87.ビーストウェーブへの動員、精鋭チームの片鱗
「速度を上げろ!遅れるな!前線では一族の仲間が血を流し、俺たちの援護を待っている!」
「しっかりついてこい!夜間戦闘では方角を見失いやすい。特に新人は、絶対に勝手な行動を取るな!」
……
集落へ戻る山道では、精霊使いたちのチームが次々とラインの脇を駆け抜けていった。
「何が起きた?」
五百メートルにも満たない道のりで、ラインはすでに十三ものチームとすれ違っていた。
歩みを進めながら、記憶の中に手掛かりを探す。
しかし、五百年分の記憶はあまりにも長く、あまりにも膨大だった。
転生して以来、ラインは前世の記憶を整理し続けていたが、今なお多くの記憶が濃い霧に覆われている。
無理に思い出そうとすれば、断片的な記憶の中で迷い、精神を無駄に消耗するだけだ。
真に骨身に刻み込まれた過去だけが、透き通った真珠のように一本の見えない糸で結ばれ、ラインの五百年余りに及ぶ人生を貫いていた。
眼前の出来事は、明らかにその真珠の中には含まれていない。
ローデン集落で過ごした歳月など、長大な前世の最初に位置する、ごく短い一節にすぎない。
あまりにも昔のことだった。
それに――
(前世では、そもそもこんな出来事は起きていなかったのかもしれない。
私が転生してから起こした数々の変化によって、歴史はすでにかつての流れから外れ始めている)
考えながら歩くうちに、ラインは集落の北門へ到着していた。
ちょうどそのとき、また一つの組が出発しようとしていた。
「ん?」
組に加わっていた一人の少年がラインに気づき、足を止める。
「ライン。お前、どうしてまだこんな所にいるんだ?」
顔を上げると、声を掛けてきたのはかつての同窓生――メル・ローデンだった。
「何かあったのか?」
ラインが尋ねると、メルは眉をひそめた。
「まだ知らないのか?山麓の村々の近くで、小規模なビーストウェーブが発生したんだ。放っておけば規模はどんどん大きくなり、周辺の村々が丸ごと呑み込まれる」
そこまで言うと、メルはさほど気にも留めていない様子で口を尖らせた。
「まあ、村に住んでいるのは大半が奴隷どもだ。だが、あいつらがいなくなれば、集落での暮らしが何かと不便になるからな」
「なるほど」
メルの言葉をきっかけに、ラインの記憶を覆っていた霧がわずかに晴れ、曖昧な輪郭が浮かび上がってきた。
この世界において、人間が生きていくことは決して容易ではない。
人間が土地や食料、資源を必要とするように、山林に棲む獣や虫たちにも、それらは欠かせない。
ビーストウェーブとは、突き詰めれば人間と獣が生存圏を奪い合う戦争だった。
ヴェルデン山では、およそ三年に一度、さまざまな野獣の群れを発端とする大型ビーストウェーブが発生し、山中の集落を襲う。
(時期から考えれば、本格的な大型ビーストウェーブが起きるのは来年のはずだ。
だが、今起きている小規模なビーストウェーブも、原因は来年の災厄と同じだ)
獣の群れが繁殖し、勢力を増せば、占有する狩り場も広がっていく。
それに伴い、周囲に棲むほかの獣たちの生存圏は圧迫される。
その圧力が限界に達すれば、追い詰められた獣の群れは縄張りを捨て、移動せざるを得なくなる。
一つの群れの移動は、さらに別の獣の縄張りを侵す。
新たな争いと移動が引き起こされ、影響は連鎖的に広がっていく。
そして最後には、無数の獣が一斉に逃げ惑う大規模なビーストウェーブへと発展するのだ。
今のうちに事態を抑えなければ、この小規模なビーストウェーブも成長を続ける。
ローデン集落そのものを揺るがすほどではなくとも、周辺の村々を壊滅させ、一族の戦力を削り、来年訪れる本当の災厄に大きな禍根を残すことになる。
(待て。そういうことなら……)
ラインの瞳に鋭い光が閃き、口元がわずかに持ち上がりかけた。
「くくくく……」
だが、すぐに目を伏せ、表情の変化を隠す。
