12 四人の男達のそれぞれの思い2。
★カルフォヴィアの鍛冶職人とその従兄弟
仕事はどんどん舞い込んでくるのに、金払いが悪く、食べ物も支給されない。
使うだけ使って、動けなくなったらそれまでなのだろう。
自分の行末はもうすぐそこにある、死しかない。
それももう、目の前にまで来ている。
大鎚どころか小槌も振り上げられなくなった。
火を吹く力も湧いてこない。
俺はその場にズルズルと横になって動けなくなった。
俺を監視していたお役人が、出来上がった分の矢じりを持って、俺を一瞥して出て行ってしまった。
馬の嘶く声が聞こえ、しばらくすると静かになった。
ああ、俺はこれで死ぬんだ。一度くらい結婚してみたかったな・・・。
もう意識も保っていられないと思った時、裏口の方の扉が開く音がする。
薄目を開くと、従兄弟のカンドがそっと裏口から入ってきた。
俺の口元に水を含ませ、ついで柔らかく似た芋粥を食べさせてくれた。
「こんなところで死ぬな!ジャイカル国へ逃げよう!!食べるんだっ!!」
カンドも痩せ細っているのに、俺に貴重な食べ物を分けてくれた。
俺はその気持だけでも嬉しくて、涙が出てきた。
役人が言っていた。
ジャイカルと戦争を始めるのだと。今度は勝機があるのだと。その為に矢じりに剣、投げ槍が必要なのだと。だから俺に作れと言っていた。
「立ち上がれるか?」
そうカンドが聞いてきたが、立ち上がるだけの体力は無かった。
「俺はいい、カンドは逃げろ。俺は足手まといだ・・・」
必死に声を出すが、きっとカンドには聞き取れるかどうかというほどの声量しか出ていないのだろう。
「そんな事言うな!俺達は従兄弟じゃないか!!今までも助け合ってきただろろう?!これからも助け合うんだよ!!二人ならなんとかなる!頑張って立ち上がれ!せめて荷車まで歩いてくれ!!」
俺はカンドに元気づけられて、カンドの肩を借りてなんとか荷車まで歩いた。
荷車に寝転ぶと、カンドが荷車を引いてくれる。
カンドが持ち出せた食べ物が、後一食で底をつくというところでジャイカルが建てた防壁へと辿り着いた。
「これじゃ登れない・・・」
カンドと俺は絶望にその場に崩れ折れた。
上から声が掛かり、見上げて「逃げてきたんだ!!助けてくれ!!」と二人で叫んだ。
俺達が座り込んでいたところが音もなくせり上がり、防壁の高さまで持ち上げられた。
俺達はびっくりして声も出なかった。
防壁の上に降ろされ「話は後だ兎に角食え」と言って、肉が入った粥を食べさせてもらった。
「お前達は運がいい」と言われ、どこが運がいいものか!!と内心腹を立てていると、二十歳くらいの女が俺達に治癒魔法と回復魔法を掛けてくれた。
もう一歩も動けないと思っていた体はポカポカして、今なら何でも出来るような気がした。
死にかけていたこと、カルフォヴィアはジャイカルに攻め込むと役人が言っていたことを伝えると、ジャイカルで受け入れてくれると言った。
この場所から離れた「オールベルト辺境伯というところが、鍛冶職人と農民を求めているので、そちらに移動してもらう」と言って、他にもカルフォヴィアから逃げてきた農民や職人が一纏めになって移動することになった。
俺とカンドの二人は隣同士の家を与えられ、俺はその日から鍛冶仕事が出来る家を与えられた。
俺は着いたその日から必死に働いた。
カンドもだ。
一年間は食べるものを支給してくれるという。
信じられなかったが、本当に食べ物を支給してくれている。ありがたくて、嬉しくてジャイカルの王様に感謝した。
ジャイカルの王様のためにも一生懸命働く。
そう、俺達は決心した。
時折騎士がやって来て、イノシシや兎を狩ったからと言って、村に置いていってくれる。
村の皆で分け合って食べる。
その肉の旨いこと。
カルフォヴィアで、騎士様がしたことと言えば、平民を殴る、蹴る、踏みつけることだけだった。
王様だけでなく、領主様にも騎士様にも感謝しなくてはならない。
俺は絶対ジャイカル国のためになる人間になろうと自分に誓った。
騎士様が差し入れてくれたイノシシはそれは涙が出るほど美味しい食事だった。
カルフォヴィアで死にかけてる奴は今直ぐジャイカル国へ逃げてくるんだ!
