↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
目指すは永生 ~二度目の人生を歩む外道精霊使い~  作者: 朱色の豚
外道の本性

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/132

70.逃走という覚悟、影からの猛毒

樹上小屋の中で、ラインの思考は激しく揺れ動いていた。


前世の五百年で培った経験と知恵により、

彼はわずかな手掛かりからビッグ・ジャックの存在を見抜いた。


では、そのビッグ・ジャックはどれほどの力を持っているのか。


ラインは一度も本人に会ったことがない。

それでも、小屋に残された痕跡だけで、ある程度の情報を推測することはできた。


(命を懸けるだけの勇気には、必ず力の裏付けがある。

ビッグ・ジャックは私の情報を集め、どれほどの戦力を持っているか知ったうえで復讐を決めた。

それなら、私を殺せるだけの自信があるはずだ)


(少なくとも、環階(ランク)は一環を超えている)


この三年間、ビッグ・ジャックは地図上の三つの赤い円を転々とし、

三大集落の勢力が及びにくい狭間へ身を潜めてきた。

正体を見破られ、討伐される危険に日々さらされながら、それでもヴェルデン山から離れなかったのだ。


それはつまり、彼にはまだ山を出て、一人で外の世界を渡り歩くだけの力がないということだった。

一族の庇護を受けず、外界で生き延びるためには、最低でも三環ほどの実力が必要になる。


ラインの瞳に、冷たい光が宿る。


「ならば、ビッグ・ジャックは二環精霊使いと見ていい」


ビッグ・ジャックが失踪したのは三年前だ。その時に初めて修練の道へ入ったとすれば、

三年で二環へ進める資質は、下等から中等の間と推測できる。

空界に占める霊海の広さも、およそ四割から七割だろう。


さらに、彼は三大集落の間で三年間も正体を隠し、バキの目を避けながら密かに実家へ戻っていた。

所持する精霊の中に、潜行や気配の隠蔽に使えるものがいることも間違いない。


精霊使い同士の戦いにおいて、何より重要なのは情報である。


ラインは索敵に使える精霊を一体も持っていない。

それでも、自らの経験と知恵だけで、ビッグ・ジャックのおおよその環階と、所持している精霊の種類まで推測してみせた。


やがて、曖昧だった敵の姿が、ラインの頭の中で輪郭を持ち始める。


三年間、三大集落の狭間で生き延びてきた二環の外道精霊使い。

すべての家族を失い、胸に燃え上がる憎悪を抱えた男が、

今も山林のどこかへ潜み、ラインを自らの手で狩る瞬間を待っている。


「私が他人を殺せるのなら、他人もまた私を殺せる。当然のことだ」


ラインは、不意に小さく笑った。


この世界では、誰もが生きる権利を持っている。同時に、誰もが命を落とす可能性を背負っている。


人を殺す者は、いつか殺される側にも回る。


他人の命を奪う道を選んだ以上、自分が殺される覚悟も持たなければならない。

力が及ばず、最後にはビッグ・ジャックの手で死ぬことになったとしても、それはそれで仕方のないことだった。


この道は、ライン自身が選んだものだ。

だからこそ、彼はとうの昔に覚悟を決めている。


それが、外道としての覚悟だった。


(ビッグ・ジャックが私を殺すつもりなら、今日の中間考査ほど都合のよい機会はない)


普段、生徒たちは全員ローデンの集落内で生活している。

二環にすぎないビッグ・ジャックが内部へ忍び込み、そこでラインを殺そうとすれば、自ら死にに行くのと変わらない。


ラインがときおり集落を離れ、一人で山へ狩りに出ていることも、すでに突き止めているかもしれない。しかし、ヴェルデン山はあまりにも広い。

自分の痕跡を隠しながら、たった一人でラインの居場所を探し出すのは容易ではなかった。


一方、今日はすべての生徒が、決められた範囲へ集められている。


ビッグ・ジャックがこの機会を見逃すはずはない。


ラインは、互いの戦力差を冷静に見極めた。


ビッグ・ジャックは二環精霊使いであり、三年もの間、生と死の境をさまよい続けてきた外道でもある。明日の命さえ知れない暮らしにも、すでに慣れきっているはずだった。


今のラインが正面から戦えば、まず勝てない。


だが、まだ生き延びる道は残されている。


逃(・)げ(・)る(・)


