↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
目指すは永生 ~二度目の人生を歩む外道精霊使い~  作者: 蛊真人/朱色の豚
外道の本性

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

97/144

97.家業は定まり、野心は未だ尽きず

酒場はさほど広くなかったが、立地にはかなり恵まれていた。

集落東側の門、そのすぐそばに建っている。


東門と北門は、集落の中でもっとも人の出入りが多い二つの門だ。

午後から夕暮れにかけて、仕事や任務を終えた者たちが大勢戻ってくるため、酒場はたちまち賑わいを見せる。


「若旦那様、どうぞお掛けください」


一人の老人が腰を深く折り、恭しくラインに一礼した。


傍らにいた数人の奉公人も慌てて布巾を手に取り、卓や長椅子を何度も強く拭いた。

それから脇に並び、揃ってラインへ愛想のよい笑みを浮かべる。


ラインは首を横に振り、すぐには腰を下ろさなかった。

酒場の中をゆっくりと歩きながら、隅々まで見て回る。


「ここが、私の酒場か」


酒場は平屋建てだったが、地下には酒蔵が設けられていた。


床には大ぶりの四角い青煉瓦が敷き詰められ、店内には八脚の四角い卓が置かれている。

そのうち二脚は壁際に寄せられ、残る六脚には、それぞれ四方に長椅子が据えられていた。


入口を入って真っ先に目に入るのは、暗褐色の長い帳場台だった。

その上には筆や墨、帳簿、算盤が整然と並べられている。


帳場台の後ろには酒棚があり、大小さまざまな酒器が所狭しと置かれていた。

黒陶で焼かれた酒甕(さけがめ)もあれば、表面に艶のある磁器の徳利もある。


ラインが店内を見て回る間、老人と奉公人たちは座ろうともせず、ぴたりと後ろについて歩いた。


誰の顔にも、隠し切れない不安が浮かんでいる。


酒場の持ち主が変わるという知らせは、あまりにも突然だった。

前の主人であるラジェット・ローデンは抜け目がなく、使用人に対してもひどく苛烈で、日頃から彼らを息もつけないほど締め上げていた。


そして目の前にいる十五歳の少年は、そのラジェットから酒場を力ずくで奪い返した人物である。


彼らの目には、当然ながらラジェット以上に恐ろしく映っていた。


ラインはふと足を止め、淡々と言った。


「経営は悪くない。ただ、店構えが少々狭いな」


老人は慌てて前へ進み出ると、深々と腰を曲げて答えた。


「若旦那様、例年、夏になりますと、店の外に日除けを張り、卓と長椅子を何脚か並べております。

ただ、今は真冬でございます。外に座りたがる客もおりませんので、ひとまず片づけている次第でございます」


ラインはわずかに目を向け、老人を見定めた。


「お前がここの番頭か?」


老人はさらに深く腰を折り、ますます恭しい声で答える。


「滅相もございません。酒場は今や若旦那様のものでございます。若旦那様がお選びになった者こそ、ここの番頭でございます」


ラインは頷き、残る奉公人たちにも目を向けた。


いずれも、それなりに気が利き、働き者に見える。


地球であれば、店長と従業員たちが結託し、若い新オーナーを欺かないか警戒する必要があっただろう。


だがこの世界では、精霊使いは高みにあり、凡人の命は雑草のように軽い。

たとえラジェット夫婦から裏で何か言い含められていたとしても、二環精霊使いに逆らう度胸まではないはずだ。


「帳簿をすべて持ってこい。それから、茶を一壺淹れてくれ」


ラインは一脚の卓につき、腰を下ろした。


「はい、若旦那様」


番頭は慌てて応じ、数人の奉公人とともに動き始めた。


ほどなくして、十六冊の帳簿がラインの前に整然と積み上げられた。


帳簿はどれも竹紙で綴じられている。

紙には淡い青緑色があり、木材から作られた普通の紙よりも脆く硬い。

しかし、湿気と雨の多い南域の気候には適しており、湿って腐りにくいという利点があった。


ラインは数冊を適当に抜き取り、素早く頁をめくっていく。