ここなら生きていける!!
★カルフォヴィアの商人の家族
カルフォヴィアは前はそこそこいい国だった。
上位に行けば行くほど肥え太ることの出来る、国だった。
貧しい者も居たが、表面上は働いてさえいれば食うに困ることはなかった。
見えない部分の者達がどうなっているのかは我々には解らなかった。
言っては何だが、私は商人の中でも上位に入るほど裕福な商家だった。
当然、金に物を言わせて贅沢の限りを尽くした。
だが、今は働いても働いても食うに困る。
金はあるんだ。だが金があっても食べ物が買えない。
騎士様や貴族は食事が支給されているらしいが、ただの商人の私達家族には芋の一欠片も手に入らなかった。
私達はカルフォヴィアの王族の方々に食事を与える必要のない人間と見切りをつけられたのだ。
山に生えている食べられるものでなんとか食いつないで、子供を死なせることなく山を超えてジャイカル国の国境までやって来た。
そこで見たものはとても登れそうにない防壁だった。
周りを見回すと、山頂に砦が見えた。
俺達一家はその砦へ這うようにしてたどり着いた。
ジャイカル国の砦は私達を受け入れてくれて、食べ物を与えてくれた。
「今、ここには聖人も聖女も居ないから、頑張って食べて力を取り戻せ」
と、俺達一家を見て涙を流した騎士が「腹いっぱい食え」と粥をよそってくれた。
お腹が膨らんで、落ち着いたところで身の上話を聞いてもらった。
「私共は商人で、村から村を渡り歩いていました。八ヶ月程前から、村人が食うに困りだし、金があっても食べ物を調達できなくなりました。王都に近いところでも餓死した遺体がゴロゴロと転がっていて、明日は自分が餓死するのではないかと怯えながらここまで来ました」
「八ヶ月前か?」
「はい。カルフォヴィアで元気があるのは騎士様と貴族様くらいです。それと兵役に取られた若い男達だけだと思います。この春には、作付けされた畑はありません。これで戦争をして、万が一勝っても、カルフォヴィアは飢えて破滅へと向かうしかありません。お願いです。逃げてきた者達は受け入れてやってください・・・」
「心配しなくていい。逃げてきた者は受け入れているから」
「安心しました・・・」
私はそのまま意識を失い、目が覚めた時は騎士様と遊ぶ子供の笑う声がした。
★ジャイカル国とカルフォヴィア国に接した国、マービラスの権力者達の会話
「陛下、ジャイカル国から親書が届いております」
親書を受け取り、目を通すと、宰相にその手紙を渡した。
宰相は何も言わずその手紙に目を通すと「どうされますか?」と聞いてきた。
「勿論受け入れる」
「それが良いかと思われます」
ジャイカルとカルフォヴィアと我が国は少しずつ接している。
カルフォヴィアとは約三十kmほど接している。
ジャイカルが危惧しているのは、マービラスを通ってジャイカルに攻め込んでくることだった。
当然の危惧だろう。私でも同じように願い出たであろう。
「ジャイカルに、金は払うので、カルフォヴィアと接しているところに防壁を建ててもらうよう頼め」
「なるほど。いい案ですな。ですが、ジャイカルを出た聖女が力を振るえるかどうかが問題ですな」
「そうだな。あそこの聖人、聖女は自国でしか力を振るえないという制約があるからな。神に願うしかないだろう」
宰相がジャイカルに話を通したところ、心良くジャイカルは引き受けてくれたそうだ。
自国を出て力を振るえるのか?と質問すると、やってみなければ解りませんが、多分大丈夫だと思うと返答が帰ってきた。
工事は近日中に行うことになり、私は物見遊山の気分で現場へと足を向けた。
そこには我々より先にカルフォヴィアと我が国マービラスに挟まれたジュレム国の国王達も来ていた。
「ジュレムの国王、見学ですかな?」
「我が国とカルフォヴィアとの国境にも防壁を建ててもらえないかと交渉に来たのだ」
あぁ、ジャイカルを攻めあぐねたらジュレムが攻められるからなぁ。と納得した。
「交渉はされたのですか?」
「先程少し。ジャイカルの国王と相談してみると言って立ち去ってから、返事待ちだ」
「マービラスの防壁が出来ることには返事があるかも知れませんな」
「マービラスはうまくやりましたな」
「いや・・・まぁ、そう見えるな。多分、落ち着いたらジャイカルは全ての国に向けて防壁を建てることになるのではないかと私は思っている」
「莫大な費用が掛かりますな・・・」
「うちは三十kmの防壁にこれだけの金額を支払うことになっていますよ」
私は指を指し示した。
ジュレム国王は目を飛び出さんばかりにしていたが、少し考えれば随分安いと気がついたのだろう。
「国庫が空になりませんでしたか?」
と苦い表情で聞いてきた。
「何時かは作らねばならないだろう考えて、金は用意していました。着工に踏み切れなかっただけで」
「そうでしたか・・・ジュレムはカルフォヴィアと接している面積が大きいので、ちょっとやそっとではどうにもなりませんわ」
「辛いところですな」
ジャカルからマービラスに条件として付けられたのは、ジャイカルの防壁より低く設置することだけだった。
砦が必要なら、別途支払いがあるのなら砦も設置も可能だと四十代後半くらいのファルビナと名乗った男が言った。
この男が防壁を建てている聖人だろうか?
