14 ルリィは途方に暮れた
護衛も何もかも置いて私はヴェルトラム邸へと急いだ。
馬と自分に回復魔法を掛け続け、昼夜休まずに駆け続けた。
ハルロイ辺境伯邸へ突然押しかけ、まともな会話も出来ないまま一日眠り続け、目が覚めたら挨拶もそこそこに「急いでいますので」と言って直ぐに出発した。
ハルロイ砦を駆け抜け、ナルニアも通り過ぎる。
ヴェルトラム邸に到着して、ランベルトを呼ぶと、レイが冷静な声で「視察に出て居られます。帰りは早くても十日より後になると思われます」と言った。
私はそれを聞いて、前回もそうだった。と思い出しここまで私達はすれ違っているのかと絶望を感じて、その場で意識を手放した。
目が覚めると、知らない場所だった。
ベルを鳴らすとロアがやって来て「二日眠り続けておられました」と言われた。
軽く食事をして、温泉に入りたいと言うと、案内された。
メイドが必要か聞かれて、必要ないと答え、私が寝ていた部屋は夫婦の私室ではなく、客室だったと遅まきながら気がついた。
ベルトラム邸の使用人に知らない人が増えていた。
ほぼ三年以上立ち寄らなかった屋敷。
それ以前にこの屋敷に入るのは初めてなのだと気がついた。人も屋敷にも馴染みがなくて当たり前なのだ。
当然だ。この屋敷で眠ったのは初めてなのだから。
私は何かをすることを禁じられて、ただランベルトが戻ってくるのをじっと待つしかなかった。
「妻として目を通すべき書類に目を通します」
そう言うと、ロアが私の目の前に置いたのは離婚届一枚だけだった。
十日が経ち、二週間が経ってもランベルトは帰ってこなかった。
ランベルトは帰ってこない私をこうやって待っていたのだろうか?
三年以上もの間・・・。
愛されていないと思いながら。
せめて愛していると一度でも告げれば良かった。
いやいや嫁に来た。そう思わせたままにするんじゃなかった。
二十日が経ち、レイが「明後日にはお帰りになるようです」と教えてくれた。
当日、私は玄関前でランベルトが帰ってくるのを待っていた。
昼が過ぎ、日が暮れ始めた頃、馬の掛ける音が聞こえた。
私は立ち上がり、ランベルトの姿を探す。
八人ほどが私を見て首を傾げ、目の前で馬を降りた。
ランベルトが驚いた顔をして、私の目の前に立つ。
私が話しかけようとすると、手で制されて、ランベルトのほうが先に話し始めた。
「聖女ルリィ・・・どうしてこちらに?」
今までそんな口の聞き方をしたことがないのに、ランベルトは他人行儀に話しかけてきた。
「話がしたいの」
「解りました。旅装を解く時間はいただけますでしょうか?」
私はランベルトの他人行儀な喋り方に顔をひきつらせて「お待ちしております」と答えた。
「では、明日でもよろしいでしょうか?」
「え?明日?!」
「申し訳ありません。領内のことで色々ありまして、早急に手を打たなければならないことがあるのです。
「解りました。手が空いた時でかまいません」
私は出鼻をくじかれた気分になりながら私は客室へと下がった。
その日はランベルトが久しぶりに帰ってきたからなのか、屋敷の中は落ち着かない様子だった。
翌朝、朝食は一緒に食べられると思っていたのに、客室に朝食が運び込まれた。
客室の外は未だ落ち着かず、バタバタとしている。
名前も知らないメイドが扉の前で立っていて、扉を開けると「何か御用でしょうか?」と声がかけられる。
「ランベルトは・・・?」
「申し訳ありません。未だ落ち着かず、もう暫くお待ち下さい」と言われてしまう。
「なにか問題があるのなら、私も力になれると思います」
「いえ、ヴェルトラムの問題ですので、聖女ルリィ様にはごゆるりとしていただくようにと言い付かっております」
そう、拒否されてしまう。
その日もランベルトとは話もできず、就寝する事になってしまった。
翌朝目覚めると、ロアに「旦那様は所用があって、出掛けられました。お帰りはいつになるか目処は立っておりません」
「何があったの?」
「領地内のことですので、お気になさらないでください。旦那様の代わりにお話をお聞きすることもできますが・・・」
「ありがとう。私も出立します」
何かが起きているんだわ。
クルイスト砦に向かえば何か解るかもしれない。
ロアが一度きつく目を瞑り、口を開いては閉じてを数回繰り返し「離婚届は私が受け取ります」と言った。
私は歯を食いしばり「その話はランベルト様といたします」と言って、旅装の準備をして、馬に飛び乗り、クルイスト砦へと向かった。
クルイスト砦に着くと、変わらない日常があった。
ランベルトがあれだけバタバタしていたのに、平和そのものだ。
何も問題はなく、訓練をする声、子供が楽しそうに笑う声がした。
私は砦に上がると、知った顔の騎士が「お久しぶりです」と声を掛けてきた。
彼の名前は覚えていなかった。
「聖女ルリィ様は今日はどうされましたか?」
と聞かれ、私はとっさに「防壁を五mあげようと思っていて」と答えた。
「あ・・・そう言えばそんな話が出ていましたね。カルフォヴィアの防壁と高さを合わせるとか」
「ええ。そうよ」
「護衛の方はどうしたんですか?」
「今回は一人なの。ほら、ちょっとした問題が・・・」
「ああ、カルフォヴィアの貧民がオールベルトで問題を起こした件ですね」
問題はオールベルトで起こっているのか・・・。
オールベルトのことをどうしてランベルトが対応しているのかしら?
