77.二環の新星、兄弟相対す
ライルとノアは、相次いで擂台へ上がった。
「ライル、二環になったからといって、俺が負けるとは限らない!今日こそ、格上のお前を倒してみせる!」
ノアは歯を食いしばり、険しい表情で自らを奮い立たせた。
二環初位へ進んだライルを前にして、強い重圧を感じているのは事実だった。
「来い」
ライルは低く告げると、一気に地面を蹴った。
ノアの胸が跳ねる。
(こいつ、いきなりか!?)
学員同士の戦いでは、まず遠距離から月刃を撃ち合い、どちらかの精神力が乏しくなってから拳脚の勝負へ移るのが普通だった。
しかし、ライルは試合が始まるや否や、真っすぐ突進してきた。
最初から間合いを詰めるつもりなのは明らかである。
(接近戦の最中に、俺の月刃を受けるのが怖くないのか?)
ノアの胸に疑問が浮かぶ。
もちろん、ライルの身を案じたわけではない。
距離を詰められれば、ライルが放つ月刃も至近距離から飛んでくるため、自分も避けられなくなると分かっていたからだ。
ノアは慌てて後退し、再び距離を取ろうとした。
同時に手首を返し、掌へ月光を凝縮させると、素早く幽青色の月刃を放つ。
ライルは動じることなく、地面へ飛び込むように身を伏せた。
そのまま一回転して月刃をかわすと、すぐさま立ち上がり、再び距離を詰めていく。
同時に、ライルの掌にも幽青色の月光が集まっていた。
だが、月刃は放たれない。
いつでも撃てる状態のまま掌に留められた月光を見て、ノアの重圧はさらに増した。
ライルを近づけまいと、何度も後ろへ下がる。
ノアも拳脚の基礎を懸命に鍛え、月刃の扱いにも多くの時間を費やしてきた。
しかし、族長から長期間にわたって直接指導を受けたライルと比べれば、どうしても一歩及ばない。
さらに、この絶えず圧力をかけてくる戦い方によって、ノアは完全に自分の調子を崩されていた。
瞬く間に、彼は劣勢へ追い込まれる。
「おっ、あの擂台の試合は少し面白そうね」
ライルとノアの戦いは、すぐに多くの観戦者の目を引いた。
「そこまで間合いを詰めるなんて、ライルも相当な度胸じゃない」
しばらく二人を観察したことで、ベニはすでにラインとライルを見分けられるようになっていた。
ラインは常に冷淡な表情を浮かべ、その身には成熟した陰鬱な気配が漂っている。
対するライルは表情が凛々しく、眉や瞳には少年らしい明るさと鋭さがあった。
「族長様から直々に鍛えられた成果だろう」
アオは目を細め、戦いを分析する。
「通常、学員同士が戦う場合、両者は十メートルほどの距離を保とうとする。
それ以上離れれば月刃は急速に消散し、逆に近すぎれば、正面から飛んでくる月刃へ反応できないからだ
だが、ライルは今、その距離を六メートルまで縮めている。それでも月刃をかわす動きに迷いがない
族長様が重んじるだけのことはあるが、本人も相当な努力を重ねたようだな」
「ノア!」
ライルに追い詰められていく弟を見て、リリアの顔には焦りと不安が浮かんでいた。
今にも自ら擂台へ飛び上がり、弟に代わってライルを叩きのめしかねない様子である。
一方、クルは相変わらず無表情のまま、静かに戦いを見守っていた。
二人の距離が六メートルまで縮まると、ライルはそれ以上の接近を止めた。
一定の間合いを保ちながら月印を催動し、ノアとの月刃の撃ち合いを始める。
不意を突かれたノアは対応に追われ、動きがますます乱れていった。
何度も月刃の直撃を受けかけ、そのたびに危うく身をかわす。
対するライルは、終始余裕を失わなかった。
たとえ避けきれなくても、彼にはヒスイズスキンという切り札がある。
翠緑色の玉光を間に合わせれば、月刃を正面から防ぐことも可能だった。
かつては互角だったノアを、今の自分は完全に圧倒している。
ライルの脳裏に、これまでの修練の日々が蘇った。
月明かりの下、族長ハクは一つ一つの動きを根気強く修正してくれた。
月刃をかわす方法を自ら実演し、長年の経験も惜しむことなく授けてくれた。
(族長様、僕は絶対にあなたを失望させません!)
