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開港場、怪異往来につき  作者: 古潭兄弟
第02章 壺は空になる
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二十一幕 新しい仕事

宗吉は、みちと嘉助、それから弥一の顔を順番に見た。


誰も驚いていない。


驚いているのは自分だけだった。


「……どういうことだ?」


もう一度聞いた。


みちは弥一を見る。


「ほら。ちゃんと説明しなさいよ」


「俺がですか」


「弥一さんが始めたことでしょう」


弥一は頭を掻いた。


昨夜、あの化け物に傷つけられた二の腕には、宗吉が巻いた包帯が残っている。


「どこから話せばいいんですかね」


「最初からだよ!」


宗吉が怒鳴った。


朝からまた声を荒らげることになるとは思わなかった。


「この家は何なんだ。あの金はどこへいった。何でおみちさんと嘉助さんまで知ってる!」


「だから、一つずつ話しますって」


弥一は宗吉に座るよう手で示した。


「座ってください、兄貴」


「兄貴って言うな!」


それでも宗吉は座った。


みちと嘉助も客用に用意された場所へ腰を下ろす。


弥一は壁際に座った。


奇妙な光景だった。


昨日まで宗吉は、この建物が存在することすら知らなかった。


今はそこで、自分だけが遅れて呼ばれた寄り合いのように、皆が当たり前の顔をして座っている。


みちの目が、弥一の二の腕に止まった。


「その腕、どうしたの?」


弥一が包帯を見る。


「昨夜、妙なものに襲われましてね」


「妙なもの?」


みちが眉を寄せた。


弥一はみちと嘉助へ向き直った。


「戸の外に、人みたいな形をした大きな化け物がいたんですよ」


みちの表情が引き締まった。


「ここへ来たの?」


「ええ。最初は少し離れたところにいたんですけどね。まっすぐこっちへ来たんでさ」


嘉助が弥一の包帯を見た。


「それに襲われたのですか」


「ええ。腕をやられました」


「それで、どうしたの?」


「例の札を使ったんですよ」


「ああ、あれね」


「貼りつけたら、化け物は崩れて消えました。札も一緒に消えましたけど」


みちは弥一を見る。


「そんなものが来ると分かっていて、二人だけでここへ来たの?」


「分かってたわけじゃないですよ。用心はしてましたけどね」


「その用心のために、札を買ったのか」


宗吉が言った。


「そういうことでさ」


宗吉の顔が険しくなった。


あの札にも、消えた金が使われている。


弥一が口を開いた。


「最初に持ち出した金なんですけど」


「その前に」


宗吉は遮った。


「壺の金だけじゃねえだろ。俺が別に隠してた金もなくなってた」


「ええ」


「ええ、じゃねえよ。あれは俺の金だぞ」


「分かってますよ」


「何で隠し場所が分かったんだ」


「兄貴が隠せそうなところなんて、たかが知れてますから。床下なんて、最初に見るところでしょう」


弥一は悪びれもしなかった。


「壺の金と、兄貴が隠してた金は、ひとまとめにしました」


「勝手にか」


「勝手にです」


「認めるなよ!」


宗吉の声が室内に響いた。


「その金を、三度に分けて使いました」


「最初の分は?」


「この家の手付です」


弥一は床を指した。


「使えそうなところを探してたんでさ。話を進めるのに、先に金が要った」


「それで俺に黙って使ったのか」


「言ったら反対したでしょう」


「当たり前だ!」


「ほら」


「ほらじゃねえよ!」


みちが口元を押さえて笑っている。


宗吉はそちらを睨んだ。


「おみちさんも知ってたのか?」


「知ってたわよ」


あっさり言われた。


宗吉は力が抜けそうになった。


「何で」


「だって、一緒に探したもの」


「一緒に?」


宗吉の声が裏返った。


みちは平然としていた。


「弥一さん一人じゃ、家の持ち主へ話を通すのは難しいでしょう。うちから話を持っていったほうが、相手も安心するもの」


嘉助も頷いた。


「私も少しお手伝いしました」


宗吉は額を押さえた。


自分の知らないところで、ずいぶん話が進んでいたらしい。


「それで、二度目は?」


「この家が見つかったときです」


