109:見抜く者と、隠す者
◇五十日目【7月29日(月)】
■隠された気配《POV:鈴》
夜明けとともに、鈴は目を覚ました。
しかし依然として、体の主導権はエヴァが握っている。
エヴァは勉強机に向かい、静かに椅子に腰を下ろす。
そして、無言で時計へ視線を向けた。
やがて鈴は息を止めているような錯覚に襲われた。
実際には呼吸はできているのに、息苦しいような感覚。
『エヴァさん、何をしているんですか?』
鈴は問いかけるが、エヴァの返事は無い。
しばらくすると、ふっと胸の圧迫が消えた。
「五分。だいたいこの辺りが限界だな」
独り言のようにエヴァが呟く。まるで実験でもしていたかのような口ぶりだった。
『エヴァさん、あのぅ……』
「あぁ、今のか? 魔力の放出を止めていた」
『魔力の放出ですか?』
「そうだ。我々は普段、無意識に魔力を放出している。意識すれば一時的に止められるが、完全に止め続けるのには限界がある」
『はぁ』
「人間に例えるなら、呼吸を我慢しているのに近い。その限界が私の場合、五分ということだ」
エヴァは魔力を止め、カーテンのすき間から外を覗いた。
「やはり来ているな」
家の前には数台の車が停まり、鏑木警部と神父の服装をした男が話していた。
そのすぐ横には中学生くらいの少女がいる。
プラチナブロンドの長い髪に、雪のように白い肌。
『外国人?』
「昨夜、鏑木と一緒にいた修道女だ」
息苦しい感覚が続く。
エヴァがカーテンを閉め、魔力を放出すると、鈴は息苦しい感覚から解放された。
□
ピンポーン。
「はーい」
母の声とともに玄関が開く音がした。
エヴァは事前に、警察には会いたくないから玄関先で断ってほしいと母に頼んでいた。
ほどなくして、玄関先から母と鏑木警部が言い争うような声が聞こえてくる。
「そろそろだな」
エヴァはそう呟くと、パジャマの上にルームコートを羽織り、部屋を出た。
ゆっくりと階段を下り、玄関へ向かい、そこで母に声をかける。
「お母さん」
「鈴、大丈夫なの?」
母が心配そうに振り返る。
エヴァは何も言わず、ただ静かに首を縦に振った。
「鈴さん、おはようございます」
玄関ドアの影から、鏑木警部が姿を見せる。
「おはようございます、警部さん」
エヴァは弱々しく微笑んだ。
全てお芝居だ。靴を履きながら玄関を出る。
「どうされたのですか? こんなに大勢で」
玄関前には八人の警察官、そして神父と先ほどの少女。
全員が鈴を凝視している。
エヴァが少女へ視線を向けると、少女の険しい表情が柔らかく解け、微笑へと変わった。
警戒を解いたようだ。
少女は警部に向かって首を横に振る。
「すみません、警部さん。まだ気分が優れないので……」
エヴァは申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえ、こちらこそ早朝から申し訳ございません。今日はこれで失礼させていただきます。鈴さん、くれぐれもお体をお大事に」
警部の言葉に合わせ、他の者たちも一礼する。
「それでは、これにて失礼します」
敬礼を終えると、一行は足早に門の外へと去っていった。
「ふん、ちょろいな!」
エヴァは小さく呟き、微かに口元を歪めた。
■見舞いの約束
午前中の中休憩。
ファミレスの休憩室で、おれは落ち込んでいる悠斗を励ましていた。
「連絡が取れるんだったら、大丈夫だよ」
昨日、一向に連絡がつかなかった鈴ちゃんと、今朝になってようやく話せたらしい。
ただ、彼女が言ったのはたった一言、
「今日は体調が悪いので、アルバイトは休みます」
それだけだった。
「だってさ、いつもは可愛い声で俺に話しかけてくれるのに、今朝なんて一言しか喋ってくれなかったんだぜ。なにかあったに決まってる」
……まあ、確かに普段の鈴ちゃんらしくはないか。
話したのはたぶんエヴァだろうけど。
エヴァが憑りついているので、よほどの事がない限り鈴ちゃんに危害が及ぶことは考えにくい。
とはいえ、それを悠斗に説明するわけにもいかないが……
それより気になるのは、昨日の事件だ。
自動車が何台も破壊された事件は、間違いなくあっくんの仕業だろう。
さらに、SNSには「女の子がバイクの二人組に追いかけられていた」という投稿がいくつも上がっていた。
ダミアンと話したとおり、ターゲットはエヴァで間違いない。
「でさ、見舞いに行くの付き合ってくれない?」
……しまった。ちょっと考え込んでいて、悠斗の話が耳に入っていなかった。
「おれも一緒に行くのか?」
「心優も誘って、三人で行きたいんだけど」
壁に貼り出されたバイトのシフト表を見ると、おれと悠斗、それに心優は明日休みになっている。
心優に至っては今日と明日で二連休か。
唐揚げ代を稼いで、気が緩んだか?
「お前、バイト来るとき、いつも鈴ちゃんを迎えに行ってるんじゃなかったのか?」
「いや、いつも門の前までしか迎えに行ってなくて、鈴ちゃんの親と顔をあわせたことも無いんだよ。だから、一人で行きにくくてさ。心優もいれば、鈴ちゃんの親も安心してくれると思うし」
「じゃあ、まちゃみを誘えば?」
「まちゃみは連絡がつかないんだよ。それはそれで気になるんだけど……」
そうか、まちゃみはまだ体調を崩してるのか。
「だからさぁ、心優にはお前からうまく言って誘ってくれよ。なっ」
そんなに拝むなって……。
「分かった、心優はおれが誘っておく。ただし、もし心優に予定があったとしても文句は言うなよ」
「恩に着る!」
だから拝むなって。
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