85.閉関修行、悪客の扉破り
一睡もしないまま、夜が明けた。
空が白み始めると、ラインはすぐに住まいを出て、集落の中で生活用品を大量に買い揃えた。
借りた部屋はあまりにも簡素で、寝台の布団もひどく傷んでいる。
長く暮らせば、必ず冷気が体を蝕むだろう。
凡人より遥かに丈夫な精霊使いといえど、病を完全に避けられるわけではない。
手持ちの霊石はすでに半分以上減っていたが、必要な物まで惜しむわけにはいかなかった。
まずは寝具である。
ラインは新しい綿を詰めた厚手の掛け布団を二枚買い、さらに敷布団と敷布も用意した。
部屋には油灯が一つしかなく、明かりもひどく頼りない。
そこで油灯をもう一つ買い足し、油灯用の油も二壺分ほど蓄えておく。
借りた部屋は狭かったが、隅に小さな机と椅子一脚を置く程度の余裕はあったため、それらもまとめて購入した。
そして、何より重要なのが火鉢だった。
今は冬の真っただ中である。
暖を取る火鉢がなければ、厚い布団を被っていても、夜中には寒さで目を覚ますことになる。
生活用品のほかにも、ラインは七日分の保存食を買い込み、必要な飲み水もあらかじめ用意した。
すべての準備を終えると、窓と扉を固く閉ざし、それから一歩も部屋の外へ出なかった。
……
冬の太陽がゆっくりと昇り、雪に覆われた集落へ、気怠く青白い光を降り注がせていた。
集落の北門前では、サイラスを含む四人の精霊使いが、苛立ちを募らせながら待っていた。
「おかしいわね」
一人の女性精霊使いが周囲を見回し、眉をひそめる。
「昨日、時間も場所もきちんと決めたはずでしょう。もう十分以上も過ぎているのに、どうしてラインは来ないの?」
サイラスは笑って答えた。
「そう焦るな。もう少し待ってみよう。新人が初めてチームで行動するのだ。多少遅れるくらいは珍しくない」
口では寛大そうに言いながら、心の中では冷笑していた。
ラインを抑えつける口実が見つからず困っていたというのに、まさか翌日になって、向こうから格好の弱みを差し出してくるとは思わなかった。
「俺たちを待たせるだけならまだしも、リーダーまで立たせたまま待たせるとはな」
ソラが不満げに口を歪める。
「あの小僧、ずいぶん偉くなったものだ」
ところが、それからさらに半刻が過ぎても、ラインは現れなかった。
サイラスの笑みは次第に消え、表情に暗い影が差していく。
ソラは周囲を見回しながら、訝しげに言った。
「あの野郎、集合場所を間違えたんじゃないでしょうね?昨日、北門に集合だとはっきり伝えたはずですが」
サイラスは低い声で命じた。
「私はここに残って待つ。お前たち三人は、ほかの門を一つずつ見てこい。あいつが場所を間違えていないか確かめるんだ」
三人は命令に従うしかなかった。
しかし、しばらくして戻ってきた彼らは、誰一人としてラインを見つけられなかった。
「もしかしてラインは、私たちの狙いに気づいて、チームを抜けたんじゃないかしら?」
女性精霊使いの一人が、声を潜めて推測する。
「買い被りすぎだ」
ソラは馬鹿にしたように口元を歪めた。
「年末考査で一位になったとはいえ、しょせんは学堂を出たばかりの子供だぞ。年齢も経験も知れている。そこまで深く考えられるものか」
サイラスの顔は、暗く沈んでいた。
「あいつが見抜いたかどうかなど、どうでもいい。今最も重要なのは、一刻も早く居場所を突き止めることだ。
私が懸念しているのは、ただ一つ――あいつが我々を振り切り、どこかに身を隠して二環への突破を図っていることだ」
ほかの三人の顔からも、たちまち軽薄さが消えた。
ラインが二環へ昇れば、自ら野鹿の捕獲任務を放棄し、そのまま内務院へ分家申請を提出できる。
そうなれば、サイラスがこれまで仕掛けてきたことは、すべて無駄になってしまう。
「探せ!」
サイラスが低く一喝した。
「集落はそれほど広くない。貸し出されている家の数にも限りがある。一軒ずつ調べてでも、必ずあいつを見つけ出せ。
決して、落ち着いて二環へ挑む時間を与えるな!」
「はい!」
……
古びた部屋の中で、ラインは寝台の上で足を組んで座っていた。
目の前には幾つもの金袋が置かれ、その口はすべて開かれている。
中に入っているのは、ラインが現在所有する霊石のすべてだった。
「残りは、もう多くないな」
ラインは小さく息を吐き、やや険しい表情を浮かべた。
霊石は、精霊使いが修行を進めるうえで欠かせない資源である。
霊石がなければ、消耗した精神力が空界で自然に回復するのを待つしかない。
当然、修行の速度も大幅に低下する。
それだけではない。