弥一は周囲を見回した。


「かなり傷んでましたけど、場所は悪くなかった。値も安かったんでさ」


「それで買ったのか」


「ええ」


「俺の金で?」


「俺の金も入ってますよ」


「壺の金も、俺が隠してた金も入れたんだろ!」


宗吉が立ち上がりかける。


そこで、みちが声を上げた。


「ちょっと!まるで二人のお金だけでこの家を買ったみたいに言ってるじゃない」


三人がみちを見る。


みちは弥一を睨み、弥一が目を逸らした。


「いや、まあ」


「ここは私がほとんど出したんだからね!」


宗吉の口が開いた。


「……え?」


みちは胸を張った。


「足りるわけないでしょう。二人の蓄えだけじゃ」


宗吉は弥一を見る。


弥一は頭を掻いた。


「そういうことです」


「そういうことです、じゃねえよ」


嘉助が横から穏やかに言った。


「相当に傷んだ家でしたから、安く買えたのは助かりましたよ」


「嘉助さんまで」


宗吉はもう誰を責めればいいのか分からなくなった。


「それで、この家は誰のものなんだ」


「俺たちのですよ。買い入れの書付に、兄貴と俺の名を並べてもらいました」


弥一が答えた。


「俺の名を勝手に使ったのか?」


「ええ」


「何で平然としてんだよ!」


「兄貴にも持ち分があったほうがいいでしょう。今、承知してもらおうと思ってるんでさ」


「順番が逆だ!」


みちが口を挟む。


「でも、宗吉さんにとっても悪い話じゃないでしょう。自分の家と、仕事をする場所ができるのよ」


「それと勝手に名前を使うのは別だろ」


「それは弥一さんに言って」


「おみちさんだって、俺が知らないことを知ってたんだろ」


「知ってたわよ」


みちは少しも怯まなかった。


「壺に入っていたのは二人の蓄えでしょう。それに、隠していた分だって、このまま仕事が見つからなければ、いずれ使うことになったわ」


「だからって、勝手に使っていいわけじゃねえよ」


「宗吉さん、弥一さんの家に間代も払わずに住んでたでしょう」


宗吉が詰まった。


「払おうとはしたよ」


「受け取ってもらえなかったんでしょう」


「それはそうだけど」


「宗吉さんは、銭を貯めるのも、やりくりするのも上手よ。でも、その銭を使って新しい稼ぎ口を作るのは得意じゃないでしょう」


言い返したかった。


だが、この町へ来てから仕事を探し続けている宗吉には、痛いところだった。


「それでも、先に言うのが筋だろ」


「だから今、話してるじゃない」


「買ってから話すのは相談じゃねえ!」


みちは肩をすくめた。


宗吉は大きく息を吐き、弥一を見る。


「三度目は?」


弥一は懐へ手をやった。


「昨日の札です」


「残った金を全部使ったのか」


「ええ」


「札一枚に?」


「ただの紙じゃないんでさ」


弥一は、開港場の近くにある寺で札を手に入れたのだという。


そこらの気休めではなく、本当に効くものを頼み、相応の金を納めた。


「それで全部か」


「昨日、効いたでしょう」


確かに効いた。


あの札がなければ、二人とも無事では済まなかった。


宗吉はそれ以上、何も言えなかった。


「兄貴のところには、妖が寄ってくるんですよ」


弥一の声が少し真面目になった。


「……またそれか」


「昨日も言ったでしょう」


「後追い小僧と、昨日のあれくらいだろ」


「それだけじゃありませんよ」


「何が」


「道端にいた、人みたいなやつらを兄貴も見てたでしょう」


宗吉は思い返した。


立ったまま動かない女。


道の端に蹲っていた男。


顔の見えない子供。


どれも、そこにいるだけだと思っていた。


「あれが何だよ」


「何度か、兄貴の後をついてきてました」


宗吉は目を見開いた。


「聞いてねえぞ」


「言っても仕方ないでしょう」


「仕方なくねえよ!」


「兄貴は気づいてなかったし、何かされたわけでもなかったでしょう」


「それでも言えよ!」


弥一は困ったように笑った。


「いつか、昨夜みたいなのが来ると思ったんでさ。だから札を買った」


「だったら、そう言えばよかっただろ」


「言ったら、兄貴、自分の金でそんなものを買うなって言うでしょう」


「言うよ!」


「でしょう?」


「だからって勝手に使うな!」


宗吉は結局、そこへ戻った。


「それはすみません」


