11 夢の世界の製品とルリィが帰ってこないことに、諦めを覚える。
物見台から西を見ていると、ルリィが防壁を建てているのが小さく見える。
ああ、今日も元気にしているんだな。と安心する。
一日で三km程伸びていっている気がする。
初めて土魔法を使った時は百mほどだったと思う。
カルフォヴィアとの国境が完成した時にはルリィは一度に一体何kmの防壁が建てられるようになっているのだろうかと考えた。
十日程掛けて新しい屋敷へと引っ越しが終わり、人の移動も終わった。
前の屋敷に比べると、陽の光が室内によく届く。
明るくて、少し変わった設計になっている。
どの部屋も大きく窓が作られていて、窓からテラスへ出られるようになっている。
テラスでもお茶が飲めるようにテーブルと椅子が設置されている。
執務机と椅子はルリィが「私の土魔法のすべてを詰め込みました」とレイに言うほどのこだわりの一品らしい。
横幅が二m程あり、凹型になっている。引き出しが五つ横並びに付いている。
椅子は少し重いのだが、可動する。
キャスターというものを付けたのだとレイが説明してくれた。
椅子の下部にコロコロと回る車輪がついていて、稼働が自在にできるのだ。
今までは端にある書類を取ろうと思ったら一々立ち上がって取らなければならなかったが、この椅子は立ち上がらずとも椅子が動くので取ることが可能なのだ。
ルリィは天才なのではないだろうかと思った。
ジャイカルの建物とは違う箇所がいくつもあった。
非常階段と言うものも便利でいい。
何階に居ても直ぐ外へ出られる。
防犯のためだと言って、外からは鍵がないとあけられない仕様になっていた。
各階、物見台とも繋げられている。
物見台にはエレベーターも設置されていた。
聞いたところ、魔力が少ない者は最上階までエレベーターが動かせないとのことだった。
魔力を使い果たして、エレベーターの中で眠ってしまっている兵士を偶に見かけるとレイとロアは笑っていた。
鍵はピッキングができないようにとルリィが言っていたらしく、特殊な形をしていた。
ピッキングが何か解らなかったが、鍵の差し込む所に、まるで暗号のように丸い凹みが両面についている鍵だった。
この鍵は私、ルリィ、レイとロア、メイド長と予備が三本あるだけだ。
廊下から鍵を開けて出ていくと、扉が閉まると同時に鍵がかかるのにも驚いた。オートロックというのだと言っていた。鍵を開ける時にほんの僅かに魔力が吸い取られる。
どんな仕組みになっているのか不思議で仕方なかった。
温泉は前と同じくらいの大きさがある。
洗い場にシャワーというものが付いていて、魔力を流すと如雨露のように水が出てくる。
目の前には鮮明に映る大きな鏡が付いている。
水とお湯が出てくる蛇口があり、手桶が置かれていた。
夫婦の寝室が用意されていた。
その部屋を見た途端、胸が痛んだ。
ルリィを最後に抱いたのはいつだっただろう?
この寝室が使われる日が来るのだろうかと不安しかない。
そう言えば触れたのは、陛下の前で頬をつねったときだったな。と思い出す。
こういった屋敷の特徴で、主に部屋は真ん中に夫婦の寝室があり、その両側に各々の私室がある。
ルリィはこの部屋を使うことを想像して作ったのだろうか?
それとも自分には関係なく一般的な屋敷を建てただけなのだろうか?ため息をついて扉を閉じた。
いや、何をどう言ってみても今愛されていると思えないことが一番問題なんだ。
私より間違いなく魔法のほうに興味が言っている。
なぜ手紙の一通くらい送ってこないんだろうか?
情けなさを通り越して、腹が立ってくる。
ルリィがしていることは全てジャイカル国のためになることばかりだ。
だから私は我慢しなければならない。
ルリィはきっと魔法が面白くて仕方がなくて、他のことは何も考えていないだけなのだろうと思う。
でも、ルリィ、私は君がいなくて寂しくて、不安でたまらないよ。
頭を振って、ルリィのことを追い出して、執務に集中した。
レイは何かを言いたそうにしながら、何も言わず、執務の手伝いをしてくれた。
窓からカルフォヴィアの方向を向いて、何も変わっていないことを確認して、目の前の書類に目を落とした。
十日ほどが経って、宰相から報告書という名の手紙が届いた。
カルフォヴィア国が兵を集めていることが解ったと書かれていて、その集め方が異常だと。
まるで次の戦争ですべてを失ってもかまわないかのようだと。
メキシアと繋がっている証拠はまだ集められていないが、メキシアと共謀しているのはほぼ間違いないだろうと報告書には書かれていた。
メキシアもカルフォヴィアもジャイカルに攻め込もうとしている。
のんきにしていたつもりはないが、今まで以上に気を引き締めなければならないと腹に力を入れる。
国民を殺してしまう程、メキシアもカルフォヴィアも税を課しているとも書かれていて、ジャイカル国へ逃げてくる者はこれからも増えてくるだろうとも書かれていた。
だが、ルリィの防壁が完成したら、簡単にはジャイカルには入ってこれなくなる。
メキシアもカルフォヴィアもどうやって攻め入ってくるのか?それに自国をどうするつもりなのだろうか?
メキシアにうまく焚き付けられて、踊らされているだけなのだろうか?