ラインは即座に決断した。


生きるために逃げることは、決して恥ではない。

力で敵わないのなら、戦わずに逃げるのが当然だった。


そもそも精霊使いが、戦いの最中に都合よく環階を突破することなどあり得ない。

上位の敵を倒すことも不可能ではないが、それには特殊な精霊や強力な切り札が必要になる。


ラインは複数の精霊を持っているものの、逆矢はいまだ瀕死のまま眠り続けており、使うことができない。

酒虫、白イノシシの精霊、微光蛍、月印も、

一環という大きな差を覆し、ビッグ・ジャックを正面から倒せるほどの力は持っていなかった。


勝てないと分かっていながら命を懸けるのは、ただの無謀を「熱血」と呼び替えているだけだ。

最後に運よく勝てたとしても、それは一時的に運命が味方したにすぎない。


ラインは生涯を通じて慎重に行動してきた。

切り札を持っていても、勝算が足りなければ、できる限り戦いを避ける。


彼が好むのは、策略や情報、あらゆる手段を用いて自らの優位を広げ、

勝率を限界まで高めることだった。

最も望ましいのは、始まる前から勝敗が決まっている戦いである。


追い詰められ、ほかに道がなくなったときだけ、危険を冒して死力を尽くす。


だからラインは、弱い者から資源を奪い、自分を強くする。

かつて敵わなかった相手を超えてから、改めて戻り、借りを返す。


その頃には、かつての強敵も彼より弱い存在へ変わっている。

結局のところ、それもまた弱者を叩く戦いにすぎない。


だが、ラインはそれを恥じていなかった。


自らの勇気を証明するために強敵へ挑み、命を賭けてわずかな可能性を追う者こそ、本当の愚か者である。


奇妙なことに、そうした行いは世間から称賛されやすい。

どのような組織も、全体を維持するため、とりわけ上層部の利益を守るために、

個人の犠牲を必要としているからだ。


誰かを死地へ送り込む必要がある場所ほど、栄光、忠誠、犠牲という言葉が声高に語られる。


少し考えれば分かる。


生きていることこそ、あらゆる行動の前提だ。


生き延び、いつか自分の理想を実現するためなら、屈辱にも苦痛にも耐える。

それこそが、人間にとって最大の勇気だった。


理想のために華々しく死ぬ者は、ただの愚か者だ。


理想のために恥辱を耐え忍び、泥をすすってでも生き続ける者こそ、真に勇気ある者である。


だから、栄光も、名誉も、面子も、まとめて捨ててしまえばいい。


どの世界でも、組織はこうした価値を広く宣伝する。

構成員の犠牲を多く必要とする場所ほど、その声は大きくなる。軍隊などは、まさにその典型だった。


(問題は、どこへ逃げればビッグ・ジャックと遭遇する可能性を最も低くできるかだ)


ラインの頭の中に、獣皮地図の全景が再び浮かび上がった。


(ビッグ・ジャックは、獣皮地図が私の手へ渡ったことを知っている。

今頃は山林のどこかへ潜み、地図に記されたイノシシの生息域を順番に探しているはずだ

その辺りへ近づくことはできない。

相手の読みを外し、予想と正反対の場所へ向かってこそ、生き延びる可能性が生まれる)


