87:失恋の潮風と、空を舞う水上バイク
■涙のあとに寄り添った時間
騒ぎも治まり、少し早いがおれ達は帰ることになった。
心優と愛衣ちゃんが受けたショックを考えれば、それが一番いい。
更衣室が混んでいたので、おれは砂浜から遊歩道へ続く、三段ほどの階段に腰を下ろして待っていた。
ふと視線を上げると、防波堤の上の男がまだ沖を眺めている。
その向こう側では、水上バイクが五台、しぶきを上げながら走り回っていた。
遠すぎて顔までは見えないが、たぶんさっきの連中だろう。
「隣、いいですか?」
声に気づいて見上げると、ピンクのラッシュガードを羽織った愛衣ちゃんが立っていた。
「別にいいけど」
愛衣ちゃんはそっとおれの隣に腰を下ろし、少し間を置いてから、
「さっきは、ありがとうございました」
と、小さくうつむいた。
「怪我がなくてよかったね」
愛衣ちゃんの心境は複雑だろう。
和樹君の話だと、心優と愛衣ちゃん、秋葉の四人でハンバーガー屋のキッチンカーに向かっていたそうだ。
すると突然、秋葉が「先に行って待ち行列に並んでてよ」と愛衣ちゃんに言い出した。
渋々向かう愛衣ちゃんだったが、秋葉は「一人じゃ心配だから」と、和樹くんにも同行を頼んだらしい。
心優も「一緒に行く」と言ったが、秋葉にうまく言いくるめられて残ることに。
最近気づいたんだが、心優もおれと同じで、親しくない人間には強く出られないタイプだ。
小さい頃から泣き虫だったし、仕方がないのかもしれない。
その後、和樹君は二人で待ち行列に並んでいたが、突然、愛衣ちゃんが驚いたように列から抜けて、いま来た道を走って戻り出したという。
愛衣ちゃんが向かった方へ目をやると、トイレの手前で秋葉が心優の手を引っ張り、林の方へ連れて行こうとしていた。
もうすぐ自分たちの順番だったので、和樹君は少し迷ったらしいが、心優のことが気になって追うことにした。
そして見たのは、金髪たちに捕まった心優たちと、自分だけ逃げようとして調子のいいことを言っている秋葉の姿だった。
それを見た和樹君は、助けを呼ぶためにビーチに飛び出した――
そこで、おれと鉢合わせしたというわけだ。
ちなみに秋葉は大した怪我もないのに、愛衣ちゃんを気遣うこともなく、急いで病院へ向かったらしい。
「私、秋葉さんと別れようと思うんです」
愛衣ちゃんはぽつりと呟いた。
「そっか。それがいいかも」
あっさりと自分たちを見捨てた秋葉に対して、思うところがあるのだろう。
「そうですよね。私、男の人と付き合うの、初めてだったから…… ちょっと浮かれちゃってました」
可哀想に、ちょっと鼻声だ。
愛衣ちゃんは続ける。
「それに、神木先輩にも迷惑かけちゃって。私、もう神木先輩にあわせる顔がありません……」
そう言うと、愛衣ちゃんは両手で顔を覆い、堪えきれずに泣き出した。
どうしよう。
泣いてる女の子を慰めるなんて、おれには荷が重い。
おれは助けを求めるように、ソフトボール部の女子を探したが、こんなときに限って誰もいない。
「あのさ、心優がああいう連中に引っ掛かるのって、そんなに珍しいことじゃないんだ。あいつ、ヤバ…… じゃなくて、変なのによく言い寄られるから。それにおさげち…… 愛衣ちゃんとの仲がうまくいかなくなったら、心優が落ち込むし」
よく知らない女の子をちゃん付けで呼ぶのは、ちょっと抵抗があるな。
愛衣ちゃんはゆっくりと顔を上げ、赤く充血した目でおれを見つめると、力なく微笑んだ。
「たっくん先輩は優しいんですね。やっぱり神木先輩には敵わないなぁ」
「そうかな? あいつ、結構欠点多いぞ。がさつで不器用だし、いつも口の中になんか入れてるし」
「ふふっ、たしかに。神木先輩って、いつもそんな感じですよね」
愛衣ちゃんは小さく笑った。ほんの少しだけど、元気を取り戻したみたいだ。
「でも、神木先輩は私と違って、男の人を見る目があると思いますよ。私みたいに見た目で彼氏を選んだりしないし」
「そうか? あいつ、自分が好きな男はすごくかっこいいって言ってたぞ」
愛衣ちゃんはキョトンとした顔になる。
「たっくん先輩と神木先輩って、本当は付き合ってるんですよね?」
……え?
おれが心優の彼氏だと勘違いしているのか?
「おれと心優はただの幼なじみだけど。そもそも、おれがかっこいい男に見える?」
「見た目は、たしかにそうなんですけど……」
あれっ、なんか軽く容姿をディスられたぞ。
「でも、たっくん先輩はかっこよかったですよ。少なくとも、私の前の彼氏よりは」
愛衣ちゃんはニッと笑った。
□海が爆ぜる日
バッシャーンッ!
まただ。
沖のほうで巨大な水柱が立ち上がった。今度のはさっきの倍はある。
防波堤の上では、あの男が立ち上がり、手を水柱にかざしているように見えた。
そして両腕を高々と振り上げ、ガッツポーズを決めて喜んでいる。
水柱が立ったあたりでは、さっきの水上バイクが走り回っていた。
バッシャーンッ!
次の水柱は、一台の水上バイクの目前で炸裂した。
激しい水飛沫に包まれた水上バイクは、そのままひっくり返る。
……あの男がやったのか?
でもどうやってあれだけ離れたところに、水柱を立てられるんだ?
今度も嬉しそうに、片腕でガッツポーズ。
遠目にも、そのはしゃぎぶりがはっきりと分かる。
バッシャーンッ!
さらに別の水上バイクの真下から水柱が噴き上がった。
その水上バイクは数メートルも宙に吹き飛び、投げ出されたライダーも空中を舞う。
水柱が立つのは、あの男が手をかざした先だ。
何かしているのは間違いない。
バッシャーンッ! バッシャーンッ! バッシャーンッ!
水上バイクが次々と吹き飛ばされる。
ここからはよく見えないが、乗っていたやつらも全員、水中に投げ出されたに違いない。
異様な光景を前に、ビーチは静まり返る。
呆然とする海水浴客たち。
おれと愛衣ちゃんも、ただ息を呑んで見守るしかなかった。
やがて、防波堤の男がゆっくりとビーチを振り返る。
そして、よく通る大声を張り上げた。
「へへっ、俺は偉大なる吸血姫サマエル様の第一のサーバント! 人呼んで爆裂のあっくん!! 恐れ慄け、一般ピープルども!!」
……なんだあいつ。
防波堤の異常者は、思っていた以上にやばい奴だった。
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