そう言えばフルール様はもう、子供を生んでいらっしゃるのよね?
私はそんなことも知らなかったことにショックを受けた。
無事に生まれたのだろうか?
私はこの場で五mの嵩上げを東西とも、瞬時に仕上げた。
「流石聖女ルリィ様!!素晴らしいお力ですね!!」
下から騎士達が顔を出し、何事が起きたのか右往左往していた。
クルイストが私を見つけ、駆け上がってきた。
「聖女ルリィ・・・」
「予定していた五mの嵩上げを行いました。砦も二階層増えているので、色々と連絡を頼んでいいかしら?」
「勝手なことをされては皆が困ります」
「ごめんなさい・・・」
とりあえず、口先だけの謝罪を口にする。
「少し個人的な話が出来るかしら?」
「私は職務中なので、お相手は出来ませんが、妻と会ってみてはいかがです?」
「お邪魔してもいいかしら?」
クルイストは側にいた騎士に私が訪ねることを先触れに出し、私が防壁から降りることを望んだ。
別の騎士に私をクルイスト邸へと案内させ、クルイストは仕事へと戻っていった。
「聖女ルリィ様!!お久しぶりでございます。お元気でいらっしゃいましたか?」
「ええ。私は元気です」
「聖女ルリィ様はもう二十四?五?歳になられましたか?再婚はされたのですか?」
「私はまだランベルトの妻です・・・」
「えっ?!」
「まだ離婚しておりません・・・」
「そう、だったのですか?知りませんでした。三年以上連絡もないと聞いていたので、離婚が成立しているものだとばかり思っておりました。申し訳ありません」
「私が至らなかったのは解っているのですが、ランベルトと私は離婚していると、皆思っているのですか?」
「そうですね・・・。離婚していないという方が驚きでした。お名前を聞かなくなって二年・・・以上になりますでしょうか?ランベルト様には一日も早くお子様をと皆が期待していますから」
「私はランベルトと離婚なんて考えたこともなかったんです!」
「そうなのですか?冗談ではなく?」
感情の籠らない返事についイラッとしてしまう。
感情のまま口を開こうとして、出鼻をくじかれた。
「まぁ、私ったら、お席もおすすめしなくて申し訳ありません。お時間があるようでしたらお茶でもいかがですか?」
「・・・いただきます」
席に案内され、お茶が入れられ、人払いがされた。
「聖女ルリィ、防壁のことでは感謝しております。ですが、ランベルト様のことは別と考えてくださいませ」
「・・・・・・」
「あなたは妻として最低ですね。結婚生活はしたくない、離婚もしない。聖女ルリィ様が何をしたいのかわたくしにはさっぱり解りません。どの口が離婚はしておりませんと言えるのかも不思議でなりません。一年も妻として接していなければ、離婚は成立しますでしょう?妻とは夫を支え、時には夫に支えられ助け合って共に居るものだと思います」
強い視線でヘルマイアは私を見据える。
「聖女ルリィとしての仕事があったことは理解しますが、三年以上手紙も出さず、会いもせず、何が夫婦なのでしょうか?ランベルト様がどれほど苦しんでおられたかあなたには解らないでしょう」
返す言葉もなかった。
ランベルトが苦しんでいるなんて考えたこともなかった。
私はただ毎日楽しんでいた。
「陛下が視察から帰られた時、何故ランベルト様の下に帰られなかったのですか?ああの時点でも私達はあなたの不誠実さに不満を持っていました。ですが、あなたは防壁の上で好きに遊んでいらっしゃいました」
「決して遊んでいたわけではありません」
「そうですか?私には遊んでいるようにしか見えませんでしたよ」
不審いっぱいの目で見据えられる。
そうだ。私は遊んでいた。子供が遊ぶように。
「ですが、あの時しなければならない必要なことではありませんでした。あなたが段取りもなく気ままに魔法を振る舞って、周りの人間がどれだけ迷惑したかは考えたことがないでしょう?」
「私のしたことは迷惑だったのですか?」
「ええそうですね。途中までは確かにありがたいものだったでしょう」
「皆さんに喜んでもらえているとばかり思っていました」
「段取り八分と言う言葉を知りませんか?先程も思いつきのまま五m嵩上げされたそうですね。誰の許可を取りましたか?きっと今頃、砦を持つ者達は右往左往していることでしょう」
言われて初めて知った。
「五m嵩上げする話は出ていました!」
「それは何時するのか、時間も決めて行うことであって、来たからついでにやっとくね。と言われても現地の人間は困ってしまいます」
「申し訳ありません・・・」
「私に謝られても仕方ありません。まぁ、謝って当然のことだとは思いますが」
「当然とはどういう意味ですか?」
「暫く主人は帰ってこられなくなりましたからね。わたくしと主人の約束も反故にされてしまいます。今日お誕生日の子供や妻は夫が帰ってこなかったと嫌な思い出の日になりました」
「私、そんなつもりは!!」
「つもりがあろうが無かろうが、あなたがしたことはそういうことです」
「ごめんなさい・・・」
「聖女ルリィは力を振るうがまま好きにしすぎたのでしょうね。人の気持ちも考えず」
私は項垂れて言葉をつぐむこともできなかった。
「最後にもう一つ、先触れのない訪問も貴族としては失格ですよ」
お茶を一杯の時間だけで、クルイスト邸を放り出されてしまって、私は行くところが無くなってしまった。