そうして、少しばかり常軌を逸した退路が、ラインの頭の中で形を成していった。


……


夕暮れが山林を包み、幾重もの木の影が重なり合っていた。

生い茂る草は、吹き抜ける夜風に合わせてゆっくり揺れている。


その深い影の中に、一対の赤い目が隠れていた。


瞳に満ちた憎悪と怒りは、

川の水をすべて注ぎ込んでも洗い流せず、消し止めることもできないほど激しい。


「ライン……ようやく見つけたぞ」


ビッグ・ジャックは歯を強く噛み締め、その名を口の中で噛み砕こうとするように呟いた。


彼の視線の先では、痩せた体と青白い顔をした少年が、森の中を急いで走っている。

木々の間を縫うように、軽やかな身のこなしで駆け抜けていた。


仇は、もう目の前にいる。


それでもビッグ・ジャックはすぐには動かず、

気取られないよう視線だけを動かし、周囲の三か所を確かめた。


近くには、中間考査の監視を担当する精霊使いが三人潜んでいた。


生徒の不正を防ぎ、負傷者が出たときにすぐ救助できるよう、

考査区域には数十人の二環精霊使いが配置されている。

さらに遠くの丘では、数名の三環長老が直接待機していた。


ビッグ・ジャックはすでに長い時間、この森へ身を潜めている。

周囲の警備がどのように配置されているかも、ある程度まで把握していた。


(ラインを殺すには、まず近くの三人を始末しなければならない。私が姿を現せば、すぐに妨害される

奇襲なら、最初の一撃でラインを殺せるかもしれない。

だが、その後に駆けつけた精霊使いたちから逃げ切ることはできず、今度は私が包囲されて殺される)


ビッグ・ジャックは現在、二環中位に達している。

空界に残された精神力は五割ほどであり、先手を取れるとはいえ、同じ二環の精霊使いを三人続けて殺すのは容易ではなかった。


(ごく短い間に、一人ずつ片づける。

仲間の死に気づかれ、警戒されれば、その時点で私の居場所が露見する)


(幽影(ゆうえい)!)


ビッグ・ジャックはゆっくり目を閉じ、心の中で精霊の名を呼んだ。


次の瞬間、その体が足元の影へ溶け込んだ。

濃い闇の塊となり、複雑に重なった木々の影を伝って、音もなく流れていく。


足音も、呼吸音もない。


深い草むらでは、一人のローデン一族の二環精霊使いが身を伏せ、退屈そうにあくびをしていた。


「まったく、暇で仕方ないな。後輩たちの考査に付き合うなんて、まるで子守じゃないか」


小声で不満を漏らす男は、自分のものではない影が背後から忍び寄り、全身を包み込んだことにまるで気づいていない。


闇の中から、骨ばった二本の手がゆっくりと伸びてきた。


血の気を失ったように青白い手には、太い関節が不自然に浮かび上がっている。

十本の爪は刃物のように鋭く、その表面を覆う暗紫色の光からは、かすかな生臭さが漂っていた。


「何だ、この臭いは?」


精霊使いは鼻を動かし、訝しげに眉を寄せた。


背後を振り返ろうとしたが、もう遅い。


ビッグ・ジャックが、獲物へ襲いかかる毒蛇のように影から飛び出した。


片手で相手の口と鼻を塞ぎ、もう片方の手を背後から突き刺す。

五本の暗紫色の爪は衣服も皮膚も容易に引き裂き、そのまま精霊使いの心臓へ深々と食い込んだ。


爪に宿った猛毒は、心臓へ触れた瞬間に広がり、血流に乗って全身へ駆け巡る。


精霊使いの体が激しく強張った。反撃する間もないまま力を失い、完全に息絶える。


双方ともに二環精霊使いではあるが、ビッグ・ジャックは入念に準備し、相手は何の警戒もしていなかった。戦いは始まった瞬間に終わっていた。


(精神力を一割使った。残りは四割)


