてください」
徳蔵は頷いた。宗吉は帳面に目を戻した。
十三日目までは何も起きないと、決まったわけではない。それでも、家で待っているだけでは、同じ日を迎えてしまう。
宗吉は帳面を閉じた。
「十二年前、おとよさんがいた場所へ行ってみます」




