100:牙は少女の名を知っている
★四十九日目【7月28日(日)】
■連続咬傷事件《POV:鈴》
ーー 昨夜10時頃、西港市内において女子高生が通り魔に襲われる事件が相次いで発生しました。
ーー 警察の発表によりますと、最初の事件は午後10時頃、学習塾から最寄りのバス停へ向かっていた女子高生が、何者かに背後から抱きつかれ、首を噛みつかれたというものです。
ーー その10分後には、同じ学習塾から徒歩で帰宅途中だった別の女子高生が、同様に背後から羽交い締めにされ、首を噛みつかれる被害に遭いました。
ーー 警察は、一昨夜にも同様の事件が発生していることから、同一犯による連続犯行の可能性が高いとみて捜査を進めています。
ーー また、西港市内では6月から、首に噛みつき傷を残し全身の血を抜かれるという猟奇的な連続殺人事件が発生しており、今回の事件との関連性についても慎重に調べています。
ーー 市民の間には不安が広がっており、警察は警戒を強めるとともに、夜間の外出時には十分注意するよう呼びかけています。
ーー 次のニュースは……
リビングのソファーに座っていた鈴は、そっとリモコンを手に取り、テレビを消した。
ニュースに映っていた学習塾は、鈴が通う港北女子高校の最寄り駅にある学習塾だ。
通っているのは、ほとんどが同じ学校の生徒。
犯人と吸血鬼。
この二つを切り離して考えるのは難しい。
港北女子高校の生徒が狙われたのは、おそらく自分のせいだ。
そう思わずにはいられない。
(どうして、こんなことになったんだろう)
目を閉じて、ソファーに身を預ける。
今日は悠斗と一緒にアルバイトに行く予定だ。
あと一時間ほどで、迎えに来るはず。
そろそろ出かける準備を―― そう考えたとき、玄関のチャイムが鳴った。
「はぁい」
母の声がリビングまで届く。しばらくして、母がリビングに入ってきた。
「鈴ちゃん、警察の方が来てるわよ」
「警察?」
母に案内されてリビングに入ってきたのは、二人の男だった。
一人はネクタイを緩めた五十代くらいの男性。
もう一人はスーツをきっちり着こなした若い男性だった。
鈴は慌てて立ち上がった。
「高原鈴さんですね?」
年配の男性が低く響く声で尋ねた。
その声量に、鈴の肩がびくりと揺れる。
「は、はい」
ぎこちなく会釈すると、男性は頷き、自己紹介をした。
「私は鏑木と言います。こっちは青島」
紹介された若い刑事・青島が軽く頭を下げる。
「少しお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか」
「はっ、はい」
初めて警察官と向き合う緊張で、鈴の体が小さく震える。
「けっ、警部」
「なんだぁ?」
「警部が大きな声を出すから、お嬢さんが怯えてますよ」
青島刑事が慌てて鏑木警部をたしなめた。
「そ、そうか…… すまん!」
鏑木警部は不器用な笑顔を作る。
「ひっ!」
「警部ぅ、お嬢さんが余計に怖がってますよ」
「えっ、それは申し訳ない」
鈴は慌てて微笑んだ。
「いえ、こちらこそ驚いて…… 失礼なことをしてしまって……」
その言葉に、鏑木警部は表情を和らげた。
(最初から普通に笑ってくれれば、こんなに驚かなかったのに……)
「立ち話も何ですから、どうぞお座りください」
母が苦笑しながら警部たちにソファーを勧めた。
「はっ、失礼します」
二人はL字のソファーに腰を下ろした。
鈴も座り、彼らが座る左側へ体を向ける。
母がお茶を入れようとキッチンへ向かったが、鏑木警部がすぐに呼びかけた。
「奥さん、お構いなく。我々は捜査のために来ていますので、何かお出しいただいてもいただくわけにはいきません」
「そうなんですか?」
母が驚いて振り返ると、鏑木警部は申し訳なさそうに頷いた。
そして、母は少し残念そうにしながらも、テーブルを挟んで鈴の前――
毛足の長い絨毯の上に座った。
「ところで、鈴さん」
鏑木警部が身を乗り出し、鈴をじっと見つめる。
「はい」
「あなたは、安藤翔子さんという女性をご存知ですか?」
「はい、昨年同じクラスでした」
話したことはないけれど、明るい子だったことは覚えている。
「それでは香山みずほさんは?」
「はい、クラスメイトです」
香山とは必要最低限しか会話を交わしたことがない。
「そうですか。阿比留明日香さんは?」
「たぶん生徒会の人だと思います。珍しい名字なので知っていますが、名前までは……」
オカルト研究部の活動について、まさみに何度も質問しにきていたので、顔と名字は一致する。
「では、その三人のうち、親しくされていた方は?」
「……ほとんど話したことがないです」
「そうですか」
鏑木警部は少し考え込んでから、隣の青島刑事と小声で何か話し始めた。
