16 開戦が間近に迫りランベルトは余裕がなくなる。
ランベルト視点へ変わります。
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屋敷に戻るとルリィがヴェルトラム邸に居て驚いたが、今はルリィにかまっている暇はなかった。
鍛冶職人のバンドーがグアナの事を教えられたのと同時期にジュラク国から、メキシアの末子二人が亡命を申し出てきていると連絡が来たからだ。
私はその二つの問題に掛かりきりだった。
この秋にメキシアもカルフォヴィアも挙兵するだろう。
借り入れる食料がないことは王族でも解っているだろう。
これだけ外壁を作られて、勝てると考えているのだろうか?
愚かとしか言いようがない。
密告者のドバンは捕らえてオールベルトにお任せした。
その足でジュラクへ飛び、メキシアの王族になど何の価値もないと伝え、ようやくヴェルトム邸へと帰ってきた。
屋敷に一歩踏み入れた途端に聞かされたのが、ルリィが、いきなり防壁を五m嵩上げした後、行方が解らないということだった。
ルリィとは本当にタイミングが合わないのだとしみじみと思った。
私はため息を一つ吐いて、ルリィのことは忘れることにした。
唐突に嵩上げされた砦は暫く混乱したようだが、やっと落ち着いたと報告が各所から届いた。
さすがにアンサーレッツも、オールベルトも怒っていて、私は謝罪の手紙を双方に出した。
王城から兵が送られてきている。
王城に半数の兵を残し、その半分をメキシアの防衛線へ、残りの半分をカルフォヴィアの防衛線へと配置した。
聖人、聖女も既に配置されている。
先の戦争に比べたら、範囲が広すぎて、聖人、聖女の数が足りない。
今回はルリィが役に立たないかもしれない。
すべての砦に、聖女ルリィが行方不明で、戦争中、味方にはならないかもしれないと通達した。
ハルロイはルリィと再び戦うことを夢見ていたが、行方が解らない者はどうしようもない。
騎士達は皆、訓練に余念がない。
鍛冶職人は矢じりの生産を急がされている。
負けることはないが、少しでも怪我人や死人を出さずに戦争を終わらせたい。
私は領地を時計回りに順に回り、必要なこと等をそれぞれ聞き出して、その対応に追われた。
オールベルトから連絡が来て、捕まえたドバンはカルフォヴィアと繋がっている者達の名前を吐いて、現在その名の者達を捕まえているところだと報告書に書いてきた。
半数以上はドバンに適当に話を合わせていただけで、ジャイカルに恩があるのに裏切らないと言っているらしい。
それに万が一カルフォヴィアに密告したくても、防壁に囲まれていて密告の方法がないと言っているそうだ。
ドバン自身もカルフォヴィアの密偵だと言っているが、一度も情報を流したことはないとのことだった。
私がヴェルトラム邸でやっと落ち着けたのはルリィが来た日から一ヶ月は経っていた。
久しぶりにゆっくりと湯に浸かり手足を伸ばして浮いていると、レイが扉の外で「聖女ルリィ様が旦那様にお会いしたいと訪問されております」
「・・・そうか。いま出る」
そう答えたものの暫く湯に浮かんだままボウッとしていた。
そろそろのぼせるかという頃になって、湯から上がり、身支度を整えた。
レイが応接室をノックをして、返事の後、扉を開けると、ソファーに座ったルリィが立ち上がるところだった。
その姿は前に見かけたときより痩せているように見えた。
「聖女ルリィ様。お久しぶりでございます」
そう私が声をかけると、ルリィは酷く傷ついた顔をした。
「人払いをお願いできますか?」
「解りました」
私が頷くとレイとロア、メイドが下がっていった。
「何も言わず私の話を聞いていただいてもいいですか?」
「解りました。お聞きしましょう」
「離婚届に私はサインをしていません。だから、私達はまだ夫婦です」
書類の上で夫婦なことに何の意味があるというのだろうか?
「まずは、ごめんなさい」
何を謝っているのかさっぱり解らない。
「私、ランベルトと離婚したくありません」
それは自分勝手にも程がある。
「私がランベルトに甘えて、好き勝手しすぎてしまいました。許してください・・・。色々配慮も足りませんでした・・・・・・」
私は黙って聞き役を努めている。
「あの、えっ・・・と、何か言うことはない?」
「何も言わずに聞いてくれということだったので、聞いていただけです。聞く価値はなかったと思っていますが・・・」
「ランベルト・・・」
「どうやって夫婦に戻れというのですか?」
「えっ・・・」
「私は聖女ルリィを愛していました。だから大事にしたかったし、したつもりでした。ですが、私の側に寄りたがらない、連絡の一つも入れない相手にいつまでも愛を持ち続けることは難しい」
私は真っ直ぐルリィを見つめる。
「防壁作りは私が頼んだことです。ですが、合間に帰ってくることはできなかったのでしょうか?陛下が視察に来る時、ヴェルトラム邸で陛下を待つことはできませんでしたか?私はルリィが帰ってくることを首を長くして待っていました」
ルリィは何度も瞬きをして、少し上を向く。
「手紙を出しても返事もなく、手紙を出す度に私の中の何かが削れていってしまいました。情けなくも何度も一度遭いたいと書いて送りましたよね?届きませんでしたか?私は一つ、一つ、諦めていきました」
ルリィが瞬きをして、涙が一筋流れ落ちた。
どこにルリィが泣くことがあったというのか?
