91.悪名を背負い、孤独を選ぶ
内務院、牢獄の取調室。
冬の日差しが唯一の天窓から差し込み、床を斜めに照らしていた。
光の柱の中では細かな埃がゆっくりと漂い、その一粒一粒まではっきりと見える。
光の中央には、一脚の椅子が置かれていた。
ラインはその椅子に座り、全身で陽光を浴びている。
向かい側では、冷たい壁が陰に覆われていた。
壁の前には長机が横たわり、その奥に三人の長老が腰掛けている。彼らの顔は、薄暗がりの中に沈んでいた。
取り調べが始まってから、すでに一時間が経過している。
「ライン。先ほど話したことはすべて事実であり、何一つ隠していないと断言できるか?」
一人の長老が、重々しい声で問いかけた。
「はい」
ラインは目を伏せ、自分の爪先を見つめた。
青白い陽光が白い顔を照らし、まるで体温を持たない石像のように見せている。
この状況は、初めから予想していた。
小規模なビーストウェーブが終われば、参戦した精霊使いは全員、ある程度の事情聴取を受ける。
一族が死傷者を集計し、戦況を再現して、今後の対応を決めるためだ。
だが、通常の事情聴取が一時間も続くことはない。
明らかに、誰かがラインを狙い撃ちにしていた。
それも無理はない。
五人いた病蛇チームの中で、生きて戻ったのはライン一人だけだった。
サイラスを含む残り四人が全員死亡した以上、彼が取り調べの重点対象になるのは当然である。
「では、もう一度話せ」
長老は続けた。
「集落を離れたところから始めて、すべての経緯を詳しく説明しろ」
「はい」
ラインの声は、最初から最後まで落ち着いていた。
「数日間の閉関修練を経て二環へ進み、集落へ戻りました。
北門に到着したところで、戦場へ向かおうとしていたクルのチームと遭遇したため、族規に従い、一時的に同行しました」
ラインの声は次第に低くなっていった。
「クル組の偵察役がサイラスたちを発見し、私たちは戦場へ向かいました。
サイラスたちはそのとき、負傷したイノシシ王を包囲していました。
クルのチームは彼らを援護したあと、私を元のチームへ戻して立ち去りました。
その後、サイラスからイノシシ王を押さえ込むよう命じられました……」
同じ経緯を説明するのは、これで五度目だった。
ラインが使う言葉や説明の順序は、話すたびに少しずつ異なっている。
しかし、どれも不自然には聞こえなかった。
戦闘が起きた時間と場所、それぞれの人物が取った行動については、五度の供述を通じて寸分の違いもない。
三人の長老は話を聞きながら、密かにラインの表情や仕草を観察していた。
だが、どれほど追及しても、彼の答えには一つの矛盾も現れない。
三人は互いに視線を交わした。
(おそらく、嘘はついていない)
作り上げた嘘にとって、最も恐ろしいのは同じ内容を何度も語らされることだ。
繰り返すほど記憶のずれが生まれ、どこかに綻びが現れやすくなる。
しかし、五度にわたって繰り返しても、ラインの供述は隙なく噛み合っていた。
もちろん、彼らは知らない。
ラインが話している内容の大部分は、初めから真実なのだ。
彼はただ、最も重要な幾つかの事実だけを隠していた。
二環へ進んだことも、ラインが自ら明かしたものである。
気配を隠す専用の精霊がない以上、自分の環階をいつまでも隠し続けることなど不可能だった。
今や病蛇チームの残り四人は、すでに全員死亡している。
戦場で何が起きたのかを詳しく知る者は、ラインしか残っていない。
事実をどのように語るかは、彼の思うままだった。
三人の長老のうち、一人だけは最後まで厳しい表情を崩さなかった。
中年の女長老だった。
彼女の娘こそ、雷狼に殺された病蛇チームの治療精霊使いである。
娘を無惨に失った以上、胸の内に憎しみが積もるのも当然だった。
ラインへ向ける目にも、終始冷たい光が宿っている。
「ライン、一つ聞く」
女長老は突然説明を遮り、鋭い声で問い詰めた。
「なぜ月刃で刃鱗網を切り裂き、イノシシ王を逃がした?」
「戦況が切迫していたため、手柄を立てて皆を助けようとしました。
ですが、慌てるあまり判断を誤りました」
ラインの表情は変わらない。
「判断を誤った?」
女長老は冷笑を浮かべ、さらに追及した。
「では、もう一つ聞こう。
雷狼の群れが現れたあと、お前はイノシシ王の腹に隠れ、同じチームの女精霊使いを意図的に身代わりにしたのではないか?」
「分かりません」
ラインは首を横に振った。
「あのときはひどく恐ろしく、狼の群れから隠れられる場所を探すことしか考えられませんでした。
私がイノシシ王の腹へ潜り込もうとしたとき、彼女も同じ場所へ入ろうとしました
ですが、腹の中は狭く、一人しか隠れられません」
