98.月華羽衣、酒虫取引
結局、ラインは竹楼から下りず、ライルも自ら上がろうとはしなかった。
一人は楼上に立ち、一人は階下に立つ。
わずか一階分の隔たりが、兄弟の間で深まり続ける溝を象徴しているかのようだった。
この話し合いには、初めから和やかさなど欠片もなかった。
「兄さん、あんまりだ!兄さんがそんな人だったなんて、思わなかった!」
階下に立つライルは、ラインを見上げながら眉をきつく寄せ、大声で責め立てた。
ラインは怒るどころか、小さく笑った。
「ほう?なら言ってみろ。私はどんな人間だ?」
「兄さん!」
ライルは深く息を吐き、痛切な声で言った。
「父さんと母さんが死んだあと、僕たちを引き取ってくれたのは叔父さんと叔母さんだ。
二人には、僕たち兄弟を育ててくれた恩がある。
それなのに兄さんは、二人が暮らしを立てていた家産を奪い、これまでの情を少しも顧みようとしなかった」
そこまで言うと、ライルの声はかすかに震えた。
「恩を仇で返し、年老いた二人を追い詰めるなんて……兄さんの心は、本当に鉄や石でできているのか?」
「妙な話だな」
ラインは淡々と問い返した。
「この家産は、もともと両親が私に残したものだ、族規に従って取り戻しただけで、なぜ恩を仇で返したことになる?」
ライルは歯を食いしばり、それでも強く頷いた。
「そうだよ。これが父さんと母さんの残した家産だってことは、僕も分かってる。
でも、全部持っていく必要はないだろう?
せめて一部くらい残して、叔父さんと叔母さんが穏やかな老後を送れるようにするべきじゃないか?」
ライルの口調に焦りが滲み始めた。
「二人が今、どんな暮らしをしているか知ってるのか?
養いきれなくなって、家の使用人も半分以上辞めさせたんだ!」
ライルは目を真っ赤にし、両拳を固く握り締めた。
「兄さん、どうしてそこまで薄情になれるんだ。
兄さんのしたことには心底失望したし、軽蔑する!」
それを聞いたラインは、胸中で冷笑した。
ラジェット夫婦は長年にわたって家産を管理し、その間にどれほどの霊石を蓄え込んだか分からない。
仮に蓄えがまったくなかったとしても、ラジェットが事前に持ち去った酒場の収入だけで、家の当面の生活費は十分に賄える。
使用人を辞めさせた、暮らしが苦しいなどという話は、貧窮を装い、ライルを焚きつけて騒がせるための芝居にすぎなかった。
ラインは弟を見下ろし、単刀直入に尋ねた。
「私の可愛い弟よ、私が最後まで返さないと言ったら、お前はどうするつもりだ?
お前もすでに十五歳だが、叔父夫婦を養父母として迎えた時点で、実の両親の遺産を継ぐ資格を失っている。
それを忘れたわけではないだろう?」
「分かってる!」
ライルの瞳に、鋭い光が迸った。
「だから僕は、兄さんに決闘を申し込む!
闘技台で、どちらが正しいか決着をつけよう。
僕が勝ったら、家産の一部を叔父さんと叔母さんに返してもらう!」
ローデン一族の内部で、どうしても解決できない対立が生まれた場合、決闘によって決着をつけることが認められている。
決闘にもさまざまな種類があり、文闘や武闘のほか、互いの命を賭ける生死闘も存在した。
もちろん、ラインとライルの対立は、生死闘を行うほど深刻なものではない。
階下で決意を固めている弟を見て、ラインは不意に笑い出した。
「ここへ来る前に、叔父さんと叔母さんから随分と細かく言い含められたらしいな。
だが、お前は自分が私に負けたことを忘れたのか?
