75.秋日の強者、冬日の突破
足音は、ますます近づいてくる。
やがて急斜面の縁に茂る濃緑色の灌木が、凄まじい力で左右へ押し分けられた。
一人の大男が斜面を登り、ラインの視界に姿を現す。
黒髪は極端に短く刈られ、一本一本が鋼の針のように逆立っている。
上半身には何もまとっておらず、肩幅は広く、背には分厚い筋肉が盛り上がり、露出した肌は異様なまでの赤色を帯びていた。
身長は二メートル近くある。
すでに晩秋を迎え、山林には冷たい空気が漂っているというのに、男はまるで歩く炉のように全身から熱気を放ち、息を吐くたびに周囲の温度さえ上がるようだった。
腰からは縄で束ねられた獣の死骸がいくつも垂れ下がっている。
狐、野兎、山鳥、そして先ほど立ち去ったばかりの、あの老狼も混じっていた。
ラインを見つけると、男はわずかに目を見開いた。
しかし何も口にせず、そのまま大股で歩き、ラインの横を通り過ぎていく。
(クル・ローデン)
遠ざかっていく巨漢の背中を見つめながら、ラインはその名を思い浮かべた。
クル・ローデンはカル派を代表する人物の一人で、環階は二環上位。
彼の歩んできた人生は、ある意味ではラインとも似ていた。
クルは幼い頃から、生まれつき人並み外れた怪力を持っていた。
十歳のときには、力加減を誤って成人の使用人を殴り殺した。
十二歳になる頃には重い石臼を持ち上げ、それを投げ合うための石球代わりにして遊ぼうとしたことさえある。
もちろん、そんな命懸けの遊びにつき合おうとする者など、一人もいなかった。
当時、一族の者たちは誰もがクルを高く評価し、必ず上等資質を持っていると信じていた。
ところが十四歳で覚醒の儀を受けた結果、判明した資質は中等にすぎなかった。
それまでのクルは傲慢で、他人を見下す性格だった。
しかし、その挫折を境に心境は急速に変化し、次第に物静かで落ち着いた人物となっていった。
中等資質でありながら、その年の生徒の中では、疑いようもない第一人者だった。
一年間の学堂生活を終えたクルは、一族の任務に参加し始め、ほどなくして頭角を現した。
それから数年にわたって戦いと死線を経験し、今では一族の二環精霊使いを代表する精鋭にまで成長している。
幸福は、人に人生の真理を教えてはくれない。
人を本当に成長させるものは、多くの場合、痛みである。
ラインは目を細め、そこからさらに思考を広げていった。
ローデン一族の少年は、十四歳で覚醒の儀を受けて学堂へ入る。
十五歳で一年間の学業を終えると、五人一組の小隊を作り、一族から与えられる任務をこなし始める。
同時に家産を相続し、本家から分かれて独立する資格も与えられる。
十五歳以降は、任務を重ねながら環階を高めていく。
修為が上がれば、対峙する危険も大きくなり、それに伴って一族内での立場も変わっていく。
任務の途中で命を落とす者もいれば、生き残る者もいる。
重い障害を負い、環階まで後退して、残りの人生を細々と生き延びるしかなくなる者もいた。
その一方で、長年の鍛錬を耐え抜いたごく一部だけが三環へ昇り、一族の長老となって、本当の意味で上層部へ加わることができる。
精霊使いの修行は、進めば進むほど困難になる。
次の段階へ進む難しさは、ほとんど倍々に増していく。
過酷な生存環境と危険な任務まで加われば、三環まで辿り着ける者が極めて少ないのも当然だった。
(もうすぐ冬が来る。私が学堂へ入ってから、まもなく一年か)
各年の生徒には、二つの重要な試験が課される。
一つ目は中間試験で、内容は年ごとに異なる。
二つ目は年末試験で、こちらは毎年変わらず、試合台での実戦だった。
その年末試験が終われば、ラインも学堂の宿舎から退去し、一人で暮らし始めなければならない。
だが、学堂を出たあと、どこに住むのか。
