76.雪晴れの訓練場、集う精鋭
大雪がやみ、空は晴れ渡った。
早朝から、精霊使いたちが次々と学堂の門をくぐっていく。
「年に一度の年末考核か。ふふ、思い返せば、私が学堂を出たのも十数年前になる。
あの日の光景は、今でも昨日のことのように覚えているよ」
学堂の門前で、一人の中年精霊使いが懐かしげに語った。
背中まで届く深青色の長髪を持つ男だった。
「リーダー、さっさと入りましょう。あなたは本当に感傷に浸るのが好きですね」
隣に立つ若い女精霊使いが、呆れたように目を回す。
血のように赤い唇を持つ女で、両手をズボンのポケットに突っ込み、口には一本の草の茎をくわえていた。
「ふふ、ベニ。そう急ぐ必要はない。早く入ろうが遅く入ろうが、結果は変わらないさ。
族長様から直々に言い含められている以上、今年うちのチームに迎える新人は、すでに決まっているのだから」
深青色の長髪の男は、穏やかに笑った。
「ライルとかいう上等資質の天才ですか?」
ベニ・ローデンは舌打ちし、不満げにこぼす。
「族長様のお考えは、要するに私たちにあの子の子守をさせるということでしょう?」
「だが、その子守もそう簡単ではなさそうだ」
男は小さくため息をついた。
「まあいい。ひとまず中へ入ろう」
時間が経つにつれ、ますます多くの精霊使いが学堂の門を通り、訓練場の周囲へ集まってきた。
男もいれば女もいる。若者や働き盛りの精悍な男だけでなく、白髪の老人も少なくなかった。
学員は学堂で一年間修練したのち、正式に卒業し、各チームへ加わって一族から出される任務に携わる。
今日、訓練場へ足を運んだ精霊使いのほとんどは、各チームから派遣された代表者だった。
彼らは擂台での戦いぶりを観察し、目に留まった者がいれば、自らのチームへ勧誘する。
既存のチームにとっては、新たな血を迎え入れ、戦力を増強する年に一度の機会である。
学堂を出たばかりの新人にとっても、経験豊富な先輩たちの指導を受けることで、本格的な精霊使いとしての生活へ早く馴染める。
家族任務も効率よくこなせるようになり、死傷する危険も可能な限り抑えられるのだ。
日が高くなるにつれ、学員たちも次々と訓練場へ集まってきた。
「今日はずいぶん人が多いな!」
少年たちは場外に集まった精霊使いたちを見回し、口々に感嘆の声を上げる。
「見ろ、アオ様だ!ローデン一族の二環では随一の実力者で、温厚な人柄でも有名なんだぞ」
一人の少年が、深青色の長髪を持つ男を指して興奮気味に叫んだ。
「クル先輩も来ている!」
「向こうにいるのは、コア派のリリア嬢様だ!」
アオ、クル、リリアの三人は、いずれも一族の若手世代を代表する精霊使いである。学員の中に、彼らを知らない者はほとんどいなかった。
「はあ……あの三人が属するチームなんて、私には到底入れそうにないな」
一人の少年が肩を落とす。
「まず一つ訂正しておくけど、うち一族の精鋭チームは、もう『チーム』じゃなくて『組』と呼ぶんだ。人数だって、普通のチームよりずっと多いんだぞ」
得意げな少年が口を挟んだ。
少年は相手の物言いにすっかり慣れているらしく、相変わらず沈んだ声で言った。
「私は末等資質で、本源精霊も糸吐きグモだ。これから先は、せいぜい後方支援を任されるくらいだろう
お前はどうだ?受け入れてくれそうなチームは見つかったか?」
「もう話はつけてある。あらかじめ伝手を頼ったんだ」
友人は得意げに声を潜めた。
「母方のおじの従兄の姉の、義理の息子さ」
「……ずいぶん遠い伝手だな」
……
学員たちが集まった精霊使いを観察する一方で、アオやクル、リリアたちも、間もなく卒業する少年少女を見定めていた。
「あれ?どうしてライルが二人いるの?」
人混みの中にラインとライルを見つけ、ベニが驚きの声を上げる。
アオは呆れたようにため息をついた。
「昨日渡した資料に、やはり一度も目を通していないな。
ライルには双子の兄がいる。二人はよく似ているが、兄のラインは下等資質だ」
「なるほどね」
ベニは自分の額を軽く叩き、ふと何かを思い出した。
「そういえば、聞いたことがあるわ。昔、神童と呼ばれていたラインでしょう?