ジャイカルとカルフォヴィアの防壁は高さ十五mあると言い、マービラスの防壁は十mになると言った。
その代わり、堀を五m掘ってくれるという。
川がないので、水が入れられないと言うと、魔法で水を入れてくれるという。
支払う金額よりいいものを作ってもらえそうで、私は「よろしく頼む」とお願いした。
すると後ろで控えていた二十歳くらいの女が進み出てきて、馬車に乗り込み、魔法を放った。
私達全員が立っていた場所が急にせり上がり、カルフォヴィア側に掘られていた。
私達の国の者も、ジュレムの国の者も驚いて変な声がそれぞれ出た。
恥ずかしさにコホンッと咳払いがあちこちで聞こえる。
防壁は見たところ五km位一気に出来上がっているように見えた。
幅は十m程だろうか?
それを見て今度は「おおっぉおおっ!!」と声が上がる。
「先を見に行っても大丈夫か?」
「先端から落ちないでくださいね」
「解った」
と返事して、魔法を放った女に目をやると、意識がないように見えた。
私は慌ててファルビナに声をかけると「魔力を使い切って眠っただけなのでお気になさらず」と笑っていた。
周りを見回してもジャイカル側の者は誰も慌てていなくて、慌てた自分が恥ずかしくなった。
意識を失った聖女が眠る馬車は戸が閉められ、護衛騎士達が周りを守っていた。
そこまで見て、これがいつものことなのだと納得した。
「聖女は一度魔法を使うと気を失うのか?」
「はい。使う内容によって色々ですが、防壁に関しては一度で魔力が枯渇するようです。距離が短いと平気な顔をしていますが・・・」
「そうか・・・とりあえず、先端まで行ってくる」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
ジュレム国の人間も一緒に並んで歩く。
「恐ろしいですな」
と誰かが言い、皆頷いている。
「人間が使える魔法ではないように思います」
また皆が頷いた。
防壁の上はガタツキのない平坦になっていた。
胸の高さまでの身を隠すようになっていて、膝をつくと、弓矢を放てるように切り口が作られていた。
「至れり尽くせりだな」
「本当ですな」
「なぁ、これ、どうやって降りるんだ?」
皆で顔を見合わせて、来た道を歩いて戻った。
「あ、階段が設置されていますよ!!」
一人の騎士が言うので、見に行くと、手すりがついた大人が三人横に並んでも余裕があるくらいの階段がマービラス側にだけ、所々に設置されていた。
たった六日でカルフォヴィアとの国境に防壁が建ってしまった。
「砦はどうされますか?」
「頼んでもいいだろうか?料金は防壁と同額払う」
「解りました。聖女様、砦もお願いいたします」
「どこに設置しましょうか?」
「両端と、あと、三箇所お願いできますか?」
宰相とファルビナと聖女の三人で話を進めている。
私はどんな砦が出来るのか楽しみで仕方なかった。
砦を五箇所と騎士寮はサービスですと言って、百人規模の寮を二つ各砦の下に設置してくれた。
「聖女様、この度は大変ありがとうございました」
「メキシアとカルフォヴィアは何を考えているのか解りません。お互い気をつけましょう」
「解りました」
ジュレムはジャイカルから色よい返事がもらえたが、それだけの金額を支払えないと、諦めて帰っていった。
最後にジュレムの王族がポツリと言ったのが「ジャイカルがもしかしたらカルフォヴィアを下すかもしれないから、必要ないかもしれないしな」と言った。
その可能性を指摘されて私は防壁作りを早まったかも知れないと、悔しかった。
城に戻って、防壁の方を見て、宰相と二人、深いため息を吐く。
お茶の用意がされ、皆退出していった。
「聖女の力とは凄いものなのですな〜」
「いや、あれは異常だろう。同じことが出来る聖人か聖女がいれば、交代要員で一緒に行動しているだろう」
