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98:コロッケの夜に忍び寄る影

■百切りキャベツと不穏な話


 自宅のドアを開けると、ダイニングから心優と姉ちゃんの声が聞こえてきた。


 階段を見上げると、そこにはルナの姿をしたダミアンがちょこんと座っている。

 どうやらおれの帰りを待っていたらしい。


√ 遅かったな。

「ちょっとバイト仲間とカフェで話してた」

√ ふぅん。

「なんだよ」

√ なんでもない。明日からは、早く帰ってこいよ。


 そう言うと、ダミアンはぴょんぴょんと軽やかに階段を駆け上がっていった。


 ダイニングに入ると、心優がリビングのソファーで勉強をしていた。

 姉ちゃんが心優の隣で教えている。


 なんというか、小学生の頃からの日常風景だ。

 高校受験が終わるまで、おれもあの中に混じって勉強してたっけ。


「ただいま!」

「琢磨、おかえり!」

「おかえり、たっくん!」


 おれはダイニングテーブルに並べられた晩ごはんを見た。

 今日のメニューはコロッケに千切りキャベツ、味噌汁付きか。


「琢磨ごめんね。遅かったからみゅうちゃんと先に食べちゃった」

「別にいいよ。それより…… これ、帰ってから作ったの?」


「へへへぇ、それ半分私が作ったんだよ。早く食べて!」

 ……おばさんが作ったのか。

 それなら間違いなく美味いだろう。


「心優は何をしたんだ?」

 いや待て、もう分かった。


「キャベツの千切りだよ。美味しそうでしょう?」

 確かに皿の半分はキャベツだけど、これを「半分作った」と言っていいものか……

 いや、それよりもこのキャベツ、千切りっていうか、百切りくらいの太さだぞ。


 心優を見ると、期待に満ちた目をパチパチさせて称賛の言葉を待っている。


「すっ、すごく美味しそうだ!」

「でっしょう!」

 姉ちゃんは苦笑いしている。

 おれも今、あんな感じで笑っていそうだ。


「それじゃ、いただきます」

 コロッケと百切りキャベツにソースをかけ、箸をとると、じっと見られていることに気が付いた。

 コロッケに向かっていた箸を百切りキャベツに向け、一気に口に放り込む。


「……美味いよ、このキャベツ。歯ごたえがしっかりしてて」

 痛っ!?


「どうかしたの?」

 キャベツの芯が歯茎に刺さった。

 よく見ると、硬い部分が、鋭利な刃物のように尖っている。


「……うぅん」

 おれは首を横に振り、血の味が混じったキャベツを丁寧に咀嚼した。


「それより、お前何してるんだ?」

 と、話を逸らす。


 まさか「お前のキャベツで口の中負傷した」なんて、心優の顔を見ていると言えない。


「今ね、ななちゃんに英語を教えてもらってたんだよ。ねっ」

「だいぶ忘れちゃったんだけどね。投稿動画を見て、私も思い出しながら教えているの」

 姉ちゃんはタブレットに目を落とし、微笑んだ。


「この動画、凄いんだよ。日本語ペラペラの外国人の女の子が、高校生向けの英語講座をやっててね。すっごく分かりやすいの」

「外国人向けの日本語講座もやってるみたいね」

 バイリンガルってやつか。

 羨ましい限りだ。


「何歳くらいなんだろう。すっごく可愛いんだよ。日本語を勉強してる外国人からは『Angel』って呼ばれてて、日本人からは『天使ちゃん』って呼ばれてるの。たっくんも見る?」

「いや、いい」


 天使ちゃんか。

 天使がいるなら、この町で好き放題している悪魔とその眷属を何とかして欲しいもんだ。


 おれはおばさんが作ったコロッケを頬張った。

 相変わらず美味いな。

 おばさんの遺伝子が心優には受け継がれなかったのは本当に残念だ。


「そういや、まちゃみはどうだったんだ?」

「それがね……」


 心優の話では、鈴ちゃんと一緒にまちゃみの家まで行ったものの、体調不良ということで玄関先で門前払いされたらしい。

 まちゃみらしくない行為に、鈴ちゃんは肩を落として帰ったそうだ。


「相当調子が悪そうなんだな」

「そうなんだよね。いつものまさみちゃんだったら、無理してでも顔くらい見せてくれると思うんだけど……」

 心優も心配そうに眉を寄せる。


「まさみさんって、先月悠斗君と一緒にうちに来た女の子のこと?」

 姉ちゃんが首をかしげる。


「そう、あのちょっと変なやつ」

「たっくん、それは言いすぎ」


 そうかぁ。

 おれからみたら、まちゃみはかなりの変わり者だと思うが。


「その女の子だったら、昨日の夕方、会社から帰る途中で見たわよ。男の子と一緒だったけど」


■狙われた帰り道《POV:中原》


 深夜二十二時。

 すでに商店街のシャッターはすべて閉まり、街路灯だけが頼りなく光を落としている。


 勇太は、港北女子高校の最寄り駅から少し離れた場所――

 学習塾の近くにある電柱の影に身を潜めていた。

 この塾は港北女子の生徒をターゲットにした進学塾で、実際に出入りしているのも港北女子高校の生徒ばかりだ。


 勇太の隣では、長身で筋肉質の男が退屈そうにシャッターの閉まった店の壁にもたれ、退屈そうに鼻をほじっている。

 白いランニングシャツに短パンというラフすぎる格好に似合わず、頬には長い切り傷。

 どう見てもゴロツキの類だ。


「もうすぐ出てきます」

 勇太が小声で男に知らせる。


 ほどなくして、学習塾の扉が開き、疲れ切った表情の女子高生たちがぞろぞろと姿を現した。

 それぞれ、駅へ向かう者、バス停へ向かう者、自転車に乗って帰る者と、思い思いの方向へ散っていく。


「お前、もう帰っていいぞ」

 男が短く告げると、視線をひとりの自転車に乗った女子生徒へと向け、そのまま無言で後を追い始めた。

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