メルはそれに気づかず、突然のビーストウェーブにラインが怯えたのだと思い込んでいた。
「内務院と外務院はすでに緊急動員令を出して、緊急任務も発令している。ライン、お前だけ怠けられると思うなよ。
お前のチームは、今日の午前中には出発した。チームメンバーである以上、お前も前線へ向かう義務がある」
メルはそこでわざと声を引き延ばし、意地悪く笑った。
「もっとも、ビーストウェーブの中では、さまざまな獣が入り乱れる。特に夜間戦闘の危険は、昼間とは比べものにならない。
お前はまだ、たかが一環の精霊使いだ。僕たちのように二環へ進んでいるわけでもないんだから、せいぜい気をつけることだな。ははは!」
メルは胸を張り、得意げに自分の腰帯へ手を添えた。
その腰帯はすでに、一環を示す濃紺色ではない。
二環精霊使いの証である赤色に替わり、正面の鉄板にははっきりと「二」の文字が刻まれていた。
少し前、メルも祖父カルの助力を受け、二環への突破に成功していたのである。
ラインはこの五日間、集落へ戻っていなかった。
そのため、新たな環階を一族に登録しておらず、腰に巻いているのも以前の一環用の帯のままだった。
メルはそれを見て、ラインが今なお一環頂位に留まっていると思い込んでいる。
ラインはその勘違いを見抜いていたが、あえて訂正しなかった。
「それなら、私もお前たちと一緒に出発しよう。前線へ着いた後で離れ、自分のチームと合流する」
「何だと?」
メルの顔色が変わる。
すぐに腕を組み、不愉快そうに言い放った。
「誰がお前みたいな足手まといを連れていくものか」
ラインは淡々と答える。
「一族の規則では、緊急動員中に単独行動している精霊使いは、最も近くにいるチームへ一時的に編入され、戦闘義務を果たさなければならない。
メル。お前はそんな規則も知らないのか?」
「お前……!」
メルが目を見開き、食ってかかろうとした。
「確かに、その規則は存在する」
それまで黙っていたクルが、ようやく口を開いた。
身長は二メートル近く、広い背中と太い腰を備え、上半身は裸である。
盛り上がった筋肉は、赤鉄を流し込んで固めたかのように厚く硬い。
冬の夜気の中に立っているにもかかわらず、赤みを帯びた肌からは、かすかな熱気が立ち昇っていた。
この組のリーダーが誰であるかは、一目瞭然だった。
クルが口を開いた以上、カル派閥が重視する後輩であるメルも、黙るほかなかった。
クルは無表情のままラインを一瞥する。
「出発する。ついてこい」
低く短い言葉には、異論を許さない響きがあった。
ラインは気にも留めず肩をすくめ、それを返事代わりにした。
一方のメルは、不穏な笑みを浮かべてラインを見る。
「せいぜい遅れないようにするんだな。途中で置いていかれても、わざわざ戻って助ける暇なんてないぞ」
ラインは相手にもしなかった。
「ふん。たかが一環の精霊使いのくせに、何を気取っているんだか」
メルは腹立たしげに呟いたが、クルの威圧感に押され、それ以上絡もうとはしなかった。
こうして六人は北門を出発し、雪の積もる山道を山麓へ向けて駆け下りていった。
先頭を走るのはクル・ローデンである。
巨体でありながら、その走りに鈍重さは欠片もない。
一歩一歩が力強く安定し、速度も驚くほど速かった。
クルとメルのほかに、組には男性二人と女性一人がいた。
三人とも道中、一言も発することなく、冷たい表情で足元の山道だけに意識を向けている。
速度が上がるにつれ、この組はローデン一族の三大精鋭組に数えられるだけの実力を見せ始めた。
組の正式なメンバーたちは呼吸を乱さず、雪と岩の間で軽やかに足場を選び続ける。
その動きからは、長距離を駆け抜けてきた豊富な経験がうかがえた。
ただ一人、メルだけが苦しそうだった。
何度も蟋蟀の精霊を使い、その力を借りて、どうにかほかの者たちを追いかけている。
それでも動きを見れば、カル派閥が彼に相当な労力を費やしてきたことは分かった。