時折、口を開いて何かを尋ねた。


番頭は傍らに立ち、一つひとつ慎重に答えていく。

さほど時間が経たないうちに、その額は汗でびっしょりと濡れていた。


ラインは前世、自らの手で魔教を打ち立て、数十万もの教徒を従えていた。


それほど巨大な勢力を維持するためには、各方面との関係を処理するだけでなく、金銭や食糧、物資、帳簿にも通じていなければならない。


たかだか一軒の酒場の帳簿など、普通の者が見れば目が眩むかもしれないが、ラインにとってはすべてが一目瞭然だった。


酒場は九葉生気草(くようせいきそう)に次ぐ、二番目に大きな収入源である。

これだけは、確実に掌握しておく必要があった。


もっとも、帳簿に深刻な問題はなかった。

いくつか取るに足らない誤記や漏れがある程度だ。


凡人である彼らは長年ラジェットに威圧されてきた。

帳簿に大きく手を加えるような真似は、到底できなかったのだろう。


しかし最後の一冊を開いたところで、ラインは今月分として蓄えられていた収入が、すべてラジェットに持ち去られていることに気づいた。


「若旦那様、それは前の御主人様が自ら取りに来られたのでございます。私どもには逆らえませんでした、どうかご賢察くださいませ」


番頭は弁明しながら、しきりに額の汗を拭っていた。

老いた身体はすでに小刻みに震え、顔からは血の気が引いている。


ラインは何も言わなかった。


ただ静かに帳簿を閉じて卓上へ戻し、それから番頭へ目を向けた。


番頭はたちまち、山のような重圧が胸にのしかかるのを感じた。


どさり、と音を立てて跪く。


他の奉公人たちもそれを見るや、揃ってその場に跪いた。


ラインは椅子に腰掛けたまま、静かに一同を見渡した。


奉公人たちは氷雪の中へ放り出されたかのように身体を硬くし、一人として大きく息をすることすらできなかった。


彼ら凡人にとって、酒場の仕事は安定しているうえ、安全でもある。

これほど恵まれた働き口は滅多にない。


もしラインに追い出されれば、今後、同じような仕事に就ける保証などなかった。


十分に肝を冷やさせたと見て、ラインはそれ以上の威圧をやめた。


過ぎたるは、なお及ばざるがごとし。


ラインはゆっくりと口を開いた。


「既往は咎めず、ラジェットが金を取りに来たのなら、お前たちに拒む資格がなかったことも分かっている。

ただ、帳簿を見たところ、お前たちの賃金は確かに少なすぎる。

来月から、奉公人の賃金は二割、番頭の賃金は四割上げる」


ラインは微笑みを浮かべ、彼らに目を向けた。


「真面目に働く限り、それに見合うだけのものは与えよう」


そう言い終えると、ラインは立ち上がり、そのまま酒場の外へ向かった。


跪いていた者たちはしばらく呆然としていたが、やがてようやく言葉の意味を理解した。

奉公人たちはたちまち喜びの涙を流し、頬を濡らした。


「若旦那様の大恩、決して忘れません!」


「若旦那様は寛大でお慈悲深いお方です!これからは命を懸けて働きます!」


「若旦那様は、私どもの救いの親でございます!どうぞお気をつけて!」


背後から、感激に震える声が次々に響いてくる。

額を地面へ何度も打ちつける、鈍い音も聞こえた。


恩威を併せ用いる。


どの世界であろうと、それは上に立つ者が下の者を御するための常套手段だった。

だが、その根幹を成すのは、あくまで威である。


十分な威圧があれば、わずかな恩恵も何倍、何十倍にも大きく感じられる。


反対に、力の裏づけもなく、ただ一方的に施しを与えるだけでは、お人好しという評判しか残らない。


やがて恩恵を受ける者は、他人の善意を当然のものと思い始める。

それどころか、さらなる欲まで抱くようになるだろう。


(だが、人を御する術など、所詮は小道にすぎない。

地球では成功の秘訣として持て囃されるかもしれないが、この世界で真に歩むべき大道は、自らの力を高めることにある。

いや、地球ですら、力こそがすべての根幹だった。ただ、その現れ方が異なっていただけだ)


