103:地下駐車場の迎撃戦
□爆裂のあっくん vs エヴァ《POV:鈴》
エヴァが反射的に振り向く。
その視線の先―― 三十メートルほど後方。
モタードバイクに跨る男が、左の掌をこちらに向けながらニヤリと笑っていた。
彼の顔にはフランス国旗のように青、白、赤の三色がペイントされていた。
さらにその背後、タンデムシートにはフルフェイスヘルメットを被った男がじっとこちらを見続けている。
「いやぁ、惜しいなぁ~ また外しちまった。でもさ、次はちゃんと仕留めるからさ。覚悟しな!」
男は愉快そうに声を張り上げ、再び左手をエヴァに向ける。
「ちっ、やっぱり琢磨が話していた下僕か」
忌々しげに吐き捨てると、エヴァは横断歩道を渡るのをやめ、左へと素早く駆け出した。
ワンテンポ遅れて、後方からバイクのマフラー音が一度大きく鳴り響き、エヴァの後を追うように加速する。
エヴァは素早く周囲を一瞥し、近くにあった五階建ての商業施設へと飛び込んだ。
入り口を抜けるとすぐに上りのエスカレーターが目に入ったが、それを無視して真っ直ぐ走った。
ソファーやタンス、カーテンなどを並べたリサイクルショップの前を通り過ぎたところで、背後から買い物客の悲鳴が上がり、それに重なるようにバイクのエンジン音が建物内に反響した。
振り返ったエヴァの目に飛び込んできたのは、フランス国旗のペイントをした男が、バイクに跨ったまま商業施設へと突入してきたところだった。
舌打ちしたエヴァは、エスカレーター裏にある下り階段を見つけ、迷わず駆け下りる。
背後から、男の叫び声が聞こえた。
「おいおい、逃げ足早ぇじゃねえか!」
続けて、エンジンの唸りが階段に響き渡る。
どうやら男はバイクで降りるつもりらしい。
エヴァは階段の天井を確認しつつ、ためらいなく駆け降りる。
途中、買い物かごを持った中年女性を追い抜く際、素早くそのカゴの中身を奪い取った。
と同時に、エヴァは奪い取ったものを身にまとう。
カーテンのようだ。
カーテンを外套のように身にまとったエヴァは、自動販売機の横にあるガラスドアを押し開け、地下二階の駐車場に飛び込む。
そこには数十台の車が並んでいた。
少し先まで走ったところで足を止め、振り返る。
間もなく、バイクもガラスのドアを抜け、駐車場に滑り込んできた。
そして、ゆっくりと停止する。
エヴァとバイクの距離は約十五メートル。
「おい、さっきの嬢ちゃんはどこ行ったんだ?」
フランス国旗の男は右へ、左へと視線を動かし、背後のフルフェイスに向き直った。
フルフェイスの男は淡々と告げる。
「目の前にいるだろう」
「えっ、どこに?」
フランス国旗の男は再度周囲を見回し、またフルフェイスへ向き直った。
「いねぇよ。いるのは外人のイケてる姉ちゃんだけじゃねえか」
その言葉に、フルフェイスの男が苛立ちを露わにする。
「何度も言わせるな。さっきの女が、その銀髪の外国人だ」
ようやく意味を理解したのか、フランス国旗の男は驚愕した顔でエヴァをまじまじと見つめる。
「えっ、うそっ」
そして、ニヤッと笑った。
「あのガリガリのお嬢ちゃんが、ホントにこの超絶グラマーな美女なのか…… 信じられねぇ」
(……んっ)
あまりにも無遠慮な言葉に、鈴の胸に小さな棘がチクリと刺さった。
「お前たちはサマエルの下僕か?」
エヴァが鼻で笑いながら言った。
彼女の金色の瞳が、目の前の男を冷たく射抜く。
「おっ、日本語いけるんだな。おうよ、俺はサマエル様の忠実なサーバント、人呼んで爆裂のあっくんだ」
あっくんと名乗った男が、胸をドンと叩く。
軽薄そうな笑顔。
敵意よりも悪ふざけが先に立つような笑みだ。
「後ろのやつは、別のやつの下僕だ」
「ということは、サマエルだけじゃないんだな」
「そうそう、二人いる。多分な。俺も全部把握してるわけじゃねぇし、間違ってたら勘弁してくれよ」
ためらいもなくペラペラと喋るこのあっくんという男は口が軽そうだ。
ただ単に、何も考えていないのかもしれないが。
「誰と誰だ?」
「それは言えねぇな。いくら俺でも、そこまでバカじゃねぇよ」
「お前のような下っ端には教えてもらえんということか」
「おい、なんだと、こらぁ! 俺はサマエル様の第一のサーバントだぞ!? そんなの知ってて当然なんだよ!」
エヴァが軽く挑発すると、あっくんは完全に頭へ血が上った。
「知ってるなら言ってみろ。言ったところで一対三だ。サマエルが有利なのは変わらんぞ。それとも私を恐れたサマエルに口止めされているのか?」
「はっ。サマエル様がお前なんかにビビるわけねえだろ? どのみちここでくたばるんだよ、お前は。まあ、冥土の土産に教えてやるよ。確か、ダルクとかいうおっさんと――」
「おい……! 余計なことを言うんじゃねぇ!」
フルフェイスの男が声を荒げた。
しかしその声は、どこか震えている。
「なんだよぉ、別にいいだろ? こいつ、どうせもうすぐ死ぬんだからさ」
あっくんは面倒くさそうに振り返り、すぐにエヴァへ向き直る。
そして、左手を突き出した。
「もういいや。ごめんね、ねえちゃん。恨みとかはないんだけどさ、死んでくれない?」
バァーンッ!!
