108:動き出した裏側
□視える者《POV:鈴》
―― 時間は少し前に遡る。
エヴァは上空から、オトリの女を監視していた。
『どこに行くんですか?』
「あの女の近くに、能力者がいるはずだ」
エヴァは暗闇に紛れ、気配を消すように女のあとを追っていく。
やがて女性が横断歩道の前で立ち止まった。
「こうやって見ると警察の捜査というものは面白いな」
『何が面白いのですか?』
エヴァは、女が信号待ちをしている交差点へ鋭い視線を向ける。
「あそこに二人、男と若い娘がいるだろう」
エヴァが視線を向ける先には、街灯の薄明かりに浮かび上がる二人の姿があった。
『はい』
「それと、バス停で新聞を読んでいる男、柵にもたれ掛ってタバコを吸っている男、公園で抱き合っている男女。べつの道には無線らしいものを持って話す男。他にもいそうだな」
エヴァの冷静な声が、淡々と今の状況を説明する。
上空から見下ろすと、確かにそのとおりだった。
オトリの女性が動きだすと、エヴァがさっき指摘した人達が、一斉に動きを見せる。
エヴァの視線が、オトリの女性の後ろについて歩く二人へと移った。
がっしりとした体格の男と、若い女性、いや体つきからすると中学生くらいの少女か?
顔はよく見えない。
しかし、男の方は見えた。
『今朝うちに来た鏑木警部』
彼らが住宅地と、さらに上の住宅地をつなぐ急坂へ差しかかったところで異変が起きた。
突如、大きなコウモリのような影が、鈴たちよりも低い位置を飛び、二人の背後に舞い降りたのだ。
コウモリは男に姿を変え、警部に話しかけるような仕草を見せる。
少女が、警部に向かって何か叫ぶ。
「どうやら魔力を感知できるタイプでは無さそうだな。視認できるタイプか」
(あの女の子が能力者?)
彼らが短く言葉を交わした直後、ヴァンパイアと思われる男が、突然二人に襲いかかる。
少女がなにか光るものをヴァンパイアに向けて叫んでいる。
『エヴァさん、二人を助け──』
鈴が言い終わるまえに、エヴァは魔力のつぶてを放っていた。
ヴァンパイアは二人の前で躓いたように倒れ込んだ。
直後、付近の物陰から警察官たちが姿を現し、ヴァンパイアを取り囲む。
「あれは修道女か? 警察が教会と一緒に捜査をしているというのか」
ヴァンパイアは立ち上がると、コウモリに姿を変え空に舞い上がった。
「あいつは始末しておかないとな」
エヴァが追撃しようと動いたとき、乾いた発砲音が響いた。
弾丸はヴァンパイアに命中したように見えた── いや、同時に近くの送電鉄塔に当たる音もした。
どうやらかすめたか、あるいは貫通したのかもしれない。
ヴァンパイアは一度ふらついていっきに高度を落としたが、そのまま山の方へふらふらと逃げていく。
大きなダメージを負ったに違いない。
「銃弾が掠っただけであれだけダメージを受けるとは。あれは銀か聖別された弾丸ということか」
逃げていくコウモリを見ていたが、警察官がこちらを指さしていることに気が付いた。
地上の少女が呆然とこちらを見ている。
「今日のところは帰るとするか」
□観測された異常《POV:ソフィア》
県警本部庁舎の一室。
「ソフィア、それは… 真実なのか?」
ボルギ神父の声は静かだったが、その奥には張り詰めた緊張が感じられた。
「はい、この前、神父様が浄化した悪魔と比べものにならないくらいの…… す、すごい妖気の大きさでした! 今まであんな巨大な妖気を見たことがありません」
自分の声が震えているのがわかる。それだけ、あの光景は衝撃的だった。
「そんな大悪魔が日本にいるなんてな…… こいつは面倒なことになりそうだな」
ボルギ神父が低く呟く。
その表情は険しい。
ソフィアは思わず息を呑んだ。
いつもとぼけた雰囲気のある神父が、こんなに真剣な表情をするのを初めて見た。
しばらく沈黙が流れた後、ボルギ神父は静かに、しかし力強いまなざしでソフィアを見た。
「ソフィア、なにか対策を考える必要があるぞ」
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