94.白玉の初陣、叔父の来訪
それから、瞬く間に十日余りが過ぎた。
ヴェルデン山の山腹、地下石林。
キィキィキィ――!
数十匹の宝石猿が石柱の間を縦横無尽に跳び回っていた。
灰色の影は輪郭が霞むほど速く、四方八方からラインへ猛烈な攻撃を仕掛けている。
以前のラインなら、これほど大規模な宝石猿の群れを前にすれば、迷うことなく撤退していたはずだ。
しかし今の彼は、冷ややかな表情でその場に立ち、微動だにしなかった。
宝石猿たちは次々とラインの体へ飛びかかり、鋭い爪で引っかき、牙を突き立て、拳や脚を叩きつける。
だが、響くのはキン、キンという澄んだ音ばかりだった。
まるで彼らが襲っているのは血肉の体ではなく、硬い白玉から削り出された彫像であるかのようだった。
淡く輝く白玉の光が、ラインの全身を隙間なく覆っている。
その光は、ヒスイズスキンが生み出す翠緑色の防御光よりも遥かに薄く、間近で目を凝らさなければ見えないほどだった。
しかし実際の防御力は、ヒスイズスキンの二倍を優に超えている。
かつてのラインは、ヒスイズスキンを使っても、十六匹の宝石猿から同時に攻撃されるのが限界だった。だが今、三十匹を超える群れに囲まれてなお、その防御には亀裂一つ生じていない。
「訓練場では、拳だけでライルのヒスイズスキンを無理やり砕くことができた」
「だが、あのときライルが使っていたのがシロタマズスキンだったなら、両手の骨をすべて折ったとしても、この防御を破ることはできなかっただろう」
そう考えながら、ラインは心神の一部を体内の空界へ向けた。
淡紅色の赤鉄精神力で満たされた海。
その海底には、シロタマズスキンが静かに沈み、周囲の精神力を絶えず吸収している。
表面からは微かな白い光が放たれ、まるで海の底に隠された灯火のようだった。
宝石猿の攻撃を受けるたび、シロタマズスキンの表面が一度明滅し、一筋の光が漏れ出す。
それと同時に、空界の精神力も僅かずつ減少していった。
「シロタマズスキンもヒスイズスキンと同じく、一度発動すれば精神力を注ぎ続ける必要がある。
受ける攻撃が強く、回数が多いほど、精神力の消耗も激しくなるというわけか」
ラインは早くも、新たな精霊の性質を把握していた。
防御力の確認は済んだ。
次は反撃だ。
ラインは勢いよく一歩を踏み出し、両拳を振るって鋭い風切り音を巻き起こした。
その技に複雑なところはない。ただ単純で、容赦がなく、すべての一撃が急所だけを正確に狙っている。
白イノシシの精霊は煉成によって消滅したが、それがラインへ与えた力は、すでに肉体の一部となって永久に残っていた。
正面から飛びかかってきた宝石猿の胸を、ラインの拳が捉える。
宝石猿はそのまま横殴りに吹き飛ばされ、石柱へ激突した。
地面へ落ちるより先に体が急速に石化し、灰色の石像へ変わる。
直後、全身に亀裂が走り、轟音とともに無数の石片へ砕け散った。
別の宝石猿が、背後からラインへ襲いかかる。
ラインは背中にも目があるかのように身をひねって爪をかわし、そのまま脚を横薙ぎに振るった。
宝石猿の頭部がその場で陥没する。体は空中で完全に石化し、地面へ落ちた瞬間、四方へ砕け散った。
同時に、ラインが右の手のひらを返す。
月刃が次々と空気を切り裂き、死神の振るう鎌のように、宝石猿たちの体を正確に斬り裂いた。
月印そのものは、今も一環精霊にすぎない。
しかし赤鉄精神力に駆動された月刃は、一環精霊の器が耐えられる限界まで、その威力を引き上げられていた。
宝石猿たちが恐怖の叫びを上げ、攻勢は瞬く間に崩壊した。
ほんの僅かな時間で、二十匹を超える宝石猿がラインに斬り殺された。
残った五、六匹はもはや近づこうともせず、取り乱した様子で石林の奥へ逃げていく。
ラインは最後尾の一匹を月刃で斬り倒したものの、それ以上は追わなかった。
彼の目的は、この猿たちではない。
石林の中央だ。
この十日余り、ラインは酒飲のカイが遺した次なる手掛かりを探し続けていた。
石林の外周部はほぼすべて歩き尽くしたが、異常らしきものは何一つ見つかっていない。