叔父夫婦の家へ戻るという選択肢は、初めから存在しなかった。
二人のほうは、ラインが戻ってくることを喜ぶだろう。
もう一度手元に置き、自由に支配できるからだ。
しかし、今のラインはあまりにも多くの秘密を抱えている。
叔父夫婦と同じ家で生活することなど、到底できなかった。
この世界では、十五歳になれば成人と見なされる。
それは保護者の下を離れ、一人の人間として独立する年齢でもあった。
(前世で学堂を卒業したとき、私はようやく一環中位へ達したばかりだった。
今世は遥かに順調だ。年末試験を迎える頃には、必ず一環最上位へ進んでいる。
だが、下等資質でこの速度を維持するには、相応の代償が要る。
この数か月だけでも、あまりに多くの霊石を使ってしまった)
そこまで考え、ラインは静かに眉を寄せた。
手元に残っている霊石は、すでに多くない。
資質に制限があるため、ラインが修行で消費する霊石の量は、ライルやメル、ノアよりも遥かに多かった。
そのうえ、彼は一人で六体もの精霊を養っている。
酒虫による精神力の精錬、空界の養生、白イノシシの精霊による肉体の強化、日々の戦闘や訓練。
そのどれにも精神力が必要だった。
下等資質の回復速度だけでは、これほど大きな消耗を到底補いきれない。
修行速度を維持するため、ラインは霊石を絶えず消費し、内部に宿る天然の精神力を吸収して、空界の回復を早めるしかなかった。
幸い、逆矢はもともとラインの本源精霊である。
白イノシシの精霊とヒスイズスキンも、地蔵花から取り出した時点で弱り切っていたため、煉化する際に多くの霊石を使わずに済んだ。
だからこそ、どうにか現在まで余裕を残すことができた。
だが、今後必要となる金は、さらに増えていく。
学堂を離れれば、まず住居を借りなければならない。家具や日用品も、一から買い揃える必要がある。
一環最上位へ到達すれば、次は二環突破の準備を始めることになる。
その突破過程だけでも、大量の霊石を消費する。
二環へ進んだあとには、現在所有している精霊を錬成しなければならない。
錬成は成功しても失敗しても、決して小さくない費用がかかる。
それだけでも、すでに苦しくなり始めたラインの財政を押し潰すには十分だった。
しかも精霊の餌と、日々の修行に使う霊石も、引き続き確保しなければならない。
中間試験の際、蓄えていたイノシシの牙を利用して大量の霊石を手に入れ、ひとまず負担を軽減できていなければ、とうに立ち行かなくなっていただろう。
(霊石、霊石……)
ラインは心の中で深いため息をついた。
(酒飲のカイが残した継承は素晴らしい。
だが、継承者のための霊石までは用意していなかった。それだけが残念だ。
今の私にとって、最も安定した収入は、同級生から巻き上げる霊石だ。
だが学堂を出れば、一族から生徒への補助も打ち切られる。当然、この収入も失われる)
そこで、ラインの目がわずかに動いた。
(そういえば、年末試験の第一位には、霊石百五十個が与えられるはずだ)
第一位を取れば、その百五十個だけですべての問題を解決することはできなくとも、肩にのしかかる金銭的な負担を、しばらくは軽くできる。
……
時は流れ、秋が去って冬が訪れた。
学堂の訓練場には、すでに三つの試合台が組み上げられていた。
訓練場の一角、竹製の囲いに接する場所には、広々とした天幕も設けられている。
その下には長机と背もたれのある椅子が並び、学堂長老、族長ハク、そして数名の長老が座っていた。
空からは、細かな雪が舞い落ちている。
訓練場には、五十七名の生徒が整然と並んでいた。
誰もが寒さで鼻先を赤くし、息を吐くたびに、口元から白い霧がこぼれている。
学堂長老が立ち上がり、よく通る声で告げた。
「早いもので、一年が過ぎた。この一年間、お前たちは学堂で教えを受け、精霊使いとして必要な基礎を身につけてきた。
