112:たっくん、ちょっと話があるんだけど
■なぜおれはパフェで詰められているのか
家に帰ると、玄関に見覚えのある白いスニーカーが並んでいた。
……今日も来てるのか。
そういや、今晩はから揚げだって姉ちゃん言ってたな。
なにを話しているのかわからないが、心優がやたらと騒がしいのはよく分かる。
今日は結局、愛衣ちゃんにパフェを奢ってもらった。
年上の男子としては、後輩女子に払わせるのはためらったが、「先日の約束だから」と譲る気配がなくて、おれはその好意に甘えてしまった。
正直、助かった。
……財布が。
「ただいま」
リビングに足を踏み入れると、妙に重たい空気が流れているのを感じた。
なんというか、居心地が悪い。
テーブルを挟んで座る姉ちゃんと心優。
そして、姉ちゃんの膝の上で猫の姿でくつろいでいるダミアンが一斉にこっちを見た。
「琢磨、お帰り」
振り向いた姉ちゃんの表情が、妙に硬い。
それとは対照的に、ダミアンはニヤニヤしているように見える。
……まずいタイミングで帰ってきたみたいだ。
「おれ、夏休みの課題をやらないと」
そっと後退しようとしたのだが、心優の威圧的な声が飛んできた。
「たっくん、ちょっと話があるんだけど」
その迫力に思わず足が止まる。
「あっ、ルナをお風呂入れるの忘れてた!」
姉ちゃんはダミアンを抱き上げ、不自然なセリフを残して浴室のほうへパタパタと逃げていった。
√ モテる男はつらいな、色男。
……化け猫が妙なことを言っている。
「たっくん、ちょっとそこに座ってくれる」
心優がテーブルを爪でトントンと叩き、それから椅子を指差す。
逆らえない雰囲気を察し、おれは渋々心優の正面に腰を下ろした。
怒っていることは一目瞭然だが、理由はさっぱり分からない。
いつもと同じように口を尖らせているけど、その目つきには射抜かれそうな鋭さがあった。
「たっくん、今日は遅かったけど、どこに行ってたの?」
思わず言葉に詰まった。
別にやましいことは……ない。
ないはず。
いや、どうだ?
心優がテーブル越しにじっとおれを見る。
なぜか気まずい。
「え、いや…… ちょっと、カフェ寄ってただけ」
言葉を濁しながら答えると、心優の視線はますます鋭くなった。
「カフェ? 誰と?」
じわじわ詰めてくる感じが、いつもの心優と違って妙に怖い。
「カフェで、ちょっと友達と話してただけだって」
心優の眉がピクリと動いた。
「ふーん、『カフェ』ねぇ」
本当はカフェじゃなく、パフェの専門店なんだが。
たぶんそこは問題じゃないだろう、と思う。
言葉の端々に、鋭いトゲが潜んでいる。
心優が何に怒っているのか、全く見当がつかない。
ちらりと視線を開いたドアに向けると、すき間からダミアンが覗いていた。
……さっき心優と姉ちゃんが何を話してたのか教えろ。
目で合図を送るが、返事はない。
念話がダミアンからおれへの一方通行というのがもどかしい。
いや、双方向で念話が出来たとしても、こいつは笑って楽しんでいるだけだろうけど。
「友達って、どの友達?」
追及がじりじりと逃げ場を塞いでいく。
「え、えーと、学校の後輩……」
「後輩? 友達じゃなくて?」
声のトーンがわずかに低くなる。
そして心優が手に持っていたスマホの画面をおれに向けた。
……えっ。
「ふぅ~ん、たっくんが”カフェ”で話してた学校の後輩って、愛衣ちゃんなんだ」
……なんだよ。
”カフェ”だけ妙に強調してくるのが、ちょっとムカつく。
「それで”パフェ”を食べてる写真まで撮ったんだ。こんなに仲良さそうに」
今度は”パフェ”を強調してきた。本当に腹が立ってきた。
「そうだよ、愛衣ちゃんだよ! 海で助けたお礼にって奢ってくれたんだよ! なんか問題あるか?」
思わず語気を荒げて言い返すと、「別にぃ」と言って、心優は目を細めたまま黙り込んだ。
「……なんだよ、いったい」
これ以上この空気に耐えられず、おれは心優を残して席を立ち、自室へと向かった。
□
「心優のやつ、なんなんだよ、あれは」
自室のドアを乱暴に閉めると、おれは椅子にどかっと腰を下ろした。
さっきの心優の態度が、どうにも頭から離れない。
√ それがわからんから、貴様は女にモテんのだ。
ダミアンの声が頭に響く。
「うるさい、黙れ!」
押し入れの奥であぐらをかいているダミアンが、おれを見てニヤニヤしている。