彼女は私との争いに負け、最後には外で雷狼に噛まれて死にました」
ラインは一度言葉を切ったが、声には相変わらず何の揺らぎもなかった。
「そのことは、申し訳なく思っています」
女長老は奥歯を噛み締めた。
ラインの答えは実に狡猾だった。
二人が生き残るため、唯一の隠れ場所を奪い合ったという事実だけを語っている。
相手を事前に気絶させたことも、わざわざ引きずってきて外側の盾にしたことも、一切認めていない。
生死の瀬戸際で、二人が唯一の避難場所を巡って争っただけなら、簡単に罪を問うことはできない。
ラインが初めから殺意を抱いていたと証明できない限り、生存者が隠れ場所を勝ち取ったというだけで、同族殺しと断定することは不可能だった。
あの小規模なビーストウェーブから、すでに三日が経過している。
最終的に集計された被害は、ローデン一族上層部の顔を曇らせるほど深刻なものだった。
これまでの小規模なビーストウェーブでも損失は出ていたが、今回ほど甚大だったことはない。
原因は、あの雷狼の群れにある。
例年であれば、何度か小規模なビーストウェーブが起きたあと、雷狼が少しずつ移動する獣群に混ざり始める。
ところが今回は、最初の衝突からウォルフウェーブが丸ごと姿を現した。
決して、よい兆候ではない。
この世界の環境は過酷だった。
人間が生き延びるためには、ほかの人間と資源を奪い合うだけでなく、
野獣、厳冬、飢饉、そして数え切れないほどの天災とも戦わなければならない。
目の前の小規模なビーストウェーブなど、災厄の前触れにすぎない。
本当に恐ろしいのは、一年後に発生するウルフウェーブだった。
そのときには、数千、数万もの雷狼が洪水のように各地の集落へ押し寄せる。
その中には、雷狼頭狼のような恐るべき獣王まで現れる。
女長老は、さらに幾つもの質問を投げかけた。
しかし、ラインの答えは最後まで隙がない。
結局、彼女は胸に渦巻く憎しみを押し殺し、口を閉ざすしかなかった。
取調室が、再び短い静寂に包まれる。
しばらくして、別の長老が口を開いた。
「ライン。今後はどうするつもりだ?」
「分家任務を申請し、両親が遺した財産を相続します」
ラインは隠すことなく答えた。
「そのあとは、しっかり生きていきます」
病蛇チームはほぼ全滅し、残ったのはライン一人だけだった。
そのため、チームが引き受けていた任務も、内務院によって中止されている。
これなら、二環精霊使いが年に一度だけ持つ任務放棄の権利を使わずとも、すぐに分家を申請できる。
質問した長老は一度頷いたあと、ゆっくりと首を振った。
「私の質問の意味を理解していないようだな
サイラスたちが死亡したことで、元のチームも解散となる
私は、お前が新たなチームへ加入することを勧める」
長老はこめかみを軽く揉んだ。
「内務院が発行する任務の大半は、編成の整ったチームの戦力を基準に設計されている」
「毎月必ずこなさなければならない一族の任務も、お前が申請しようとしている分家任務も、一人だけで達成するのは難しい」
長老は一度言葉を切ってから、さらに続けた。
「もちろん、もう一つの道もある。
お前はすでに二環へ進み、チームリーダーになるための最低限の資格を満たしている。
内務院の審査任務に合格すれば、自らメンバーを募り、新たなチームを立ち上げることができる。
ほかのチームへ入るか、自分がチームリーダーになるか。どちらを選ぶ?」
ラインは一度、目を瞬かせた。
「まだ決めていません。少し考える時間が必要です」
「構わない」
長老は無理に迫らず、ただ一言注意を加えた。
「各チームは、この数日のうちに欠員を補充し、編成を立て直している。
この時期を逃せば、適したチームへ入ることは難しくなる。戻ったら、できるだけ早く決断しろ」
「分かりました」
ラインは椅子から立ち上がり、背を向けて取調室を出た。
実のところ、彼はどちらの道も選ぶつもりがなかった。
ラインは、あまりにも多くの秘密を抱えている。
ほかのチームへ加わるにせよ、自らメンバーを募るにせよ、長時間にわたって他人の視線にさらされることになる。
彼にとって、それは助けどころか、新たな束縛にすぎなかった。
取調室を出たあとも、ラインはすぐに内務院を離れなかった。
そのまま任務窓口へ向かい、分家任務の受領を申請する。
しかし、最近の一族は多くの問題を抱え、内務院も非常に慌ただしかった。
受付を担当する精霊使いは、三日後にもう一度来るよう告げただけだった。
ラインも食い下がることなく、内務院を後にした。
正門を出ると、彼は足を止めて空を見上げる。
どこにでもある、平凡な冬の午後だった。
陽光は弱々しく、風は骨まで凍らせるように冷たい。