ライルの兄なら、彼も一緒に引き入れたらどう?」
アオは小さく首を横に振った。
「族長様から、ラインにはこちらから声をかけるなと言われている。
もうしばらく様子を見るおつもりらしい。
それに、あの兄弟はあまり仲がよくない。たとえこちらが誘っても、ラインは加入を望まないだろう」
ベニは気にした様子もなく唇を尖らせた。
「すべてのチームの中でも、私たちは一族きっての精鋭よ。
うちに入れば、明るい将来が約束される。
学堂生なら、心を動かされないはずがないでしょう?」
アオは静かに笑った。
「それは、お前がラインという少年をまるで知らないから言えることだ。
まずは渡した資料を最後まで読んでから、同じ言葉を口にするんだな」
そのとき、族長ハクを先頭に、カルやコアをはじめとする長老たちが訓練場へ入ってきた。
彼らは順番に天幕の下へ進み、用意された席へ腰を下ろす。
その顔ぶれを見た学員や観戦に来た精霊使いたちは、否応なく興奮した。
「今年は族長様だけでなく、カル長老とコア長老までいらしているぞ。
例年の年末考核では、ここまで大勢の長老が揃うことなどなかったはずだ」
「不思議でもない。カル長老とコア長老の孫は、どちらも今年の学員だからな。
それにライルは、族長様が後継者候補として力を入れて育てている天才だ。
将来、シオンに対抗し得るローデン一族の希望でもある。その戦いぶりをご覧になりたいのは当然だろう」
ざわめきが人混みの中を絶え間なく行き交う。
(弟よ、必ず力を見せなさい)
リリアは学員の列に立つノアを見つめ、心の中で静かに語りかけた。
彼女が率いるチームは、所属する精霊使いの数が最も多く、規模も一族内で最大だった。
今も周囲には大勢の仲間が集まり、それだけで若手世代における彼女の地位を物語っている。
一方、リリアと長年競い合ってきたカル派のクルは、離れた場所に一人で立っていた。
周囲の誰よりも頭一つ以上高い巨体は、まるで赤い塔のように人混みの中で際立っている。
クルは学員の列にいるメルへ一度だけ目を向けると、すぐに視線を戻し、再び沈黙した。
族長ハクが短い挨拶を終えると、年末考核が正式に幕を開けた。
三つの擂台で、同時に試合が始まる。
呼び声、気合いの叫び、月刃が空を裂く鋭い音、拳や蹴りが肉体とぶつかる鈍い音。
さらに擂台の下で交わされる精霊使いたちの議論までが入り交じり、訓練場は瞬く間に喧騒へ包まれた。
「今年の学員は、例年よりも全体的に拳脚の腕が優れているようね」
何試合か観戦したところで、ベニはすぐに違いへ気づいた。
「ふふ、それはすべてラインのおかげだ」
アオが笑いながら答える。
「どういう意味?」
ベニが不思議そうに眉を上げると、アオはラインが長期にわたって同窓から霊石を巻き上げ、その結果、学員全員が否応なく拳脚を鍛えることになった経緯を簡単に説明した。
話を聞き終えたベニは、感心したように何度も舌を鳴らす。
「ラインって子、なかなか肝が据わっているじゃない。少しばかり無法が過ぎる気もするけれど。ふふ、実の弟まで容赦なくいじめていたなんて、面白いわね」
ベニは改めて人混みの中にいる双子へ目を向け、考え込んだ。
あの二人のうち、どちらが兄で、どちらが弟なのだろう。
「次の試合、ハナ・ローデン対ノア・ローデン!」
一つの擂台で、進行役の精霊使いが二人の名を高らかに読み上げた。
ノアは地面を蹴り、一息に擂台へ跳び上がる。
対するハナは緊張した面持ちで、階段を一段ずつ上っていった。
二人は互いに一礼を交わすと、余計な言葉を口にすることなく、すぐさま戦いを始めた。
数枚の幽青色の月刃が放たれ、擂台の上で交錯する。
二人は攻撃をかわしながら移動し、隙を見ては月刃を撃ち合った。どちらも一歩たりとも譲ろうとしない。
ハナは少女ながらも、基礎となる拳脚をしっかりと身につけていた。
試合が始まってしばらくの間は、ノアを相手に互角の戦いを繰り広げていた。
しかし時間が経つにつれ、次第に体力を消耗していく。
呼吸は荒くなり、動きも目に見えて鈍り、避けようもなく劣勢へ追い込まれた。
