106:魂を持つ者、失った者
■魔を視る瞳《POV:鈴》
鈴、いやエヴァは自宅のベッドに横たわっていた。
体の主導権はエヴァに奪われたままだ。
エヴァは薄暗い部屋の天井をじっと見つめ、静かに今後の対策を練っている。
サマエルの下僕に襲われた後、救急車が到着する前に病院に行きを断って帰宅した。
帰宅後、母には簡単に事情を説明し、自室にこもった。
そして体調不良という理由で、警察の面会を翌日に延ばしてもらっていた。
「警察の面会は明日か……」
ぽつりと漏れたエヴァの言葉に、鈴は問いかける。
『明日、警察に会うんですか?』
エヴァは軽くうなずいた。
「あれだけの事件だ。いつまでも面会を避け続ければ怪しまれる。警察に疑われると厄介だからな。それに、確かめなければならないこともある」
『なにを確かめるんですか?』
「能力者だ」
『能力者?』
鈴は動揺した。
昼間、襲ってきた男たち。
あの恐ろしい力を持つ男が、まだどこかで狙っているかもしれない。
しかし、エヴァが気にしているのはどうやら別の存在らしい。
「魔力を感知できる存在。我々にとっては厄介な存在だ」
エヴァは枕元の読書灯の光を手で遮りながら言葉を続けた。
『厄介って?』
「魔力感知にはいくつか種類がある。例えば、魔力の放出者がどの方角にいるのかを察知できる者。放出された魔力そのものを視認できる者もいる。
前者は放出者と距離があっても方角や魔力の大きさを把握でき、おおよその位置を察知できるが、人混みに紛れると特定は難しい。対して後者は魔力を『見る』ことで、放出者を一瞬で見つけられる。ただし、何かに遮られたり、放出者が視界の外にいれば気付くことはできない。一長一短だな」
『その能力者を…… どうするつもりですか?』
「今晩、その能力を持つ女が捜査に同行するそうだ。今から確認しに行くぞ」
鈴は激しく動揺した。
『待って!』
気づけば、思わず声を上げていた。
「なんだ?」
エヴァの声は冷たい。
『その人を…… 殺したりしないでください』
「わかっている」
□
エヴァは黒いシーツをひるがえし、それを身にまとった。
次の瞬間には銀髪の白い肌をした本来の姿へと変化していた。
そして風のように音もなく、暗闇に紛れ空に舞い上がった。
憑依されてから何度か闇夜を飛んだ記憶があるが、それは夢の中の出来事のような曖昧な記憶。
今回は意識がはっきりとしている。
(まるで映画に出てくる吸血鬼みたい……)
鈴はエヴァの視界を通じて、その光景を眺めながら心の中で呟く。
上空から見下ろす街は、東西に長く伸びた光の帯のように美しい。
エヴァが向かったのは、噛みつき事件の被害者が通う学習塾だ。
二日連続で事件が発生した場所。
その塾の前には授業が終わりを待つ保護者たちの姿があった。
警察らしき人影も上空から見れば一目瞭然だ。
「ここで高度150メートルといったところか」
150メートル。
西港のシンボル、西港タワーよりも40メートルほど高い位置。
エヴァは学習塾を見下ろしながらゆっくりと降下を始める。
「100メートル。魔力を感知できるなら、そろそろ気付いてもおかしくないが……」
高度百メートルで停止し、学習塾の周囲を観察する。だが、誰もこちらの存在に気付いた様子はない。
『エヴァさんは、どうしてここに能力者がいると思うんですか?』
「今朝、鏑木という男の唇を読んだ。そのとき、学習塾を張り込む際に、吸血鬼を見分ける娘を連れて行くと言っていた」
『エヴァさん、何度もしつこいようですが』
「わかっている、人間は殺さん。だが、ヴァンパイアは別だ」
『ヴァンパイアになった人は…… 殺すんですか?』
エヴァは数秒沈黙し、静かに答える。
「やつらは人ではない。ヴァンパイアになった時点で、完全な魔のものへと変化したのだ。だから鏡にも映らなくなる」
『魔のもの……?』
「そうだ。魂を失い、体はもはや人間のものではなくなる。私が鏡に映るのは、お前の生きた魂と、人間の体があるからだ。だが、やつらは人の姿をしているが、お前たちとは全く別の存在に変化している。放置すれば、私たちだけではなく、お前の友達の命も危ないぞ」
『……』
鈴は言葉を失った。
エヴァが学習塾の玄関をじっと見据えると、一瞬で焦点が合った。
(夜でもこんなに見えるんだ……)
エヴァを通して見る世界は、まるで昼間のように鮮明だった。
実際に見ているのか、それとも情報として頭に流れ込んでいるのか、それは鈴にもわからないが。
「出てきたな」
生徒たちが次々と塾から出てくる。
その数は二十人ほど。
それぞれが親のもとへ向かい、一緒に帰っていく。
「ふふっ、あれがオトリだな」
『オトリ?』
一番最後に現れたのは、おさげ髪の少女。
彼女だけが親と共に帰らず、一人で山側へと歩き出す。
「あの女だけは、他の女と明らかに違う。警察のオトリ…… 警察官だろう。まず、うまくはいかんだろうがな」
鈴の目には、彼女が他の生徒と違うようには見えなかった。
帽子を深くかぶっているせいで顔はよく見えないが、小柄で細い普通の女の子にしか見えない。
『普通の高校生に見えるんですが、何が違うんですか?』
「あの女だけは…… そうだな、お前にわかりやすく言うなら――」
エヴァはふっと笑った。
「乙女ではない」
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