「軽いんだよ!」


「ちゃんと謝ってますって」


「昨日は俺を担いで、口に布まで詰めただろ!」


「あれは兄貴がうるさかったから」


「お前な!」


みちが吹き出した。


嘉助は咳払いをして顔を背けた。


「笑いごとじゃないからな!」


「ごめんなさい」


みちは言ったが、まだ笑っていた。


宗吉は室内を見渡した。


机。


棚。


筆や硯。


客を座らせる場所。


奥の住まい。


包帯まで用意された棚。


「夜な夜な、何してたんだ」


「ここを直してました」


「……お前が?」


「大きいところは人に頼みましたけどね。細かいところは俺がやりました」


祝いへ行くと言って出かけた夜。


遅く帰ってきた日。


よく分からない頼まれ仕事だと言っていた夜。


そのいくつかは、ここへ来ていたのだろう。


「何でそこまで」


弥一が宗吉を見る。


「兄貴、仕事が見つからなかったでしょう」


「……うん」


「見つかったと思えば妙な仕事だったり、長く続けるには評判のよくない店だったり。兄貴に向いてそうな仕事は、なかなか空きがない」


弥一が先回りした店。


消えた仕事。


燃やされた書状。


宗吉が問いただす前に、弥一は机を指した。


「だから、二人で仕事を始めるんですよ」


宗吉は黙った。弥一はみちを見る。


みちが笑った。


「それは私が言ったの」


「おみちさんが?」


「二人とも、あやかしが見えるんでしょう。それを仕事にしたらどうかって」


「……あやかしを見るのを?」


「見るだけじゃ商売にならないわよ」


みちは宗吉と弥一を交互に見た。


「変なことが起きて困っている人の話を聞くの。祟りなのか、妖なのか、それとも人の仕業なのか。それを調べるのよ」


宗吉は弥一を見る。


「それで乗ったのか」


「面白そうでしょう」


「面白そうで家を買うなよ……」


嘉助が静かに口を挟んだ。


「必要になりそうなものは、こちらで見繕いました。帳面、紙、筆、客を通す場所。それから、寝起きできるようにもしてあります」


「嘉助さんまで本気なの?」


「お嬢さんがやると決めたら止まりませんので」


「失礼ね」


嘉助は気にせず続ける。


「ただ、あやかしを相手にする仕事に何が要るのかは、私にも分かりません。足りないものは、その都度揃えてください」


「簡単に言うなあ」


みちが嘉助を睨んだ。


「それもほとんど私が払うことになるのよ」


宗吉は三人を見た。


自分だけが何も知らず、仕事を探し、金がなくなったと怒り、弥一に担がれ、妖に殺されかけ、ようやくここまで連れてこられた。


「……そんなので、食っていけんのかよ」


「まあ、なんとかなるでしょう」


弥一はあっさり答えた。


「俺は力仕事ができますし、兄貴は帳面も、話を聞くのも得意でしょう」


「妖の相手だぞ」


「兄貴、好きでしょう」


「好きだけど」


「俺も見える」


「見えるだけで何とかなるのか?」


「昨日はなったでしょう」


「あれは札のおかげだろ!」


「じゃあ次も何か考えればいい。なんとかなりますよ」


弥一は笑った。


そのとき、みちが机を叩いた。


「なんとかなる、じゃ困るのよ!」


二人が振り向く。


「私、出資してるんだから!」


宗吉は目を瞬いた。


「出資?」


「家を買うのにも、直すのにもお金を出した。道具も揃えた。でも、ただで二人を助けたわけじゃないのよ」


「貸したってことか?」


「違うわ。二人の商いに、私も加わったの」


みちは指を一本立てた。


「仕事で入った銭から、かかった分を除くでしょう。その残りの一割は、私がもらうわ」


「出してもらった分を返すまでか?」


「貸したんじゃないって言ってるでしょう。この商いが続く間よ」


「ずっと?」


「そうよ。その代わり、私も客を探すから」


みちは当然のように言った。


「ただし、あやかしの話を誰にでもできるわけじゃないわ。柏屋までおかしな目で見られないよう、相手は選ぶけどね」


弥一が横から言う。


「そういう約束なんでさ」


宗吉は弥一を見た。


「俺、その約束した覚えないぞ」


「今しました」


「してねえよ!」


朝の小さな建物に、宗吉の声が響いた。


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