足取りは危なっかしく、体力の配分も明らかに未熟だったが、転ぶこともなければ、本当に組から脱落することもなかった。
山麓へ着くと、先頭のクルが突然片手を上げた。
一行は即座に足を止める。
それからしばらくして、三百メートルほど後方からメルがようやく追いついてきた。
「はあ……はあ……」
顔を青ざめさせ、両手を膝について激しく息をつく。
だが、顔を上げたメルは、ラインがずっと組の最後尾についてきていたことに気づいた。
ラインは少し呼吸が速くなっているだけで、表情は依然として平静だった。
学堂を出たばかりの新人には、まるで見えない。
「そんな……馬鹿な……」
メルは信じられないという顔でラインを見た。
「メル、体力配分を考えろ」
クルは一言だけ注意した。
続いて何気ない様子でラインへ視線を向け、その目にわずかな評価の色を浮かべる。
ほかのメンバーたちも、ラインを見る目から先ほどまでの冷たさを幾分か和らげていた。
「ここから先は、ビーストウェーブの活動範囲に入る」
クルは前方の暗い山林を見据え、低い声で命じる。
「メル、ライン。お前たちは組の中央へ入れ」
ラインはその言葉を聞き、改めてクルを観察した。
(この大男、意外と器がある)
組の中央は、通常最も安全な位置だ。
ラインはカル派閥の人間でも、この組の正式なメンバーでもない。
それでもクルは、彼を保護すべき新人として扱い、排斥したり、わざと危険な位置へ追いやったりはしなかった。
組のリーダーとしての度量だけを見れば、病蛇サイラスなど、クルの足元にも及ばない。
すでに日は完全に落ちていた。
厚い雲が月光を遮り、地面を覆う雪さえ暗く沈んで見える。
クル組は素早く陣形を変えた。
全体の速度を落とし、複雑な地形の山林を着実に進み始める。
ラインとメルは中央。
左側には大柄なクル、右側には白髪の老人が位置し、水色の長髪を持つ若い女性が後方を守る。
最前方を進んでいるのは、リンゲルという名の男性精霊使いだった。
彼はこの組で、偵察を担当する精霊使いである。
移動中、リンゲルの口からは時折、シューッと小さな音が漏れていた。
鮮やかな赤い舌が、何度も口の外へ伸びている。
その舌先は二つに裂け、完全に蛇の舌と同じ形へ変わっていた。
一行が山林の奥へ進むにつれ、周囲には異変に怯え、逃げ惑う獣の姿が現れ始めた。
不意に、リンゲルが口を開く。
「前方に中型の生物が三頭。体温と動き方から、野鹿と思われます」
「追い払え」
クルは表情一つ変えず、即座に命じた。
六人は進路を変えず、そのまま前進する。
正面から走ってきた三頭の野鹿は、精霊使いたちの気配を感じ取ると、すぐに方向を変え、反対側の山林へ逃げ込んだ。
さらに進んだところで、リンゲルの表情がわずかに変わる。
「前方に中型の生物が多数。亀甲老猿の群れと思われます」
「進路を変える」
クルが言い終えると同時に、一行は左へ折れた。
気性が荒く、極めて厄介な老猿の群れを静かに回避していく。
これこそ、偵察手段を持つ利点だった。
脅威を事前に発見できれば、敵の数と種類に応じて正しい判断を下し、無意味な戦闘や消耗を避けられる。
(リンゲルが使っているのは、おそらく蛇舌の精霊だ)
ラインは走りながら、密かに分析する。
(この二環精霊は、生物が放つ熱を感知できる。ただし、明確な欠点が三つある。
第一に、感知範囲が狭い。第二に、ほかの熱源に妨害されやすい。第三に、体温が外気に左右される冷血生物は探知できない。
とはいえ、ないよりは遥かにいい。
私もすでに二環へ進んだ。これから長く野外で行動するつもりなら、偵察に使える精霊を手に入れなければならない)
そのとき、先頭を進んでいたリンゲルが鋭い声で警告した。
「中型の生物が一頭。白虎と思われます!こちらに気づき、急速に接近中!」
「迎撃準備」
クルの声音は、依然として落ち着いていた。
ガオオオォッ!