それからもしばらく粘ったものの、やがてハナの全身は汗に濡れ、両脚にも力が入らなくなった。
最後は自ら敗北を認めるほかなかった。
対するノアは顔色一つ変えず、息すらほとんど乱していない。まだ十分に余力を残しているように見えた。
(持久力を高める精霊か)
擂台の下で一部始終を見ていたラインは、すぐにノアの手札を推測した。
(もしかすると、抑制カミキリの精霊かもしれないな……)
現在、ラインは六体もの精霊を所有しているが、これは極めて特殊な例である。
一般的な同年代の学員が持つ精霊は、二体ほどにすぎない。
精霊の飼育には莫大な費用がかかる。
それだけでなく、一体の精霊を自在に扱えるようになるまでには、長い訓練と十分な経験が必要だった。
手を広げすぎれば、かえって何一つ身につかなくなる。
精霊使いとしての修行を始めてから、まだ一年しか経っていない学員たちにとっては、二体の精霊を習熟させるだけでも相当な労力を要する。
例外となるのは、ラインだけだった。
前世で培った豊富な経験があるため、大半の精霊は手に入れた直後から性質を見抜き、ほどなく戦闘で使いこなすことができる。
考核はその後も続いた。
「くそっ!跳ね回ってばかりじゃないか!」
別の擂台では、一人の少年が苛立ちに任せて叫んでいた。
「メル・ローデン、お前それでも男か!度胸があるなら、俺様と正面から殴り合え!」
「ハーー?お前と正面から殴り合うのは、馬鹿だけだ」
メルは鼻で笑った。
蟋蟀の精霊の力を使い、擂台の上を絶え間なく跳び回る。
その動きは極めて素早く、対戦相手はいつまで経っても距離を詰められない。
相手の少年はブチイノシシの精霊を持ち、短時間でイノシシ一頭の力を得ることができた。
しかし、メルが接近を許さない以上、いかに強大な力を持っていても振るう機会がない。
最後にはメルに一瞬の隙を突かれ、胸へ月刃を受けた。
たちまち衣服が鮮血に染まる。少年は失血によって戦い続ける力を失い、敗北を認めるしかなかった。
擂台の下で待機していた治療精霊使いたちが、すぐさま駆け寄り、手早く傷の処置を始める。
時間が経つにつれ、一人、また一人と学員が脱落していった。その一方で、次第に頭角を現す者も増えていく。
メル、ノア、ライン、ライル――。
正午を迎える頃には、末等資質の学員は全員が敗退していた。
資質の制約もあり、彼らの多くは生産、運搬、補助などに適した後方支援系の精霊を選んでいる。
そうした精霊は日常の任務では便利だが、正面戦闘で主を助けられる場面は少ない。
敗退した学員たちは次々と擂台の周囲から離れ、各チームも目をつけた新人への接触を始めていた。
「君の本源精霊は止血草だろう?私たちのチームでは、治療を得意とする精霊使いを探しているんだ」
「先輩、私をそちらのチームへ入れてください。私の本源精霊は月印です。攻撃役を務められます」
「すまない。うちのチームは今のところ、攻撃型の精霊使いを必要としていないんだ」
……
各チームが自分たちに必要な新人を選ぶ一方、学員たちもチームごとの実力や待遇を見比べていた。
擂台での試合は続いているものの、見応えがあるとは言い難い。
大半の学員は攻撃手段として月印を選んでいる。
そのため、戦いが始まると、まず互いに月刃を撃ち合い、先に精神力が尽きた側が敗れるという展開になりがちだった。
双方の精神力が同じ頃に尽きれば、その後は拳脚による争いとなる。どちらかが倒れるか、自ら敗北を認めるまで殴り合うだけだ。
何試合も同じような戦いを見せられれば、学員も精霊使いも、天幕の下に座る長老たちでさえ、次第に興味を失っていく。
中には何度もあくびを繰り返し、危うくその場で眠りかける者までいた。
夕暮れを迎える頃、考核に残っている学員は、ついに十人を下回った。
「ようやく終わりが見えてきたな」
数人の精霊使いがあくびを噛み殺し、どうにか気を取り直す。
そのとき、考核を進行していた精霊使いが、高らかに次の対戦を告げた。
「次の試合――
ライル・ローデン対、ノア・ローデン!」




