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113:見舞いに来たら仲人がいた件

◇五十一日目【7月30日(火)】

■仲直りの、そのあとで


 よく晴れた昼下がり。

 おれは悠斗と心優の三人で、金持ちが住むことで有名な閑静な住宅街を歩いていた。


 昨夜、心優とはとりあえず仲直り出来た。

 そのときに鈴ちゃんのお見舞いに誘ったら、心優はあっさりOKした。


 まだ少し微妙な空気が流れているが、悠斗は気付いていないっぽい。

 先頭を歩く悠斗は、見舞いの花束を肩に担いでいる。


「駅から遠いな、まだか?」

 というか、問題は距離じゃなくて、この鬼みたいな坂道だ。

 おれ達が住んでいる西港市と近隣の都市は、甲山山地と海に挟まれた地形のせいで、坂道がやたら多い。

 しかも鈴ちゃんが住んでいる町は、坂のかなり上のほうだった。


「鈴ちゃんちってお金持ちなんだね! ほら、たっくん見て! あそこ、第二西港アイランドが見えるよ!」

 振り向くと絶景と呼べる景色が広がっていた。

 無理しているのか、心優はいつもよりも明るく話しかけてくる。

 たぶん、昨夜のことを気にしてるんだろう。

 山麓高校から見るのとは、また違った角度から西港市を見下ろす。


「本当に景色いいなぁ」

「もう少し上ったとこだ! こんなとこでネを上げんなよ!」

 悠斗は元気なものだ。

 おれも血の契約のおかげで、疲れてもすぐに回復する。

 この場で一番疲れているのは、一番体力があるはずの心優だろう。


「ここだ」

 悠斗が足を止めたのは、白くて大きな家の前だった。


「うわぁ、大きなお家だね! うちの建売とは、こう…… 全然違う感じ……」

 言いたいことは分かる。

 うちも心優の家と同じだし。


 これだけ急な坂道を歩いてきたんだ。

 この家の二階から見る景色は、さぞかし絶景だろう。


 悠斗がインターフォンを鳴らすと、しばらくして応答があった。


「はい、どちら様でしょう?」

 落ち着いた女性の声がスピーカー越しに響く。鈴ちゃんのお母さんだろう。


「ど、どもっ! 鈴さんとお付き合いさせてもらってる川上です! えっと、鈴さんが具合悪いって聞いて…… その、お見舞いに来ました!」

「まぁまぁ、少しお待ちになってね」


 数秒後、玄関の扉がゆっくりと開いた。

 そこに立っていたのは、どことなく鈴ちゃんに似た、すらりとした女性だった


「鈴の母です」

 そう言って、上品に頭を下げる。


「どうも、初めまして。川上悠斗です。こっちは、俺、いや私と鈴さんの友達の」

 悠斗が慌てて紹介しようとすると、隣にいた心優が一歩前に出た。


「初めまして、神木心優です。鈴さんとはバイト先でも仲良くさせていただいています」

 にこりと微笑み、丁寧に頭を下げる。


「吉野琢磨です」

 おれもそれにならって、軽く頭を下げた。


「まぁまぁ、三人もお見舞いに来て下さるなんて。鈴も喜びますわ。どうぞ、お入りになって」

 鈴ちゃんのお母さんが優雅な仕草で手を差し出し、おれ達を家へと招き入れる。


「鈴、お友達がお見舞いに来て下さったわよ」

 玄関に入ると、お母さんが階段の上に向かって声をかけた。

 しばらくすると、鈴ちゃんがパジャマの上に、ルームコートを羽織って階段を下りてきた。


「えっ、悠斗さん?」

 おれ達を見ると、階段の中ほどで立ち止まった。


「鈴ちゃん、大丈夫?」

 心優が小さく手を振る。

 悠斗は、鈴ちゃんのパジャマ姿を見て、完全に固まっていた。


「心優さんと琢磨さんも」

 鈴ちゃんの頬がみるみる赤く染まっていく。


「あのっ、少しだけ待っていてください!」

 そう言うや否や、鈴ちゃんは足早に二階へと駆け戻っていった。


 リビングに通されたおれ達は、お母さんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、鈴ちゃんが支度を終えるのを待っていた。


 カップから立ち上る湯気とともに、芳醇な香りが鼻をくすぐる。

 口に含めば、ほどよい酸味と深いコクが広がった。


 さすがお金持ち。

 いい豆使ってるなぁ。


 隣では悠斗と心優が、お母さんと談笑している。


「あの子、お付き合いしている方がいるなんて、全然話さないものだから、本当に驚いちゃったの。きっと恥ずかしかったのね」

 お母さんが柔らかく笑うと、心優がうなずき、悠斗も穏やかな表情を見せた。


 まちゃみにうまく言いくるめられ怪しげな部活を始め、それから彼氏ができて、悪魔に取り憑かれ、挙句おれを殺そうとして……

 鈴ちゃんの高校生活って、結構濃いな。


 おれは熱いコーヒーを一口すすり、そんな会話に耳を傾けながらリビングを見回す。

 我が家と違って上品な家具が整然と並んでいる。

 このコーヒーカップひとつとっても高そうだ。

 カップをまじまじと見ていると、ドアがゆっくり開く音がした。


「お待たせしました」

 透き通るような声とともに現れたのは、鈴ちゃんだった。


 柔らかな色合いのワンピースをまとい、髪を軽く整えている。

 さっき、パジャマ姿でおれ達、いや悠斗の前に出たことが、よほど恥ずかしかったんだろう。


 鈴ちゃんは悠斗の隣に腰を下ろした。

 階段で見たときは気づかなかったが、改めて見ると、少しやつれている気がする。

 精神的な疲れが、容姿にも表れてしまっているのかもしれない。

 学校の生徒がヴァンパイアに襲われた原因が、自分にあると知れば、おれだって病む自信がある。


「鈴ちゃん、大丈夫?」

 悠斗がそっと声をかける。

 鈴ちゃんは小さく笑みを浮かべ、静かに頷いた。


「鈴、皆さんからお見舞いのお花を頂いたのよ」

 お母さんが渡した花束を見て、鈴ちゃんはおれ達を順に見回し、やわらかい笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます」