いったい誰がお前に、今度なら勝てるという自信を与えた?」
ライルは目を細めた。
その脳裏に、少し前の闘技台で起きた光景が蘇る。
あの戦いを思い出すたび、ライルの胸には激しい怒りが湧き上がった。
その怒りはラインだけでなく、自分自身にも向けられている。
彼は戦いを前に動揺し、本来の実力を発揮できなかった。
開始直後からラインに気勢を奪われ、最後の最後までヒスイズスキンの存在さえ思い出せなかったのだ。
結果として、あまりにも唐突に敗れ、胸に強い悔しさだけが残った。
自らの弱さに対する怒りは、やがてさらに激しい無念へと変わっていった。
もし、あの戦いをもう一度やり直せるなら、自分はもっと上手く戦える。
冷静さを保ち、初めからすべての力を出し切れば、必ず兄を倒せるはずだ。
だからこそ、ラジェット夫婦から窮状を訴えられたとき、ライルの心には二人のために家産の一部を取り戻す以外に、もう一つの思いが生まれていた。
もう一度、大勢の前でラインと戦いたい。
あの敗北の雪辱を果たし、自分の力を改めて証明したい。
「もう、あのときの僕とは違うよ、兄さん」
ライルはラインを見上げた。
その瞳では、戦意が烈火のように燃え盛っている。
「前回は僕が力を出し切れなかったから、兄さんが運よく勝てただけだ。
でも今の僕は、二環精霊――月華羽衣の煉成に成功している」
「今度こそ、絶対に僕の防御を破れない!」
言葉が終わると同時に、朧げな淡青色の月霧がライルの体内から溢れ出した。
霧はその全身を包み込み、絶えず凝縮しながら、やがて薄絹のように軽い細長い帯へと変化する。
帯はライルの腰と背を巡り、両腕へ絡みついた。
二つの端は肩の後ろから長く伸び、頭上の空中で緩やかにたなびいている。
淡青色の月光に照らされたライルは、どこか浮世離れした神秘的な姿に見えた。
(やはり、月華羽衣か)
楼上に立つラインの目が、かすかに光った。
(自分から切り札を晒すとは、愚かなものだ)
月華羽衣は、二環の防御精霊である。
純粋な防御力ではシロタマズスキンに一歩及ばないものの、シロタマズスキンにはない長所を備えていた。
羽衣を分け与え、他人の身も守ることができるのだ。
チーム戦において、月華羽衣はチーム全体に大きな恩恵をもたらす。
この精霊を手にしたライルを相手に、年末試験のときと同じように、拳だけで防御を強引に打ち砕くことはできない。
拳が月華羽衣へ触れれば、衝撃は幾重にも受け流される。
まるで分厚い綿の塊を殴りつけたように、持ち前の爆発力をほとんど発揮できなくなるのだ。
月印を使ったとしても、破るのは難しいだろう。
対抗するには、月印を二環の月華印へ煉成する必要がある。
ライルから正式に決闘を申し込まれれば、族規上、正当な理由もなく拒むことはできない。
シロタマズスキンを隠し続けなければならない以上、本当に弟へ敗れる可能性もあった。
上等資質は、やはり上等資質である。
そこに族長ハクの惜しみない育成まで加わり、ライルは驚異的な速度で成長していた。
学堂にいた頃なら、ラインは前世の蓄積によって弟を完全に抑え込めた。
しかし今、ライルは天才に相応しい輝きを少しずつ放ち始め、ラインにとっても無視できない脅威となりつつある。
(だが、私がそこまで読んでいないとでも思ったか?)
ラインは階下の弟を見下ろし、わずかに口角を上げた。
「私に決闘を申し込むのは構わない。だが、お前は先に、チームの他の者から許可を得たのか?」
ライルの表情が固まった。
ラインはそのまま続ける。
「決闘の日に、アオ組へ急な任務が入り、すぐに出発しなければならなくなったら、お前はどちらを選ぶつもりだ?」
ライルは答えに詰まった。
通常のチームでさえ、団体行動が基本である。まして、彼が所属しているのはアオ組だ。
メンバーが単独で行動する場合、事前にリーダーへ報告し、許可を得なければならない。
勝手に決闘の日取りを決めることなどできなかった。
認めたくはなかったが、ラインの言葉には道理がある。
「なら、まずアオ・ローデンのところへ行き、この話を伝えてくるといい」
ラインは淡々と告げた。
「私は東門の酒場で、お前たちを待っている」
ライルはしばらく迷った末、歯を食いしばって答えた。
「分かった、今からアオ先輩に会ってくる」
ライルは一拍置いてから、口を開いた。
「でも兄さん、これだけは言っておく、わざと引き延ばしても無駄だからな!」
そう言い残し、ライルは足早に立ち去った。
……
ライルがアオの住居を訪れると、ほどなく使用人に案内され、庭へ通された。
そのとき、アオは演武場で精霊の扱いを鍛えていた。
青石を敷き詰めた地面を、俊敏で力強い動きで駆け回っている。
「青蔓」
アオが短く唱えると、右の掌から碧緑色の蔓が飛び出した。
蔓は風を受けると同時に急速に成長し、瞬く間に十五メートルまで伸びる。
アオはそのまま蔓を掴み、長鞭のように振るった。
振り抜き、打ち下ろし、撥ね上げ、薙ぎ払う。
碧緑色の鞭影が庭を縦横に走り、地面へ落ちるたび、青石の敷石に一本の亀裂を刻んでいく。
「松葉」
アオは不意に蔓を引き戻し、続いて深青色の長髪を大きく振った。
飛散する髪の間から、無数の細長い松葉が激しく射出された。
雨のように降り注ぐ松葉が、少し離れた場所に立つ木人形を一瞬で覆い尽くす。
針の雨が止んだとき、木人形の全身には無数の穴が開き、ほとんど原形を失うほど射抜かれていた。