ライルの瞳に鋭い光が宿り、その攻勢はさらに激しさを増した。
天幕の下では、族長ハクが静かに戦いを見守っていた。
その穏やかな胸の内にも、かすかな波紋が広がっていく。
(ライル、お前には優れた資質があり、そのうえ努力を惜しまない。今日の成果は、才能だけで得たものではない。お前が流してきた、一滴一滴の汗が積み上げたものだ。そのまま勢いを保て。
行け。お前自身の輝きを、存分に見せてみろ!)
ハクは何も口にしなかったが、その口元にはいつしか満足げな笑みが浮かんでいた。
ノアも必死に抵抗を続けた。しかし十五分が過ぎる頃には、その体に大小の傷が刻まれていた。
傷口から流れ出した血が、みるみる衣服を赤く染めていく。
審判を務める精霊使いは、それを見て即座に判断を下した。
「そこまで!
勝者、ライル・ローデン!」
「俺、いや、私はまだ負けていない!」
ノアは意地になって叫んだ。
全身を血に染め、体をふらつかせながらも、自ら擂台を下りようとはしない。
しかし、数歩も進まないうちに倒れかけた。
数人の精霊使いがすぐに擂台へ上がり、抵抗するノアを強引に連れ下ろして治療を受けさせる。
「今の戦いぶりは、卒業から一年ほど修練を積んだ精霊使いにも迫る水準だな」
「上等資質の天才は、やはり違う」
「ライルは族長様から直接教えを受けているらしい。あれほどの実力を身につけていても、不思議ではないか」
擂台の下では、新人を選びに来た精霊使いたちが口々に称賛していた。
ライルは荒い息を吐きながら擂台を下りた。
すぐに三名の精霊使いが集まり、傷の確認と治療を始める。
さらに学堂から数個の霊石が無償で与えられ、内部の天然精神力を吸収することで、空界を速やかに回復させた。
しばらく休んだ後、万全の状態を取り戻したライルは、再び擂台へ上がった。
次の相手は、メルだった。
メルは向かい側に立つライルを見て、乾いた笑い声を漏らす。
「よくやったな、ライル!さっきお前はノアを倒した
ここで俺がお前を倒せば、お前たち二人をまとめて下したことになる!」
口調だけは軽く、まるですでに勝利を手にしたかのようだった。
ライルは唇を引き結んだまま何も答えず、再び正面から駆け出す。
「蟋蟀の精霊!」
メルが念じた瞬間、両脚を橙赤色の光が覆った。
軽く地面を蹴っただけで、その体は一気に十メートル後方へ跳び退き、瞬く間に距離を広げる。
「へへへっ」
メルは得意げに笑った。
「ライル、お前は速度を高める精霊を持っていない。
自分の脚だけで、俺に追いつけるはずがないんだヨ~
この擂台はそれほど広くないが、俺が逃げ回るには十分だ。
さっきノアに使った戦い方は、俺には通用しない!」
「本当にそうかな?」
ライルは足を止め、その場に立ったまま、鋭い眼差しをメルへ向けた。
やがて、その顔にわずかな笑みが浮かぶ。瞳には揺るぎない自信が宿っていた。
「なら、そのまま逃げ続ければいい」
手に宿る月光が、いっそう輝きを増した。
「蟋蟀の精霊を催動するたび、お前の精神力は確実に消耗する。
お前が持つのは一環頂位の青銅精神力だが、僕はすでに二環初位の赤鉄精神力を持っている。
戦い続けられる時間は、少なくともお前の三倍だ」
「それに、資質でも僕のほうが上だ、最後に先に精神力が尽きるのは、必ずお前だ!」
「お、お前……」
メルの表情が一変した。
自分の速度という強みばかりに目を奪われ、その戦い方が精神力を消耗し続けることには気づいていなかった。
弱点を大勢の前で指摘されても、反論の余地はない。
それまで高まっていた戦意は、一気に挫かれてしまった。
「何だと?ライルはもう二環なのか?」
擂台の周囲にいた精霊使いたちが、一斉にざわめき始める。
環階検査が行われたのは昨日であり、その結果は家族上層部と学堂内にしか広まっていなかった。
そのため、観戦に訪れた精霊使いの大半は、このとき初めてライルの突破を知ったのである。