探索範囲が広がるにつれ、ラインの中にも一つの推測が生まれていた。
酒飲のカイが遺した手掛かりは、この地下石林の中央に存在する可能性が高い。
奥へ進むほど、天井から逆さに伸びる石柱は太くなり、そこに棲みつく宝石猿の数も増えていく。
ラインは顔を上げ、遠くへ視線を向けた。
石林の中央には、周囲のものとは比べ物にならないほど巨大な石柱がそびえている。
それは地下空間の天井から垂直に伸び落ち、表面には無数の黒い穴がびっしりと開いていた。
十数人の大人が手をつないだとしても、抱えきれないほどの太さだ。
そこが、今回の探索におけるラインの目的地だった。
ただし、中央の石柱へたどり着くには、まずそこまでの道を切り開かなければならない。
ラインはさらに前へ進み、一本の石柱が持つ警戒範囲へ足を踏み入れた。
キィキィキィ――!
次の瞬間、無数の甲高い鳴き声が一斉に響き渡る。
石柱表面の黒い穴から、怒り狂った宝石猿たちが次々と飛び出してきた。
その数は瞬く間に百匹を超え、灰色の濁流となってラインへ押し寄せる。
ラインは迷わず踵を返し、全速力で逃げ出した。
百匹を超える宝石猿から同時に攻撃されれば、シロタマズスキンがあろうとも、短時間で精神力を使い果たす。
そうなれば最後には、生きたまま引き裂かれるだけだ。
宝石猿の群れは執拗に追ってきた。
しかし、彼らは極めて強い縄張り意識を持ち、棲みついている石柱から遠く離れようとはしない。
一定の距離を追ってくると、一匹、また一匹と追跡を諦め、巣へ引き返していった。
やがて、ラインの背後に食らいついていたのは三十匹余りだけとなる。
ラインは足を止め、即座に振り返った。
拳と脚が唸り、月刃が宙を飛び交う。
暫くすると、地面には再び大量の石片が散らばっていた。
生き残った数匹の宝石猿は恐怖に駆られて逃げ出し、元の巣へ戻ろうとすらしなかった。
ラインは僅かに体力を回復させると、再び警戒範囲へ踏み込み、次の一群をおびき出した。
逃走し、分断し、反撃する。
それを何度も繰り返し、宝石猿が巣から遠く離れようとしない習性を利用して、巨大な群れを少しずつ切り分け、一群ずつ始末していった。
気づけば、ラインに殺された宝石猿は百匹を超えていた。
行く先々に灰色の石片が散乱し、まるで石林の中央へ続く一本の道を形作っているようだった。
「精神力が足りないな」
空界の状態を確かめたラインは、そこで歩みを止めた。
以前なら、すぐに霊石を取り出して精神力を回復させていただろう。
しかしシロタマズスキンを煉成して以来、彼の霊石はほとんど底を突いており、もはやそのような使い方はできない。
道はまだ完全に切り開けていない。このまま無理に奥へ進めば、自ら危険へ飛び込むだけだ。
ラインは身を屈め、宝石猿の死後に残された玉石の眼球を一つずつ拾い上げ、携帯していた布袋へ詰めていった。
「手掛かりは、おそらく中央の石柱付近にある。
だが、あそこへたどり着くには、道中の猿どもをさらに片づける必要があるな」
ラインは遠くに見える巨大石柱を最後に一度眺め、石林を後にした。
石扉を押し開き、第二密室へ戻る。
密室の片隅には、いくらかの雑物が積み上げられていた。
そのうちの小さな麻袋には、すでに数百個もの宝石猿の眼球が入っている。
ラインが袋の口を開き、今日集めた玉石の眼球をすべて流し込むと、互いにぶつかり合って澄んだ音を立てた。
隣には、以前から貯めていたイノシシの牙を詰めた麻袋も置かれている。
ただし数は少なく、それほどの価値もない。
今のラインには、もうイノシシを狩り続ける必要がなかった。
白イノシシの精霊とヒスイズスキンが煉成され、シロタマズスキンとなったことで、前者が必要としていた豚肉も、もはや用意する必要がなくなったからだ。
新たに生まれたシロタマズスキンの性質は、白イノシシの精霊よりもヒスイズスキンに近い。
その餌も同じく玉石だった。
ヒスイズスキンは十日に一度、百グラムの玉石を必要としていた。対してシロタマズスキンは、二十日に一度、四百グラムの玉石を食べる。