「月旋」
続いて、アオは左手を真っすぐ前へ伸ばした。
掌に刻まれた緑色の三日月が輝き、瑞々しい緑光を放つ。
アオが鋭く手首を返すと、緑色の月刃が空気を切り裂きながら飛び出した。
直線上しか飛べない普通の月刃とは異なり、その月刃は空中で回転を続けながら、不規則な弧を描いていく。
そして、別の木人形を側面から正確に斬りつけた。
このように変化の読めない軌道は、動きを予測しにくく、防ぐのもはるかに難しい。
「これが、集落随一の二環精霊使いの実力か……」
ライルは呆然と見つめ、しばらくの間、自分が何のために来たのかさえ忘れていた。
(もしアオ先輩と戦ったら、僕は十呼吸も耐えられないだろうな)
「おや、ライル、どうしてここへ?」
アオはとっくにライルの存在に気づいていた。
訓練を終えると構えを解き、いつもの温和な笑みを浮かべる。
「前の任務を終えたばかりだろう。もう少しゆっくり休んだほうがいい。
修練は大切だが、休むときは休むことも覚えなければならないよ」
「アオ先輩」
ライルは我に返り、慌てて恭しく一礼した。
その敬意に、偽りは一切ない。
アオチームへ加わって以来、アオは常にライルを気遣ってきた。
辛抱強く経験を授けてくれるだけでなく、普段の修練や生活にも細かく目を配ってくれている。
ライルにとってアオは、実の兄以上に信頼できる兄のような存在になっていた。
「わざわざ私を訪ねてきたということは、何か用があるのだろう?」
アオは布巾で額の汗を拭いながら、笑顔でライルの前へ歩み寄った。
「実は……」
ライルは何も隠さなかった。
家産を巡る争いから、ラインへ決闘を申し込んだこと、先にチーム内の許可を得るよう求められたことまで、初めからすべて話した。
話を聞き終えたアオは、わずかに眉を上げた。
実のところ、アオは以前からラインに強い関心を抱いていた。
族長から重点的に育てられているライルよりも、どの派閥にも属さず、常に外側を歩いている双子の兄のほうが、かえって彼の興味を引いていたのである。
(一度、自分の目で会ってみるのも悪くない)
そう考え、アオは頷いた。
「ちょうどいい。私も君の兄と話しておきたいことがある。
なら、一緒に行こう」
ライルの顔に、たちまち喜色が浮かんだ。
「ありがとうございます、先輩!」
「ははっ、礼を言うようなことではないよ」
アオは手を伸ばし、その肩を軽く叩いた。
「私たちは、同じ組の仲間だろう?」
簡単な一言だった。
それでもライルの胸には温かなものが込み上げ、目元がわずかに赤くなった。
……
二人が東門の酒場へ着くと、すでに奉公人が店の外で待っていた。
案内されるまま、二人は酒場の中へ入る。
窓際の四角い卓には、数皿の簡単な肴と、二つの猪口、酒で満たされた徳利が用意されていた。
ラインは一人で卓の傍らに座っている。
アオが入ってくるのを見ると、その顔に淡い笑みを浮かべた。
「どうぞ」
ラインは手を上げ、席を勧めた。
アオは頷いて応じ、ラインの向かい側へ腰を下ろす。
それからライルへ振り返った。
「ライル、しばらく外を歩いてくるといい。君の兄とは、二人だけで話したい」
聡明なアオは、卓上に猪口が二つしかないことを見た時点で、ラインが本当に会いたかった相手を理解していた。
そして実のところ、アオ自身も同じことを考えていた。
「分かりました……」
ライルは少し不満そうだったが、それでもリーダーの指示には従った。
踵を返し、酒場の外へ出ていく。
「君のことは知っているよ、ライン」
アオは微笑みながら徳利を手に取った。
ごく自然な動作で、まずラインの猪口を満たし、続いて自分の猪口にも酒を注ぐ。
「君は実に面白い。それに、頭も切れる」
そう言いながら猪口を掲げ、向かい側のラインへ乾杯を促した。
ラインは声を上げて笑い、同じように猪口を持ち上げる。
二人は一度視線を交わし、同時に酒を飲み干した。
アオは再び徳利を取り、ラインと自分の猪口を満たしていく。
「賢い者同士で話すのに、遠回しな探り合いをしても面白くない」
酒を注ぎながら、アオは軽く自然な口調で切り出した。
「君の酒虫を買いたい。いくらなら売る?」
彼は、ラインに売る意思があるかとは尋ねなかった。
初めから尋ねたのは――いくらなら売るのか。
その短い一言に、揺るぎない自信が表れていた。
アオは、ローデン一族で二環随一と認められている精霊使いだ。
若くして二環頂位へ達し、同じ二環上位のクルとリリアを明確に上回っている。
酒場へ入ってから、アオは自ら酒を注ぎ、自ら乾杯を持ちかけた。
一見すると温和で自然な振る舞いだが、いつの間にか主客を転じ、会話の流れを自分の手中へ収めている。
それでも、彼の振る舞いには少しも押しつけがましさがなかった。
強い自信と、絶えず浮かべている穏やかな笑み。
その二つが重なり合い、独特の気質を作り出している。
相手に不快感を与えることなく、それでいて、自らの意思が決して揺らがないことをはっきりと感じさせた。
深青色の長髪が肩へ流れ落ちている。
冬の日差しが窓を通り、白く柔らかな輪郭の顔を照らしていた。
明るく、温かい。
まるで、春の日差しのように。
(確かに、人傑と呼ぶに相応しい)
アオに会話の主導権を奪われても、ラインは少しも気にしていなかった。
その瞳には、むしろわずかな賞賛さえ浮かんでいる。
しかし、ほんの少し後。
ラインは胸中で、静かに息をついた。
(惜しいな)