ラインは、そのことをよく理解していた。


どのような政権であろうと、その基礎にあるものは、突き詰めれば力である。

いわゆる権力とは、力が秩序の中で形を得たものにすぎない。


そして富も、地位も、さらには美貌さえも、力から派生した付属物にすぎなかった。


酒場を出たあと、ラインは残る三棟の竹楼へ向かった。

その三棟は、すでにラジェット夫婦によって貸し出されており、ほとんどの部屋が埋まっていた。


この世界では多産が奨励されている。

ローデン一族の人口も、年を追うごとに増え続けていた。


族人が増えれば増えるほど、集落内部の居住空間は不足していく。


一族は長子相続制を採用していた。


家業の大部分を継げるのは長子だけであり、

それ以外の子供たちは、成人すれば自らの力で生活の基盤を築かなければならない。


家族の政策によって、わずかな農地や霊石を分け与えられる者もいる。

だが、長年外で働き続けても、生涯かけて蓄えた財産では、集落内の竹楼を一棟買うことすらできない場合が多かった。


一つには、精霊の餌代と日々の修行に、莫大な費用がかかるためだ。


もう一つには、集落内部の空間が限られており、家屋そのものが高価だったためである。


集落の外であれば、好きな場所に家を建てることはできる。

だが、安全はまったく保証されない。


荒野には野獣や毒蛇がうろつき、いつ民家へ侵入してくるかも分からない。


とりわけビーストウェーブが発生すれば、集落外の家屋など、どれほど頑丈に造られていようと、その大半は獣の群れに踏み潰されてしまう。


集落を拡張することが、唯一の解決策にも思える。


しかし、それも容易ではなかった。


集落の面積が広がれば、それだけ守らなければならない外周も長くなる。

ビーストウェーブが襲来した際、今のローデン一族の戦力では、あまりにも長い防衛線を維持できない。


さらに集落の内部が広がれば、警戒や捜索も困難になる。

他の集落の精霊使いが密かに潜入した場合、深刻な被害を招く恐れもあった。


歴史上、ローデン集落は何度か拡張を行っている。


しかし、そのたびに後のビーストウェーブで甚大な損害を受けた。

そうした教訓を重ねた結果、現在の集落は、防衛力が支えられる限界に近い広さとなっていた。


ラインは三棟の竹楼を一通り見て回り、家賃や借り手の状況についても尋ねた。


ラジェット夫婦は貪欲ではあったが、財産を経営する能力は確かだった。

三棟とも隅々までよく管理され、家賃も絶妙な額に設定されている。


ならば、ラインが無理に手を加える必要はない。


これまでどおり経営させればよかった。


大まかに計算したところ、三棟の竹楼が生み出す収益は酒場よりわずかに少ない程度で、両者に大きな差はなかった。


全体として、状況はラインの予想以上に良好だった。


ほんの数日前まで、彼はほとんど無一文だった。

所持していた霊石は五個にも満たず、日々の修行すら維持できない、落ちぶれた少年にすぎなかった。


それが今では、一躍、族内でも小金持ちと呼べる立場になっている。


竹楼の借り手には、年中外で任務に追われている二環の女性精霊使いも何人かいた。


ラインがここの新しい家主であり、さらに酒場と広い農地まで所有していると知ると、彼女たちの視線は露骨なほど熱を帯びた。


そこには、隠そうともしない媚びさえ混じっている。


ラインと伴侶になりさえすれば、危険な荒野を年中駆け回り、命懸けで家族任務をこなす必要はなくなる。


安定した住まいを手に入れ、衣食に困らない生活を送る。

それこそ、多くの底辺精霊使いが夢にまで見る行く末だった。


言い換えれば、ラインが望むなら、ここで歩みを止めることもできる。


ラジェットがかつて享受していたような、豊かで安穏とした生活を送れるのだ。


ほんのわずかにその意思を示すだけで、若い女性精霊使いたちが自ら身を寄せてくるだろう。


(だが、こんなものは私が欲しいものではない)


ラインは竹楼の二階に立ち、向けられる熱い視線を意に介さなかった。

手を欄干に置き、わずかに眉を寄せながら、遠くを眺める。


青い山々が連なり、大地に横たわる一人の巨人のようだった。

灰青色の蒼穹を掛け布団にして、深い眠りについている。


山河は広く、世はなお乱る。

強き者は興り、弱き者は沈む。

されど、この身が朽ちぬかぎり、

我が道を阻むものなし。


(重生して以来、私は流れの浮草のように漂い続け、真に身を置ける足場を持たなかった。

苦心の末、ようやく両親の遺産を取り戻し、自分だけの基盤を築いた。

取るに足らないものとはいえ、少なくとも、これで足場は固まった。

次は酒飲のカイの継承を完全に手に入れ、さらに力を高める。

できる限り早く三環に到達し、ここを離れ、天下を渡り歩く!)


ラインの漆黒の瞳に、二つの炎が燃え上がったかのようだった。


ヴェルデン山は、南域十万大山の一つにすぎない。

そして広大な南域でさえ、天下の片隅でしかなかった。


小さすぎる。


あまりにも、小さすぎる!


この程度の場所に、彼の膨れ上がる野心を収められるはずがない。


ラインが真に求めるものと比べれば、他人が夢にまで見て、頭から血を流しながら奪い合うこの家産さえ、取るに足らない一粒の塵でしかなかった。


「兄さん、下りてきて。話があるんだ」


竹楼の下から、不意に声が聞こえた。


ラインの思考が途切れる。


彼はわずかに視線を下げ、その表情を再び冷たいものへ戻した。

いつの間にか、ライルが階下に立ち、顔を上げて彼を見つめていた。


兄弟の視線が宙で交わる。


しばし、どちらも口を開かなかった。


階下に立つライルの全身は、別の竹楼が落とす影に包まれている。

わずかに顔を上げ、眉間に皺を寄せたその瞳には、複雑な光が揺らめいていた。


一方、楼上に立つラインは、冬の日差しを全身に浴びている。

伏せた瞼の奥で、その双眸は夜のように黒かった。


よく似た二つの顔が、同じようによく似た瞳の中へ映り込む。


弟が現れたことに、ラインは少しも驚かなかった。


家産を巡る争いにおいて、ライルはもともと、ラジェット夫婦が持つ駒の中でもっとも重みのある一枚だった。


しかし、それがどうしたというのか。


ラインは高みから影の中にいるライルを見下ろし、胸中で静かに息をついた。


(上等資質だから何だ?結局は、他人に操られる一枚の駒にすぎない……)


(実に、ちっぽけだ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
https://syuiro-buta.fanbox.cc/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。