通常、精霊は環数が高くなるほど、食事の間隔も長くなる。
大半の二環精霊は半月以上に一度しか食事を必要とせず、三環精霊ともなれば、その間隔は一か月を超えることが多い。
だが、食事の間隔が長くなったからといって、飼育費用まで安くなるわけではない。
環数が高い精霊ほど、一度に必要とする餌の量も多くなる。
平均して計算すれば、シロタマズスキン一体を養う費用は、かつてヒスイズスキンと白イノシシの精霊を同時に養っていた頃よりも高かった。
幸い、ラインはこの地下石林を掌握している。
数えきれないほどの宝石猿がいるということは、ほぼ尽きることのない玉石が存在するということだ。
この秘密さえ守り通せば、シロタマズスキンの餌に困ることはない。
ただし、玉石の眼球を外へ持ち出し、大量に売り払うのは得策ではなかった。
出所の分からない大量の玉石が市場へ流れ込めば、必ず一族の調査を招く。
そこから地下石林と酒飲のカイの継承へたどり着かれては、利益よりも失うもののほうが遥かに大きい。
ラインは麻袋の口を固く縛ると、傍らに置いていた牛革製の水袋を手に取った。
水袋は大きく膨らみ、中には黄金ミードがたっぷりと詰まっている。
数日前、ラインはシロタマズスキンの防御を頼りに、黄金蜂の群れが殺到する中を突っ切って巣へ侵入し、分家任務を達成するのに十分な量の黄金ミードを採取していた。
「手元に残っている霊石は、二個半だけか。
そろそろ内務院へ行き、任務達成を報告するとしよう」
ラインは牛革の水袋を懐へ収め、地下通路を来た道どおりに戻った。
狭い岩の裂け目を抜け、再び外へ出る。
すでに夕暮れ時だった。
冬には珍しく空はよく晴れ、寒さもそれほど厳しくない。
斜陽は柔らかな橙色を帯び、繊細な光が松の枝葉を通り抜け、山肌へ降り注いでいた。
ラインはすぐに集落へ向かわず、あえて山林の中を何度か遠回りした。
自分の行動に規則性を残さず、岩の裂け目に隠された秘洞が発見される可能性を、少しでも下げるためだ。
冬の風が正面から吹きつけ、山林特有の冷たく澄んだ匂いを運んでくる。
これは、自由の匂いだった。
学堂の宿舎で暮らしていた頃は、夜陰に紛れて密かに訪れることしかできなかった。
だが今のラインは二環へ進み、すでに学堂も卒業している。
昼間に一人で集落を出入りしても、簡単に疑われることはない。
何より、病蛇チームは全滅した。
同伴者という名の監視と束縛が消え、ラインはようやく自分の意思だけで行動できるようになった。
唯一の問題は、これから受ける一族の任務だった。
族規により、すべての精霊使いは毎月少なくとも一件の任務を受けなければならない。
チームメンバーの助けを得られないラインが、複数人での遂行を前提に設計された任務を一人でこなすのは、当然ながら難しい。
先日の小規模ビーストウェーブを受け、各チームの欠員補充と再編はすでに終わっている。ラインは、他のチームへ加わるのに最も適した時期を逃していた。
それに今の彼は悪評にまみれ、他の精霊使いたちから暗に排斥されている。
仮に自分から加入を望んだところで、受け入れようとするチームがあるかどうかも分からない。
「排斥したければ、好きにすればいい。
集団から外れているほど、私へ向けられる視線も減る。むしろ、そのほうが動きやすい」
「毎月の強制任務は、もちろん引き受ける。ただし……」
ラインの目の奥に、冷たい光が走った。
この問題については、すでに考えがある。
族規が定めているのは、精霊使いが毎月最低一件の任務を受けることだけだ。
受けた任務を必ず完遂しなければならないとは、どこにも定められていない。
任務に失敗した場合、最大の代償は一族からの評価が下がることだった。
ほぼすべての精霊使いが、自らの評価を重く見ている。
評価は資源の分配や任務の選択、将来の出世に直結するため、誰もが一つ一つの任務を完遂しようと全力を尽くす。
だが、ラインにとっては――
一族の評価など、屁でもない!