精霊にはそれぞれ決まった食物が必要であり、資源が途絶えれば、餌を得られない精霊は次第に衰弱し、最後には飢え死にしてしまう。
学堂で修行していた頃、ラインの手元にある霊石は、一時千個を超えていた。
だが、どれほど多くの財産があろうと、長期間にわたって使い続ければ、いつかは底を突く。
同じ年に学堂を卒業した精霊使いの多くは、現時点で三体ほどの精霊しか持っていない。
一方のラインは、年末考査で一位になった後、褒賞を受け取るため精霊室へ入り、二体目の微光蛍を無償で選んでいた。
この褒賞は、皆の前で正式に発表されたものだ。
何の理由もなく受け取りを辞退すれば、かえって周囲の疑念を招く。
そのため、ラインはどうしても一体を選ばなければならなかった。
これにより、彼が所有する精霊は、逆矢、酒虫、月印、二体の微光蛍、白イノシシの精霊、そしてヒスイズスキンの合計七体となった。
経済的に見れば、間違いなく重い負担である。
(今の消耗が続けば、残った霊石で持ち堪えられるのは、長くても二か月ほどだ。
だからこそ、できるだけ早く両親の遺産を取り戻さなければならない。今の私にとって、あの財産こそ最も安定した資源の供給源になる。
そして、遺産を取り戻すには、まず二環へ昇る必要がある)
ラインの眼差しが深く沈む。
彼にとって、二環への突破は決して容易なものではなかった。
精霊使いの修行において、第一に重要なのは資源であり、第二が資質である。
資源が不足しているなら、何らかの手段で手に入れればよい。
だが、資質の不足は精神力を蓄えられる上限そのものを根本から制限し、突破のたびに大きな困難をもたらす。
精霊使いの資質は、低い順に末等、下等、中等、上等の四段階に分けられている。
しかし、この四段階はあくまで大まかな区分にすぎず、同じ等級の中にも明確な差があった。
下等資質を例にすると、霊海が空界に占める割合は、最低で四割、最高なら五割九分にまで達する。
ラインの精神力の上限は、わずか四割四分だった。
下等資質の中で比べても、中の下程度にしかならない。
己の力だけで二環への突破を果たすには、通常、少なくとも五割五分の墨緑色の精神力が必要となる。
上等資質や中等資質の精霊使いにとって、これは本当の難関と呼べるほどのものではない。
下等資質であっても、精神力の上限が五割五分、五割六分、あるいは五割九分に達していれば、十分に蓄積した後、比較的順調に突破できる。
そのため、下等資質の精霊使いも、その大半は最終的に二環へ到達する。
だが、その中から三環へ至れる者となれば、極めて少ない。
資質を調べる試験が終わった瞬間、ほとんどの精霊使いが生涯で到達できる環階は、すでにおおよそ予測できてしまうのだ。
かつてラインが冷遇されたのも、単なる世間の偏見だけが理由ではなかった。
(私の精神力の上限は四割四分しかない。だが、晶膜を打ち崩し、新たな壁を築いて二環へ昇る方法が、まったくないわけではない。
最善の方法は、資質そのものを直接高める精霊を手に入れることだ。
その次は、酒虫に似た補助型精霊を探し、精神力の質か量の不足を補うこと)
ラインは深く息を吐き、天井を仰いだ。
(さらに劣る方法としては、自分より遥かに環階の高い人の力を借り、異種の精神力で晶膜への衝撃を補助してもらう手もある。
ただし、空界へ他人の精神力を混ぜれば、除去しにくい異種の気配が残り、大きな禍根となる。後に浄水精霊を手に入れ、残留した気配を完全に洗い流せるなら話は別だが)
ラインは両手を伸ばし、金袋から二個の霊石を取り出した。
指先で、その滑らかな表面をゆっくりとなぞる。
(これらの方法は、どれも今の私には適していない。
私には信用できる師などいない。たとえ助けを申し出る者がいたとしても、空界という致命的な弱点を、簡単に他人へ晒すつもりはない。
酒虫のような補助型精霊は、そもそも極めて希少だ。この段階で一体の酒虫を手に入れられたこと自体、すでに得難い幸運だった。
そして、資質を高める精霊については……)
ラインの瞳が僅かに暗く沈んだ。
前世の彼は、資質を高める精霊を手に入れたことがある。
まさにそのおかげで、六環まで修行を続けられたのだ。
同じような精霊を、どこで見つけられるかも知っている。
しかし、それらの場所は極めて危険であるか、強大な勢力によって厳重に支配されていた。
現在のラインの環階では、そもそも足を踏み入れることさえできない。
仮に幸運にも手に入れられたとしても、守り切る力も、すぐに使う能力もなかった。
(これら以外に残されているのは、最も愚かで、最も多くの資源を消耗する方法だけだ。
霊石の力で、強引に押し切る!)