「さすがは上等資質だ。学堂を卒業する前に二環へ進むとは」
「このライルは、本当に一族の未来を背負う希望の星になるかもしれない」
「ベル一族の天才シオンはあまりにも強い。だが、ライルがこのまま成長すれば、いつか本当に対抗できるようになる可能性もある」
「なかなか面白い子じゃないか」
ベニは擂台に立つライルを眺め、感心したようにつぶやいた。
「学堂を出る前に二環へ進み、拳脚の基礎もあれほど堅実に身につけている。こんな学員は滅多にいないわ。族長様が多くの手間と資源を注ぎ込んだのも納得ね」
アオも感慨深げに頷く。
「族長様の指導だけではない。ライル本人の努力も侮ってはいけない
あの暗殺から生還して以来、彼はまるで別人のように変わった。以前とは比べものにならないほど修練へ打ち込んでいる
「才能に恵まれ、それでいて地道な努力も惜しまない。間違いなく、優れた逸材だ」
そこまで言うと、アオは困ったようにため息をついた。
「このまま本当に大成でもされたら……どうしてだろうな
私の肩にかかる荷が、ますます重くなっていく気がするよ」
「ふふふ」
族長ハクは、思わず小さく笑った。
メルの性格に潜む弱点については、以前からライルへ詳しく教えていた。
今のライルは、その教えを覚えているだけではない。
実戦の中で正確に相手の弱点を見抜き、攻め崩すために利用している。
それが、ハクには何より喜ばしかった。
「今年の第一位は、ライルで決まりだろうな」
族長の隣に座るコア長老が口を開いた。
その言葉を聞いたカル・ローデンは不機嫌そうに鼻を鳴らし、擂台上の二人を睨みつける。
当然、彼は自分の孫がライルを打ち破ることを望んでいた。
メルが族長自ら育てた上等資質の天才を倒せば、カル派全体にとって大きな面目となる。
しかし、現実は彼の期待どおりには進まなかった。
弱点を指摘されたメルは戦意を挫かれ、実際に戦いが始まってからも本来の実力を発揮できない。
それどころか、焦りから立て続けに失敗を重ねた。
最後にはライルが一瞬の隙を捉え、強烈な一撃でメルを擂台の外へ弾き飛ばした。
「勝者、ライル・ローデン!」
審判役の精霊使いが高らかに宣言する。
カル・ローデンの顔は、たちまち怒りで青ざめた。
この瞬間、ライルはすべての者から注目を浴び、その輝きに並ぶ者はいなかった。
「ノアとメルを立て続けに倒し、実力だけでなく、相手に応じて戦い方を変える頭もある。
今年の第一位は、もうライルで決まりだろう」
「ああ、私も高く評価している。残念なのは、これほどの逸材は初めから族長派に迎え入れられると決まっていて、私たちのチームへ来る可能性がないことだな」
各チームが学員を選んでいるように、学員たちもまた、加入するチームを選んでいる。
しかし、ライルのように上等資質を持ち、卒業前から二環へ進んでいる天才が、普通のチームへ入ることはない。
「ライルは族長派、ノアとメルはそれぞれコア派とカル派の未来を背負う存在だ。
このまま進めば、今後のローデン一族は、族長派が二大長老派を抑える形になるかもしれないな」
擂台上の勝敗から、一族のさらに遠い未来まで見通そうとする者もいた。
残る二つの擂台では、今も戦いが続いている。
ライルは先に擂台を下り、周囲から絶え間なく聞こえてくる称賛へ耳を傾けていた。
その胸の内では、激しい感情が波のように押し寄せている。
自分はもう、過去の自分とは違う。
本当に、違うのだ。
認められた感動。将来を期待される興奮。
そして、大勢から肯定される喜び。
冬の風が、幾度も演武場を吹き抜けていく。
凍えるほど冷たい風だったが、今のライルには、まるで春の日差しのように温かく感じられた。
やがて、最後の擂台を担当する精霊使いが、高らかに次の対戦を告げた。
「次の試合――
ライル・ローデン対、ライン・ローデン!」