「陛下が視察を終え、帰った後もルリィは帰ってきませんでした。その時もどこに居るのかも、何をしているのかも連絡もありませんでした。私はルリィが帰ってくるのを諦めました。ルリィは私と結婚することを嫌がっていましたから、仕方ないと何度も何度も諦め続けました」
「そんなに早くから諦めていたのですか?」
「そうです。
カルフォヴィアの防壁作りをお願いして、長くかかることは覚悟していました。でもまさか、手紙の一通もなく、ハルロイ砦まで帰ってきているのに、何の連絡もなく、一時帰宅もせず、素通りされるとまで思いませんでした」
「ごめんなさいっ・・・」
「いえ、もう謝って欲しいとも思っていません。聖女ルリィ、あなたは楽しい時間を過ごされたのでしょう。あなたはあなたが望むがまま、生きてください。私はそれにはついていけません」
ルリィはボロボロと涙をこぼした。
「申し訳ありませんが、私は子を作らねばなりません。離婚届にサインをお願いします」
「ごめんなさい。私、本当に考えなしで、ランベルトを傷つけてしまって!でも、私はランベルトと離婚したくないの。愛しているのっ!!」
「それは・・・、昔に聞きたかったと思います。今頃聞いてももう私には届きません。これから戦争が起こります。聖女ルリィは王城へ帰られた方がいいでしょう。私はこの戦いが始まるまでに、子供を作らなければならいのです」
「私とでは駄目なの?」
「お腹に子供を抱えたら、聖女ルリィの好きな魔法が振るえなくなりますよ。・・・・・・今回、離婚が成立しなくても私は子供を作ることになります」
「ランベルト、もう許してはくれないの?」
「正直、許すとか許さないとかの問題ではもうないと思います。歪んでしまった関係は元に戻るのでしょうか?と私の方が聞きたいくらいです。聖女ルリィの護衛騎士達がここに滞在しています。護衛騎士達と王城へ帰られた方がいいでしょう」
ベルを鳴らすと、ルリィの護衛騎士六人が応接室に入ってきた。
「ルリィ様!探しました!!本当に心配したんですよ!!」
六人に口々に心配したと言われて、護衛騎士達にも迷惑をかけたことに気が付いているのだろうか?
「聖女ルリィ、あなたが一人で飛び出したことでどれだけの人に迷惑をかけたか考えたことはありますか?」
ルリィは口元を押さえ「ごめんなさい」と言って、ボロボロと泣き出した。
「今夜は客室を用意いたします。明日の朝、出発してください」
私はそれだけ言って応接室の扉を閉じた。
後のことはレイとロアに任せることにした。
「明日は見送りもしない」
「解りました」
翌朝、ルリィは護衛騎士達に囲まれて王城へと旅立った。
離婚届にルリィのサインはなかった。
一週間後、年齢の釣り合う、力の強い聖女がヴェルトラム邸へとやって来た。
聖女の名前はレオーラ。
私は二十五歳になっていて、レオーラは十八歳。
離婚が成立していないこと、互いに思い合える関係になりたいことをレオーラに伝えた。
私も同じ間違いはしたくなかったので、今は愛は無くとも、愛し合っていけそうだと思った時、夜を一緒に過ごそうとレオーラに伝えた。
レオーラも納得してくれて、時間の合う時は別々のことをしていても、一緒の部屋で過ごすように心がけた。
「レオーラのための教会を建てなくてはならないね」と話し、どんな教会がいいか二人で話しあい、図面に起こしていった。
もうすぐ夏が終わる。
レオーラがヴェルトラム邸にやって来て半月が経った。
レオーラの月のものが終わり、レオーラから寝室へと誘われた。
レオーラは私に抱かれながら「好き」と「愛している」を繰り返し伝えてきた。
私は答えられず「ああ」としか答えられず、レオーラがこれ以上言葉を発しないように、唇を塞いだ。
レオーラは毎晩、夫婦の寝室で私を待っていてくれた。
毎晩抱いていると、レオーラは直ぐに妊娠した。
屋敷中が喜びに溢れた。
レイとロアだけは一瞬複雑な顔をして、私に「おめでとうございます」と言った。
妊娠が解ってからは、同じベッドで手を繋いで眠った。
毎日毎晩己に暗示をかける。
レオーラを愛していると。
けれど私はレオーラに愛を伝えられなかった。
部屋の扉が小さくノックされ、ハッと気が付き、レオーラを気遣い、そっと扉の外へと出た。
ピシリと執事服を来たレイが「物見台からの報告で、メキシアが挙兵しているそうです」
「直ぐに用意を」
「はい」
私は廊下の扉から私室へと向かい、レオーラに行ってきます。と手紙を書いて、ナイトテーブルの上に置いた。
物見台に上がると、メキシアで松明が焚かれこちらに向かって進行しているのが見える。
私は急いでクルイストへと向けて馬を走らせた。
秋が来る前にメキシアは攻めてきたな。
兵に食わす食料が無くなったか?!
後ろを振り返ると、各所の物見台に煌々と明かりが点っている。
こちらは松明ではなく、ルリィが設置した魔力で点く明かりだ。
西を向くと、カルフォヴィアは挙兵していないようで、砦も物見台も明かりは点いていなかった。
一昼夜馬を交換しながら全速力でクルイストへ向けて馬を走らせた私は、メキシアが防壁に到着する前にクルイストへ到着した。
防壁から見下ろしたメキシアの兵の数は二千程しかいなかった。
所々に見たこともない道具が配置されている。
「あの道具がなにか解るか?」
誰からも返事がない。
「しかしたったこれだけで攻めてくるつもりか?」
「なにか秘策でもあるのでしょうか?」
「無謀にしか見えないが・・・」