(きゃっ)
耳をつんざく爆音が響き、エヴァの横に停めてあった自動車のドアが吹き飛んだ。
小さな煙が上がり、少しの破片が飛び散る。
鈴は小さな衝撃を感じたが、体は何ともない。
エヴァが魔力の鎧のようなものを纏っているのが、鈴にもわかった。
「あっれぇ。おっかしいな」
あっくんは眉をひそめ、もう一度エヴァに狙いを定める。
バァーンッ!!
今度は自動車そのものが吹き飛び、駐車場の床にひっくり返った。
しかし、エヴァはその場から微動だにせず、ただ冷静にあっくんを観察していた。
「ほう、驚いた」
エヴァが口を開く。
「これは威力は無いが魔力砲弾だな。しかも連発できるとは大したものだ。私の知っている限り、この能力を持つ者はお前で二人目だ」
その言葉に、あっくんの表情が歪んだ。
「なんだと」
苛立ちを隠せない様子で、あっくんはさらに三発の魔力砲弾を放つ。
しかし、そのすべてがエヴァに届かず、代わりに駐車場に並ぶ車を次々と破壊していった。
「おっ、おい! 当たったよな? この距離だし、全部当たってるはずなんだけど!」
あっくんの声には明らかな焦りが混じる。
「……あぁ。だが、奴は何かしらバリアーのようなもんを張ってやがる。お前の魔力は確かにあいつに当たった。だが、横に弾かれたんだ」
フルフェイスの男が、状況に追いつけないまま説明した。
「ふっ、はははは。お前たちは私の事を知らされてないのか?」
エヴァの笑いには、嘲りと余裕が含まれていた。
「おい……! 今すぐ逃げろ!」
「なんだって?」
エヴァの指先が淡く光り始める。
その様子を見たフルフェイスの男が声を引き攣らせた。
「こいつから、とんでもねぇ魔力を感じる…… 無駄死にしたくなきゃ、グズグズしてる暇はない、早くしろ!」
「なに言ってんだ、お前?」
「仕留める場所を間違えた! ここじゃ、俺達の手に負えねぇ!」
フルフェイスが焦って体を動かすと、バイクがぐらついた。
バシュッ!
ガチャ、ガラガラガラ!
何かが落ちる音が続き、男たちが振り向くと、缶ジュースの自動販売機がガラガラと激しく音を立てていた。
駐車場と自動販売機を隔てるガラスに直径5センチほどの穴が開き、同じように自動販売機の側面にも穴が開いている。
壊れた自動販売機から次々とジュースの缶が商品取り出し口に溜まっていった。
『エヴァさん、殺さないで!』
「私を追って、こんなところまでついて来たのが運の尽きだな」
鈴の叫びが、今のエヴァに届いているのかわからない。
エヴァの指先が、再び淡い光を帯びる。
「おい、なんだよあれ」
光を目の当たりにして、あっくんが息を呑む。
「さっき言わなかったか? あいつの魔力、サマエル様より遥かに膨大だって」
「マジかよ、そんなの聞いてねぇぞ!」
バシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュシュシュシュシュシュ……
「うわぁ」
「なんだなんだ」
あっくんは両腕で頭をかばい、フルフェイスはあっくんの背後に身を隠した。
魔力の弾ける音が止むと、バイクに跨ったまま伏せていた二人が、おそるおそる顔を上げた。
「おい、どうなったんだ?」
あっくんが周囲を見回す。
「知るか!」
フルフェイスが叫んだ直後――
ガッシャーン!
派手にガラスが割れる音が響き渡った。
振り向くと、共に声を失う。
背後のガラスがまるで切り絵のように、バイクに跨る二人のシルエットそのままに切り取られていた。
「まだやるか、下僕!」
エヴァの指先が、再び輝きを増す。
「おい、しっかり捕まれ!」
あっくんが叫ぶ。その声に我に返ったフルフェイスが、あっくんに必死にしがみついた。
ブゥォーン! キュルキュルキュル!
2サイクル特有のエンジン音が駐車場に反響し、タイヤが空回りして白煙を上げる。
アクセルターンで方向を変えたバイクは、ウィリーをしながら勢いよく駐車場の出口に向かって走り出した。
地下一階へ向かう上りスロープに差し掛かったとき、
バァーンッ!!
二人のすぐそばのコンクリート壁に、魔力のつぶてが炸裂した。
「ひぃぃぃ!」
あっくんはバイクを右へ倒しこんで鋭くカーブを描く。
そのままフルスロットルで地上へ続くスロープを駆け上がっていった。
★やブックマークで応援していただけると励みになります。