集落を歩く人々は皆、慌ただしい表情を浮かべ、空気にも悲しみと重苦しさが漂っているようだった。
「今日は、一族の合同お別れ会だ」
ちょうど、数人の少年たちが近くを通りかかった。
先頭を歩いていたノアが足を止め、ラインを見る。
「ハナ・ローデンが死んだ。知っているか?」
そこにはノアだけでなく、ライルやメル、そしてかつて学堂で共に過ごした数人の同窓生もいた。
普段のノアとメルは犬猿の仲だったが、今日だけは互いの対立を脇へ置き、無言で同じ道を歩いている。
「兄さん、ハナは僕たちと一年間、学堂で過ごした仲間だ」
ライルはラインを見つめ、声を落とした。
「一緒に行こう」
「ハナ……」
ラインの脳裏に、一人の少女の姿が浮かんだ。
年末考核ではノアと互角に渡り合い、最後は体力が尽きたために惜しくも敗れた。
確かに、勤勉で努力を惜しまない少女だった。
だが、死は人間が勤勉だから、美しいから、あるいは善良だからといって、特別に情けをかけてはくれない。
死者は生前にどれほど美しくとも、醜くとも、最後にはただの死体になる。
ラインは、そんなものをあまりにも多く見てきた。
「ああ、彼女も死んだのか」
その声には、何の揺らぎもなかった。
「だが、生老病死は人の常だ。何度も見ていれば、感慨も薄れる。
お前たちだけで行け。私は忙しい」
そう言い残し、ラインは彼らと擦れ違った。
「何だ、あいつは!」
数人の少年が、たちまち怒りを露わにした。
「冷血にもほどがある。同窓生が死んだのに、何とも思わないのか。
初めから、俺たちを仲間だと思ったことすらないんだろう!」
「へへっ。一族で広まっている噂なら、お前たちも聞いただろ?」
別の一人が冷笑を浮かべる。
「ラインが生きて戻れたのは、イノシシ王の腹へ隠れ、同じチームの女精霊使いを外側の盾にしたからだ。彼女に雷狼の牙を受けさせ、自分だけ助かったんだよ。」
「女を犠牲にして自分だけ生き残るとは、精霊使い、いや、男の恥さらしだ」
メルは腕を組み、遠ざかっていくラインの背中を軽蔑に満ちた目で見つめた。
「惨めに生き延びるためなら、男の意地まで捨てるらしい」
「兄さん……」
ライルは俯き、唇を強く噛んだ。
周囲の言葉を聞くうち、ラインの弟である自分まで、言葉では言い表せないほどの恥ずかしさを覚えていた。
ラインは一人、前へ歩き続ける。
背後の嘲笑や罵声は少しずつ遠ざかり、やがて冷たい風の中へ完全に消えていった。
それでも、ラインの心は静かなままだった。
罵られたところで、それが私に何を加えられる?
罵りたいのなら、好きに罵ればいい。
だから、何だというのだ?
器の小さい者は、他人に罵られれば怒り、褒められれば喜ぶ。
だが、罵声も称賛も、所詮は他人の目に映った評価でしかない。
他人の視線によって、自分がどう生きるべきかを決める。
そのような人間こそ、本当に哀れだった。
実際、一部の者たちが意図的に噂を広めたことで、ラインの評判はすでに地に落ちている。
女の仲間を犠牲にして自分だけ助かった。
族規で処罰される行為ではないとしても、道徳的な非難を浴びるには十分だった。
大半の精霊使いが、ラインへ嫌悪を抱くことになるだろう。
しかし、この状況はむしろラインにとって望ましいものだった。
一度体制の中へ入れば、個人は盤上の駒となる。
体制が与える資源を享受する以上、それに見合う責任を負い、体制が定めた規則に従わなければならない。
ラインにとって、そのようなものはあまりにも邪魔だった。
一族の資源は必要だ。
だが、一族との情など必要ない。
まして、仲間や絆などというものに縛られるつもりもなかった。
だからこそ、誰にも属さず、誰とも結ばれぬ孤独な人間であればいい。
皆から疎まれたところで、それが何だというのか。
孤独を恐れ、集団から見捨てられることに怯えるのは、心の弱い者だけだ。
もし地球で一人の人間が集団から排斥されれば、その生活は瞬く間に苦しいものとなるだろう。
個人の力には限界があり、一人では大勢に敵わない。
人脈や社会的な関係そのものが、生きるための重要な保障になる。
だが、この世界は違う。
環階さえ十分に高ければ、一人で十人、百人、さらには千人、万人を打ち倒すことさえできる。
個人の力が集団の力を凌駕できるなら、道徳や世論も本物の枷にはなり得ない。
排斥されたところで、それが何だ?
道を塞ぐ者がいるなら、殺せばいい。
資源がないなら、奪えばいい。
個人の武力が強くなるほど、集団が個人へ及ぼす束縛は弱くなる。
世界を支配する法則が違えば、社会の形も変わる。
人々が選ぶ生き方も、それに従って変化する。
だからこそ、この世界では――
外道が跋扈するのだ。