「その方たちが、どうかなされたんですか?」
母が不安そうな声で訊ねると、青島刑事が静かに説明を始めた。
「はい、実は昨夜と一昨夜、塾帰りに女子高生が襲われる事件が発生しまして……」
鈴は息が詰まるような感覚に襲われる。母も眉を寄せ、続きを待っていた。
「彼女たちは、その事件の被害者です。事件のことはご存じでしょうか?」
母は一度、鈴に視線を向けてから、警部たちへ向き直る。
「はい、ニュースで知っています。ですが、そのことが鈴に何か関係でも?」
鏑木警部が静かに頷き、青島刑事が言葉を続けた。
「それがですね、被害者は全員、襲われる前に『お前は高原鈴か?』と犯人から訊ねられていまして」
その言葉に、鈴の呼吸が一瞬止まった。
青島刑事の視線が母から鈴へと移る。
「鈴さん、犯人になにか心当たりはありませんか?」
胸が締め付けられる感覚に襲われた鈴は、無意識に下唇を噛んだ。
(あぁ、やっぱり私のせいで…… もう隠せない)
「刑事さん、実は――」
鏑木警部の片眉がわずかに持ち上がる。
鈴が秘密を打ち明けようとした、そのときだった。
意識がふっと遠のき―― そして気が付いたときには、すでに意識が切り替わっていた。
「大丈夫ですか?」
「鈴、どうしたの?」
驚いた青島刑事と母が慌てて顔を覗き込む。
(入れ替わったときに、倒れかけたんだ……)
鈴、いやエヴァは軽く首を振り、体勢を整える。
何事もなかったかのように振る舞おうとするが、鏑木警部の鋭い視線がその変化を逃さなかった。
「ご心配おかけしました。大丈夫です。それよりさっきの話ですが、犯人についてはまったく心当たりがありません。どうして私の名前を訊ねるのでしょう?」
エヴァは微笑みながら、落ち着いた声で答えた。
その態度の変化に、青島刑事は少し戸惑ったように視線をさまよわせる。
「そっ、それがですね……」
言いよどむ青島刑事に代わって、鏑木警部が低く告げた。
「代わろう」
鏑木警部が渋い声で説明を続ける。
「被害者の証言によれば、犯人は―― 高原鈴さん、あなたを探しているようなのです。犯人はあなたではないとわかると、『恨むなら高原鈴を恨め。お前は高原鈴の身代わりだ』と告げて……」
そして、一拍置いて続ける。
「被害者の首筋に、がぶりと」
「ひっ……!」
母が息を呑み、小さな悲鳴を漏らした。
震える指先で胸を押さえながら、警部を見つめる。
「失礼しました。奥さん」
鏑木警部は深々と頭を下げた。
「いえ……大丈夫です。それで、その娘さん達は?」
「幸い、皆さん軽傷ですが、大事をとって入院しておられます。全く持って、許しがたい犯行です」
鏑木警部は、苦虫を噛み潰すような険しい表情をした。
「そこで鈴さん、あなたに警護をつけさせて頂きたいのです」
「警護ですか?」
エヴァが聞き返す。
「はい、犯人はあなたを狙っています。是非、我々に警護をさせてください」
「警護というと?」
母が口を挟む。
「はい、外出時にはこの青島が同行させていただきます」
青島刑事が軽く会釈する。
しかし鈴は即座に首を横に振った。
「必要ありません」
鏑木警部は、一瞬言葉に詰まった。
断られるとは思っていなかったようだ。
母も同様だ。
「それはどうして?」
青島刑事が恐る恐る尋ねる。
「私は一人で外出する事はありません。夜は出歩きませんし。アルバイトは友達と一緒です」
「鈴、せっかくなんだから警察の方に守っていただいたほうが……」
「お母さんは口出ししないで」
鏑木警部は腕を組んでエヴァを見る。
そして、考えるそぶりをして一度頷いた。
何かを疑っているような、視線だった。
「わかりました。それでは、我々はそろそろ失礼します」
鏑木警部が立ち上がり、青島刑事もそれに続く。
青島刑事は何か言いたげだったが、鏑木警部の表情を見て口を閉じた。
「最後に一つ。本当に、心当たりはないのですね?」
「はい、ありません」
エヴァが答えると、鏑木警部は頷いた。
「奥さん、お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。それでは失礼いたします」
鏑木警部は一礼し、玄関へ向かう。
青島刑事も軽く会釈し、それに続いた。
呆然としていた母が、慌てて二人を見送りに行く。
エヴァは窓際に寄り、門のほうを見やる。
そこでは、鏑木警部が青島刑事になにか指示を出していた。
「私を尾行させるつもりか」
エヴァは彼らの口の動きを読み取り、小さく呟いた。
「それと、吸血鬼を見分ける娘を連れて来い…… だと」
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