101:サマエルの挑発
■自分のせいで
「よう、琢磨」
ファミレスの休憩室でソファーに沈み、一息ついていたところに、悠斗と鈴ちゃんが仲良く並んで出勤してきた。
「同伴出勤とは羨ましいことで」
「お前だって似たようなもんだろ」
悠斗がニヤニヤしながら言い返してくる。
「彼女と幼なじみを一緒にするな」
その差はでかいんだよ。
「おはようございます、琢磨さん」
鈴ちゃんが控えめに挨拶してきた。
けど、その声はいつもより元気がない。
「おはよう、鈴ちゃん」
そう返すと、鈴ちゃんはかすかに微笑んで、「私、着替えてきます」と小さな声で言い、更衣室へと消えていった。
「……鈴ちゃん、どうした?」
背中を目で追いながら悠斗に尋ねると、
「いやぁ、それがさぁ」
悠斗が小声で事情を話し始めた。
――どうやら、連続女子高生傷害事件の件で、警察が鈴ちゃんの家に来たらしい。しかも被害者の証言から、犯人が狙っているのは鈴ちゃんだと判明したとのこと。
「どうして鈴ちゃんが?」
と言ってはみたが、連続女子高生傷害事件の犯人は首に噛みつくというものだ。
どう考えても犯人は吸血族とその仲間。
そして狙いはエヴァに違いない。
「そうなんだよ。どうして鈴ちゃんを狙っているのかわからないんだよな。人に恨まれる子じゃないのに」
悠斗がドカッとおれの隣に座る。
おれは思考をめぐらす。
鈴ちゃんがエヴァだってバレたに違いない。
ということは、連続女子高生傷害事件はエヴァへのけん制だ。
夜ならエヴァが対処できるが、昼間に襲われたら話が違う。
エヴァはともかく、鈴ちゃんの身が危ない。
けど待てよ…… 昼間ならヴァンパイアは動けない。
吸血族も同じだ。
なら―― 下僕か?
下僕だったら昼間でも。いや基本、下僕は攻撃に向かないはずだ。
あの"あっくん"みたいな特殊な存在でもない限りは。
でも…… サマエルの下僕は集団で襲ってくるといってたしな。
この状況はどう考えてもやばいんじゃ?
「おい、琢磨。人が話してるのに、ボーっとすんなよ」
悠斗の声に、おれはハッと我に返った。
「あっ、ごめん。ちょっと考え事してた」
「まぁ、いいや。それでさ、鈴ちゃんがすっかり落ち込んじゃってるんだよ」
「そりゃあ、通り魔に狙われているなんて聞いたら、誰だって怖くなるだろ」
気の弱そうな女の子だ。
そんな話を聞かされて、平気でいられるはずがない。
「それがさぁ、それだけじゃないんだ。通り魔の被害者、鈴ちゃんに間違われて襲われたらしくてさ。鈴ちゃん、責任感じてるみたいなんだ」
「それって…… 精神的ダメージでかそうだな」
悠斗が深く息を吐いた。
「なぁ、琢磨。俺、どうしたらいいと思う?」
「出来るだけ一緒にいてやれよ。それと、暗くなったら絶対に出歩くなよ」
「なんだぁ、また吸血鬼の話か? まぁ、女の子の首に噛みつくなんて、確かにそれっぽいけどさ」
そうだよ、吸血鬼が鈴ちゃんを狙ってるんだ。
でも、そんなことを言っても、きっと信じてもらえないだろう。
「とにかく、陽が沈む前に鈴ちゃんを家まで送れ。それと、お前も夜は出歩くな」
思わず声が強くなってしまった。
「へいへい、そんなに大きな声出すなって。分かったから」
悠斗が軽く手を振りながら、渋々頷く。
「そろそろ時間だから、仕事に戻るわ。お前も早く着替えないと、遅れるぞ」
「ああ、分かった。じゃあ後でな」
そう言って、悠斗は休憩室を出ていく。
おれも厨房に向かうため立ち上がると、ちょうど鈴ちゃんが入ってきた。
顔色はあまりよくない。
「大丈夫? もうすぐ悠斗も着替えてくるから、座って待って……」
――さっきまでと様子が違う。
エヴァか?
「琢磨、誰かが私を狙っている。近いうちに仕掛けてくるかもしれん」
おれは声を潜めた。
「鈴ちゃんは大丈夫なのか?」
「あぁ、大丈夫だ。この事件は私に対する嫌がらせだろう。宿主の鈴を精神的に弱らせて、間接的に私にダメージを与えるつもりだ」
さすがはエヴァだ。
状況を的確に把握している。
「犯人に心当たりは?」
その問いに、エヴァは薄く微笑んだ。
まるで全てを見通しているかのような余裕の笑みだ。
「私を挑発してくるやつは限られている。このあいだも言ったが、こんなつまらん真似をするのは、サマエル。そして、仲間がいるとすればニーシャだ」
「爆裂のあっくん……」
海岸で起きた悲惨な光景が蘇る。
死者まで出した、強烈な破壊力を持つあの男を。
「お前も気を付けることだ。何時、何処から襲ってくるかわからんぞ。気付いた時には……」
エヴァは握りしめた手を、勢いよく開いた。
「バァーン!」
まるでその手のひらから、爆発音が鳴り響くかのような錯覚を覚える。
笑えねぇ。
「あははは、あの男の攻撃はまだ爆裂と呼ぶには程遠い。ただの魔力の塊をぶつけているに過ぎん」
「それって、まだ未完成ってことか?」
「そうだ、だから当たったからといって体が四散するほどの威力はない。せいぜい穴が開く程度だ」
「それって、十分な威力なんだけど」
その時、ガチャッとドアが開き、悠斗が顔を覗かせた。
「琢磨ぁ、お前、早く行かないとどやされるぞ」
掛け時計を見ると、休憩時間を五分もオーバーしていた。
「やべっ! 先行くわ!」
おれは慌てて休憩室を飛び出した。
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