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88:防波堤のやばい奴

□爆裂のあっくん、暴走

「あっくんって、たっくんに似ていますね」

 愛衣ちゃん、こんなときに何言ってんの?


 それより気になるのは、あいつが言った『吸血鬼の下僕』という言葉だ。

 あれだけの攻撃を連発すれば、莫大な魔力を消費するはずだ。

 下僕なのに大量の魔力を持っているのか?


 やがて海水浴客たちもざわざわし始めた。

 スマホを構える者、興味本位で近づいてくる者、果ては吸血鬼の下僕を名乗る男をからかい始める者まで現れる始末。


「お前ら、勝手に撮ってんじゃねぇよ。肖像権って知ってるか? けどまぁ、今の俺は機嫌がいい。なにせ、ついに特殊能力に目覚めたんだからな!」

 あっくんは得意げにビーチをぐるりと見回した。


 中二病じみたその発言に、あちこちからクスクスと笑い声が漏れ、嘲笑が広がっていく。


 まずい……

 あっくんの言う「特殊能力」って、さっきの爆裂系の攻撃能力だ。

 あれだけの水柱を立てたんだ、かなりの破壊力があるはず。


「あははっ! お前ら、どうせ俺がふざけてると思ってんだろ?」

 あっくんは上空を仰ぎ見て豪快に笑い飛ばすと、不敵な笑みを浮かべた。


「ところがな、これが冗談じゃねぇんだよな。ほら、あのヤシの木、よーく見とけよ? 驚く準備はできてるか?」

 あっくんは軽く言って、おれ達が荷物を置いているヤシの木を指さした。

 そして、左の手のひらをかざし、右手で手首を固定する。

 ニヤリと口角を上げると――


「ドーーーン!!」

 と大声を張り上げた。


 周囲の海水浴客たちが一斉にヤシの木に注目する。

 ――しかし、何も起こらなかった。


 ただ、ヤシの葉が風に揺れているだけだ。

 あっくんが気まずそうに首を傾げると、あちこちからヤジが飛び交った。


「はははは、わりぃ。外しちまったぜ!」

 誤魔化すように笑うあっくん。

 ビーチには、さっきより大きな笑いが広がっていく。


 芸人のパフォーマンスと勘違いする人、イベントと勘違いして拍手する人まで現れる。


「あっ!」

 突然、愛衣ちゃんが驚いた声をあげた。


 愛衣ちゃんが指さす先――

 あっくんとヤシの木の延長線上にある、大きな木。

 その一番太い枝が、ゆっくりと軋みながら――


 ──メキッ…… バキィッ!!


 折れた。


 大きな枝が重力に引かれ、ゆっくりと落下していく。


 「キャーーッ!」

 ビーチに悲鳴が響き渡った。


 ドサァァンッ!!!

 砂煙を巻き上げながら、巨大な枝が地面に突き刺さる。

 その場にいた海水浴客たちは、あっけに取られたように固まった。


「がははは、もう一度言うぞ。俺は偉大なる吸血姫サマエル様の第一のサーバント、爆裂のあっくんだ! 鮮血をこよなく愛する我が姫様のため、お前らには"たっぷり"血を流してもらうぜ! 逃げるなら今だ。俺が十を数える間に逃げな。いくぞ、いーち、にー!」


 あっくんが数えだすと、しばらくあっけにとられていた海水浴客は一人、二人と砂浜を駆け出し、やがて一斉に悲鳴を上げて逃げだした。

 おれも反射的に立ち上がる。


 あっくんが数え終わると、遥か西のビーチに水柱が立ち上がった。

 駅の近く――

 一キロくらい向こうか?


 しかし、事態はそれで終わらない。

 西から東へ、次々と水柱が立ち、おれ達のほうへ迫ってくる。

 ビーチは一瞬にしてパニックとなった。


「愛衣ちゃん、逃げよう!」

 愛衣ちゃんの手を引こうとしたが――


「たっ、立てません……」

 恐怖で腰を抜かしたのか?