そう考えた瞬間、ラインの両目に鋭い光が宿った。
五本の指を固く閉じ、手の中の霊石をしっかりと握り込む。
精霊使いの修行において、第一に重要なのは資源であり、第二が資質だ。
資質の欠陥も、ある程度までは資源によって埋め合わせることができる。
(私の精神力の上限は四割四分。自力で蓄えられる分だけでは、一度に晶膜を打ち崩せない。
だが、衝撃を維持しながら霊石に含まれる天然の精神力を吸収し続ければ、攻勢を長引かせることができる。
四日から五日、途切れることなく続けられれば、晶膜を完全に打ち砕ける可能性はある!)
覚悟はすでに決まっていた。
ラインは目を閉じ、意識のすべてを空界へ沈めた。
穏やかだった青銅色の霊海が、再び激しく波立ち始める。
墨緑色の波が次々と四方へ押し寄せ、強固な白い晶膜へ繰り返し衝突した。
ただし今回は、昨夜のように全力を爆発させてはいない。
衝撃が強すぎれば、精神力はすぐに底を突く。
一度でも攻勢を維持できなくなれば、晶膜に生じた亀裂は自然に塞がり、それまでの努力がすべて無駄になる。
そのため、ラインは意図的に衝撃の強さを抑えた。
波は絶えず晶膜を打ち続けているが、先ほどまでのような荒々しさはない。
これによって精神力の消耗速度は大幅に抑えられたが、その代わり、晶膜に増えていく亀裂も極めて僅かなものとなった。
同時にラインは、握り締めた霊石から天然の精神力を絶えず吸収し、自らの消耗を補っていく。
霊石による供給が続く限り、晶膜へ加わる衝撃は、その自己修復をほんの僅かに上回っていた。
進み方は極めて遅い。
全力で衝撃を与えたときの百分の一にも満たないほどだった。
それでも、十分な時間さえ続ければ、その僅かな差は少しずつ積み重なっていく。
最後には、必ず晶膜を完全に打ち崩せる。
一見すると単純な方法だが、実際の条件は極めて厳しかった。
衝撃を始めた瞬間から、ラインは最低限の食事、水分補給、排泄を除き、常に精神力を動かし続けなければならない。
僅かな時間を無駄にするたび、晶膜は一部を修復し、それまでに消費した霊石も無駄になってしまう。
十五分以上攻勢を止めれば、晶膜に生じた亀裂は完全に塞がる。
そうなれば、すべての進展が消え去り、最初からやり直すしかない。
そしてラインの手元には、一度失敗した後、もう一度挑戦できるほどの霊石は残っていなかった。
……
修行に没頭していると、時間は驚くほど速く過ぎていく。
気づけば太陽は山の向こうへ沈み、黄昏が集落を包み込んでいた。
サイラスは通りの中央に立ち、霜に覆われたような冷たい顔で、低く恐ろしい声を発した。
「丸一日探して、それでも見つからなかったのか?」
「はい、リーダー」
ソラは額の冷や汗を拭った。
「あの小僧は、昨日俺たちが紹介した家を一軒も借りていません。今どこに隠れているのか、まったく分からない状態です」
サイラスは重く鼻を鳴らした。
「明日も探し続けろ。集落にある宿屋も、すべて調べておけ。集落などこの程度の広さしかない。あいつが忽然と消えられるはずがないだろう。
どこに隠れようと、必ず何かしらの痕跡を残している!」
そう言い捨て、サイラスは乱暴に袖を翻して立ち去った。
そして翌日の昼頃、捜索はついに実を結んだ。
一人の女性精霊使いが、興奮した様子でサイラスのもとへ駆け込んでくる。
「見つけました!ラインは古びた竹楼の一室を借りています。
部屋は二階です。大家から聞いた人相も、間違いなくラインのものでした」
「やはり、私の予想どおりだったか」