心優とのけんかを楽しんでいる化け猫にも腹が立ってきた。
ムカつく。
心優のことを思い出すだけでもイライラするのに、こいつまで楽しげにしているのが余計に腹立たしい。
コンコン、と軽いノック音がして、ドアが少しだけ開いた。
「琢磨、入るね」
姉ちゃんだ。
バツが悪そうな顔をして、姉ちゃんが部屋に入ってきた。
ダミアンはあぐらをやめて、普通の猫のようにまるくなってあくびをしている。
姉ちゃんはベッドに腰を下ろし、少し言いにくそうに口を開く。
「みゅうちゃん、帰ったよ」
「……あぁ」
短く答えた声には、どうしても不機嫌さが滲んでしまう。
姉ちゃんは困ったようにおれを見つめ、言葉を選ぶようにしながら続けた。
「みゅうちゃん、琢磨と喧嘩したかったわけじゃないと思うんだけど」
「でも、あんな態度、わけわかんないし」
「そうなんだけど……」
姉ちゃんは何か話そうとして、迷っている感じだ。
たぶん、心優が怒っている理由を知っているけど、おれには言いにくいことなんだろう。
「何か知ってるんだったら教えて欲しいんだけど」
つい語気が強くなる。
姉ちゃんは少し驚いた顔をしたが、ゆっくりと口を開いた。
「女の子とパフェの専門店に行ったんでしょ?」
「それがどうしたんだよ。誘われてパフェを食べに行っただけで、別に心優が怒るような事じゃないだろ」
姉ちゃん相手に言葉が乱暴になっている。
でも、どうにも抑えられない。
「うん、そうだね。そうなんだけど…… でもね、みゅうちゃんにとっては、そうじゃなかったみたい」
姉ちゃんは静かに言いながら、おれをじっと見た。
「琢磨はその子のことが好きなの?」
「心優の部活の後輩だよ。今はバイト仲間ってだけでそういう対象じゃないっていうか……。ってか、なんでそんな話になるんだよ?」
姉ちゃんは少し考える仕草をしてから口を開いた。
「ほら、みゅうちゃんにとって、琢磨は特別なんだよ。だから気になるんじゃないかな」
「……特別? おれが?」
確かに心優にとっておれはいとこみたいな存在かもしれないけど。
でも、だからってどうしてあんな態度になるのか理解できない。
√ 全部言わせてやるな。七花が困ってるだろ。
化け猫を横目で睨み、机の上にあった消しゴムを投げつける。
が、小さな魔法陣が瞬時に展開し、弾かれてしまった。
さすがは腐っても悪魔。
姉ちゃんから見えないように盾で弾いたな。
「もういいよ。それよりさ」
深いため息をついて話を切り替えると、部屋の重たい空気が少しだけ軽くなった気がした。
「次の土曜日なんだけどさ、姉ちゃんと心優の家族を食事に招待したいんだけど」
突然の申し出に、姉ちゃんはきょとんとして目を丸くする。
「え…… どうしたの、急に?」
「いや、普段からいろいろ世話になってるからさ。バイトで少しお金もたまったし、高いものは無理だけど、バイト先のファミレスなら社員割引も使えるから。感謝の気持ちを伝えたいと思って……」
一瞬の沈黙のあと、姉ちゃんの顔に柔らかい笑みが広がった。
「ふふっ、ありがとう、琢磨。おじさん達も喜ぶと思うよ」
「そうかな」
「そうだよ。おじさん達の予定もあるから、今から誘ってきたら? ついでにみゅうちゃんと仲直りしてきなよ。琢磨だって、このままじゃ嫌でしょ?」
「嫌だけどさ、謝るのも違うと思うし、そもそもあいつがなんで怒ってるのか分かんないし」
「今は分からなくても、そのうち分かるわよ、きっと」
「もし、あいつが仲直りする気が無かったら、どうしたらいいと思う?」
「出来るわよ、絶対。だって、ご飯奢ってあげるんでしょ?」
姉ちゃんはいたずらっぽく笑いながら言うと、軽い足音を残して部屋を出て行った。
やっぱ、心優に奢らないとダメなのか?
飯田さんにも言われたしな。
姉ちゃんが部屋を出ると同時に、頭に軽い衝撃が走った。
「痛ってぇ」
床にはさっき投げた消しゴムが転がっている。
ダミアンのやつ、さっきの仕返しか?
ムカッとして振り向くと、ダミアンが鬼の形相でノートパソコンを持ち上げ、大きく振りかぶっていた。
「悪かった! ごめん!」
慌てて謝ると、ダミアンは満足げに鼻で笑い、パソコンをそっと下に置いた。
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