明日は年末実戦試験を行う。そこで、この一年に学んだ成果を正式に確かめる!」
学堂長老は指の関節で机を軽く叩いた。その口調は、先ほどよりも厳しいものになっていた。
「試験には族長様と数名の長老だけでなく、お前たちの先輩も観戦に訪れる
先輩たちは試験でのお前たちの働きを見て、優秀な者を自らのチームへ迎え入れるだろう」
明日の表現は、お前たちが今後歩む道を大きく左右する
第一位となった者には、霊石百五十個に加え、精霊を一体優先して選ぶ権利が与えられる!」
それを聞いた多くの少年たちの目に、熱い光が浮かんだ。
学堂長老はわずかに間を置き、再び宣言する。
「これより、学堂生活最後の環階検査を始める!」
言い終えると、傍らに立つ精霊使いへ小さくうなずいた。
そこにいたのは、中年の女性精霊使いだった。合図を受けた彼女は名簿を手に取り、最初の名前を読み上げる。
「ハナ·ローデン」
一人の少女が緊張した面持ちで列を離れ、女性の前まで歩いていった。
中年の女性精霊使いは手を伸ばし、少女の腹部へそっと触れる。
そのまま目を閉じてしばらく感知すると、再び目を開いた。
「一環中位。次」
少女はほっと息を吐き、急いで列へ戻った。
それからも一人、また一人と前へ進み、検査を終えて列へ戻っていく。
浮かべる表情はさまざまで、喜ぶ者もいれば、落胆する者もおり、平静を装おうとする者もいた。
全員の中で最も低い環階は一環初位だった。その者たちは一人の例外もなく、全員が末等資質である。
生徒の大半は一環中位へ進んでいた。その中には末等資質も少数いたが、ほとんどは下等資質の持ち主だった。
「メル・ローデン」
中年の女性精霊使いが、次の名前を呼ぶ。
同世代の中でもひときわ背の低いメルが、すぐに胸を張って列から歩み出た。
検査を終えた女性精霊使いが目を開く。その声は、それまでよりも明らかに大きかった。
「メル・ローデン。一環頂位!」
検査が始まって以来、初めて現れた一環最上位の精霊使いだった。
天幕の下に座る数名の長老が、そろって満足そうにうなずく。
そのうちの一人がメルの顔を見覚えていたらしく、低い声で口を開いた。
「カル・ローデンの孫か。中等資質も持っている。一環頂位へ達していても、不思議ではないな」
天幕の外に並ぶ少年たちも、小声で話し始めた。
「メルがもう一環頂位なら、ノアも同じじゃないか? あの二人は、ずっと競い合ってきたからな」
「やっぱり一環頂位まで進めるのは、中等か上等資質の奴ばかりか…末等や下等の俺たちは、羨ましがることしかできないな」
「ふん」
ノアは小さく鼻を鳴らした。
得意げな顔で列へ戻ってくるメルを見ると、どうにも面白くなかった。
ライルは唇を固く結び、両の拳をひそかに握り締めている。
その体内には、今にも解き放たれそうな力が秘められているようだった。
「ノア・ローデン」
しばらくすると、中年の女性精霊使いが彼の名を呼んだ。
馬のように面長なノアは、すぐに早足で列を離れる。
間もなく、検査結果が告げられた。
「ノア・ローデン。一環頂位」
その言葉を聞き、ノアの顔にようやく笑みが浮かぶ。
列へ戻る途中では、負けじとメルへ視線を投げかけた。
二人の視線が宙でぶつかり合い、どちらも引こうとはしなかった。
検査は、そのまま続いていく。
空から舞い落ちていた雪は徐々に弱まり、やがて完全に止んだ。
雪上がりの空気は刺すように冷たく、それでいて胸の奥まで洗われるような清々しさを含んでいる。
「ライン・ローデン」
中年の女性精霊使いが、再び名前を読み上げた。
ラインは無表情のまま列から歩み出て、彼女の前に立つ。
女性精霊使いはラインの腹部に手を当て、目を閉じて感知を始めた。