「あぁ、そうですなぁ・・・ですが、ジャイカルとは友好関係をしっかり結ぶ必要がありますな」
「ああ。間違っても欲しがってはならないと肝に銘じなくてはな」
「支払いは早々に済ませてしまおうと思っておりますが・・・」
「そうしてくれ。それと、聖女に織物や宝石を別に用意して渡してくれるように頼んでくれ」
「かしこまりました。そのように手配いたします」
防壁を見て、また深い溜め息が漏れた。
★メキシアとジャイカルに接地してる東にあるジュラク国
「メキシアは馬鹿だと思っていたが、まだ輪をかけて馬鹿なことをする気のようだな」
「そのようですね」
「一度兵を挙げてボロ負けしているのに何故まだ向かっていこうとしているのか解らんわ」
「全くもって」
「今日もメキシアから共にジャイカルを打ち倒そうとのお誘いがありました」
「ジャイカルへ転送しておけ。メキシアにはいつも通り断りの返事をしておけ」
「解りました」
「今はもう忘れられているのかもしれんが、ジャイカルの聖人、聖女はジャイカルから出るとただの人になってしまうんだ。ジャイカルに戻ればまた同じ力を取り戻すが、他国ではその力は振るえないんだ。その代わりに近接国には、ジャイカルにまで行きさえすれば、無料で治療が受けられる」
「そうだったんですか?」
「民ですら、知っているはずだ。だからジャイカルへ旅行に行くものが絶えないだろう?」
「ああ、そう言われればそうですね」
「メキシアもカルフォヴィアも愚かなことだ。自分で自分の首を絞めているだけだ」
「そのようですね・・・」
「マービラスとの国境に一部、防壁を建てたらしいが、こちらにも言ってくるかな?」
「山が邪魔になるので、メキシアがジュラクを通って攻めてくることはないとは思いますが、万が一のことを考えて、言ってくるかも知れませんね」
「受け入れるべきか?」
「領土侵犯してこないのなら受け入れるべきでしょう」
「そのうちジャイカルは外周すべて防壁を建てるんじゃないか?」
「無きにしもあらずですね」
「よし!こちらから申し入れろ!」
「要らぬ腹を探られるのも業腹だしな、防壁をぜひ設置してくれとこちらから言え」
「解りました。そのように申し入れます」
こちらからの申し入れにジャイカルは感謝してくれ、防壁を建てるときに見学に来るようなら、治癒魔法と回復魔法を掛けると言ってきた。
防壁が建つところも見たかったので、決められた日に防壁へと向かった。
噂が噂を呼んで、国民達もジャイカルとの国境に大量にやって来てしまった。
聖女様は笑顔で「エリアヒール」と言って治療魔法と回復魔法を掛けて「元気になった人は、治療が必要な方と入れ替わって下さい」と声を掛けていた。
治癒魔法を数度掛けて、治療を終わらせると、防壁を一気に五km程建ててみせた。
ファルビナと言う男が、国境線を越えていないか、我が国の国境に詳しいものと話をしていた。
建ててから話しても遅いのではないか?と少し腹を立てていたが、ジュラク側に突出している部分はなかった。
ジャイカルの内側すぎる部分はファルビナが翌日聖女に言って、防壁を移動させていた。
聖女の意のままに防壁を前後することが出来ることに驚いてしまった。
メキシアとジュラクの間にも四十km近く防壁を建ててくれたので、マービラスと同額を気前よく支払った。
そうすると、聖女が砦を作ってくれて、砦の下に騎士寮を建ててくれた。
「聖女様、感謝いたします」
「連山があるので、これ以上の防壁は必要がないと思いますが、もし、必要な箇所があるようなら、仰ってください。対応できそうなら、させていただきます」
「その時はよろしくお願いします」
聖女様はジャイカルから見て東、ジュラクから見て南側のカンガンゴ国にも防壁を建てるのだと言って、我々と別れた。
あの聖女様はきっと人間じゃないと私は思った。