サイラスの口元が吊り上がり、陰湿な笑みが浮かぶ。
「あいつは本当に身を隠し、全力で二環へ挑んでいる。
行くぞ。新しくチームに入った仲間のもとへ出向き、たっぷり気遣ってやろうではないか」
「へへへ……」
ほかの三人も、つられるように冷笑を浮かべた。
四人はすぐに、ラインが部屋を借りている竹楼へ向かい、狭い階段を通って二階へ上がった。
部屋の扉は固く閉ざされている。
その表面には、一枚の竹紙が貼られていた。
サイラスは手を伸ばして竹紙を剥がし、内容を確かめる。
そこにはラインの筆跡で、数日間にわたり閉関修行を行うため、その間は部屋から出ず、外部の者にも邪魔をしないでほしいと書かれていた。
サイラスたちが目にすることも見越して、事前に残された欠席届とも受け取れる内容だった。
「欠席届だと?」
サイラスは冷笑し、竹紙を無造作に床へ投げ捨てた。
ラインがこうも順調に二環へ昇ることなど、許すはずがない。
サイラスは指を曲げ、扉を三度叩いた。
「ライン君、中にいるのか?」
わざと声を張り、部屋の中まで確実に聞こえるように呼びかける。
「わざわざ君の様子を見に来たんだ。二環への突破に挑むなどという大事なことを、どうして事前に私たちへ相談しなかった?」
部屋からは、何の返事もなかった。
サイラスは力を込め、再び扉を三度叩いた。
「ライン君、言いたくはないがね。すでに我々のチームへ加わった以上、これからは指示に従い、ほかのメンバーとも足並みを揃えて行動してもらわなければ困る。
我々はすでに野鹿の捕獲任務を引き受けている。それも、君のためにわざわざ選んだ任務だ。ひとまず修行を中断して、先に皆で任務を終わらせようではないか。
戻ってきてから二環への突破を再開しても、決して遅くはない」
サイラスは目を細めた。
顔は陰気に沈んでいるというのに、声だけは相変わらず温和だった。
だが、部屋の中からは何の物音も聞こえない。
目を光らせたサイラスは、不意に声量を上げ、わざと焦ったような口調になった。
「ライン君、どうして返事をしない? まさか、何かあったのではないだろうな?
二環への突破は、そう簡単なものではない。まず我々の経験を聞けばよかったものを、なぜ一人で危険を冒す必要がある?
ライン!聞こえているのか?」
サイラスはしばらく間を置くと、突然何かに気づいたかのように、さらに切迫した声を上げた。
「まずい。すでに意識を失っているのではないか?」
顔には冷笑を浮かべながら、口から出る言葉だけは心配と気遣いに満ちていた。
傍らに立つ三人も、すぐさまサイラスの意図を理解した。
ソラが頃合いを見計らい、声を上げる。
「リーダー、本当にその可能性があります。これほど長く返事がないのです。
もし修行中に何か起きていたら、取り返しのつかないことになります。扉を破ってでも中へ入り、助けたほうがいいでしょう!」
「ライン!」
サイラスはもう一度、大声で呼びかけた。
「早く扉を開けろ!何も答えなければ、我々も心配になる。これ以上開けないのなら、強引に入るしかないぞ。
君はチームに加わったばかりの新人だ。我々には、君が危険に陥るのを黙って見過ごすことなどできない!」
それでも、部屋の中からは何の返事もなかった。
サイラスは口元を僅かに吊り上げ、振り返ってソラへ目配せする。
ソラも直ちに意図を察した。
半歩後ろへ下がると、右足を振り上げ、勢いよく扉を蹴りつける。
ドガン――!
扉は一撃で蝶番から外れ、部屋の中へ吹き飛ぶと、寝台の上へ激しく叩きつけられた。