しばらくして目を開くと、少し意外そうにラインの顔を見たあと、大声で結果を告げる。
「ライン・ローデン。一環頂位!」
「一環頂位?聞き間違いじゃないよな?」
「ラインが、もうそこまで進んでいたのか?」
少年たちの間から、驚きの声が次々に上がった。
「酒虫を手に入れた運がよかっただけだろ。
下等資質でも、酒虫で精神力を精錬できるなら、空界を養う効率も中等や上等と大きくは変わらない」
何人かの少年が、酸味を帯びた声で言った。
特に同じ下等資質を持つ者たちは、自分でも納得できる理由を、急いで探そうとしていた。
「別に大したことじゃない。酒虫が精錬できるのは、一環の精神力だけだ。二環へ進めば、その優位も自然となくなる」
「一環頂位に達したところで、結局は下等資質だ。警戒するほどじゃない」
ノアとメルもラインを一度見ただけで、すぐに視線をそらした。
二人が次に目を向けたのは、まだ列の中に立っているライルだった。
彼らにとって、本当に警戒すべき競争相手は、最初から上等資質を持つライルだけだった。
(兄さんには、正直少し驚かされたよ)
ライルは列へ戻る兄の姿を見つめていた。両目は強い光を宿し、その顔には隠しきれない期待が浮かんでいる。
(でも、ここからはよく見ていて)
「ライル・ローデン」
ついに、中年の女性精霊使いがその名を呼んだ。
「上等資質の天才の番か」
天幕の下にいる長老たちは、一斉に姿勢を正した。訓練場に集まるほとんどすべての視線が、ライルの身へ集中する。
ライルは列を離れ、前へ進んだ。
大勢の注目を受け、心の中にはどうしてもわずかな緊張が生まれる。
だが顔を上げた先で、族長ハクが笑みを浮かべながら、自分に向かってうなずいていた。
その瞬間、緊張は跡形もなく消え去った。
ライルが中年の女性精霊使いの前へ立つと、彼女は手を伸ばし、その腹部へ触れた。
目を閉じ、静かに感知する。
次の瞬間、彼女は勢いよく両目を見開いた。その顔には、隠しきれない驚愕が浮かんでいる。
「ライル・ローデン。環階――二環初位!」
訓練場全体が、瞬く間に驚声と歓声の渦へ呑み込まれた。
「何だって? もう二環へ突破したのか?」
「さすが上等資質を持つ天才だ!」
「これでノアもメルもラインも、完全に引き離されたな」
「ライルが……」
ノアとメルは同時に驚愕を露わにし、試合場の中央に立つライルを信じられない思いで見つめていた。
「ふっ。前世の同じ時期よりも、さらに上か」
ラインは目を伏せ、わずかに笑った。
それほど意外ではなかった。検査を受ける前から、ライルの表情には自信が満ちていた。
ラインはその時点で、すでに結果をおおよそ察していた。
「さすがに上等資質だ」
「我が一族の未来を背負う希望だな」
「族長様が心を尽くして育てられた成果でもある」
天幕の下にいる長老たちも、次々に称賛の言葉を口にした。
その場にいるすべての者の視線が、ライル一人へ集まっている。
半年前、族長ハクはライルにヒスイズスキンを与え、同時に、この年で最初に二環へ進むよう求めた。
ライルは今、その期待へ本当に応えてみせた。
(族長様、僕はご期待を裏切りませんでした!)
胸の奥から感情があふれ出し、今にも大声で叫びそうになる。
(僕はやり遂げた! これからはもっと多くのことを成し遂げて、長老様たちから認められる
周りにいるすべての人にも、僕という存在を認めさせてみせる!)
ライルは人混みから離れた場所にいるラインへ目を向け、心の中で声の限りに叫んだ。
(兄さん、僕はもう、あなたを追い越した。兄さんは二度と、僕の心を覆う影にはならない!
僕は――ライル・ローデンは、もう昔の僕じゃない!)
ライルは両の拳を強く握り締めた。
その瞳には、これまで一度も見せたことのない、鮮やかな輝きが満ちている。
その輝きの名は、自信だった。