ラインは集落へ足を踏み入れた。
今は一日のうちで、最も人通りの多い時間帯だった。
青石を敷き詰めた通りには、絶え間なく人々が行き交っている。
任務を終えた精霊使いたちは、傷を負い、泥と血にまみれた姿で集落へ戻ってくる。
一日中働いていた農夫たちも、泥だらけの裸足を引きずり、疲れ切った体で黙々と歩いていた。
この世界で、生きることは決して容易ではない。
誰もがそれぞれの辛酸と苦痛を抱えている。
夕日は少しずつ山の向こうへ沈み、最後の温かな光を投げかけていた。
日差しは不揃いに交差する枯れ枝に切り分けられ、金紅色に輝く時の欠片となって、青々とした竹楼の壁へ散らばっている。
「あっ、私の独楽!」
幼い少女が突然声を上げ、人混みへ転がっていく玩具を追いかけてきた。
独楽はちょうどラインの足元で止まる。
少女は勢いを止められず、そのまま彼の脚へぶつかり、尻餅をついた。
「申し訳ありません!申し訳ありません!」
少女の父親が慌てて駆け寄ってくる。
ラインが精霊使いの武服を身にまとい、腰に二環を示す標章を着けていると気づいた途端、その顔から血の気が引いた。
「精霊使い様にぶつかるなど、とんでもない無礼を……どうかお許しください!」
男は娘を引き寄せると、その場に跪き、何度もラインへ頭を下げた。
父親の怯えきった姿を見て、少女もたちまち泣き出した。
白く柔らかな頬を、大粒の涙が次々と伝っていく。
通りを歩いていた凡人たちは、その光景を見るなり遠回りし、近づこうとはしなかった。
通りかかった数人の精霊使いも冷淡に一瞥しただけで、すぐに視線を逸らした。
「泣くんじゃない、この厄介者が!」
父親は恐怖と怒りに駆られ、少女の頬を張ろうと手を振り上げた。
しかし、その手が落ちるより先に、ラインが男の手首を掴む。
男がどれほど力を込めても、その手は微動だにしなかった。
「ほんの些細なことだ。そこまでする必要はない」
ラインは男の手を放し、身を屈めて独楽を拾い上げると、少女の腕の中へ戻した。
目の前の光景を見ているうちに、ラインはふと、前世で読んだ漫画と、そこに登場したいつも葉巻をくわえていた男のことを思い出した。
ラインは淡く笑い、少女の頭を優しく撫でる。
「怖がる必要はない。もう大丈夫だ」
少女は次第に泣き止み、涙に濡れた大きな瞳でラインを見上げた。
このお兄ちゃんは、とても優しい人なのだ。
少女はただ、そう思った。
「ありがとうございます! お許しいただき、ありがとうございます!」
少女の父親は九死に一生を得たかのように喜び、涙を流しながら、再びラインへ何度も頭を下げた。
ラインはそれ以上その場に留まらず、人混みを抜けて先へ進んだ。
彼が借りている竹楼は、もう目の前だった。
しかし、その竹楼の前には、一人の男が背中で手を組んで立っていた。
叔父のラジェット・ローデンが、遠くからラインを見つめている。
どうやら、すでに長いことここで待っていたらしい。