 躊躇している暇はない。


「愛衣ちゃん、ごめん!」 

 おれはそう言って、愛衣ちゃんの両脇に腕を入れ、一気に抱き上げた。


 大きな音がしてヤシの木が揺れる。

 次の攻撃はおれ達がいる辺りにくる。

 そう直感したおれは、あっくんを見た。


 ……あっくんもおれ達を見ていた。

 おれに気付いたのか?


 いや、愛衣ちゃんの目立つピンクのラッシュガードが気になったのかもしれない。

 あっくんが、おれたちに向かって手のひらを突き出した。


 ――くる!

 直後、背中に衝撃が走った。


「がはっ……!」

 衝撃と共におれ達の体は吹っ飛んだ。

 咄嗟に愛衣ちゃんの頭を庇いながら、地面を滑るように着地する。


 痛い。

 直撃した背中も、地面で擦った腕も。


 愛衣ちゃんは…… 大丈夫か?

 吐血しながら、愛衣ちゃんを支え更衣室に飛び込んだ。


 ダン、ダン、ダン!

 衝突音とともに、更衣室の壁が右から左へ次々に凹んでいく。

 それでも、更衣室はあの攻撃に耐えていた。


 おれは腰を落とし、愛衣ちゃんの頭を庇うように抱き寄せる。

 愛衣ちゃんの表情は見えないが、体が小刻みに震えていた。


 外からは海水浴客の悲鳴が聞こえてくる。

 心優達は無事か……?


 しばらく耳を澄ましていたが、水柱が立つ音も、壁を打つ衝撃音も、いつの間にか止んでいた。

 腕の中で震えていた愛衣ちゃんが、そっと顔を上げる。

 涙の滲んだ瞳が、まっすぐおれを映していた。

 不安にさせないように、少しだけ笑ってみせる。


「大丈夫? 怪我してない?」

 愛衣ちゃんはコクンと頷いた。


 どうしよう、顔が近い。

 頬を赤くして、おれの目をジッと見つめてくる。


「ちょっと外を見てくる」

「はっ、はいっ」


 どうしたんだ?

 愛衣ちゃんの様子がなんかおかしい。

 愛衣ちゃんから離れ、更衣室の入口からそっと外を覗く。


 ビーチには人影がなく、海水浴客はみな建物の中や裏に隠れているようだ。


「はっはははっ! 悪ぃな、今日はこれで打ち止めだ! 続きはまた今度な!」


 よく通る声で攻撃終了を宣言すると、あっくんは防波堤と防波堤の間に飛び込んだ。

 水面に浮かぶ水上バイクまで泳ぎ、手慣れた動作でまたがると、爆音を立てながら去っていった。


 どうやら助かったらしい。


「もう大丈夫だよ」

 愛衣ちゃんにそう告げて外に出る。


 心優は…… みんなは無事か?

 ヤシの木へ向かおうとしたが、女の声に呼び止められた。


「たっくん!」

 シャワー室の建物の裏から、心優が顔を出していた。

 おれは駆け寄り、心優の全身を確認する。外傷はなさそうだ。


「心優、怪我はないか?」


「たっくんこそ、大丈夫だった?」

 心優はおれの腕を持ち上げたりしながら、体中をチェックし始める。


「大丈夫だからいいよ」


「ほんとだ、どこも怪我してないね…… 愛衣ちゃんと一緒に吹き飛ばされたから、大怪我したんじゃないかと思ったよ」 

 ホッとした表情を見せた心優だったが、すぐにハッと顔を上げた。


「そういえば、愛衣ちゃんは?!」

「愛衣ちゃんも無事だ。怪我もしていなかったみたいだし」

 おれがそう答えると、心優の後ろにいた美奈代も安堵の息をついた。


「ありがとう、吉野。何度も大事な後輩を助けてくれて」

「え、いや……」

 そんなに真顔で礼を言われると返事に困る。


「ところでたっくん、愛衣ちゃんはどこ?」

「更衣室の建物の中に隠れてる。一緒に迎えに行こう」

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