鼓膜を震わせる咆哮が響き渡る。
直後、全身を白い毛皮で覆われた猛虎が藪を突き破り、折れた枝と雪を巻き上げながら六人へ襲いかかってきた。
リンゲルの事前警告がなければ、突然の襲撃を受けた一行にも、わずかな混乱が生じていただろう。
だが今、全員がすでに迎撃態勢を整えていた。
右側を守っていた白髪の老人が、真っ先に動く。
大きく頬を膨らませ、口から白く粘り気のある塊を吐き出した。
白い塊は宙を飛びながら一気に広がり、瞬く間に巨大な蜘蛛の巣へ変わる。
飛びかかってきた白虎を、正面から丸ごと包み込んだ。
白虎は地面へ叩き落とされ、怒り狂った咆哮を上げながら、蜘蛛の巣の中でもがく。
巣は激しく引き伸ばされ、何度も形を変えたが、決して千切れなかった。
次の瞬間には、クルが一歩前へ踏み出していた。
固く握られた右拳の表面に、冷たい金属の光沢が浮かぶ。
拳の一撃で、白虎の頭蓋がその場で砕け散った。
咆哮が途絶える。
リンゲルが警告を発してから白虎が絶命するまで、三呼吸すら経っていなかった。
一行は足を止めることさえない。
クルは虎の死骸をまたぎ、元の位置へ戻った。
リンゲルも再び最前方へ出て、偵察を続ける。
連携は淀みなく、行動は滑らかで、一つとして無駄な動きがなかった。
(わずか三秒ほどか)
ラインの目がわずかに動く。
(今の私が一人であの白虎を相手にするなら、安全に仕留めるまで最低でも五分は立ち回る必要がある)
この精霊使いたちは、ラインと同じ二環だった。
両者の実力差を生み出している最大の要因は、やはり精霊にある。
クルたちが使う精霊は、その大半がすでに二環へ達している。
能力も互いを補い合い、偵察、拘束、攻撃から成る完成された体系を築いていた。
対するラインは二環へ進んだばかりであり、手元にある六体(逆矢、酒虫、月印、微光蛍、白イノシシ、ヒスイズスキン)の精霊は、すべて(逆矢以外)一環に留まっている。
精霊使いとは、その名のとおり、精霊を根幹とする存在だ。
精霊の環階、能力、そして組み合わせ方は、精霊使いの実戦能力に極めて大きな影響を及ぼす。
(私は二環の赤鉄精神力を得たが、二環精霊が不足している。この問題を解決して初めて、二環精霊使いとして本来の戦闘力を発揮できる。
だが、手元の霊石はもうほとんど残っていない。二環への突破で大量に消耗したうえ、精霊を一度煉成するたびに、少なくない費用が必要になる)
ラインが胸中で計算を巡らせていると、最前方のリンゲルが突然足を止めた。
鮮やかな赤い蛇舌が素早く伸び、空気の中で立て続けに震える。
「精霊使いの痕跡を発見しました」
リンゲルはわずかに振り返り、険しい表情を浮かべた。
「前方にいるのは、病蛇サイラスのチームです」




