93:最強を目指した猫の、最悪な処世術
■はじめてのバイトは大惨事
結局、五人とも面接なしで採用が決まった。
心優以外は勤務スケジュールの調整が必要らしく、実際に働くのは明日以降になるらしい。
ネコさんは夕方からの勤務希望で、あまり顔をあわせることはなさそうだ。
顔をあわせた時のために、名前は覚えておこう。
そんなわけで今、おれの目の前には、ニヤニヤ笑いながらおれが盛り付けるサラダを待つ心優がいた。
「はい、グリーンサラダ二人前」
サラダをカウンターに置くと、心優の目がキラキラと輝いた。
「おぉっ、器用だね! すごく美味しそう!」
心優が感心したように目を見開いて驚いている。
「たっくん、家でも作ってよ♪」
ついでに余計な一言を漏らして、ホールへと消えていった。
「……家でも作ってよ、か。タックンとあの子、まさか同棲でもしてるのか?」
大森さんが興味津々、といった様子で訊ねてくる。
「違います。毎晩うちに遊びに来てるだけです」
料理を取りに来た美帆さんが、驚いたように目を丸くした。
「もしかして、通い妻……? 吉野くん、見損なったわ」
「ち、違いますっ! 姉ちゃんのところに遊びに来てる、だ、け、で、す!」
必死に否定するが、美帆さんはニヤリと笑うばかりだ。
……ダメだ、完全に遊ばれてる。
――ガッシャーン!!
派手な金属音がホールから響き、おれたちは顔を見合わせた。
「やっちゃったみたいね。私、行ってくるわ」
美帆さんはそう言い残し、急いでホールへ向かった。
□
バイトが終わり、おれは休憩室で心優を待っていた。
更衣室で着替えているはずだが、なかなか出てこない。
「……お待たせ」
だめだ、出てきた心優は、完全にしょぼくれていた。
「まぁ初めてなんだし、気にすんな」
「……うん」
今日は心優にとって、本当に散々な一日だった。
コップや皿は割るし、フォークやスプーンは落とすし、まさにドタバタ。
店長はせっかくのバイトを逃がすまいと、「初日だし気にしないでね」と優しくフォローしていたが、心優の落ち込み具合を見ると、とても簡単に切り替えられるようには見えない。
大森さんに至っては、「新記録だな」と苦笑していた。
……新記録。つまり、一日で割った食器の最多記録ってことらしい。
美帆さんは「料理が乗ったお皿を落としていないんだから問題ないわね」と言っていたが、心優がトレーに料理を乗せるたびに息を呑んで見守っていたのを、おれはちゃんと見ている。
「帰るか」
「うん」
おれ達は自転車で並んで帰ったが、心優はずっと無言だった。
■その猫、性格につき難あり
心優は自宅で夕食を済ませたあと、うちに来て姉ちゃんが作ったから揚げを頬張りながら、お悩み相談をしていた。
仕事で疲れて帰ってきたはずなのに、姉ちゃんはどこか楽しそうに心優の相手をしている。
昨日も言ってたけど、本当の妹みたいに思ってるんだろうな。
おれは夕飯を終えると自室にこもり、ダミアンと向き合った。
今日も可愛らしい服を着て、お人形のような格好で大股を開き、マウスの上にどっかりと座っている。
おまけに膝に片肘をつき、顎を乗せ、面倒くさそうな顔だ。
女の子らしさとは何か、こいつには徹底的に叩き込まなくてはならない。
とは思ったものの、おれは男なので叩き込むと言っても無理があるのだが。
黒いタンクトップにベージュのミニスカート。
ダボダボの白いシャツを羽織っている。
――この服、初めて見るな。また新しいの作ったのか?
「でっ、話したいこととは何だ? 吾輩も忙しいので手短に頼む」
そして、相変わらず偉そうだ。
「エヴァがバイトの同僚になった」
ガタンッ
ダミアンがマウスから滑り落ちた。
まぁ、マウスの上部は丸いのでしかたないか。
ちなみに下着はパンティではなく白のズロースだった。
……ちゃんと履いていてくれてよかった。
しかし、なぜズロース?
そんな疑問をよそに、ダミアンは何事もなかったかのようにマウスに座り直し、訊ねてきた。
「エヴァはなんと言ってる」
「別に何も。話したのは鈴ちゃんだったし」
「そうか」
ダミアンは立ち上がって、勉強机から軽やかに飛び降りた。
スカートの裾がふわっと広がる。
……やっぱりズロースだ。
アニメ以外で初めて見た。
ダミアンは続ける。
「まぁ、心配はいらない。エヴァはこちらが裏切らない限り、約束を違えたりはしないだろう」
「そんなに信用できるのか?」
「そうだな。吾輩が知る限り、吸血族の中では一番信用に足る存在だ。そして面倒見もいい。吾輩が初めて人間界に来たときも、いろいろと世話を焼いてくれたしな」
ダミアンはエヴァを信用しているのか。
割とまともそうだな。
そうなると、一つの疑問がわく。
「それだけ信用しているやつと、どうしてお前は敵対してるんだ?」
「それはだな…… 前回、人間界に来たとき、やつの眷属を片っ端から始末したからだ。それに、やつの男も吾輩に夢中にさせてやったぞ」
……こいつ、ただの化け猫だと思ってたけど、泥棒猫だったのか。
「エヴァには世話になったんだろ? どうしてそんなことを?」
「魔王様からの褒美(魔力)が欲しかったからに決まってるだろう。吾輩は最強になりたかったのだ。ふふ…… がははははっ!」
ダミアンは豪快に笑い始めた。
「うぁっ、こいつ最悪だな」
「んっ、なにか言ったか?」
「何も言ってない」
おれはブンブンと首を横に振った。ダミアンとエヴァの因縁は、思った以上に根深いらしい。
「それにしても……」
ダミアンは顎に手をあて、考え始める。
「どうした?」
「いや、アドバン…… 吾輩がエヴァから奪った男だが、今はどこにいるのかと思ってな。やつさえいれば、恐れるものなど何もないのだが」
そう呟くと、ダミアンは小さく息を吐いた。
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