ビッグ・ジャックは空界の状態を確かめると、その場に留まらず、再び闇へ溶けていった。

木々の影を伝いながら、音もなく遠ざかっていく。


しばらくして、岩陰に潜んでいた二人目の精霊使いも、同じ毒牙にかかった。


男の瞳孔は針先ほどに縮み、硬直した体が地面へ倒れる。

猛毒が体内を荒らし回るにつれて肌は暗紫色へ変わり、鼻からは粘りつくような紫黒色の血が二筋、ゆっくりと流れ出していた。


(残りは三割)


ビッグ・ジャックは再び闇へ姿を変え、最後の監視役へ向かって進んだ。


「何者だ!」


三人目の精霊使いは、大木の太い枝へ身を潜めていた。


ビッグ・ジャックが襲いかかった瞬間、男はようやく異変を察した。

素早く振り返り、伸ばされた二本の腕を両手で掴み、その手首を強く押さえ込む。


「ちっ!」


ビッグ・ジャックは顔を歪めながら、凶悪な笑みを浮かべた。


十本の暗紫色の爪が一斉に伸び、瞬く間に五センチほどの長さへ達する。

そのまま相手の両腕へ食い込み、皮膚と筋肉を容易に貫いた。


傷口から流れ出した血は、見る間に暗紫色へ変わっていく。


「まさか……愛別離(あいべつり)か!?」


その光景を目にした精霊使いの顔が、恐怖に引きつった。


濃い紫色の毒気が両腕を這い上がり、瞬く間に顔まで染めていく。

男は解毒や毒への抵抗に使える精霊を持っておらず、愛別離を受けた時点で助からないことを理解していた。


絶望したのは、ほんの一瞬だった。


次の瞬間、その顔に決死の覚悟が浮かぶ。


「ならば、道連れだ!」


男は大きく口を開き、舌を突き出した。


舌の表面には、淡青色の三日月が浮かんでいた。月印が宿っている場所だった。


一筋の月刃が放たれ、ビッグ・ジャックの左肩を正面から射抜いた。

刃は肩の前側から入り、そのまま背中へ突き抜ける。


鮮血が勢いよく飛び散った。


ビッグ・ジャックは低く呻き、太い枝の上で数歩よろめいた。

あと少しで、地面へ落ちるところだった。


しかし、精霊使いの両目はすでに白く濁っている。

猛毒が心臓へ達し、体から完全に力が抜けると、そのまま息絶えた。


「そのとおりだ……」


ビッグ・ジャックは月刃に貫かれた肩を押さえ、どうにか枝の上で踏みとどまった。

口元には、痛ましいほど凄絶な笑みが浮かんでいる。


「これが、愛別離だ」


愛別離は、二環精霊の中でも最強とされる猛毒を持つ。


錬成するには、生気草(せいきそう)、寡婦(かふ)クモ、小紅蠍(こべにさそり)という三体の一環精霊が必要になる。


さらに、心から愛する者の心臓を一つ。


愛別離を得るため、ビッグ・ジャックは自分が愛し、自分を愛してくれた妻を、その手で殺した。

そして、まだ温かい胸から自ら心臓を抉り出したのである。


「すべては、生きるためだ、生き延びるためには、力を選ぶしかなかった……」


ビッグ・ジャックの両目は赤く染まり、肩から流れる血が服を濡らしていく。

それでも、その視線は遠くの山林を走る少年から、一瞬たりとも離れなかった。


「これが、俺の外道としての覚悟だ!」


彼は妻への愛を捨て、その命と引き換えに、自分を守るための力を手に入れた。

その後、彼に残されていたのは、血のつながった家族への情だけだった。


だが、その最後の情すら、ラインに奪われた。


「俺は妻への愛を捨て、家族への情だけを残した……それさえ、お前は俺から奪った!」


ビッグ・ジャックは低く唸り、形を持つかと思えるほど濃い憎悪を声に滲ませた。


「ライン……お前がしてきたすべてを、死ぬその瞬間まで後悔させてやる!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
https://syuiro-buta.fanbox.cc/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。