メキシアのことにも少し触れていて、癒しを与えたルリィを手に入れたいと王族が言っていると書かれている。
あの時、ルリィに治癒魔法など掛けさせるんじゃなかった。
メキシアも防壁を作ったのが、ルリィだということくらいは知っているだろう。
ルリィを欲しがるのは当然のことだろう。
そして、まだ本当か嘘かも解らないが、メキシアの王族の一部が亡命を望んでいるとの情報も入っているらしい。
何故か他国では聖人、聖女が生まれない。
因子を持つ者が他国へ流出しているのにもかかわらず、生まれないのだ。
その理由はこれまで解明されていない。
その理由がわかる日が来るのかもわからない。
そんな事を考えていてハッとする。
もしかしてメキシアの領地だった、ヴェルトラム、アンサーレッツ、オールベルトでは聖人、聖女は生まれないのではないか?
その事に急に気がついた。
攻め取った領地だからジャイカル国と認められるのか?
自分が気がついたことを一人で抱えていられるほど小さな問題ではなくて、宰相へと手紙の返事を書くことにした。
出来ることなら、ジャイカルの国と認められて、聖人、聖女が生まれてきますようにと、願わずにはいられなかった。
二度目の騎士の異動の時期がやってきた。
半分の騎士がそれぞれ決められた場所へと移動していく。
王城からも今回から騎士を移動させたいと言ってきた。
移動は大変だ。金がかかる。
それが解っていても移動で得る知識、経験には価値があった。
流石の第二防壁の辺境伯達。
第二防壁に行って帰ってきた者の成長は目を見張る物があった。
一人として飛び出さず、武功に焦らず、自分と、自分の周りの味方を守ることに特化して帰ってくる。
全員が知り合いになることにも利点があった。
隣に立つ兵が味方か敵か判断がつくから。
知らない相手には容赦をするなと、一撃必殺のように剣を振るうことに戸惑わなくなって帰ってくる。
実践でも焦らず訓練のとおりに動けることを願うばかりだ。
まだ若い騎士達も王城より送られてきた。
訓練についていければいいのだが。
それでもまだまだ人手は足りない。
こればかりは短期間でどうにかなるものではない。
誰もが同じことでため息をついているだろうと想像して、私もまた、ため息をついた。
物見台から見えるメキシアの過疎化が進んでいくのがはっきりと分かる。
畑だったところは雑草が伸び放題になっていて、建物は人が住まなくなり、短期間で朽ちていっている。
ユーラシア砦から報告書が上がってきている。
カルフォヴィアの村民達がジャイカルまでたどり着けず、餓死しているようだと。
メキシアもカルフォヴィアも自国の国民を失うようなことをして何がしたいのか、私には理解できない。
聖人、聖女を手に入れたらどうにかなるとでも思っているのだろうか?
いくら聖人、聖女でも飢えている者達を助けることはできはしないのに。
宰相に送った手紙への返事が来た。
多分だがと念押しをされているが、ジャイカル国となった領地では聖人、聖女は生まれるだろうと。
今まで接収した土地でも、ジャイカル国になった途端、聖人、聖女が生まれた前歴があると書かれていた。
そこに住んでいた能力がないと思われていた者も、ジャイカルの国民になった途端、能力が発現したという記載もあったらしい。
その反対に、取られてしまった土地では聖人、聖女が生まれなくなったらしい。
だからそんなことは気にする必要はないと書かれていた。
ホッとした。
私とルリィの子供が出来た時、能力がない方が手元で育てることが出来るが、能力のある子はやはり特別だ。
そう言えば、ルリィは聖女の能力があることをどう思っているのだろうか?
手紙にはカルフォヴィアとの防壁は完成して、引き返しながら砦や寮を作っているところだと書かれていた。
ルリィが旅立って一年以上が経っていた。
その間、手紙の一通も届かなかった。
私のことなど忘れてしまっているのだろう。
私はルリィが建てた屋敷で何を見てもルリィを思って寂しい思いをしているのに。
私も、ルリィのことを諦めなくてはならない時が来ているのかもしれない。
「なぁ、レイ、ロア。私は子供は作らなくてはならないよな?」
「はい。一日でも早くお子様を作っていただきたいと思っております」
「なら、私は離婚するか、愛妾を持つかしなければ子供は作れないのではないか?」
レイとロアは愕然とした顔をして「いや!しかし・・・」と言っていたが、最終的には「その通りでございますね・・・」と答えた。
「ルリィが帰ってきたからと言って、子作りするかどうかも解らないし、子供を生んでくれる誰かを探さなければならない時が来ている」
「奥様が帰ってこられたら、子作りをされるでしょう?」
」
「いや、今までも、妊娠しないように自分に浄化魔法をかけていたから、妊娠のしようがなかったんだ」
「そ、そう、なの・・・ですか?!」
「ああ。ルリィが帰ってきても子供が出来る可能性はかなり低いと思ってくれ。まぁ、それ以前に帰ってくる気があるのかも解らないけどな」
「奥様は帰ってこられますよ!!」
ロアが言ったが、私は「手紙の一つもよこさないけどな」と自嘲の笑みが漏れた。
「旦那様・・・」
そして、ルリィはハルロイ砦で何泊かしてから第二防壁を通ってジュラクへ向かったと報告があった。
ハルロイ砦で泊まっていても、手紙一通よこさないんだな。
ルリィは私に連絡をしようとも思わないんだってことを理解した。
一週間は休暇としてハルロイ砦にいたらしい。
ハルロイ辺境伯からなぜ来なかったのか?と連絡が来た。
温泉を掘ってもらって感謝していると書かれていた。
私はいつの間にか二十一歳を超えていた。
「旦那様、愛妾の方を持つことを考えてくださいませ」
レイとロアに言われて私は「わかった」と返事をした。
私は何通目になるか解らない手紙をルリィに書いた。
私は辺境伯として、一日も早く子供を作らねばならないこと。
その為に愛妾を持たねばならないところまで来ていることを書いて送った。
その後もルリィから手紙の返事も来ないままだった。