「悠斗君から聞いたけど、体調、大丈夫?」

 心優が心配そうに問いかけると、鈴ちゃんは控えめに頷いた。


「はい、ちょっと崩しちゃいましたけど、明後日からはアルバイトに戻るつもりです」

「そっか、よかった」

 心優がほっとしたように笑うと、鈴ちゃんもかすかに微笑み返した。


 それからしばらく他愛のない会話を交わし、おれと心優は悠斗を残して帰ることにした。

 本当はエヴァに今の状況を訊きたかったが、そんな機会は訪れなかった。


 心優が席を立ち、おれも続いて立ち上がる。

 おれたちが挨拶をすると、鈴ちゃんのお母さんもひょいっと腰を上げた。


「さて、あとは若いお二人にお任せして、私たちはこれにて退散しましょうか。ふぉほっほっほっほっほ」

 心優がやたら芝居がかった口調で言うと、悠斗が即座にツッコむ。

「お前は仲人のおばちゃんか?」

 呆れたように眉をひそめる悠斗とは対照的に、心優は悪びれるどころかニヤニヤ笑っている。


「だって、こういう雰囲気の方がいいでしょ? 二人きりになるんだから、ねっ、鈴ちゃん♪」

 いきなり話を振られた鈴ちゃんは、肩をすくめながらもちょこんと悠斗の袖をつまんで、はにかみながら微笑んだ。


 すると、悠斗の顔が一気に真っ赤になった。

 言葉を失い目を泳がせる悠斗の姿は、見ていて少し笑えてしまう。


「それでは、あとはお二人でどうぞごゆっくり! おほほほほっ♪」

 お母さんも見かけによらずノリがいい。


「悠斗君、あとは頑張ってね♪」

 心優が胸の前でひらひらと手を振る。


 おれも軽く手を上げて挨拶をし、悠斗と鈴ちゃんをリビングに残して、その場を後にした。


□やさしい沈黙《POV:鈴》

 リビングに二人きりで取り残された鈴と悠斗のあいだに、しばらく静かな沈黙が落ちていた。

 心優たちが帰った後も、母がリビングに戻ってくる気配はない。


 悠斗の視線を感じて、鈴はそっと目を向けた。

 彼はじっと鈴を見つめている。

 慌てて目をそらすが、それでも視線が自分に向けられ続けているのが分かった。


「あの…… あまり見られると、恥ずかしいんですけど」

 小さな声で呟くと、悠斗がそっと鈴の肩を引き寄せた。

 その温もりに触れ、鈴の心臓が跳ねる。


(えっ……? なに、どうしよう、これ……?)

 頭が混乱し、思考が真っ白になる。

 自分がどんな表情をしているのかさえ分からず、鈴は視線を落としながら、ぎゅっと両手を握りしめて身を固くした。


「ごめんな、鈴ちゃん」

 耳元でそっと囁かれる低い声。

 驚きに肩がびくりと震える。


「本当なら、俺が鈴ちゃんの支えになってあげないといけないのに」

 意を決して顔を上げると、視線がぶつかった。

 そこには、今にも泣き出しそうなほど真剣な表情をした悠斗がいた。


(悠斗さん…… 私のことを、こんなに心配してくれていたんだ)

 胸の奥がじんわりと熱くなっていく。


「悠斗さん……」

 気づけば、鈴は自然とまぶたを閉じていた。

 次の瞬間、柔らかく温かなものが唇に触れた。


 胸の鼓動が一段と速まる。

 唇に感じる温もりに、胸の奥に積もっていた不安が、すうっと溶けていくような気がした。


 言葉にできない、やさしい沈黙の中で――

 鈴は、ただ静かに目を閉じていた。


 悠斗が帰ったあと、自室のベッドに腰を下ろした鈴は、ふかふかの枕を抱きしめたまま天井をぼんやりと見上げた。

 思い返すたびに、顔が熱くなる。


 まさみと出会うまで、友達と呼べる存在すらいなかった。

 ましてや彼氏ができるなんて思ったこともないし、初めてのキスなんて、もっと遠い未来の出来事だと思っていた。

 悠斗と初めて出会った日のことを思い出していると、ふと最近連絡の取れないまさみのことが頭をよぎる。


(そういえば、まさみさん……大丈夫なのかな)

 鈴は枕元で充電していたスマホを手に取った。


「あっ、メッセージがきている」

 てっきり悠斗からかと思ったが、表示された名前はまさみだった。


 急いでメッセージアプリを開くと、「明日の朝、時間空いてるか?」とだけ書かれている。


 体調はまだ万全ではないが、まさみに会いたいという気持ちが勝った。

 急いで返事を送り、いくつかやり取りを交わした末、二人は鈴の家の近くにある小さな川の河川敷で会う約束をした。

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